13-11.福慈様との心話
前回のあらすじ:雲取様と心話をしました。やはり自分に好意を寄せる子達が頑張る様子は彼も自慢げに思っているようです。ただ、彼がこまごまと気を配る様や、団結されて劣勢に立たされる時などを見ると、ハーレムなんて幻想だんだなぁ、と僕も達観した気持ちになりました。(アキ視点)
さて、竜族との心話も次の福慈様がラスト。雌竜の皆さんが軽自動車とすれば、雲取様は普通乗用車、白岩様は大型クロスカントリー車、そして福慈様は大型トレーラーくらい差があるから、心話の時の距離感は大切だ。表面的には穏やかだけど、地下には膨大な熱量を秘めた大火山って感じだからね。
<福慈様、お久しぶりです>
話し掛けると、初めは反応がなかったけど、しばらくしてゆるりと身を起こしてこちらに意識を向けてきた。この山のような圧倒的な感覚は福慈様独特だと思う。
<アキかい。他の子達との心話はもういいのかい?>
縁側に腰掛けたお婆ちゃんって雰囲気で、声を聴くだけで穏やかな気持ちになってくる。福慈様は雲取様や雌竜の皆さんと違って、近寄ってきたら好きなようにさせて、話を聞いて、慈しむ、そんな感じだ。相手との差が大き過ぎる時の工夫なのかもしれない。僕にとってはとても調整しやすくてありがたい。
<はい。色々とお話を聞けて楽しかったです>
僕は紅竜さんから雲取様まで、一通り、聞いた話の記憶を渡して、福慈様にもざっと概略を把握して貰った。福慈様も今回の呼びかけに対してのそれぞれの反応や思いついたこと、それにそれぞれが携わっている活動について興味深く、それに意識を向けてくれた。
<呼びかけの時間は私も起きていたけどね。静かに揺られていつのまにか寝ていたよ>
福慈様の記憶からすると、体を揺すられるというより、微風が吹いてくるといった程度のようで、それが続いていたら確かに眠くなってくるかもしれない。ターゲットが成竜サイズで、そうなると老竜はそれよりずっと大きいから影響を受けにくく、更に魔力量も膨大だから、呼びかけ程度では軽く揺れる程度と。そこはちっちゃいからよく揺れた妖精族とは大きく違う感じか。
<遠くまで届く呼びかけも、目覚ましには使えない感じでしょうか>
<思念波のような強さは無いからね>
この分だと、他の老竜の方々も寝過ごしていたっぽいね。
福慈様は雌竜の皆さんの活動の中でも、緑竜さんが思いついた、呼びかけによる呪いの除去に興味を強く持ったようだった。
<木々を残したまま、呪いを祓えるのなら、それは試してみたいねぇ。呪いも初めは点々としていたのに、気付いた頃には大地を薄暗く覆うまでになって、その後は草木も育ちが悪くなり、最後は枯れてしまった。草木が枯れ果てた後には、雨が濁流となって大地を押し流していった。アレは酷い光景だったよ>
竜の吐息で薙ぎ払って多くの地域が灰燼と化し、呪いが都市や幼い竜達の遺骸を覆っても、それを祓おうとする者はいなかった。怒りに満ちた竜達は見つけ次第、街エルフ達を襲い、周囲もろとも焼き尽くした。彼らの怒りが大地を焼き続けた結果、ある時、遂に生態系のバランスが致命的に崩れた。呪いの薄暗い闇が広く大地を覆っていくにつれて、草木は育ちが悪くなり、竜達が好む大きな獣達の数も徐々に減っていった。一度悪くなり始めたら、その流れを変える術はなかった。竜達は食べ物が減り、怒り、嘆くことはあっても、自然に手を入れて自分達に都合よく変えていく術を持っていなかったから。
草木が失せた禿山は、雨のたびに崩れて濁流を生んで、更に下流を激しく痛めつけた。
争いを好む竜達は、「死の大地」が呪いに覆われた時代に滅んだけれど、それは大きく減った生活圏の争奪戦になった時、死と破壊を好む古いタイプの竜達は、今の穏やかな竜達の激しい怒りを買ったのだと思う。
それと、福慈様の記憶からすると、争いを好む竜達は少数派ではあったようだ。まぁ、そんな連中が大勢を占めていたなら、遥か昔に世界は滅びの時を迎えていたに違いない。草木が育つ速さはゆっくりとしたもので、そして竜達の破壊の力は速く、そして強すぎたのだから。
……僕は生きとし生けるモノが全ていなくなり、呪いが大地を覆い尽くした光景の薄暗い静けさと、それを見て空虚な思いに囚われた福慈様の思いに触れて、あまりに悲しくて、ボロボロと泣き出していた。
福慈様はそんな僕を優しい思いで包み込んだまま、泣き止むまで待ってくれた。
<……すみません、ありがとうございます>
<あの光景を見て悲しく感じてくれたのは嬉しいね。それにアキはあの光景を自身の事として捉えていた。それはあちらの記憶によるものかい?>
そう聞きながらも、福慈様はそれを確信しているようだった。
<そうなんです。あちらでも豊かな地域が様々な理由で衰退していって、今では荒地となって、生き物もいなくなって、人々の暮らしも消えていった、そんな歴史がおちこちにありました>
森林資源を使い尽くして、農地は塩に覆われ、草木は枯れて、水害が都市を壊していった。食料を求めて人々は争い、生きるために周囲の地域に散っていき、そして都市は維持できなくなって滅びた。また、気候変動によって昔は緑豊かだった土地が今では広大な砂漠と化した事例や、別の交易ルートが発展したことや、地震で街が壊れた事も重なって衰退して放棄された都市の話なんかも紹介してみた。
また、瀬戸内海や地中海が昔は草原などもある低地だったけど、海との間を隔てていた山が崩れて、海水が濁流となって流れ込んでいって海に変わった、そんな大昔の話も興味を持ってくれた。
勿論、駄目になった例ばかりだと気が滅入るので、植林をしたり、土手を築いて水害を防いだりと、荒れた自然を回復するための活動なども紹介した。
<少ない痕跡から過去に起きた出来事を知るんだね。それに荒れた地を回復させようとする活動もしているのはいい。ただ、壊すのは簡単でも、回復は手間がかかるのかい>
<そうなんです。人が手を入れても木々が大きく育つまでには何十年もかかりますからね。親が植えても、それを利用できるのは子の世代、そんなスパンです。「死の大地」も呪いを祓っても、大地を草木が覆い、生き物に満ち溢れるまでには何百年とかかるでしょう>
まぁ、竜族の時間感覚からすれば、大した話でもないんだろうなぁ、と思ったんだけど、福慈様の反応は違っていた。
<その程度で回復するなんて夢のようだよ。何せ「死の大地」は放置してても全然良くはならなかった。自然なんてもんは、何もしないでいれば勝手に元通りになるものと思ってた私らも、それが思い違いだって気付かされたのさ>
地球でも、生物の自然発生説とかもあったくらいだから、竜族がそう思うのも無理はない。そういう意味では、戻らない自然、それを知っている弧状列島の穏やかな竜族というのは、唯一無二、今後、二度と現れなくても不思議じゃない。
「死の大地」の浄化が済んだ遠い未来には、放置してても回復しない自然サンプルがない中で、当時を知らない世代を教育しなくちゃいけないから、その時は結構大変そうだけど、竜族は長命で当時を知る個体は沢山いるから、語り手不足に困ることはないと思う。それでも映像記録とか沢山残しておいて、視覚に訴えることも大切かな。そこは竜族の幻術だけじゃなく、街エルフの幻影表示とかでも力を合わせることができるだろう。
◇
あと、気になったこととして、竜族の貸し借りの積み残しについても聞いてみたんだけど、誰も細かくは覚えてないので、借りを返す時にはざっくり多めにするのが習わしらしい。まぁ少ないと双方が思う状態では、遺恨も残るだろうから仕方ないとこだろう。
<それで、貸し借りだけじゃないにせよ、手を挙げる成竜達もちらほら出てきたから、少しは作業を分担できるようにもなるだろうね。遠隔操作の術が簡単に行かないとなると、変化の術のほうの研究を進めるべきかねぇ。まぁ、焦らず進めるさ。今日は沢山話せて楽しかったよ>
福慈様が疲れてきたのでそろそろお終い、と話を切り上げてきたので、心話はここまでとなった。
で、心話を終えて、皆に福慈様と話した内容を伝えたんだけど、やはり父さん達は上の世代から色々と聞いていただけに、同じ出来事を竜族の側から見た視点について知って、色々と思うところがあるようだった。
「貸し借りの負債が積もっていそうと分かったから、そちらも情報は集めていくかな。でも、貸し借りとなれば、あまり話したくない内容だろうから、竜神子達にも、竜の側から話した時だけ聞くくらいの指示はしておこうか」
リア姉の言う通り、貸し借りは誰かが困った、ミスった、助けたという話だから、こちらからあれこれ聞くのも角が立ちそうだ。燻ってるだけなのだし、そこは注意するよう伝えていこう。
「死の大地」の浄化の記録を残す件は全員がその必要性を納得してくれた。なにせ、浄化したら、後から記録することはできないのだから、その時期にできることをやり終えておかないと大変だ。
福慈様が強く興味を示したとなると、呼びかけを応用した呪いの浄化も、他の地域で試してみる必要がありそうだ。まぁ、これは三大勢力の代表の皆さんに手紙を送っておこう。良い候補地を教えてくれるかもしれない。
そんな話をしているうちに、寝る時間も差し迫ってきたので、他に軽く質疑応答をしてこの日の作業は終わった。竜達とたっぷり心話をすることができて、大満足の一日だった。
福慈様との心話は何事もなく穏やかに終わった感じになりました。ただ、その認識はアキ視点であって、きっと、今回の件で、手頃な呪われた地がないか聞いてきたアキからの手紙に、代表達が頭を抱えるのは間違いないでしょう。まぁユリウス帝なら、厄介な地が浄化できれば儲けものくらいには考えそうではありますが。
次回の投稿は、五月十二日(水)二十一時五分です。
<雑記>
中国の大型ロケット「長征5号B」が本日、インド洋に落ちました。
まぁ、どの国の宇宙ロケットも落ちます(※)が、こいつは極悪です。
「制御不能で落ちてくる」という見出しは誤りで「制御する機能がそもそもない」んですから……。
・普通のロケット
1)一段目が落ちるのは発射地点近海の一定エリア。
2)二段目以降は大気圏で燃え尽きるか、海に制御落下させる。
・アメリカのスペースX社のスターシップロケット
1)一段目は予定地点に戻ってきて逆噴射して着陸!
2)二段目以降は大気圏で燃え尽きるか、海に制御落下させる。
・中国の長征5号Bロケット
1)一段目だけで宇宙空間まで衛星等を運ぶ。
宇宙空間到達までの機能しかなく、その後は地球上のどこかに落ちる。
はじめから制御落下させる気がない!!
他のロケットの一段目は低い高度までしか飛ばないので、予定海域に落とすか、着陸という手段が取れます。
しかし、長征5号Bは一段目だけで宇宙空間の低軌道に大量の物資を運ぶという設計思想なので、地球を周回する高度まで一段目ロケットが到着します。
この一段目、長さ30m、直径5m、重さ22トンもあります。なので、大気圏突入時にどう抵抗を受けるか、また、途中で分解などもするので、どう落ちるか落下直前、数時間前まで全く予想がつきません。酷い話です。
前回(2020年5月)の打ち上げでは、一部(例:長さ10mの棒みたいなパーツ)がコートジボワールに落下しました。幸い、死傷者はでなかったそうですが、一部の破片で家の屋根が壊れるという被害も出たとのこと。
……中国はどこまでヘイトを稼ぐつもりなのか。ワクチン接種で国勢を立て直した後にアメリカ+EUがどこまで叩くか、とても気になりますね。