13-15.風洞実験の反省会(前編)
前回のあらすじ:雲取様とお爺ちゃんが高速飛行をした際に発覚した両者の障壁のズレに伴う気流の乱れ、それを調べるために大勢が参加して行った風洞実験でしたが、最後に想定してなかった風洞側面、底面の障壁が割れて、あわや大惨事という事態になりました。賢者さんが展開した障壁が間に合ってくれて幸いでした。(アキ視点)
それから、被害状況の確認に追われて、土手から観ていた人達も、大気を震わせる衝撃に恐怖を覚えて、ちょっとした混乱が生じたようだけど、人手不足は人形遣いの皆さんが手持ちの魔導人形達を展開して、数を持って沈静化させてた。鬼族もウタさん達が一喝すると、全員が浮足立った姿勢を正して大人しく座り直してた。
子鬼族の皆さんは予め想定していたようで、衝撃が生じた際には地に身を伏せていたものの、直ぐにサブリーダーの元に集まるなど、その統制の取れた様は群を抜いていた。
直接的な被害は、雲取様の展開した球状障壁を押し付けた事で凹んだ地面くらいで、他には問題なしと判った時点で、制限時間が来て、僕は別邸に帰った。だけど、僕が帰る時点でも、まだ誰も第三演習場を離れようとはせず騒然としていた。
◇
翌日、起きてみるとケイティさんは普段と変わらない様子で、僕の診察をして着替えを手伝ってくれた。
「その感じだと、昨日はさほど居残りとかはしなかったようですね?」
「直接的な被害は軽微でしたので、各自が情報を取り纏める事として夕方には解散しました。本日、関係者の代表を集めて、反省会を行う予定です」
なるほど。一歩間違えれば惨劇になってたんだから、その流れは当然か。
「皆の様子はどうでした?」
「ソフィア様が肝を冷やしたと話されてました。自分の側に転がってきたら、賢者のように止められたかわからなかったと。妖精族の弟子の皆様は、風洞障壁が耐えられなかった事にショックを受けてました。それと、雲取様は、研究者達を潰すような事がなく安堵したと話されてましたが、体の大きさが近くなって、地の種族への配慮が疎かになっていた、と少し気落ちされていました」
ふむ。師匠と賢者さんの弟子の皆さんはまぁ何とかなるとして、雲取様は必要以上に萎縮しないように配慮した方が良さそう。飼っているペットを不注意で踏み殺してしまった、みたいな話だからね。間違いが起きないように、工夫しないと。
「お爺ちゃん、賢者さんはどうだった?」
「奴も、微風と暴風の違いを甘く見ていたと話しておった。それと、成竜の大きさでは無理じゃが、小型召喚竜ならば、我らの飛び方も参考になるだろうと話しておった」
ほぉ。
「妖精さんの飛び方というと、重力や慣性を無視したような鋭角に方向を捻じ曲げる奴?」
「うむ。体が軽ければ、さほど負担なく飛ぶ向きも変えられるやもしれん」
それはそうかも、と思って更に聞こうとしたところで、ケイティさんに止められた。
「二人ともお話はそこまでです。続きは反省会の場で話されるのが良いでしょう。今回は関係者が多いので、反省会会場は鬼族の大使館になります」
そう言って身支度もそこそこに、馬車の中で朝食を取りながらの移動となった。
◇
大使館には既に小型召喚の雲取様、紅竜さん、白竜さんが到着していて、リア姉も第二演習場から戻ってきていた。出席者を絞っていると言っても、かなりの人数で、裏方も含めると五十人以上が集まってるようだ。エリーもそうだけど、連合の関係者達も別室にまで溢れているようで、それだけ注目を集めているのは間違いなかった。
司会は、おや、師匠なのか。
「メンバーも揃ったから、反省会を始めるよ。先ずは今回の実験で得られた知見から話そうかね。ヨーゲル殿、報告を頼むよ」
師匠が話を振ると、ヨーゲルさんが一礼して声を拾う魔導具を持った。庭先に大型幻影が現れて、飛行する雲取様と、薄煙で動きのわかる大気の流れが映し出された。
「見ての通り、大気の流れと障壁の形状の関係について、様々なパターンの情報を得る事が出来た。また、竜の姿勢変更に伴う障壁の隙間と、大気の流れへの悪影響についても記録出来た。それらの情報を元に、障壁形状の見直しや、姿勢変更に合わせた動的な形状変更を行う魔導具を用意する事ができる思う」
形状の見直しによって、より少ない魔力での障壁展開が可能となり、姿勢に合わせた動的な形状変更によって揚力が乱れる問題の発生も防げる、これは良い事だね。
本来の目標は達成できたという点では満足のいく結果になったと評価していいだろう。皆からも安堵の溜息が漏れたことからも、そんな思いが伝わってきた。
「聞いての通り、竜と妖精による観測飛行に向けた手順はこのまま進められそうで、そいつはいい事だ。だがね、皆も思ってる通り、我々は大きな課題を突き付けられることになった。事故の様子を時系列順に見ていくよ。ベリル、説明しておくれ」
「ハイ。雲取様の姿勢制御が乱れ始めてカラ、暴風が収まるまでの三十秒間について順を追って説明しマス。始めに――」
それから、ベリルさんが映像付きで説明していってくれたけど、姿勢が崩れてから球状障壁が展開されて、上方の風洞障壁が吹き飛び、側面と底面の障壁も圧し割れて、賢者さんの張った堅固な障壁にぶつかって雲取様が止まるまで五秒に満たない僅かな時間だった事が判った。
それから風が収まるまでは揺れたけれど、影響はそこまで。
ただ、改めてプロセスを見て、会場は異様な静けさに包まれた。
「この通り、予め備えていた対策が機能し、万一に備えて待機していた賢者のおかげで大事にはならずに済んだ。だがね、これでわかったように、いくら魔術を瞬間発動できても、咄嗟にいくつも対応はできず、予め想定した対応を行うのが精一杯だったという事さ。それに今回は運が良かった。もし、私の方に来てたら、私が展開した障壁じゃ、一秒だって耐えられなかっただろうね。その時はトウセイが体を張って止めてくれただろうが、それは結果論だ。あんな暴風が吹き荒れる中、いくら鬼族だって、身一つで竜の展開する球状障壁を受け止めるなんて事にならなくて良かったよ」
そう言って、皆の前に身を乗り出して両の手を構えていたトウセイさんに深く頭を下げて感謝の思いを伝えた。トウセイさんはとっさに体が動いただけと謙遜していたけど、誰もができる訳じゃないと、皆が彼の勇気を讃えた。
場が騒然としていたけど、落ち着くのを待ってから、続きを話し始めた。
「私達は以前なら考えられないレベルの手軽さで、少し工夫をするだけで、戦術級の術式を行使できるようになった。これまでは手が届かなかった大きな力に手が届くようになった。それ自体は素晴らしい事さ。でもね、私達は戦術級術式を組み合わせて使う事に慣れていない。過去の記録も乏しく、ノウハウがない。私達は竈の火を扱う気分で、家すら燃やす大火に手を出しちまった。幸い、今回は大した事にはならなかった。それでも、今後もそんな幸運が続くと考えるのは、能無しだ」
そこで、師匠は一旦言葉を止めた。
竜族の三柱の様子を見て、彼らが自分達では手に負えない強大な力について、理解が追いついているか確認し、その心配が杞憂だったと知って安堵していた。
「今回はまだちっぽけな暴風、天空竜がその気になれば多分、力で捻じ伏せる事もできる話だった。けれど、今回の研究は最終的には「死の大地」の浄化に繋がる話だ。彼の地の広さを思えば、天空竜が何百、何千と集っても、力尽くなんて無理筋と思った方がいい。私達は何とか、彼の地の呪いを宥めすかして、自分達が手綱を握っていられる範囲で大人しく浄化させる必要がある。今回の件はそれだけに考えを狭めず、先々まで見据えて、皆には考えて欲しい」
そう言って、師匠は研究組の皆や僕に対しても視線を向けた。
……連合の人達も来ているから口にしないけど、つまり、そう言う事だ。竜族だからこそ手が届く空間転移。それでも世界間の移動はできない。なら、世界間を繋ぐ次元門は、竜族を超える力でなくては手が届かない、かもしれない。自分達の研究もまた危険を孕んでいる事を忘れるな、と。
評価ありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
風洞実験はヨーゲルの話した通り、目的自体は達成しました。ただ、戦術級術式を沢山組み合わせて使う、という試みはそうあるものではなく、ソフィアの話したように、反省材料は山積みです。互いの技を組み合わせて次々に成果を出してきた研究組にも冷や水を浴びせることになりましたが、被害なしで意識を変えられたのは良かったと言えるでしょう。
ちなみに、大量の魔導具を組み合わせた大型帆船なんてものを街エルフは運用していて、船体の大きさも相まって、戦術級術式の扱いに長けている印象を受けると思いますが、アレは頑丈な船体のあちこちに膨大な量の魔導具を配置して集中制御しているのが凄いのであって、戦術級術式をいくつも組み合わせた事例とはちょいと違います。まぁ、そのあたりは長老のヤスケが2パートくらい先で話してくれることでしょう。
次回の投稿は、五月二十六日(水)二十一時五分です。