13-3.超音速巡航《スーパークルーズ》(前編)
前話のあらすじ:樹木の精霊探索チームの結成式も無事に終わりました。皆さんとも結構打ち解けることができて、良い体験ができました。後は彼らが約束してくれた手記も読めることになったし、鬼族、小鬼族にも同じように読み物としても書いて貰えるよう、マサトさんやロゼッタさんと相談してみようと思います。(アキ視点)
翌日、ケイティさんに昨日の結成式の顛末を聞いたところ、樹木の精霊達の探索と交渉の件が、三大勢力の代表が集ってから議題に上がり、それから探索者支援機構を立ち上げて、支援チームを各国から支援をもぎ取る、という二週間に満たない期間で成立した事を話すと、探索者の皆さんが驚愕したそうだ。
僕の思いを載せた言葉にも反応が鈍かったのは、プロとしての矜持から、対抗に集中してて、それで表情が乏しかっただけだったそうだ。
「何でそんな我慢比べみたいな真似を?」
そう問うと、ケイティさんは呆れた表情を隠さず教えてくれた。
「予め、話は伝えていたのですが、そういった、力ある言葉は、そうそう使われるものでもなく、また、アキ様が魔術見習いとも聞いた為に、大した話でないのに、話を盛ったのだろうと、勘繰ったようです。それでいざ体験してみれば、耐えられるものの、無防備で受けられるほどではなく、思いがしっかりと伝わるのも確かで、自分達から止めるよう言い出しにくかったのと、まさか雑談レベルまでずっと載せ続けるなんて、体験し終えてもまだ理解し難い、などと話してました」
おや。
「でも、皆さん、僕が帰る時も元気そうでしたよ?」
初めの頃より力も抜けて、だいぶフレンドリーな感じになってた、と伝えると、ケイティさんは身振りまで加えて、その後を教えてくれた。
「彼ら、アキ様が視界から消えた途端に、テーブルに突っ伏して、ヘタれたんですよ。馬鹿みたいでしたけど、憧れの目を向ける子供の前で、いい格好くらいしておきたいだろ、とか話してました」
最後までボロを出さなかった点は褒めてあげましたが、とケイティさんも苦笑してた。
「ファウストさんも止めてあげれば良かったのに」
「あの男が、こんな面白い話に水を差す真似をする訳がありません。船団を率いる提督として、探索者という連中のことは良く知ってます。それに探索者達も、少し休んで回復したら、面白い経験だったとか笑ってて、それからも娯楽のように、妖精から射出された投槍をその身で受けて、確かに避けようがないし、障壁張っても意味ねー、などとバカ騒ぎしてました」
とにかく自分で計らないと気が済まない連中なんです、とも。
「それだと、森エルフの精霊使いさんや、街エルフの人形遣いさん達は大変だったでしょう?」
彼らは探索者じゃないからね。
「プロしての探索者の姿を先の話し合いで知っていたので、必要な時に力を抜けるのも大切なのは資質だ、とは話してましたよ。ただ、自分達には探索者稼業は無理だろうとも言ってましたが」
何があるかわからない、そんな未知の世界へと身一つで喜んで飛び込めるのは、確かに能力の裏付けはあっても、性格に依るところは大きそうだ。
「それと、探索者達ですが、アキ様を評価してましたよ。彼らが代表と認めるファウストとて、共和国に所属する船団の下部組織の長に過ぎず、彼が如何に奮闘しようとも、三大勢力や共和国、財閥に竜族、妖精族から多くの便宜をもぎ取れたかと言えば、それはまず無理でしょう。それをアキ様は成し遂げた訳ですから」
「んー、必要があって、立場と話す機会が得られれば、何とかするモノでしょう?」
皆さん、さほど揉めず、あれこれ認めてくれて助かったけど。
「アキ様の場合、立場も話す機会も貰い物では無く、必要性と緊急性、想定される問題の提起や説明もされて、各勢力を意図的に巻き込まれてましたよね」
「新しい取り組みに、少しでも参加しておいた方が色々と得るものもあって、来年以降の活動にも役立ちますからね。皆さん、とても前向きで助かりました」
まぁ、財閥が気前よくカードを切ってくれたから、あとに続く皆さんも、踏み込みやすかったのかも、とは補足しておいた。
「連邦が自国内の探索を自前で行いたいと意見した時も、先行する探索者チームの体験を伝えるのでそれを活用してくださいと踏込み、鬼族の体験も得られれば、来年以降の活動はもっとスムーズに行くと思う、と協力をお願いしてましたよね」
レイゼン様も、少し押され気味でした、とも。
「その後、ユリウス様が帝国領のローラー作戦での探索を言い出してくれて、話が進んだんですよね。即断即決、小鬼族の動きの早さはありがたいです」
「それが最後のひと押しとなって、レイゼン様も初夏までには探索を始めると宣言されましたが、その話の流れを受けて、シャーリス様が少し席を外されて、彫刻家を連れて戻り、先行試作型の召喚呪符の量産ができそう、と聞いた時の安心した表情は、苦労が感じられました。最後に相談を受けた雲取様が、かなり熟考されてから、竜の加護を話されたのは覚えてますか?」
「勿論です。まさか、そんな事までしてくれるなんて、想像もしてなかったから、凄くビックリしたけど、嬉しかったです」
そう話すと、アキ様ならそれくらいでしょうね、と少し呆れられた。
「竜族は物を持たず、お金も使いません。魔術もその場で使い切るような系統のものが主です。ですから、何かしようにもできる話はそう多くありません」
「それは適材適所、やれる時だけ手を貸してもらえれば良いだけと思いますけど」
「それはそうですが、竜族の気質からすれば、皆でやるなら、何か絡んでおきたい、と思うことでしょう。何せ暇を持て余してますから」
「僕は、話を聞いてもらえるだけでも、別の視点からの意見を聞けるだけでも、嬉しいですけど」
「アキ様はそうでも、相談された方からすれば、やはり何かできるならしたいものでしょう。今回は加護を受けた者は責任重大ですが、話がそれ程大きくならず幸いでした。竜族が絡むと話が大きくなりがちですから」
ふむふむ。ところで何の話をしてたっけ。そうそう、探索者の皆さんが、僕を評価してくれたんだったね。
「何にせよ、評価して貰えたのは嬉しいです」
「今回の件に限らず、探索者が必要な時は声をかけてくれ、との事でした」
それは嬉しい申し出だ。その時はぜひお願いする旨を伝えてもらう事にした。
さて。
「それで、今日は何か予定が入ってます?」
「はい。小型召喚を用いて雲取様が飛行試験を行います。アキ様には、召喚の経路を通じて、連絡役をお願いします」
ほー。
◇
第二演習場に到着すると、雲取様が既に到着して小型召喚されていて、大勢のドワーフ達やリア姉、それに師匠と、大型幻影を見ながら、熱心に予定を確認していた。飛行コースはロングヒルから海沿いまで出て、そこから海岸線に沿って飛ぶ予定だね。
「雲取様、それと皆さん、お待たせしました。今日の飛行試験についてお話してるんですか?」
<そうだ。確認すべき項目は大きく分けて三点。まずは計測機器や妖精の乗る座席を付けた呪い観測を想定した飛行、次に最高巡行速度確認、最後は魔力供給量の限度までの最高速度と加速時間制限の確認だ>
落ち着いた口調だけど、思念波からは、早く遊びに行きたい子供みたいに浮ついた気持ちが伝わってきた。っと、可愛いなーと思うけど、楽しんでいる気持ちに水を差すのも悪いから、ここはスルーで。
「一つ目はお爺ちゃんが計測機器を操作したり、雲取様と情報交換したりする確認ですね」
「そうなんじゃよ。小型召喚の竜や、儂ら妖精用の小さなヘッドホンやマイクを作って貰ってのぉ。地上試験では問題なくやり取りできたんじゃが、なにせ小さい。上空でも安定して使えるか心配する声が出ておる。それに計測機器も同様じゃ。人が使うサイズの物をできるだけ小さくしておるが、飛んでいても儂が操作できるか、やはり試してみないとな」
お爺ちゃんは、妖精さんサイズの飛行服や、計測機器が色々と取り付けられてごつい座席を前に、楽しそうに説明してくれた。
「二つ目は、私とアキの魔力回復ペースの範囲で行える巡行飛行での最高速度を計測する予定だね。「死の大地」の計測時や、浄化杭投下時に何か問題が起きた時に、離脱する際の目安となる速度になるよ」
リア姉の説明によると、呪いが何かの理由で爆発的に広がってくるようなことが起きたら、追い付かれないように距離を離す必要がある、そのための高速巡行飛行らしい。同じ速度でずっと飛び続けられる、というのは重要で、彼我の速度に差があまりないなら、呪いの起点から離れるほど呪いは勢いがなくなるから、その時まで飛び続けられればいい、ということ。肉食獣から逃げる草食動物みたいな考えだね。短距離ダッシュの猫科と違って、鹿とか馬はそれなりの速度で何時間も走れるから、その持久力を活かして肉食獣が疲れて脱落するまで頑張ればいい。
「そして、最後はアキとリア、二人が意識を保てるギリギリまで、魔力減少ペースを気にせず、速度最優先で飛んで逃げるための限界確認だよ。雲取様は高速飛行に専念し、翁は障壁と強化術式を展開して、機材と自身を風と衝撃から護る。初期に比べれば、小型召喚も多少は魔力消費を改善してはいるが雀の涙ってもんだ。別の日には、呪いを完全に遮断する障壁を雲取様を覆うように展開した上での飛行試験も行う。速さで逃げ切るか、呪いを排除しながら飛ぶか、障壁の展開だけに専念して呪いが鎮まるまで待つか、その判断基準にするからね」
師匠が、自分が呼ばれた理由はその限界の見極めのためだ、と教えてくれた。
<飛ぶ速さによって、翼の広げ方を変えてはいたが、風を防ぐ障壁の形を変えることで抵抗が減るのは、なかなか興味深かったぞ。音より速く飛ぶ際には、そこが重要とも聞いた。今日は色々と形状を試してみるつもりだ>
雲取様は、ケイティさんや女中三姉妹から、地球の航空機の歴史や、機体や翼の形状に関する情報を教わって、あれこれ試していたらしい。ただ、こちらには超音速を試せる風洞実験室もないし、雲取様自身も降下を利用した短時間の超音速までしか試したことがなく、障壁の形状をあれこれ試すようなことも考えたことがなかったそうだ。
翼を広げた雲取様は小型乗用車くらいで、お爺ちゃんの乗る座席を取り付けると、なんか、無人飛行機みたいなイメージで、ちょっと面白い。
それでも、取り付けた計測機器なんかは、ぜんぶ本物で、大勢のドワーフさん達が魔導具片手に稼働状態を確認してたりと、飛行前の準備とかを見てると、まるで空母からの発艦シーンを見ているかのよう。まぁ、地球と違って、三十トンを超える機体を僅か数秒で時速三百十キロまで加速するなんて恐ろしい真似をする必要はないし、ヘリのように激しい下降気流を生むようなこともないから、竜族の離着陸はとても穏やかだけどね。それでも、空中では地上のように踏ん張ったりはできないから、念の為、作業が済んだら、全員、ちっちゃな雲取様から距離を取った。
雲取様がゆっくり、羽を広げて、体に取り付けたフレームの具合を最終確認して準備完了。
<では、飛んでみよう>
「いってくるぞ」
雲取様とお爺ちゃんは、いつものようにふわりと音もなく浮かび上がって、少しずつ高度を上げて行き、それから徐々に弧を描きながら、高度を上げていった。音も風も光もなく飛んでいくから、いつ見ても不思議な光景だ。そして、予定高度まで上昇すると、お爺ちゃんが発光術式を用いて、開始の合図を送り、地上からも了承の返信が行われた。
さぁ、実験開始だ。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
今回は、前回の結成式関連の裏話と、準備が整ったので行うことになった雲取様&翁による飛行探索、そのための飛行試験を行うことになりました。これまでの竜の生き方にはなかった独特の飛行や、普通はありえない限界レベルの飛行が試せるとあって、雲取様もかなり楽しんでいるようで何よりです。
次回の投稿は、四月十四日(水)二十一時五分です。