13-20.二人の王子(後編)
前回のあらすじ:エリーの二人の兄、アンディさん、エドさんとの会談が始まりました。こちらの王族や貴族の恋愛について話が聞けて、なかなか楽しい滑り出しです。(アキ視点)
こうして、お茶を飲みながら、二人を眺めると、エリーの兄がこんな方々で良かったとほんと思う。まぁ、ちょいと妹愛が強い気がしないでもないけど、邪魔とかするほど拗らせている訳ではなさそうだから、そこは問題点とまでは言わないで良さそう。
「エリーもそうですけど、三人の性格が上手分かれていてホッとしました」
「そうだろうか?」
「どんな意味で?」
アンディさんは違いに少し負い目がありそう。エドさんは自身の性格について文句を言われるかと、僅かに身構えてたって雰囲気。まぁ、トラ吉さんも無反応でスルーしてるくらいでほんと、ちょっとした表情の変化だけど。
「アンディさんは最前線の要であるロングヒルのお国柄に相応しく、軍務に携わり、落ち着いた感じで、継承権順位の通り、次を担うのに向いた方と思います。エドさんは、文化、芸術、教育といった分野に熱心に取り組まれており、今後のロングヒルの立ち位置を考えると、そちらに専念できる王族の方がいるというのは良いことでしょう。これが同じ能力でも貴族の誰かとなると、きっとアンディさんとの関係で揉めるでしょうから。そして、エリーは多種族を前にしても堂々と意見を述べて、皆の注目を集める華があります。地道で長い年月がかかるような取り組みには向きませんけどね。多くの種族が集うロングヒルにおいて、エドさんやエリーがある程度自由に動けるというのは幸いです」
そう考えを伝えると、二人とも驚いた顔をしたけど、その意味は少し違うっぽい。
「私の事を高く評価してくれたのは嬉しいんだが、エドやエリーでも十分とは考えないのかな?」
僕が誰を支持するか、なーんてのは何の役にも立たない話だけど、枯れ木も山の賑わい、多少の足しにはなるかもしれないってとこかな。まぁ、それはそれとして。
「お二人でも勿論、支持者や部下が支えれば十分可能と思いますけど、それだと二人の長所を邪魔して勿体ないと思うんですよね。エドさんの文化、芸術、教育への活動も、エリーの多種族を相手とする活動も、国の統治をやりつつ、なんて片手間でできるものではありませんから。それにロングヒルという国の枠があると、動きにくくなるというのもあります。あと、ロングヒルは最前線ですから、軍人の地位も高く、同じ釜の飯を食べた方が王位に居たほうが、自分達の代表としても認めやすいんじゃないでしょうか」
そう話を振ってみると、思い当たるところがあるようで、アンディさんも、なるほど、と頷いてくれた。軍務も単なる体験入学みたいなノリじゃなくしっかりやっているからこその自信だろうね。
ん、次はエドさんの方か。
「文化や芸術なんて遊びだ、と低く見る世論もある中、理解をしてしてくれているのは嬉しい。ただ、ロングヒルの立ち位置として、それらを推すのは何故か意見を聞かせてくれないか? ロングヒルと言えば無骨で質実剛健、武力偏重と言われていて、実際、これまでは活動だって規模も小さかった」
おや。そんな悩みがあったとは。
話を理解しやすいよう、ケイティさんに僕の教育に用意してくれていた弧状列島の立体模型を持ってきて貰ってから、話を再開した。
「えっと、こちらは僕の教材で、弧状列島の立体模型です。これからの話に、地形が頭に入っていたほうがわかりやすいかと思いまして。――こちらがロングヒル、海峡を挟んだ島が共和国ですね。ロングヒルの位置は対連邦、帝国の最前線に位置しており、弧状列島の中心付近にあります。だから、三大勢力が集うのには都合が良い立地で、今後も交流の場として重視されていくでしょう。共和国が隣にあるというのも好条件です」
森林地帯と平地、河川域などまで色分けされていて、高低差も理解しやすい模型で、こうして眺めると、弧状列島は険しい地形が多く平地が乏しいことがわかる。
二人がなんか驚いた顔をしてるので、二人が見知ってるであろう地形をペンで示して、縮尺が見慣れないだろうけれど、ここがロングヒルですよー、と伝えると、なんか唸ってた。
「それで、皆が集う地なら、何でも中心地として栄えるか、といえば、残念ながらそうは行きません。見ての通り、ロングヒルの周囲には平地は少なく、経済の中心地となるには広さが足りません。連合内の大国であるラージヒルや、テイルペーストが広大な平野にあるのと比べれば、その差は歴然です。いくら空間鞄があっても、その中で荷物の整理や受け渡しなんてことはできないから、どうしても多くの物資を扱うには広さが必要です。それに規模が大きくなれば、それに伴い、都市部も広さが必要になります。あと、経済の中心地となれば、政の中心地も兼ねるのが普通です。そんな訳で、ロングヒルは経済や政の中心地から少し距離をおき、多くの種族が集い、交流する地として発展していくでしょう。連邦の隣ということで、魔力を多く必要とする鬼族にとって負担が小さいのも利点ですね」
様々な種族が集い、交流すれば当然、新たな文化や芸術が生まれる、けれど異質でもあり、その扱いは慎重に、普及は大胆に行う難しさがある。なので兼任ではなく、専任を据えるのが望ましい、とも補足した。
むぅ。なんか、二人は色々と考えているようで、テーブル越しにも熱気が伝わってきたから、落ち着くまで、口を挟まず、お茶を飲んで待ってることにした。
五分ほどして、二人が落ち着いてくれた。同時に、考えに没頭してて済まなかった、と言われたので、それだけ熱心に考えてくれて嬉しい、と話した。
二人がこの模型を譲ってくれないかと言い出したので、ケイティさんに話を振った。
「以前の世界儀と同様、受注生産となります。ロングヒル王家であれば注文は承ります。ですが、取り扱いにはご注意ください。世界儀の紹介をした際に、弧状列島全域図を提示してますが、その地図の提供は行っていません」
なるほど。機密事項扱いだよ、と。
二人は重々承知していると話して、模型を一つお買い上げ確定となった。
「平面図で見るより、立体で、しかもこうして彩色されていると、インパクトが違いますからね。これなら、この列島の広さだけでなく、険しさ、往来できるルートの少なさも一目瞭然です。子供達への教育にも使うと効果絶大ですよ」
近所の立体図から始まって、縮尺を変えて国全体、周辺国まで、そして弧状列島全体、というようにすれば、この世の中の広さも実感できるでしょう、と話すと、二人も頷いてくれた。
おっと、お爺ちゃんからも一言。
「実はのぉ。儂らも世界儀の時に見せて貰った地図に倣って、同じような精度で妖精の国やその周囲の地図を作ってみたんじゃよ。じゃが、儂らは空を飛ぶじゃろう? そうなると平面図ではイメージしにくくてのぉ。立体模型にしたら、大好評となったんじゃ」
王城の一角に模型の閲覧会場を設けたら、毎日、市民がやってきて大賑わいじゃ、とお爺ちゃんは自前げに話してくれた。というか、話を聞く感じだと、大勢で鑑賞できる巨大鉄道模型みたいなノリっぽい。子供達も大喜びだろう。
というか制作ペース爆速だねぇ。賽子の時もそうだったけど、魔術式立体プリンタをばんばん使えるってのはほんと強みだと思う。
「もしかして、大人の目にも耐える緻密さとか?」
「完全に同じにすると脆くなるからのぉ。そこは工夫しとるが、何時間眺めていても観飽きないともっぱらの評判じゃよ。それに、要望を受けて順次、目立つ地形を足していっとるからのぉ。一度観たらお終い、とはならんようにもしとる。ほれ、あちらの話でいう観光施設という奴じゃよ」
おぅ。娯楽に飢えてる妖精達がまた一つ、文化を導入したか。
二人も、立体模型の「見ればわかる」強みを味わってくれて何より。ついでに、三人の性格が分かれていることの利点について、ちょっと補足しておこう。
「三人兄妹の性格が分かれていたことで補足ですけど、同じ性格、例えばエリーのような性格の三姉妹だったとか、あるいは生まれた順番が違ったパターンをイメージしてみると、今が一番良かったと感じられるかと思いますよ」
そういって、想像の輪を広げて貰った。アンディさんが三人なら、文化・芸術で苦戦し、多種族を束ねるのもエリーほど注目を集めるのは難しくて大変と思う。エドさんが三人なら、軍人達の反発を抑えて国を統治する事に苦労し、好みからズレる多種族の交流部分となれば神経をすり減らすんじゃないかな。そしてエリーが三人なら、実務を抱える貴族や部下をそれぞれが大勢抱えて、下手をすれば国が割れそう。
あと、アンディさんが末弟だったなら若さ故に他の二人を抑えにくくなるだろうし、エリーが長女だったなら、人を惹きつけやすい分、他の二人は他の貴族や部下達に埋もれてしまうかもしれない。エドさんがトップで、文化・芸術に傾倒なんてしたら国が傾きかねない。
うん、やっぱり、いいバランスだ。
……って思ったけど、二人も似たようなことを想像したようで、苦笑していた。
◇
二人がせっかくだから聞いておきたいと話を切り出してきた。この場で思いついたんじゃなく、事前に考えてきていた話題のようだ。
「アキや竜神子達は、両者の間に立ち、互いの交流を促す、それが役目と聞いた。そして、アキはいずれは竜族も含めて弧状列島に住まう全ての種族が手を取り合うべきと考えているとも」
「そうですね。せっかく一緒に住んでいるのだから、手を取り合ったほうがいいと思ってます」
「そんなアキから見て、ロングヒルの政は今後どうあるべきか。さきほど、立地を活かして、文化・芸術、それに教育といった分野に力を入れていくべき、とは聞いたが、もう少し具体的な意見を聞いてみたい。どうだろうか?」
ふむ。
「三大勢力と共和国が弧状列島で交流を進めていくのに、ロングヒルは立地として最適。いずれ全ての種族が参加する形で統一国家を樹立するなら、文化・芸術・教育といった分野の振興も必要不可欠。どちらも、全体を見据えた視点で、ロングヒル目線ではないから、そこを掘り下げてってとこでしょうか?」
「それでいい」
なるほど。
「文化振興のトップランナーであり続ける為には、何処よりも異種族への理解を持ち、偏見を持たない事が重要でしょう。偏らず、皆が目指す未来はそこにある、いつかはロングヒルのように、そう語られたら素敵ですね。幸い、ロングヒルの民は鬼族や小鬼族、それに森エルフやドワーフ、妖精、竜族とやってきても受け入れる稀有な度量を持っているので、この長所はこのまま伸ばすのが良いと思います。あとは、そうですねぇ……潤沢な資金があるからと言って、商品陳列室みたいに綺麗で見栄え良く、なんてのは止めたほうがいいかと。潤沢な資金がないと手が届かない国と思われたら、ロングヒルは素晴らしい、けれど、あれは特別だ、なんて思われて、それに続こうと思わなくなっちゃうでしょう」
「それは、大勢を迎い入れて、交流の場として成立する程度の投資はいい、けれど、見せつけるような、威圧するような方向性は害悪だと考えればいいか?」
エドさんも、言いたいことはわかるが難しいって顔をしてる。
「今も大勢がやってきて、国が膨れ上がってるような状態ですからね。規模に応じた設備の拡張はすべきでしょう。でも、交流の場として、それに相応しい規模というのもあると思います。人数はある程度抑え気味にしたほうがいいでしょう。一時的な滞在まではいいけれど、長期であれば連邦なら何人、帝国なら何人というように割り当てて。そうすれば、規模も抑えられます。あと、見せつけるような建物とか装飾とかはどうかと思う、というのは個人的な意見です。一応、理由はありますよ? 建築物は作るのに時間がかかる、しかも残る、となると文化・芸術・教育にある種の方向性を与え続けることにも繋がりかねない。それって、長い目で見れば邪魔かなぁ、と。あ、だからといって、作っては壊して、と潤沢な予算にものを言わせるような真似は、勿体ないので避けて欲しいとこです。趣味が悪いでしょう? そういうのって」
そう話すと、実利優先のロングヒル人気質にも合う、と頷いてくれた。
「文化的な面はエドさんが中心となって推進していく、現実的に、弧状列島において少し先、頑張れば届く、追い付いてみたい、そう思わせる程度の匙加減はアンディさんが見極めて、適宜、調整していく。それで、多種族の交流とか、共同作業の目立つ旗振り役はエリーがやればちょうどよいかなーって思います。あとはまぁ、現状がヘンリー王と王妃様を加えた五人体制なので、代替わりをする際に備えて、後任を育てるのも忘れずにってとこでしょうか」
ほら、これで丸く収まると話したら、二人は得心がいった、という顔をした。だけど、どうも、僕の話を聞いて、というだけではないっぽい。そう気づいたら、アンディさんが教えてくれた。
「エリーが話してたんだ。アキは他人に任せて、自分はまだ未成年だから、と一線から退くなんて戯言を言ってるから、絶対逃がすな、と。特に「これで皆さんだけでも上手くできますね」なんて言い出したら、要注意と」
エドさんも、そうなったら、とにかく捉まえておくこと、と聞いた、なんて手振りまで加えて話し出した。
「何か盛大に誤解があるようですけど、僕も途中で放り投げたりはしませんよ?」
そう弁明すると、ふわりと飛んできたお爺ちゃんが退路を塞いできた。
「先ほどの話で言えば、エリーは調整は担うが、束ねる役はアキがすることになるじゃろうな」
それは、面倒臭い。
……って思ったら、表情に出てたようで、三人に笑われてしまった。
「代わりが用意できたら順次、引き継いでいくからとは聞いてますけど、そもそも、最初から担当者がいれば、そんな面倒な事をしないでも済むでしょう? やりたいって熱意と実力がある人がいるなら、お任せするものです」
余計な事まで抱えたくはない、握った手では他のモノを掴めない、と言って同意を求めたら、二人とも、父から聞いた通りだった、となんか納得した顔で頷いていた。
◇
結構、長い時間、お話していたこともあり、そろそろお開きということになった。
そこで、エドさんが、もし興味があるなら、と一冊の本を取り出して見せてくれた。
探索者ガイド ~あなたもこれで明日から探索者だ~
見た感じ、探索者の紹介本って感じだ。五年ほど前の本で、付箋紙がついてたり、ぱらぱらと見せて貰った感じだと、色々と書き込みとかもされていて、かなり熱心に読まれていたっぽい。
目次の部分を開いて貰ったけど、書かれている内容は、確かに子供達も食らいつきそうだ。
「これは面白そうですね。ほら、お爺ちゃん。外見や立ち振る舞いから相手の職業を見極めてみよう、なんてページもある。きっと、妖精さん達にも役立つ内容だよ」
周辺の人族の国とも頻繁でないにせよ衝突してるという話だからね。
「どれ。……ふむ、いいのぉ。これは確かに儂らも読んでみたい。じゃが、儂やアキが触れたら保護魔法が壊れてしまうのぉ」
お爺ちゃんがそう残念そうに話すと、ケイティさんがそれならば、と案を出してくれた。
「それでは、貸していただいて、複製本をこちらで作りましょう」
ケイティさんの提案に、エドさんもそれで構わないと了承してくれた。そして、貰ってばかりで悪くちょっと申し訳ない、と話すと、それならとエドさん、それにアンディさんが遠慮がちに希望を口にした。
「もしできることなら、ケイティ殿、ジョージ殿のサインをいただけないだろうか? それが叶うのなら、他の何にも勝る対価だ」
むむ。どうしたらいいかとお爺ちゃんと目が合い、そのまま二人してケイティさんの反応を伺ってみた。
すると、ケイティさんは、仕方ない、と頷いて、離れた位置にいたジョージさんを呼んで、経緯を説明して、ポケットからペンを取り出して、受け取らせた。
ジョージさんもなんか色々と諦めたようで、二人の王子の要望を確認して、表紙の裏にサインと、場所と日時がわかるメモも書き足して、ケイティさんに戻した。ケイティさんも流れるようにサインを書き終えて、どうぞ、と二人に戻すと、王子様達は、すっかりスターに会えたファンみたいな笑顔で礼を述べて、家宝にする、なんていって満足そうだった。
最後はちょっとドタバタしたものの、こうしてエリーの二人に兄、アンディさん、エドさんとの会談も和やかな雰囲気で終わったのだった。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。自分ではなかなか気付かないので助かります。
何とか、二人の王子とアキの会談も無事終えることができました。アキとしては、探索者ガイドなんて本が貸して貰えて、翁ともどもほくほく気分で二人を見送ったりするほどでしたが、見送られた王子達もまた、アキの異質さを実感したことでしょう。
同年代との交流、王族や貴族の恋愛模様、次代を担う三人の気質や活動の分析、ロングヒルの未来に関する考察、それに探索者ガイド、という話がアキの中では、殆ど優劣なし、フラットな並びであることが感じ取れたでしょうから。注力すべき活動とそれ以外。ある意味、とてもシンプルではあるけれど、ヘンリー王や王妃が会わせるのを躊躇していたのも、会談を終えた後であれば理解したに違いありません。
まぁ、今回の会談を受けて、二人の王子とエリーの会話が増えることは確かでしょう。一見、有用な提案、それがいいかも、と思わせるアキの話。でもそれは、長老のヤスケも話したように、用法、用量を守って扱わないといけない猛毒でもあり、アキが語っていない部分、考慮すべき部分を自分達でしっかり穴埋めして理解しないと大怪我の元ですから。
次回の投稿は、六月十三日(日)二十一時五分です。
<雑記>
前回の雑記でも紹介した「MIKU EXPO 2021」のオンラインコンサートは1日3回の公演で、延べ15万人くらいの人達が視聴していたようで大盛況でした。1日のオンライン公演で6000万を超える支援金を使い切っただけあり、とても凝った演出、公演内容で、とても贅沢なクオリティとなってました。今回の公演形態は、マジカルミライや既存のMIKU EXPOとも異なる良さがあるので、今後、もう一つの公演形態として定着していくかもしれません。
オンラインイベントとして、描いた絵に「#MikuWorldGallery」とタグをつけて公開する 「MIKU WORLD GALLERY」が6月30日まで開催されてますが、世界中の国々から投稿されているのがわかり、活動の広さに衝撃を受けました。同時に、中東地域とアフリカの殆どがぽっかり抜けているというのも、興味深かったです。




