12-33.連樹の社で神々との約束(後編)
前回のあらすじ:境内に降り立った小型召喚バージョンの雲取様を見た感じだと、本体が降りるのは全然無理って感じでした。まぁ翼を広げて首や尻尾を伸ばすと、竜族はかなり大きいので仕方ないですね。(アキ視点)
各人が簡易に設けられた更衣室に分かれ、手早く公衣に着替えて、ヴィオさんの元に集った。
雲取様とトラ吉さんの為に、わざわざ敷物まで用意してくれていたりと、なかなか見栄えが良い。他の人もそれぞれに合わせた椅子が用意され、少し時間が伸びる事は確定っぽい。それに、横手にはホワイトボードも用意されていて、面倒臭くて込み入った状況を図示する事で整理しやすくする準備も万端だ。
皆が予定の位置についたことを確認して、ヴィオさんが口を開いた。
「それでは、これより、我が神との会合を始める。私を通じて見聞きされ、必要に応じて、神託をされ、私が皆にそれを伝えると思って欲しい。それと、私は皆との打ち合わせにも参加し、春先の話は把握しているが、私は我が神には何も伝えていない。私ではなく、我が神に話すよう意識されるように」
そう話すと、ヴィオさんはそっと、目を閉じて、それから静かに目を開けるとこちらに視線を向けた。
神を降ろしているわけではないけれど、ヴィオさんは敢えて意識を希薄にして、ヴィオさんを通してこちらを見る連樹の神様の邪魔をしない姿勢に切り替えたようだった。
明らかに変わった気配に、皆も気持ちを切り替えた。
◇
「人類連合の大統領、ニコラスです。それでは、我らからの回答をお話します。神の「マコトくん」を降ろす為の依代、そちらは用途に耐える最低限の品質から最上まで三体分、世界樹の枝を提供していただきたい。対価として、要望通り、「死の大地」の浄化を行うものとします。ただ、我々は彼の地を知らず、どれ程の期間、どういった手順で行うべきか明らかではなく、現地の調査から始める為、浄化は長い取り組みとなる事はご理解下さい」
そこで、ヴィオさんが手で話を止めるよう示し、暫くして口を開いた。
「我々とは、この場に集った国、種族で良いか? 妖精女王シャーリス殿、それに雲取殿、それぞれの立場を言葉として欲しい」
なるほど、確かにどちらの種族も他とは立ち位置が違うからね。
「国としては、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国、共和国が参加すると御認識下さい。森エルフ、ドワーフ達は人類連合に含みます。それと国ではありませんが、財閥、船団も参加します」
「財閥はミアを当主とする企業群であり、列島の物流、通信網を担う商人集団。船団は海外との交易、交渉、探査を担う多くの船と探索者達を束ねる集団と考えていただきたい」
ニコラスさんが全体を、ヤスケさんが国ではない財閥、船団について話した。
ヴィオさんは頷いて先を促した。
<次は我から話そう。我ら竜族は一つの国では無い。故に、「死の大地」の浄化に参加するのは百頭程度と考えて欲しい。遠い地に巣を構えている者達は参加できないからだ。何頭か頑固者がいたが、邪魔はしない事を約束させた。今話せるのはこの程度だ。初めの調査は我と妖精族の翁で行う。情報が得られれば、もう少し踏み込んだ話もできるだろう>
ヴィオさんは頷いたけど、返事は纏めて行うっぽい。
「次は妾じゃな。妖精族は国としては参加せぬ。あくまでも技術交流の一環として、各人が参加する。ただし、規模を絞るつもりはない。「死の大地」の調査、浄化の研究にも、賢者を筆頭に我が国が誇る魔術の使い手を必要なだけ参加させよう。国の運営に影響を与えない範囲である点は仕方なき事と思うておくれ」
シャーリスさんの話も聞き終えると、また暫くしてから、ヴィオさんが口を開いた。
「関係する国と組織、それと両種族の姿勢は理解した。十分な対応であり、そして、長く続けられる範囲で活動できれば良い。継続が大事だ。それと進捗は適宜、伝えて欲しい。私と違い、世界樹は、地の種族の時を、特に小鬼族の時をよく知らぬ。森エルフ達にもよく支えるよう伝えた方が良いだろう」
概ね良い感じだけど、世界樹の精霊さんの時間感覚は、かなり長命種寄りっぽい。世界樹さんにも色々と頼みたい事もあるから、要注意だね。
<それは我からも話しておこう。世界樹はのんびりしておるからな。これまでも急いた事が無かった。森エルフ達には奮起して貰うとしよう>
雲取様も約束してくれたから、何とかなるかな。それにしても、巨木だけど引っ込み思案な幼女で、時間感覚は長命種寄りかぁ。意識しておこう。
◇
ヴィオさんが話を進めるよう手で促したのを受けて、もう一つの依頼について、ユリウス様が話し始めた。
「もう一つの話、弧状列島のどこかで生じる妖精の道について、発見したら連絡するよう、全土の樹木の精霊達に依頼する件について、我々は対価として、「死の大地」への連樹の植樹を行うものとする。植えるのは八箇所、ただし、場所の選定、順番については、彼の地の呪いが薄れ、候補地の調査をした上で調整して行くものとする。――それとこれは小鬼帝国としてだが、我が国の何箇所かに連樹を植える事を提案する。我が国は土地と、その地で連樹と共に生きる民を提供しよう。帝国に根付いた連樹には、必要に応じて、その知を提供していただく。我が国土は貧しいが、「死の大地」と違い、すぐに地質調査と植樹は行えよう」
その話を聞き、ヴィオさんはより具体的に話すよう促した。
小鬼帝国への植樹は、馬車の中で話した事で、ヴィオさんも知らない事だからね。
そこでユリウス様は、連樹の民に、種からの育て方を教えて貰い、帝国全土で地質調査をして、植樹に適した候補地を選定、木が育ち、森となるまで見守る民も用意する、と説明した。
その踏み込んだ内容に、ニコラスさん、レイゼン様、ヤスケさんの三人も静かに唸った。広い地域を面で支配するからこそできる提案であり、他の国々には真似のできない策だ。
ヴィオさんは暫く神託に耳を傾けていたけど、込み入ったやり取りをしてたようで、少し時間をあけてから話し始めた。
「良い提案だが、釣り合いを確認したい。私に参加を求めていた件を改めて漏れなく話すように」
それぞれを見て、この場にいる全員に話すよう促した。
◇
まず、レイゼン様が口火を切った。
「これから皆が話す内容は、各勢力が共同で推進していくものであることを前提とし、その上で、それぞれが特に強い興味を持っている項目について話すとご認識いただきたい。連邦としては我々が開発を進めてきた変化の術の改良と、それに繋がる異種族召喚術式の開発に力を貸してほしい。特に自らと異なる種族の形を取れる知識、経験は得難い。ぜひ力を貸していただきたい」
次はヤスケさんだ。
「共和国、それと財閥としては、質を変えて三つを創る依代について、どれならば神降しに耐えられるか事前見極めに御助力をお願いしたい。それと力の差が大きい存在同士の心話についてもご助力いただきたい。それと「死の大地」の浄化については、当事者として連樹、世界樹の二柱自身にも研究に参加をお願いする」
シャーリスさんが次に続いた。
「妾達は、やはり召喚術の改良、異種族化に力を貸して欲しい。それと賢者を中心に様々な術式の改良を想定しているので、そちらは共に研究していきたい」
ニコラスさんも連合の立場を伝える。
「樹木の精霊も木々の種の違いもあり、精霊使いも交流に苦慮することが考えられる。そこで、必要に応じて相談に乗って下さい」
おや、次はユリウス様か。まだ話すことってあったっけ?
「「死の大地」の浄化が進めば、草木を植えて彼の地を、命溢れる豊かな場所へと変えてゆくことになる。故にこの話は、連樹ではなく世界樹に対してだが、種や苗木に祝福を与え、彼の地で草木が根付くことを支援していただきたい」
あぁ、確かにその話もあったね。
そしてラストは雲取様だ。
<冬から始まった竜族の様々な取り組み、召喚術式の改良、文字の読み書き、人形の遠隔操作、使い魔との感覚共有は、いずれもまだまだ実りまでの道は長い。その研究に力を貸して欲しい」
一通りの話を聞くと、ヴィオさんが、これから神がこの身に降りる、と断りをいれた。
◇
僅かな間に、ヴィオさんから、連樹の神様の清々しい森の空気のような魔力が放たれ始めた。
その澄んだ目は、悠久の時を生きてきた者のそれであり、神が降りてきたことを誰もが理解した。
「竜と人を繋ぐ神子達を支援する機構や、「死の大地」を浄化する計画について、その代表にアキを据えると聞いた。代表には権力と重責が付き纏うのが常。それをどう考えるか」
誰から聞いたのかって、連樹の民が話してれば、それは全部筒抜けなんだから、それくらい知ってても不思議じゃないか。
っと、それにはニコラスさんが答えてくれた。
「その件については、あちらの例を参考に、権威と権力を分けて運用していきます。アキは代表として活動はするが実作業の殆どは担わず、権威ある者として振る舞う。そして我らは実務を担い、権力を行使していきます。活動の責務を担うのは我らです」
うわー、そんな風に考えてくれていたのか。本当のお飾りでいるつもりはなかったけど、改めて明言されると、そこまで気を使ってくれて悪い気がしてきた。余計な事に煩わされたくはないから、ありがたい話ではあるのだけれど。
ヴィオさん、というか連樹の神様は軽く笑みを浮かべた。
「それは互いの利にもなろう。余計な雑事は其方らで止めよ。それが世の平穏ともなる」
なんか、酷い話に聞こえるんだけど、気のせいかなぁ……。
連樹の神様は、さっさと次の話に話題を切り替えた。神降しは時間が短いほどいい。慌てず、でも急いでる感じだ。
「双方の行いは、全体としては釣り合いが取れていると判断した。小鬼族には他が力を貸して、そちらで治めよ。世界樹は、祝福をしても良いとのことだ。詳細は森エルフ達と詰めるがよい。「死の大地」の浄化については、我らも任せるだけとはせぬから安心せよ。それと、皆に誤解の無いよう予め伝えておくが、樹木の精霊達は仲間意識が低く、隣接する他の草木は競う相手であり、全体で群れとなって振る舞うような事は極めて稀と心得よ。私と世界樹が手を取り合ったのも、遠くにあって、互いの振舞いに関係がないから、そう考えておく事だ」
え、あ、それって、ちょっと不味い。
「連樹の神様、それって、樹木の精霊達に協力をお願いしても、連携して動いてくれないってことですか?」
それだと、リレー形式で話を伝えて、という連絡網案が成立しなくなっちゃう。そう問いかけると、連樹の神様は、楽しそうに笑みを浮かべた。
「害するモノがきたら、共存する虫や鳥に助けを求める振舞いをすることはある。だから、協力という考えを持たない訳ではない。それ以上を求めるのなら、後は其方らの熱意と行動が、未来を創り出していくだろう。それと最後に一点聞いておきたい。多くの事柄を進めていけば、どれを優先すべきか迷うこともあろう。それをどう考えるか?」
それは其方で頑張れ、とさらりと流して、結構重要な事を聞いてきた。さっきの通り、それぞれが重視して欲しい活動はばらけていただけに、すぐ答えられるのか気になったけど、そこは、ユリウス様が予め用意していた答えを話してくれた。
「最優先は、次元門構築とそれに連なる研究とお考えください。これはこの場にいる各勢力の総意です」
少し調整する余地を残した回答かと思えば、満額回答そのもので、思わず、周囲の人達の反応を見たけど、誰もがそれでよいと頷いてくれた。最高の答えなんだけど、いろんな気持ちが溢れてきて胸が一杯になってきちゃった。
「ならばよい。では、終いとする。細かい調整は神官達とするがいい」
そう話すと、連樹の神様は、降りた時と同様、すぐに去っていった。
ヴィオさんが手をついて、姿勢を正したけれど、前回より更に短い時間だったせいか、顔色もそれほど悪くない。
「……対話は無事終えただろうか?」
ヴィオさんがそう問いかけたのも無理はない。樹木の精霊関連で爆弾発言が放り込まれたこともあって、少し慌てた感じになってるのだから。僕がかなり興奮気味でちょっと感動して目が潤んでるのは、皆の心遣いに感激しちゃっているからなんだけど。
「えっと、概ね、問題なしでした。ただ、根本的で手間のかかりそうな課題があると教わったので、ちょっと混乱してるとこです」
そう答えると、ヴィオさんは少し気になったようだけど、一時間後に改めて、話し合うことを示し、皆もそれに同意して、ひとまず、連珠の神様との約束は終わりを迎えた。
評価、ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
さて、連樹&世界樹との様々な約束も、無事?に終えることができました。
ただ、「妖精の道」を素早く見つけるために、樹木の精霊達に手を貸してもらう作戦は、根本的なところで問題があることが露呈し、かなりの苦戦することを全員が理解しました。まぁ樹木なので、水や光といった資源をどれだけ多く確保するか、という争いを常に周囲としている訳で、動物と違って出歩きもしないので、群れを作るような種族じゃないのでした。
数百単位でも纏まってくれている竜族はだいぶマシなほうで、樹木の精霊達は、数十万、数百万という個人主義の連中なんですから、交渉・調整役の方々の苦労はきっと、アキでも「かなり大変な」と表現する難行となるでしょう。
メインストーリーの中では触れる機会も少ない(アキがそこまで踏み込んで興味を持たない)ので、短編でも書いてフォローしようかなぁと思います。
次回の更新は、三月二十一日(日)二十一時五分の予定です。