13-17.風洞実験の反省会(後編)
前回のあらすじ:エリーが多種族を迎え入れるホスト国としての立場から発言し、ロングヒルの民への配慮も大切だ、と皆に示しました。ここで、協力して当然だ、みたいに威張り散らす残念な種族がいないのは幸いでした。今後もこうあって欲しいものです。(アキ視点)
大型幻影に協議事項が表示された。実験に参加したそれぞれから意見を出して貰い、それを皆で共有する事が目的で、ならどうするか、改善的な話は各自が持ち帰って考える事とし、別の機会に検討するとある。
確かに、これだけ多くの勢力、種族が集まると、それぞれに意見を聞くだけでも大変だ。
初めは実験の要、竜族の雲取様からだ。
<まず、これだけ多くの者が携わる複雑な取り組みに参加出来た事に感謝したい。我ら竜族は共同で作業をする事が少ない。力を合わせる事で個人では届かぬ事も成し遂げられること、そして全体の目的、互いの役割を理解する事の大切さを知った。今後はあちこちで我らが参加する事も出てこよう。その際には、少し手間でも、地の種族の視点、共同で作業する際の注意点なども、認識を共有して欲しい。話を聞けば成程と思っても、我らからは気付かない事も多いからだ>
こうして小さい身になると気付く事もある、と話してくれたけど、竜族から見た人なんて、人から見た鼠だもんね。視点が違い過ぎて見落とす事もあれば、逆に気付く事もあると思う。
皆も真剣に頷いていた。
小さい、と言っても乗用車くらいな大きさの雲取様に対してだと、少し生真面目過ぎる対応にも思えるけど、本体は館のように大きな存在、天空竜だから、皆が真剣な顔つきをするのも解る。何せ、軽く尻尾を振り回すだけで、建物もバラバラにするような種族だ。それが、地の種族に理解を示してくれていると言うのは、奇跡とさえ言える。それを地の種族側のミスで潰してしまうのは、何としても避けないといけない。
<それでは、風洞実験について話そう。まず、風洞内を飛んでみた感想だが、アレは我らの飛び方には狭過ぎるな。我らは狭いところを飛ぶことがない。大空では風を受けて、上下左右にゆっくりとだが揺れるモノだ。曲がる際にも大きく弧を描く。空には踏みしめる地面もないのだ>
ふむ。確かに鳥が鋭角に飛ぶのなんて見た事が無いもんね。あ、でも、ちょい気になったので、聞いてみよう。
「雲取様、トラ吉さんが空中に障壁で足場を作って、お爺ちゃんと追いかけっこをしてたんですけど、竜も、飛んでる最中に空中に足場を作って、蹴り飛ばして急な方向転換とかやらないんですか?」
<やった事がないが。トラ吉、少し空を駆けてみてくれぬか?>
「にゃー」
えー、やるのかよーって感じの声を上げたけど、トラ吉さんは空中に飛び上がると、次々に足場を創って、それを蹴って、中庭の上を駆け回って、最後は音もなく優雅に地に降りてみせた。
雲取様はもちろん、紅竜さんや白竜さんもその様子を熱心に見ていて、感心の声を上げた。
<参考になった。トラ吉よ、ありがとう。なかなか興味深い障壁の使い方だった。それで、我らの飛び方への応用だが、これはちと難しそうだ。角猫は全身をしなやかに使って地を蹴って飛び上がれる身体の作りになっているが、我らの足はこの通り、掴む事や、地をゆっくりと歩くのには役立つが、この身を空へと蹴り上げる程の力はない。それに、我らのような速度で空を飛びながら、空間に固定した障壁を展開しても、蹴るのは至難だろう>
雲取様が皆に見えるように、足を伸ばしたり庭石を掴んだりしてみてくれたけど、確かに蹴る力はさほど強くなさそうだ。空を飛ぶのが基本で、歩くのは補助って感じだね。これが歩くだけの地竜とかなら、足の筋肉は物凄いんだろうけど。
それと、トラ吉さんが空中で障壁を蹴る事ができるのは、普段の走り回る程度の速さで移動しているからで、例えば、人が新幹線から飛び降りたなら、どれだけ足を早く動かしても地面をうまく蹴り進む事なんてできないのと同じって事だね。
<風洞実験のように、その場で浮いた状態であれば、障壁を使えるかもしれないが、あのように手足を使いつつ、羽で大気捉えて飛んだ事はなく、難しいと思う>
<それなら、妖精族の飛び方を真似てみた方がまだ役立ちそう>
紅竜さんも白竜さんも、やはり高速飛行と障壁は相性が悪いと感じているようだ。
あと、紅竜さんの思念波から感じた印象が面白かった。まるで狭い洞窟内で羽を広げると言った印象で、やる意味が感じられないってトコかな。白竜さんの方は、妖精を真似て変な癖がつくと、体に無理な飛び方をして大怪我をしそう、とやっぱり後向きな認識だ。
雲取様は最後に実験は有意義だったので、無理なく飛べるよう今後の改良が進む事に期待を口にして話を終えた。紅竜さんからは特に追加コメントはなし、白竜さんからは、竜眼で観察した内容、特に今回のような気流の変化は、言葉では伝えるのが難しく、絵を描くのも竜の手では難しいので、魔導具で記録して、何度も観察できるようにするのは大切との意見が出た。
僕も、召喚体の構造をモデル化した時のように、白竜さんと心話経由で竜眼で観察した事象を伝えて貰っても、それを絵に起こせる自信は無いから、魔導具が使えるシーンではなるべく活用すべきと思った。
◇
次は鬼族、セイケンだ。
セイケンは皆に断って庭先に降りると、お爺ちゃんを呼んで、魔術の試技を見せると言った。
「魔術の発動について試技を行うので皆はその様子をよく見て欲しい。翁、私に対して訓練用の投槍を二回、素早く好きな位置に撃ち出してみてくれ」
「ふむ。では、やってみようかのぉ。それっ」
お爺ちゃんが杖を向けると、投槍が宙に創り出されてすぐさま撃ち出された。着弾地点に視線が動き始める前に、もう二本目が創られて、それもすぐ撃ち出されて、僕が目で追えたのは二本目が、セイケンの右肩前に生成された拳大の障壁に命中するところだった。それと、セイケンの左足先あたりにも同じサイズの障壁があって、そこから、勢いを失った投槍が落ちて、溶けるように消えていくのが見えた。
えっと、つまり?
説明を求めると、妖精族の賢者さんが今の試技について話してくれた。
「今、セイケン殿は、翁が投槍を創り出したのを見てから、命中予想位置に障壁を展開して見せたのだ。それもほぼ同時の投槍二本、位置も大きく変えたのに、それぞれに対応して、だ。見事な技だ」
賢者さんの説明が終わると、今度は師匠が補足説明してくれた。
「セイケン殿は、厳密には違うが、瞬間発動の魔術を続けて二回、異なる場に対して発動して見せた訳だ。一見すると、今回の実験の際に瞬間発動の魔術を使える竜族、妖精族なら、同じように僅かな時間に、状況に応じた魔術を発動して対処できる……そう思えるが、そうじゃないんだろう?」
ふむふむ。会場内をざっと見ると、セイケンの試技の意味が解ってる人と、良く分からない人に分かれているっぽい。僕は後者だ。凄いなーと思うけど、それが何を意味しているのかわからない。
すると、白竜さんが答えを教えてくれた。
<今のは、翁が撃つ前にセイケンは魔力を貯めていた。つまり準備ができていた。そして撃ち出される場所に障壁を展開するたびに、魔力が大きく減っていた。多分、三度目はできかった筈>
その発言に、セイケンは大きく頷いた。
「白竜様の話された通り、今の試技は曲芸に類するもので実用性はない。私は予め、魔力をギリギリまで貯めておき、発動する術式も決めて、どこに創るのか、翁の身振りから予想して受け止めただけだ。そして、貯めた魔力は使い切ってしまった。私は連続で発動可能な術式の中で、貯めた魔力で二回使えるモノを選んで見せた、ということだ。私が伝えたかったことは、このように予め想定して準備を整えていれば魔術の連続発動も可能ではあるが、それを今回の事故のような突発的な事態にも行える、と考えるべきではない、ということだ」
ふむふむ。賢者さんもそれに同意見か視線を向けると、彼もセイケンの話に同意した。
「我ら妖精族は、確かに魔術を直接、発動することができる。翁がやって見せたように投槍のような使い慣れた術式であれば、それを続けて、あちこちを狙い撃つような真似もできる。しかし、異なる術式を状況に応じて使い分けるような真似を、同じような間隔で行えるかといえば、それは否だ。竜族も同様と思うがどうだろうか?」
<それは我らとて変わらない。つまり、今後、実験を検討する際には、それぞれの術者は魔術を一種類、一回発動することを前提とせよ、ということか>
雲取様の言葉に、セイケンは大きく頷いた。
「それも、予め、事象に合わせて使う術式も決めておくのが望ましい。武術の技と同様、状況に合わせて認識と対処を同時に行える域まで高められれば、それが最適だが、そこまで行かずとも、迷いが生じぬよう備えておくことが必要と思う」
なるほど。魔術と武術を同時行使できる鬼族ならではの発想だね。武術の練習と同じで、鬼族だって、武術の型と魔術の組み合わせは予め決めておいて、それを相手と白兵戦を行う状況でも繰り出せるよう、反復練習を積んで身に付けているんだろう。組み合わせによっては体術と合わないパターンもあるだろうし、ぶっつけ本番で自爆するような真似になったら目も当てられない。有用なパターンも研鑽を積んでいく中で編み出していったに違いない。
セイケンの言葉に、妖精や竜といった瞬間発動魔術の使い手の皆さんも得るモノがあったようだった。
◇
それからも、賢者さんは、妖精の魔術は位階では竜と並んでも、魔力量が何桁か違うので、竜が展開した大きさの障壁を妖精が止めるには、より高い位階の高度な魔術にしないと拮抗できず、工夫が必要だろう、と話していた。大きな雪玉を貫通できるピッケルを持ってても、転がってくる雪玉を止めるのは無理ってとこかな。それでも、頑張れば拮抗するんだから、さすが妖精族だ。
ドワーフのヨーゲルさんは、ロングヒルに持ち込んでる機材で、竜の展開する障壁に対抗するような魔導具を作るのは難しい、と話していた。それを受けて、リア姉が、大型帆船用の障壁展開用魔導具なら、転用できそうだから、余ってるのがないか探してみると話して、他の皆さんから呆れられていた。そんなレベルの魔導具が押入れを探したら出てくる貰い物みたいなノリで言われれば、それは呆れられても仕方ないと思う。
森エルフのイズレンディアさんは、大勢の精霊使いが共同で対応することで、第三演習場に流れ込む大気の流れが乱れるのを抑えることができた、と満足そうに話してくれた。今後は当日の天候なども考慮することで、より影響を抑えることもできるだろう、とのこと。試す術式の内容によって、自然現象への影響も変わってくるだろうから、これもそれぞれに応じた事前検討は大切そうだ。
小鬼族のガイウスさんは、帝国ではそうそう見られない大規模魔術の行使に参加できたことに謝意を示して、召喚された者が使う魔術は、召喚者である僕やリア姉の完全無色透明の属性を持つ関係で感知不可能なので、今回のように次は誰が何の術を使うかアナウンスをする、という方法は大変良かった、と話してくれた。感知不能でも予め、これからやるよ、何をするよ、と伝えれば備えることもできるということだね。
そして、最後にケイティさんが話した内容に、皆が低く唸ることになった。
それは言葉にすれば簡単なこと。でも、それが意味することが何か。
「術者の魔力は種火であって、それは人族のように杖先に収束、圧縮して発動しても、鬼族のように活性化して角先から発動しても、妖精が杖先に発動しても変わるものではなく、魔術は場に満ちた魔力によって発動します。普通、これだけ戦術級魔術を連発すれば、地に満ちた魔力は大きく減ることになります。ただ、今回、私が狼煙の術式を使っていた限りでは、この地の魔力減少は感知されませんでした。では、本来減る筈の魔力はどこから供給されていたのか。我々はその謎にも意識を向けるべきと考えます」
風呂を沸かすためにずっと炎の魔術を使っていたら、だんだん発動効率が低下していくという話を聞いたこともあるし、それは確かに気になるところだ。ケイティさんも以前、話していたように、対価なく何かを得られる、というのは考えにくいのだから。
「単純に考えれば、アキやリアの回復しきった後の魔力はどこに消えてるのかって話だろうね。通常の術者なら、周囲の魔力を吸収することで減った魔力が回復するが、二人の場合、使ってる魔力の量から考えれば、それを周囲から集めてたら、この辺りの魔力なんざすぐ空っぽだ。満ちた後は、魔力泉のように溢れてるのかもしれないね。まぁ、わからない事だらけだ。それも今後の研究課題に挙げとこうか」
師匠がそう話を纏めて、とりあえず第一回の反省会は終了となった。
設備なしでも創造系魔術を皆で使えば、そこそこ複雑な実験もやりたい放題、と安直に考えていたけど、世の中、そう美味しい話は転がってないということがわかり、反省会に参加していた皆さんも、一時の浮ついた雰囲気が払拭されて落ち着いたようだった。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。自分ではなかなか気付かないので助かります。
第一回の反省会がやっと終わりました。次回以降の実験はもっと慎重に事を進めることになるので、安全性もだいぶ高まることでしょう。
次回は気分転換ということで、懸案となっていたエリーの二人の兄との歓談です。
次回の投稿は、六月二日(水)二十一時五分です。