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13-14.風洞実験(後編)

前回のあらすじ:今回の実験は、戦術級魔術をばんばん使うこともあって、調整組もフルメンバーで来ているなど注目度が高めです。というか研究組への信頼は駄々下がりってとこなのが悩ましいですね。(アキ視点)


研究組が談笑しているところに近付くと、師匠がにこやかに迎えてくれた。


「アキ、ようやく来たね。これで実験が始められるよ」


師匠はウキウキした気持ちを隠すことなく、さぁやろう、と手を振り回して、皆から微笑ましい視線を浴びていた。


「空気の流れを見る試験だから地味な話と思うんですけど、何かそんなに待ち望むような事ってありましたっけ?」


そう話すと、何故か全員が、何言ってんの、と言った顔をして、信じられないって視線を向けてきた。


「翁が飛んで見せてくれたパラグライダーの仕組みの理解や改良に繋がる知見が得られる大切な基礎実験だ。一見、地味かもしれないけれど――」


トウセイさんが、空を飛ぶ様子や、自分達が空を飛べる事に繋がる研究の大切さ、研究で最も大切なのは試験と結果の分析の積み重ねで、それらがあって初めて、新しいアイデアを思い付くものなのだ、とそれはもう熱く、丁寧に語ってくれた。


長年、自費で変化の術の研究を続けてきただけあって、その言葉にも説得力がある。賢者さんも基礎は大事じゃぞ、なんて弟子達に話してて、お弟子さん達も熱意ある異種族の研究者達に触れて感化されてるようだ。


「アキも私の弟子なんだから、単なる魔術師なんぞで満足せず、魔導師を目指すくらいの意気込みは見せるんだよ」


魔術師は単に魔法の術式を使う人。魔導師は研究し、教え、導く人。まぁ、せっかく魔術を使えるなら、魔導師になれたらいいとは思う。ミア姉を助ける為にも、僕自身が魔術に長けた人になるのは、そうでないよりも役立つと思うから。


なんにせよ、かなり藪蛇だった。


「すみません、基礎研究の大切さは知ってましたが、発言に配慮が足りませんでした」


皆さん、研究者としての意識に切り替えてるようだから、心構えは大丈夫そう。なら、あとは今回の試験の段取りを聞いて、気になる点がないか確認しよう。


次は少し離れたところにいる雲取様やケイティさん達の元に近付いた。ケイティさんもいつものメイド服では無く、探索者の装いで、愛用の杖もっている。


「皆さん、今日は試験への参加ありがとうございます。もう準備は十分ですか?」


椅子ハーネス)を着けた状態で風洞内での浮遊、風洞への突風の発動と維持は、それぞれで試してみた。風洞がかなり狭いが何とかなりそうだ>


雲取様がそう話してくれたけど、伝わってきた感覚からすると、風洞内のような狭いところは飛び慣れていないっぽい。天空竜は開けた大空を飛ぶのに慣れているから、それも当然とは思う。


「そこは安全側に倒した判断で行きましょう。幸い、風洞は障壁だから壊れたら展開し直せば良いだけですから」


これが金属とコンクリートでできた実験施設なら壊れたら修理に何ヶ月、何年とかかるところだけど、術式で創った仮初の物体なら、壊れたら創り直すだけだから簡単だ。


「創り直せば良いと言っても、護るべきところはあります。念の為、再確認しましょう」


ケイティさんが声を掛けて、実験で役割を担う人達を集めると、幻影を表示して、試験の段取りの最終確認を始めた。


「初めに椅子ハーネス)を取り付けた雲取様に妖精の彫刻家が乗り、中央で浮遊します。次に風洞を構成する四面の障壁を妖精族の皆様で展開、天井の強度は敢えて他よりも落としたブローオフパネルとする事で、何かあった際、側面に陣取っている技術者や機材への被害を防ぎます」


何らかの理由で風の流れが阻害されて風洞内の圧力が高まった時、側面、底面に比べて天井が弱ければ、天井が先に壊れて圧力が上に抜けて助かる、そんな仕組みだね。


「風洞前方では紅竜様が突風の術式を展開して、風洞内に風を送ります。また、私も紅竜様の隣に立ち、狼煙の術式を展開して風の可視化を行います。風洞後方では鬼族セイケン殿達が上方に向けた障壁を風洞障壁と接合する形で展開して、突風を上方に逃します」


後方のセイケン達は斜め後方に位置しているからいいとして、前方の紅竜様とケイティさんは真正面なのが気になる。そう思ったら、紅竜さんが懸念に答えてくれた。


<何かあれば私は風の術式を止めて、ケイティを含めて障壁を展開するから心配はない>


瞬間発動の使い手である竜族なら安心だ。


「勿論、我々、鬼族も障壁の維持は魔道具に任せて、いざとなれば直ぐに身を護る障壁くらい展開できる」


セイケン以外も、先発組の鬼族の方々だから魔術の瞬間発動は大丈夫そう。


「側面に陣取る研究者達や観測機器を護る為、万一に備えて、財閥から障壁を展開する魔導具も提供させている。あと、私とアキは他の人や魔導具との接触を防ぐ意味から、別の魔導具で隔離するから近付かないでね」


リア姉がそう言って、測定地点を囲むように設置された魔導具の数々を指さした。注意点として、障壁展開予定位置には近付かないようにとも告げた。発動が優先されるので、内か外に弾き出されることになるとの事。


<私は、展開される障壁の外側で浮遊しながら竜眼で観察するから、飛行予定範囲には入らないで>


白竜さんの竜眼での観察は予備的な扱いなので、少し離れた位置から観てもらうそうだ。そもそも前回、一緒に飛びながら観察した際はもっと距離が離れており、そこまで近付かなくても観察はできるそうだ。


落ちてきた竜に潰されるなんて嫌だから、皆も神妙に頷いていた。


「儂らの観測機器は振動防止器具を付けておるから、多少の揺れなら問題ないだろう。だが、椅子ハーネス)は衝突には耐えられん。何かあったら、椅子ハーネス)を含めて全体を覆う障壁を展開をして衝突は避けて欲しい」


ドワーフのヨーゲルさんが雲取様にお願いした。何せ妖精用に特別に作った軽量の試作品だからね。飛行に耐える強度はあっても衝突に耐えるのは厳しいだろう。


<我を含めて全体を球状に覆う障壁を展開して、できるだけ上に飛ばされるよう気を付けよう>


竜にとってもハードランディングは避けるべき事態であり、そうするくらいなら、制御できずとも真上に全力移動して地上との距離を確保して仕切り直すそうだ。宙に浮きさえすれば、いくらでも立て直せるから、との事。海軍機が空母に着艦する際、いざとなったらすぐ離陸して仕切り直せるように、エンジン出力最大とするのに似てるね。

ヘマをして羽から落ちて骨折でもしたら大変だから、勢いよく降りるような真似なんてしないんだろう。


最後に、試験シーケンスはベリルさんがアナウンスする事とし、皆からも特に質問は出なかったので、試験を実施することになった。





地面に描かれたマークに従って全員が位置に付き、ドワーフさん達も観測用の機材を起動して問題なしとハンドサインで伝えた。

彼らを守る魔導具も浮遊して警戒用の障壁を展開した。


『雲取様、浮遊開始』


ベリルさんの声を聞いて、雲取様がゆっくりと浮き上がった。椅子ハーネス)に座る彫刻家さんも座席の角度を水平に変えて、問題なしとハンドサインで告げた。


『風洞障壁展開』


次は賢者さんのお弟子さん達が一斉に板状の障壁を四面に展開した。始めは確認用に淡紅色に染まっていたけど、徐々に色が薄くなっていき、完全に透明になると、賢者さんが次に行ってよしと手を振った。


経路パスを伝って出ていく魔力はそれなりなんだろうけど、減ってる感じはしない。通常回復範囲内って事だろう。


『後部障壁展開』


鬼族の皆さんが掛け声をかけると、上方に向けた四面の障壁が展開されて、四人がそれぞれ宝珠を掲げて、制御ができたと教えてくれた。後方からの観測はしないから、障壁は薄紅色に染まったままだ。


『微風術式開始』


紅竜さんが術式を展開して、風洞に向けて風が流れ込み始めた。雲取様の姿勢も特に問題なし。


『狼煙術式開始』


ケイティさんが杖を構えて、術式を起動すると、杖の少し先から、かなりの勢いで煙が吹き出し始めた。その煙は紅竜さんの送る風に導かれて、風洞内に吹き込んでいき、風洞が薄煙で白く染まった。


雲取様がうっすら見えるけど、なかなか煙そう。


<むむ、これはちと目と鼻にくるな>


おっと、今回の召喚は、僕の方に経路パスが繋がってるのか。


<えっと、中断します?>


<中断は不要だが、試験中は息を止めておこう。数分程度なら問題ない>


<了解。無理はしないでくださいね>


僕はお爺ちゃんにお願いして、今の内容をベリルさんに届けて貰った。


『煙の影響で、雲取様は現在、無呼吸飛行中。初回計測は二分後の終了予定』


ベリルさんの淡々とした声が響くと、全体に声にならないどよめきが広がった。風洞後方にある上向きの障壁から、モクモクと上空に吹き出されている白い狼煙を見て、誰もがそれはそうか、と理解した。


本物の狼煙と違って燃焼させてる訳ではないと言っても、誰だって稼働中の煙突に頭を突っ込みたくなどない訳で。


こちらには繋がってないようなので、リア姉にどうか伺うと、暫くして彫刻家さんの様子を教えてくれた。


「彫刻家は、風を防ぐ障壁の制御は魔導具に任せて、干渉しないように、座席周囲に浄化術式を展開してるってさ。火災の中に飛び込んでいく際に呼吸を助ける術式だけど、念の為に用意してきたそうだ」


なるほど。街を築いてるんだから、火災対策の術式くらい持ってるか。


「その術式、雲取様に見せて使って貰った方が良いんじゃないかな。妖精さんも三つくらいは術式を並行使用してたから、できると思うんだけど」


「なら、それで行こう」


リア姉の同意も得られたので、その旨を伝えると、是非教えてくれと雲取様もとても乗り気だった。





一回目の試験が予定通り終わり、狼煙の術式を無煙モードに変更して、煙が全て上方に出ていったのを確認してから、鬼族の方の障壁を待機モードに変更、紅竜さんの送風と妖精さんの障壁術式は終了させた。


雲取様も地に足をつけると、少し咳き込んで、口から少し煙が吹き出した。


うわー、あれは可哀想だ。


<噴煙の中よりはマシだが、考えてみれば、そんな中をずっと飛び続けるような真似はした事が無かった。彫刻家よ、浄化術式を見せてくれ。それと、例の投影式ゴーグルを着けたい。用意してくれるか>


なるほど。目を閉じて飛行するわけにはいかないけど、ゴーグルを付けていれば耐えられると。彫刻家さんも快諾して、術式を展開して見せて、雲取様もそれを竜眼で熱心に観察していた。


ドワーフさん達の観測も順調だったようで、大型幻影で、記録した雲取様周辺の空気の流れを表示して見せて、白竜さんが見えている空力用障壁のどの部分で隙間が生じて待機の剥離が起こるか説明したりと、静かな中にも皆の熱気が伝わってくる良い雰囲気だった。





それからも、休憩を挟んで数分間の飛行をして、と繰り返し、目を守るゴーグルと、呼吸を助ける空気の浄化術式のおかげで、煙の中を浮遊する雲取様も咳き込むような事が無くなり、実験の予定を順調に消化していったんだけど、好事魔多し。


突風の風速を、台風の時の暴風域にまで高めていった時に事故が起こった。


狼煙で薄く色のついた暴風が風洞を通って上に向けられた後方障壁から、火山の噴火のように激しい勢いで吹き出している様子を見て、宇宙用ロケットの燃焼試験のような激しさと、でも燃焼を伴わないため風を切る音だけが響き渡る静けさのアンバランスさが面白い、なんてことを考えながら、視線を風洞内に戻した時、ソレが起きた。


雲取様が少し姿勢を傾けて、雲取様の体表を覆う障壁と、彫刻家さんの展開する障壁の隙間が生じて数秒後、雲取様の揚力バランスが崩れ、あっと言う間に態勢が崩れて風洞障壁に羽から触れそうになった瞬間、雲取様が全周囲を覆うように防壁を展開した。


行き場を失った暴風によって、風洞内の圧力が一気に高まり、天井の障壁が硝子のように砕け散って、風洞前方から上方に白煙の暴風が吹き上げた。


その圧力を受けて、風洞の下方にいた雲取様は押し付けられる形となって、側面と下面の障壁を圧迫する形となって、一秒と持たずにどちらの障壁も壊れた。


……でも、その僅かな時間のおかげで、財閥の魔導具が障壁を展開して壊れるまで更に時間を稼ぎ、その間に賢者さんが強固な障壁を内側に創るのが間に合い、雲取様の展開した球状障壁が転がって皆を薙ぎ倒す事態は避けられた。

反対側、僕達のいた側では師匠が障壁を発動してくれていたけど、その顔面は真っ青だった。


雲取様が姿勢崩して、障壁を展開したタイミングで紅竜さんも風の術式を止めてケイティさんも護るように障壁を展開してくれたおかげで被害無し。


後方にいた鬼族の皆さんも直ぐに身を護る障壁を展開したけど、暴風は上方に抜けたので、後方も問題はなかった。


ただ、想定していたとはいえ、用意していた妖精さんの風洞障壁、財閥が用意した魔導具の障壁と言う二重の守りでは防ぎきれず、念の為に備えていた賢者さんが慌てて展開した強固な障壁のおかげで、技術者達や観測機材を守れた、と言う現実は余りに重過ぎた。


調整組の皆が慌てて走り込んできたけど、研究組も誰も試験再開を言い出す事は無かった。

風洞実験も最後がヤバかったですが、なんとか無事に終わりました。でも、一歩間違えたら、大事故だったので、関係者一同も肝を冷やしたことでしょう。

次回の投稿は、五月二十三日(日)二十一時五分です。


<雑記>

台湾で新型コロナ感染者が出て、オンライン学習への切替えにするなど、対応に追われています。この感染の速さをみると、人の交流をゼロにできない以上、水際対策にも限界があると思います。幸い、台湾では政府に緊急時の強権発動が許されているので、ある程度で収束するでしょう。それに、去年と違い、ワクチンもあるので、必要なところから優先して接種していくことも可能ですから。

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