13-16.風洞実験の反省会(中編)
前回のあらすじ:前回の風洞実験、成果は出たけど、一歩間違えれば大惨事ということもあって、反省会を開いてます。竜族や妖精族も限度を超えた力は止められない、と経験できたことは、良かったと思います(アキ視点)
最初の発言は調整組のエリーだね。
「今回の実験は、演習場を実験の場として提供してきたロングヒルの民にとっても衝撃的な結果となりました。鬼族、小鬼族の皆さんがやってきても、共に平和に生活できる、だからこそ、交流も進み、互いの理解も深まってきました。しかし、それは、平穏な日常があればこそであり、竜と妖精と地の種族が手を取り合って実験をする意義も、前提が崩れれば、拒む意見が出てくるのは避けられないでしょう」
エリーの発言は調整組というより、多くの種族を受け入れるロングヒルの王族としてのものだ。三大勢力、妖精、竜族の合同実験となれば、その意義は十分理解できるし、協力もしたい。けれどそれは、今の生活が保障されなければ、故郷が失われる危険性があるのなら、協力はできない、そういうことだ。
「竜族の皆さんは、私達からすれば、神の如き力を持つのは事実です。ですが、それでも、力には限りがあり、手に負えない事例もあることが今回明らかになりました。実験をして欲しくないとは言いません。ですが、何かあっても余裕をもって制することができる、そんな範囲で留めていただけますよう配慮をしてください。小型召喚の竜ですらこれですから、本体が行う試験であれば、周囲に何もない海上で行う、といった工夫も必要と思います」
特に強い口調という訳でもないのに、エリーの言葉は心に響く。
竜族も、妖精族も、今回、多くの幸運に助けられたことを理解していたが故に、反発心は抱かなかったようだ。
師匠が言葉を続けた。
「私達がこの地で手を取り合って暮らしていられるのも、ロングヒルの民が協力してくれればこそ。それを忘れちゃいけないって事だね。ありがとう。「苦言は薬なり、甘言は病なり」というが、力無き者の視点も今後は必要だろう。そうした話となれば、アキ、あちらの方ではどうしたのか教えてくれるかい? 今回よりずっと大きな規模の実験を沢山やってるって話じゃないか」
えー、こっちに話を振ってくるか。
黎明期だとロクでもない事故も多いけど、今回のような基礎実験となると、似たような話なら、やっぱりロケットエンジンの燃焼実験とかかなぁ。
「それでは、地球の事例をちょっと紹介しますね。あちらには魔法がないので、勢いよく燃料を燃やしてその反動で空を飛ぶ機構=ロケットエンジンでは、別邸一杯分くらいの燃料を七分程度で燃焼し終える、そんな爆発的な燃焼を制御することで、膨大な推力を得ていました」
ホワイトボードに模式図を書いて、器に入れた燃料は表面から燃えていくけど、霧状に噴出して火を付ければ全部が一度に燃える、という説明をした。
「ケイティさん、こちらでも、気化した燃料が室内に充満して引火、建物が吹き飛んだ、みたいな事例はありますよね?」
「はい。痛ましい事ですが、そういった事例はこれまでにも幾度となく起きています」
注意してても、やっぱり起きるんだね。悲しいけど本筋からズレるので気持ちを切り替えよう。
「霧状に燃料を噴出して一気に燃やす、というのはそんな建物を吹き飛ばすような燃焼を意図的に、そして連続的に起こすというものです。その推力は天空竜の十倍といったところでしょう。当然、上手く燃焼できればいいんですが、何か予定外のことが起きれば、最悪の場合、燃料もろとも全部、吹き飛ぶ事故となります。なので、実験は必ず遠隔操作で行い、作業員は遠く離れた場所で避難所に入ります。また、燃焼実験施設は付近に家がなく、最悪、爆発したとしてもそれを遮る山に囲まれている、そんな人里離れた僻地に建設されました。離れ小島なんて例もありますね。回りが海なので、例え吹き飛んでも被害は最小です」
といったように、そもそもそうならないように幾多の制御の仕組みを設けるけれど、それらが全部駄目になって、考えうる最大の事故となっても、怪我人も死者も出ない、そうすることで、その地域の人々の信頼を勝ち取ってきた、と話した。なにせそういった僻地に作るから、何をするにも手間がかかり、人手も足りず、地域の人々の支援なしには実験をスムーズに行うこともできないので、そういった意味でも、地域の人々に配慮し、理解を得られるよう工夫することが大切、とも話した。
人の小さな身で、自重の何万倍もの重さの燃料に座席を付けて爆発させてぶっ飛んでいく仕組みに、紅竜さんが無言の思念波で、冗談だろう?信じ難い、頭オカシイって感情を送ってきたけど、危険を伴う乗物だけど夢の為なら人はリスクを追うモノと伝えたら、マジかよーって呆れ、目を丸くしていた。
まぁ、うん、人だって、有人ロケットを考えた連中は、頭のネジがいくつか取れてるとは思ってたからね。呆れるのも解る。まぁ、それはそれとして。
「えっと、大きな魔術を試験するといって、ついうっかり誰かの縄張りを消し炭に変えたりしたら、竜族だって揉めますよね?」
そう話を振ると、雲取様がそれはそうだ、と頷きながら答えてくれた。
<魔術でも、竜の吐息でもそうだが、縄張りが荒れれば、それがほんの一部であっても、かなり揉めるのは間違いない>
「縄張り全部が無くなっちゃったら?」
<全部だと!?>
「地球の事例ですけど、極度に乾燥した時期に山火事が起きて、山をいくつも飲み込んで灰燼と化す、そんなこともあったので、そう荒唐無稽な話でもないかなって」
<それは、詫びで済ますレベルの話ではない>
「まぁ、そうなりますよね。そして、誰かが巻き込まれて死んでしまった場合と、逃げて怪我もしていない場合では、結論も大きく変わるでしょう?」
成竜だって怪我をして飛べずに巣で傷を癒している時に火災旋風にでも巻き込まれればただでは済まないでしょうから、と話すと、ピンとこないようだったので、大規模火災の時に起こる、高さ何百メートルにも達する炎の竜巻=火災旋風についてざっと説明して、その恐ろしさを理解して貰った。
すると、雲取様が僅かに顔を顰めながら、言葉を交えない思念波を僕だけに絞って送ってきた。
……どうも、竜と街エルフが争っていた時代、巣ごと竜を葬り去ろうと火災旋風を起こした、なんて事例があったそうだ。火災旋風という言葉を知らなかっただけで事象自体は、竜族が語り継ぐレベルの脅威認定されていたようで、注意して扱わないと不味い話題らしい。ミスった。
「えっと、すみません。話が横道に逸れました。言いたい事は、考えうる限りの安全対策をしっかりとること、そして、それを地元住民の方々にきちんと説明して理解を得ること、そして、それでも万策尽きて手に負えない事故が発生したとしても、死傷者を出さないよう場所を選び、施設を作ることが必要ということです」
他意はなかった、と謝って、話を終えた。すると、ドワーフのヨーゲルさんが手を挙げた。
「つまり、今回の実験であれば、観測は機材だけに任せて、その場には瞬時に障壁を展開できる鬼族、妖精族、竜族だけが立ち会うのが良かった、ということになるか」
「そうですね。実際、暴風の直撃を受けても、今回、実験に立ち会った鬼族の皆さんなら大丈夫そうですし、妖精族も身を護るだけなら、障壁を張って跳ね飛ばされてもいいから問題なし、竜族も身を護ることは容易でしょう。それに演習場中心で暴風が開放されたとしても、周囲の森が多少荒れる程度で済みます。森エルフの皆さんは前回同様、風を操って降りてもらう感じで、人的被害は避けられるかと」
うん、うん、と頷くとトウセイさんが眉を顰めた。
「セイケン達ならともかく、私は単なる研究者だ。あまり高く考えないでくれ」
あ、不味い。つい、鬼族だから、と同じグルーピングで考えてしまった。森エルフのイズレンディアさんからも、森エルフなら誰でも、いつでも、空に飛ばされても安全に降りられる、と考えないでくれ、と釘を刺された。派遣されてきているのは精鋭達であり、そんな彼らであってもそうそう試みたい話ではないと。
実際、僕も飛ばされそうになってエリーが抱き着き倒して障壁を展開してくれなければ、空を舞ってたことだろう。そして、風を操ることなどできない僕は、きっと地面と激しいキスをして酷い有様になってたに違いない。
「――すみません、そこはそれぞれで考えましょう。あと、観測機器も高価なものですから、壊れないなら、それに越したことはありません。機器は観測する間口だけ開けて、それ以外は頑丈な風除けで囲うようにして、何かあれば開口部を閉めるようにすれば、障壁のみに頼るよりは安心でしょう。ただ、対策はやればやるだけ人も物も金も使うので、小さな実験で代用できるものはできるだけそちらで済ます、エリーが言ったような方針で行くのが基本です。小さい実験ならその分、手軽にできますからね」
そう話して、皆の反応を伺うと、小鬼族のガイウスさんが手を挙げた。
「私達も今回、少し迂闊でした。我々、小鬼族は体が小さく軽い。だから、今回のように風が吹き荒れれば、簡単に飛ばされていた事でしょう。障壁があろうと、飛ばされないよう地面に体を固定する程度の工夫はしておくべきでした」
確かに、高所作業時のように、安全帯を身に付けて、フックで地面と固定する、みたいにすれば良さそうだ。というか、小鬼族なら、そういった工夫は結構、しっかりやってそう。コストもそれほどかからないし、そういった面での創意工夫は得意だからね。
「ところで、地元住民の理解と協力が欠かせないとのことでしたが、あちらでは場所の確保をする際に住民を立ち退かせる時はどうしているのですか?」
我々、小鬼族の場合は、行政が移住先を確保して、そちらに移転させてますが、と。
ふむ、ふむ。
「やはり移転先を確保するか、引越し先で生活できるだけのお金を支払うとか、調整して立ち退いて貰う感じでした。ただ、行政の説明不足だったり、期間が短かかったりすると揉めます。福慈様に話した、日本の飛行場の話ですけど――」
簡単に国際線の飛行機の大きさや仕組み、必要な滑走路の広さ、風向きを考慮した滑走路の本数、誘導路などなど含めた全体の広さや、進入路の高さ制限について簡単に説明して、成田空港の例で話してみた。
すると、必要な敷地面積の広大さ、都市部からの利便性、平地である事、周囲に高い山がない事など、制約の多さ、影響の大きさに皆が驚いていた。
「それ程広いとなれば、しかも沼地なども避けるとなれば、そこは昔から農地として利用されており、土壌も豊かで、農民は手放す事を嫌がりそうですが」
そもそも国土が貧しい小鬼帝国からすれば、それ程の広大な農地を潰して、僕の身長くらいまで掘って、農業に適した土を捨てて、セメントを混ぜた土を転圧して重ねて、アスファルトも新型工法でも腰くらいまでの深さで分厚く固めて――ってのは、理解し難いって感じか。
ちょっと例として不適切だったかも。
「今、話した例は、大陸間を結ぶ大型旅客機が数分間隔で離発着をするような国の表玄関、国際空港の例でしたので、ちょっとイメージしにくかったかもしれませんね。まぁ、必要があれば立ち退かせて建設しますが、当然、メリットだけではありません。かなり揉めるし、政府とて意見も割れたりします。その辺りは政を担う方々の力量が試されるところでしょう」
そう話して、エリーを見たら、ぶすっとした顔をして手を挙げた。
「規模が違うけれど、今回、実現に利用した第三演習場だって、先祖代々、受け継いできた里山を切り開いたから、嘆く人達は多かったわ。林業だけでは生計が成り立たず、職を変えてもらったりね」
その話を聞いて、竜族の三柱がなんか衝撃を受けていた。
<縄張りを失い、肩身の狭い身となる、それも老いて譲るのならまだしも、成竜の身でそんな事となれば、血の雨が降る事は避けられまい>
そんな過酷な事を強いていたのか、と雲取様はかなりショックなようだ。紅竜さんや白竜さんも同じようだ。
「竜族の場合、縄張りは所有する財であり、生きる糧を得る土地であり、一人前になった証でもある訳ですから、重みはかなり違うとお考えください。立ち退いた方々も、次の生活をするだけの資金やサポートは与えられてます。全てを失ったのではありません」
<それは理解できるが、縄張りは愛着もある。同じような縄張りを用意するから明け渡せと言われても、心の整理ができるモノか……。それに独り身ならいいが、番がおれば、せめて幼竜が巣立つまでは明け渡せまい>
むむ、かなり話がズレてきたね。
「すみません、地の種族について理解して戴くのは嬉しいのですが、時間も限られますので、この場は、実験の場を提供してくれる人々の思いを忘れず、実験を有意義なモノとして、取り返しのつかない事故を起こさないようにする、とだけ御認識ください」
互いの文化についての理解の場は別途、設けますからと話して納得してもらった。
ふぅ。
立ち退きで言えば、今後は樹木の精霊達の要望にも耳を傾ける必要があって、これまで以上に利権調整が難儀するだろうけど、そこに触れるのは止めておこう。資源が無限にあればいいけど、現実世界は制約だらけで、そこは折り合いをつけないと共存なんて出来っこないんだから。
と言う訳で、受け入れ地元民の意見をエリーが代表して発言してくれました。たった半年でロングヒルも大きく変貌してますからね。きっとほんの少し前まであった当たり前の風景、日常に思いを馳せる人達も結構いるんじゃないかと思います。悩ましい話ですね。
次回の投稿は、五月三十日(日)二十一時五分です。
<雑記>
残念、私の所では曇天の為、皆既月食を見る事はできませんでした。同じように河川敷で空を見てる人が結構いました。見れませんでしたが、たまにはこうして夜空を眺めるのも良かったです。




