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13-13.風洞実験(中編)

前回のあらすじ:竜と妖精が共に空を飛んだ際、両者の展開した大気抵抗軽減用の障壁間で隙間が生じて、それのせいで揚力が不安定になる問題が生じました。で、各種族が力を結集して、地上で風洞実験を行うことになりました。(アキ視点)

お昼近くまで、トラ吉さんに案内されて、大使館領の中、別邸周辺の庭や、森の中をあちこち見て回った。トラ吉さんやお爺ちゃんなら簡単に移動できる経路も、僕が歩くのは厳しいルートも多いけど、そこはトラ吉さんがいつものルートをゆっくり歩き、お爺ちゃんが再合流地点まで案内する、というように分担することで、迷うことなく、散歩をすることができて楽しかった。巡回の衛兵さん達が歩く道は好みではないようで、生け垣を潜ってみたり、壁の上を歩いたりと、猫らしくフリーダムな歩きかただけど、すれ違う他の猫はいなかった。


「トラ吉さんは魔獣じゃからのぉ。衛兵達が連れている犬達も怖がるから、散歩の時間はずらしておるんじゃよ」


「ふーん。トラ吉さんもこんなに穏やかなのに慣れないんだね」


「ニャ」


怖い思いをしなければ、いずれは慣れてくると思うんだけど、まだ半年じゃ慣れないかなぁ。トラ吉さんも、気にしてない感じだ。


歩いてて気付いたのは、別邸周辺は一見、自然っぽく見えるけれど、かなり人の手が入っているということ。幾何学的な植木とかはなくて、でも、草とかも種類は豊富で、ある程度、散らばってる感じもあって、見ていて飽きない。それに大きな石もあちこちに配置されていて、そこの上はトラ吉さんの昼寝スポットになったりもしているそうだ。初めて会った頃もそうしていたから、懐かしいね。


お爺ちゃんが時折、解説してくれることもあって、人の視点では見逃すようなところもわかって楽しかった。案内しているトラ吉さんも満更でもないって顔をしていて、ころころと変わる表情や仕草を残すカメラが欲しくなった。





今日の試験場は、この冬に設営された第三演習場で、第二演習場よりも更に遠いところにあるから、昼食は馬車の中で食べながらの移動だ。アイリーンさん、シャンタールさんが一緒に乗ってくれている。勿論、トラ吉さんとお爺ちゃんも一緒だ。いつも違うのは、魔導人形の馬に乗った人形遣いさんが前後に一人ずつ同行してくれていること。ロンドンの近衛兵の人みたいで格好よく、姿勢が良くて服装も整ってて素敵だ、と褒めたら、軽くウィンクをして応えてくれた。

馬車を曳く馬と同様、軍馬なので体ががっちりしていて大迫力。しかも馬鎧バーディングも装備しているから、どこから見ても絵になる凛々しさがある。


「ベリルさんが先に行っているのは、試験の記録を取るためですか?」


「それもありマスガ、風洞実験のあちらの話を、関係者の皆様に一通りの説明をする為デス」


シャンタールさんが教えてくれた。こちらでは風洞実験施設なんて存在しないんだから、目的と概略は聞いていても、現場で担当の人達を集めて話をしてみないと、ピンとこない話も多そうだ。まぁケイティさんもいるから、説明作業は問題なく行えたことだろう。


第三演習場の大きさは第二演習場と大差ないけれど、周囲を囲う土手の外側に沢山のテントが設営されていて、ロングヒルに来ている種族が全員集合ってくらいに、多種多様で面白い。一際大きい鬼族の皆さんも二十人近く来ていて男衆は揃いの半被みたいな衣装を着て一仕事終わったって感じで談笑してて、女衆は……って、アレ? なんかウタさん達も女中の装いで、皆に料理を振る舞ってる。


馬車から降りて、そちらに行くと鬼族の皆さんも手を振って応えてくれた。


「皆さん、お疲れ様です。ウタさん、レイゼン様と一緒に帰国されたのかと思ってました」


「私らは衣食に関する交流で来てるからね。少なくとも夏まではいるさ。それに、こういう催し物があれば、参加もする。私らは沢山食べるから、自分たちの分は自分達で用意するんだよ」


鬼族の皆さんが食べているおにぎりとかを見ると、僕の顔くらい大きくて、確かに自前で用意して貰うのが最適だろう、と納得した。セイケンやトウセイさんはいないけれど、彼らは午後の本番に向けて打合せなどもあるから、先に行っているそうだ。


あちこちを伝令役の小鬼族の皆さんが走り回っていてなかなか賑やか。


まるでイベント会場にでも来ているようだね。土手の上には、第二演習場のように森エルフの皆さん達が立っているけど、いつもと違って二人一組でいるから、普段の倍の人数だ。


前の方からエリーが歩いてきて合流することができた。エリーにもぱっと見でわかる護衛の人が四名付いててVIP待遇な感じだけど、彼女の気さくな態度が、周囲との距離感を感じさせないあたり、流石と思う。


「アキ、やっと来たわね。道すがら、今回の試験について何をするのか説明するわ」


「出迎えてくれてありがとう。思ったよりかなり大仕掛けだね。もっと関係者が手弁当で集まってちょっと野原で実験するぞーってノリかと思ってたよ」


僕がそう話すと、エリーはやっぱりそんなとこだと思った、と溜息をついた。


「実験を担うメンバーだけでも、総武演の演武者達を軽く超えてるわ。観測機器も沢山持ち込んでいるし、風洞実験が何なのか興味を持った関係者達も観に来てるから、一般市民こそいないけれど、動員している兵士達の頭数だけなら、前回より多いくらいよ」


「そんな人数をポンと出せるなんてロングヒルは凄いねー」


「常在戦場を旨とするからそれくらいはできる、と言いたいところだけれど、ガイウス殿が率先して小鬼族に連絡係を担当させてくれたから何とかなっただけで、私達は演習場の区分化ゾーニングをしてるだけ。大きなイベントはしばらくないと思った端からこれじゃ、先が思いやられるわ」


エリーは、仕事をしている衛兵達に笑顔を振りまきつつ、そんなことを教えてくれた。器用なもんだ、と感心して見てたら、アキも少しは愛想よくしなさい、と言われてしまった。


いけない、いけない、楽しいイベントなのだから営業スマイルを忘れずに。


参加者が多いと言えば、総武演では鬼族はセイケンを含めても先行の五名だけだったけど、今回は外にいただけで二十人、規模四倍だもんね。竜族は人族換算なら千人規模相当だから、三柱なら三千人相当だ。妖精さんも結構な数を喚んでいるし、森エルフの精霊使いさん達も沢山いる、というから確かに比較にならないか。


「まぁ、でも、雲取様達は本体は第二演習場のほうにいて、こちらには小型召喚体で来てるんでしょう? それなら、竜族の圧に皆が疲弊することもないから、実験自体は落ち着いて行えそうだね」


「鬼、小鬼、森エルフ、ドワーフが大勢来ていることを忘れないでちょうだい。それにほら、トラ吉だって来ている。うちの兵士達も鍛えてはいるけれど、怯えを外に出さないで一見平然と仕事をできているだけでも褒めて欲しいわね」


「にゃー」


「はいはい、君は悪くないよ」


エリーはトラ吉さんの文句もサラリと流した。トラ吉さんは足元がぬかるんでて、歩くと足が汚れるのを嫌そうにしてたけど、諦めて淡々と歩いてくれてるからね。


土手を登ると、すり鉢状の演習場全体が見渡せた。飛行する竜の位置、周囲を覆う風洞の範囲、参加する人達の立ち位置などが地面に描かれていて、上から見るとわかりやすい。


小型召喚の竜は、雲取様だと乗用車くらいの大きさだから、それが浮いた状態で周囲にある程度の余裕を持たせると、直径十メートル、奥行き五十メートルくらいの風洞を生成する感じだ。常設の風洞実験施設を作るのは無茶っぽい。今回の実験結果を元に更に小さいスケールのモデルを使えるようにすれば、ワンチャンあるかどうかってとこだろう。


降りていくと、調整組の鬼族セイケン、森エルフのイズレンディアさん、ドワーフのヨーゲルさんが出迎えてくれた。


「皆さん、来てたんですね。もう送風テストとかはしてみたんですか?」


「一回だけだがやってみた。風をどう操るかも当たりは付けたから本番は問題ないだろう」


イズレンディアさんがそう教えてくれた。


「我々も妖精達の展開した障壁と、繋げた形で風を上方に向ける障壁を創ってみたが、接続部分に僅かでも隙間があると騒音と振動が発生して酷いことがわかった。解決策は見いだせたから、こちらも本番時には問題ない」


セイケンもそう教えてくれたんだけど、外にいた鬼族の男衆と同じ半被を着てるせいか、お祭り感が強くてつい微笑んでしまった。


「観測機器の動作確認もしっかりできた。こっちも問題ない。ただ、用意はしてるだろうが、何かあったら身を低くして展開した障壁に隠れるのを忘れんじゃないぞ。家を揺らすような暴風だ。念には念を入れておかないとな」


ヨーゲルさんは、殊更、慎重さを前面に押し出して、念を押してきた。何かあったのかと思ったら、イズレンディアさんが教えてくれた。


「以前、雲取様がアキに手本を見せると言って、音を超える暴風を生み出して、関係者が空に舞った事件があっただろう? 今回はそんな風を何分間か吹かせるのだから、危険性は高い。竜や妖精はそのあたりの危機感がかなり薄いから、こちらが気を付けるんだ」


確かに。雲取様もちょっと吹っ飛ばしてしまって済まなかった、といった程度で、皆から懇切丁寧にどれだけ大変だったか危険だったか教えられて、謝ってたくらいだからね。


「それと、私達が来たのは、関係する仕事があるからだけじゃないわ。一番の目的は監視よ」


エリーはそう言いながら、前方にいる一団を指差した。そこでは師匠とトウセイさんが楽しそうに話をしてて、近くには賢者さんやその弟子の皆さん、それに小鬼族のガイウスさん達、研究組のメンバーが勢ぞろいしてて、何やら楽しそうだ。少し遠くには三柱の小型召喚竜やケイティさん、ベリルさんもいる。


「次元門構築に関連する「マコトくん」を降ろす件、その対価となる「死の大地」浄化に繋がる小型召喚竜と妖精のペアによる飛行だからね。研究組の皆さんもやる気を見せてくれているのは嬉しいね」


そう話すと、アキはそれでいいんでしょうけど、とエリーは頭に手を当てて、頭痛い、と言い出した。


「人換算で、一国にも匹敵する面々が集って行う大規模術式なのよ。本来なら何年も、何十年も力を蓄えてやっと行うような話にこうも簡単に手が届くと、感覚が麻痺してこないか心配だわ。翁もいざという時は安全第一で行動して頂戴」


エリーは回りに配慮して、小声でそう告げた。お爺ちゃんもそう言われて、改めて考えてから、静かに頷くと答えた。


「言われてみれば、今回の術式は妖精の国であっても、そうそう行使できん大魔術じゃ。潤沢に供給される魔力もあって、そのあたりの感覚は確かに少し歪んでおったかもしれん。気を付けるとしよう」


皆が研究を楽しんでいるのは良いことだけど、竈の火と、家を焼き尽くす大火を同列に扱ってはいけないのは確かなことで。地球(あちら)の情報を元に全体の計画を立てているなら、そうは問題ないだろうけど。超音速の風が制御を外れたら、どれだけの惨事になるかわからない。試験を始める前にケイティさん、ベリルさんに話を聞いて、僕もチェックしておこう。

風洞実験も始まって、現地はエリーの言う通り、総武演を超える賑わいとなっていました。実験に直接絡む種族はもとより、ロングヒルに集っている各国関係者も初めての実験に興味津々で、大勢が参加してきており、注目を集めているのは間違いありません。エリーも結構心配しており、調整組もフルメンバーで来ているのを見て、アキも気を引き締めることになりました。

次回の投稿は、五月十九日(水)二十一時五分です。


<雑記>

大腸内視鏡検査の結果、ポリープが見つかり切除しました。四割くらいの確立で見つかるそうです。で、その結果、当日は固形物の飲食禁止、翌日もおかゆや豆腐などの限定食のみ、一週間後までは運動不可(散歩は可)、辛い味付けも禁止、という制約がつくことになりました。当日までの三日間の食事制限も含めて、好きなものが食べられない、というのがこれほどのストレスとは思いませんでした。辛いものは駄目ですが、ほぼ制限なく食べられてストレス解消となりました。小さい頃は野菜は嫌いでしたが、今はもう野菜がないと物足りなさを感じます。不思議なものです。


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