12-32.連樹の社で神々との約束(中編)
前回のあらすじ:連樹の森に向かう道中、馬車の中で、ユリウス様と帝国領への連樹の植樹についてお話しました。連樹の森がどうにかなるような大規模災害というのも考えにくいですけど、もしもに備えて複数個所に分散しておくのはリスク管理的にも重要と思うので、なかなか良いアイデアと思いました。(アキ視点)
僕達が馬車から降りると、今回、社に行くメンバーは全員揃った。
これまでと同様、初めて参拝する皆さんは、それぞれ、自身の魔力を込めた宝珠を、出迎えてくれた連樹の巫女のヴィオさんや神官の人達に渡す。
「連樹の巫女よ、参拝するのに、宝珠を用意するのは庶民には敷居が高いように思う。それに参拝客が増えれば、宝珠の置き場にも困ろう。連樹は全てが繋がっていると聞く。ならば、鳥居の間近にある木が、参拝客の魔力を覚えれば、宝珠は無用ではないか?」
ユリウス様が、ふと思いついたようにヴィオさんに問いかけた。質素倹約を基本とせざるを得ない小鬼の皆さんからすると、無駄に感じられる部分なのだろう。
「連樹は外部の者の参拝は認めているが、誰でも無条件に受け入れる訳ではありませぬ。それにここは、街から離れた場所に位置しており、人もそうそう来るものではなく、これまでに、そのようなことで困ることはありませんでした」
ヴィオさんの言う通り、ここは街道のすぐ傍という訳でもないし、宿泊施設や食事処、土産物店なんてのもなく、ひっそりとした佇まいだ。これまではそれで良かったんだろうね。
「これまではそれで良かったのだろう。だが、此度、皆がこうして集った訳は知っての通りだ。これからは、連樹の神には、樹木の精霊や世界樹との交流の懸け橋として、それに様々な研究にも関わって頂くことになる。ロングヒルの居留地ほどではないにせよ、ここにも多くの者が日々、詣でるのだから、その為の準備は頼むぞ」
ユリウス様が確定事項のように告げると、神官達が不満を表情に表したけど、流石に皇帝陛下に直接、文句を言うほど短慮な思考はしていないようで、ホッとした。
なんだけど、ヴィオさんが僕のほうを見て、説明しろ、と目線で圧力をかけてきた。ざっと周りの反応を確認すると、ニコラスさんもレイゼン様も雑事は任せる、って感じだ。
さて。
「ユリウス様も話された通り、ロングヒルで行っている様々な研究に、今後は連樹の神様に力を貸していただく機会も増えてきます。毎日のように小型召喚の竜もやってくるようになるでしょうし、鬼族や小鬼族、それに連合に所属する種族の皆さんも含めて、出入りは増えるでしょう。居留地からいちいち足を延ばすのも手間ですし、例えば、鳥居前町を作って、そういった人々を迎え、支える仕掛けを用意するのも良いでしょう。連樹の民自身は全体の統括を行い、町を支える人々は、連樹の神様に負担にならない形で活動をする、そんなところかと」
皆さん、宿場町の運営とかノウハウはお持ちじゃないですよね?、と念の為、聞いてみると、自分達だけで生活してきたから、そんなものはない、とヴィオさんも認めた。ただ、過去から続く伝統に拘りがあるのか、神官さん達は不満そうだ。
でも、ここはハッキリしておかないとね。僕が言うしかないか。
「どの程度の頻度で、研究者や竜達を受け入れて頂けるか、彼らが近場で住まう際に配慮すべきことは何か、それらは連樹の神様と相談して決めていくことになるでしょう。ヴィオさんには大変と思いますが、両者の調整に尽力いただけますようお願いします」
決めるのは神であり、従者である貴方達ではない、そう言外に話すと、神官の皆さんは更に表情が不満に染まった。小さいなぁ。精神修業を積んでてこれじゃ、心配になる。
「我が神も、皆を迎え、新たな取り組みを始めることに期待をされている。私も誠心誠意、両者を繋いでいこう。それと、アキ。初めに言っておくが、手摺りは作らないことに決めた。悪意でそう決めたのではなく、理由あってのことだ。気を悪くしないように」
ヴィオさんが、示した通り、鳥居の奥、社に続く急傾斜の階段には、僕が熱望していた中央の手摺りは影も形もなく、以前と何も変わらない。
顔に不満が露骨に出たようで、ヴィオさんは苦笑しながらも理由を教えてくれた。
「本日、こうして鬼族のレイゼン様がいらしているが、見ての通り、階段は人族用に作られたもので、階段を覆う結界に干渉しないよう歩くには、中央を登って頂くほかない。聞いた話では、レイゼン様は鬼族の中でも体格的には恵まれたほうとのことだが、それでも一番大きいという訳でもないそうだ。だから、登る際にも、背伸びをして手を伸ばすといったことは控えて頂く。結界に手が届いてしまい、それが悪影響を与える可能性があるからだ。そして、階段の中央に手摺りを付けては、鬼族の方が登るのに邪魔となる。アキの話した通り、今後は鬼族の方がここを通ることも増える。だから手摺りは作らない」
レイゼン様と鳥居を比べてみると、鳥居がまるで居酒屋の暖簾のように見えてくるから、高さに余裕がないのも確かだろうし、階段の横幅からしても鬼族の巨体なら、中央を歩く以外に選択肢もないのだろう。
だけどー、つまり状況は何も変わらない訳で!
参拝客に優しくない、この急階段は改めるべきだよね。
「地球の話ですけど、急勾配の男坂と、勾配は緩いけれど歩く距離は増える女坂というように、参拝する人の体力に合わせて、道を分けて用意することがあります。ここもそうしたほうが良くありません? ほら、参拝客も老若男女、種族も様々に増えるのだから」
良いアイデアでしょ、と熱意を込めて話すと、レイゼン様がにやりと笑った。
「やけに熱心だが、お嬢さんは幼児のように抱えて運んで欲しい、とでも言うつもりか?」
女子供とすら言わないのは、鬼族の女子供なら、普通に人族の成人並だから、この階段だって苦にならない、とかそんなとこなんだろう。
あー、でも、レイゼン様に抱えて登って貰うのも悪くないかも。
……そんなことを思ったら、ケイティさんから釘を刺された。
「レイゼン様、そのように甘やかす言葉を話さないでください。アキ様も、心を動かされてどうするのですか? ハヤト様にいずれ認めて貰うためにも男気を磨くくらいの気概は持ってください」
ケイティさんに言われて、レイゼン様はマジか?って顔をして、前言を撤回した。
「話に聞いてはいたが、本当に嫌なんだな。まぁ、諦めろ。それに、俺の足と階段を比べてみればわかるが、足が踏面に全部乗らず、実際、ちと危ない作りだ。いずれは鬼族用に別の階段を作って貰うとしよう」
レイゼン様が自分の靴を示して、階段の踏面と比べて見せてくれた。……確かに七割くらいしか乗らなくて、登る時も降りる時もかなり気を使いそうだ。
ちなみに、ユリウス様は、とみると、まったく問題視していない。
「小鬼族にとっては、この程度の勾配はさほど気にするものではない。走って良いならそれが一番楽だが、それは無作法というものだろう」
身軽で、傾斜地を飛ぶように走れる小鬼族からすれば、人族の成人に合わせて作られた階段の段差が大きく感じる程度で、それとて登るのに困る話ではない、と。
不満たらたらな僕を見て、ふわりとシャーリス様が飛んできて、僕の肩に降りた。
「翁から聞いていたが、人はこの傾斜で危ういか。妾達は空を飛べる故、傾きがどうであろうとあまり気にせぬから、その感覚は興味深い。どれ、今日は妾も見ていてやろう。登ってみせよ」
「にゃー」
足元から、トラ吉さんが、過保護にするなよー、って感じに声で制してきた。
「わかっておる。妾は見ているだけ、助けるのは、トラ吉、其方だ。さぁ、アキ。時間が勿体ない。慌てず登るのじゃ」
ヤスケさんが、成人した街エルフでなくとも、並の街エルフならこの程度の階段に不平を言ったりせん、などとぶつくさ文句を言ってるけど、僕はこちらで育ってないから、同列に扱われても困る。
前回同様、上で着替える前提で、今日もちゃんと動きやすい服装にしてある。だから、初回時のスカートと違い足元もちゃんと見えるから、大丈夫。準備は抜かりない。
見上げれば、やっぱり不安しか感じない急勾配の石階段。
でも、僕が文句を言ってる間に、ニコラスさんやユリウス様、それにヤスケさん達は僅かな供と一緒にさっさと登って行ってしまい、レイゼン様も、先に行くぜ、なんて言って三段飛ばしで登って行った。
足が全部乗らないから危ない作りだ、なんて言ってたけど、その足取りは平地を行くが如き自然さで、体幹も全く揺らがず、セイケンの歩みを見ているかのようで、地にしっかりと根付いた大木のようだった。
考えてみれば、武に重きを置く鬼族、しかも万人に慕われる王、しかも体格にも恵まれているのだから、セイケンのように武を極めていて当然だったね。付け刃の武術しか習ってない僕でも、レイゼン様の体の運びが遥かな高みにあるのは理解できた。
一応、後ろにはケイティさんとジョージさんが控えてはくれているけど、実質、最後。
トラ吉さん、お爺ちゃん、シャーリス様の位置を確認して、深呼吸。
「行きます!」
――こうして、再び、手摺りもない急勾配な階段を登るという苦行をやらされて大変だった。
◇
幸い、今回はトラ吉さんに助けて貰うこともなく、登りきることができ、最上段の位置から眺める春の山々の展望を楽しむことができた。雲取様に連れられて遥かな高みから下界を見下ろしてた、あの光景も素晴らしいものがあったけど、こうして、高いところまで登って、眺めるのもまた素敵だ。
お爺ちゃんとシャーリスさんは、そんな僕を興味津々といった感じだ。
「普段と違う目線は、それだけで楽しいものかぇ。それなら、妖精として召喚して、妾達の目線を経験すれば、大いに楽しめよう」
「それに儂らなら、小さき者の視点ともなり、それも目新しさとなるじゃろう」
うん、うん、となんか二人して盛り上がってる。
「もしかして、異種族召喚に何か進展があったとか⁉」
そう聞いてみたけど、ちょっとだけ外れ。
「そうではないが、竜族の小型召喚もだいぶ安定し、今日はこうして――ほれ、雲取様も小型召喚でやってきた。連樹の神が小型召喚を観れば、そして、竜眼を持つ竜族、召喚魔術に詳しい妖精族、異種族の形で実体化できる連樹の神が力を合わせれば、異種族化の話も進展があろう。今回はその点も話すつもりよ」
シャーリスさんが示した空の一点から、雲取様が滑るように飛んできた。腕に付けている魔導具は、識別用の宝珠が付いてる奴で、そのおかげか、降りる途中に空に波紋が広がったけど、それだけで、スムーズに降り立つことができた。
他の皆さんも、降り立った雲取様に視線を集めつつ、先ほどシャーリスさんが話していた内容にも興味を示していた。
実際のところ、ロングヒルの別邸の庭先や、鬼族の大使館などを利用して、今日、連樹の神様と話して約束を取り付ける話については、事前にこちら側の調整は終えている。
ただ、連樹の神様には多くのことに関与して貰うつもりだから、各人が求めることは、少しずつ重視するポイントが違っている。
妖精族が重きを置くのは、異種族召喚、そういうことだ。
<連樹の巫女よ、宝珠の鍵はうまく機能したと思うがどうだっただろうか?>
雲取様の問いかけに、ヴィオさんは上空を少し凝視していたけど、問題ありませぬ、と答えた。
これで、一応、今回の対話に参加するメンバーは全員、社に到着した。
「それでは、皆様、言葉を交わす前に支度を整えていただきたい。本日の対話はこの場にて執り行う。我が神はこの場での全てのことを私を通して見聞きされる。返答は私に降りてご自身で話されるので、そのつもりでお願いする」
ヴィオさんが居住まいを正してそう告げると、皆は静かに一礼してそれに応えた。
巫女や神官達ではなく、この後、話を交わすのは、神の一柱。
その重みを誰もが理解していた。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
連樹の社への階段を登っただけ、という休憩回って感じになりましたが、人族用の階段は、身長2.5mの鬼族からすれば、踏面が狭くて使いにくく、小鬼族は子供の背丈なので、やはりゆっくり歩いて登るには段差が大きく登りにくい(登れない訳ではないけれど)、そして妖精族にとっては勾配がどうであっても気にならない、というように、この程度のことでも種族差がでてしまう、という意味で、必要な描写でした。あと、レイゼンもそうですが、鬼族は長命なので前線で戦える兵士達は、人族からすれば誰でも熟達の域に達しているので、実際にはアキのように急勾配に苦労する鬼族を見かけるのは困難でしょう。
今後、トウセイも社には足繫く通うことになりますが、彼だって昇り降りだけなら平然とやれます。
まぁそれを言うと、成人した街エルフは何でもできる=どの技能も実用レベルで行使できる、ので、やっぱり苦戦する様子なんて見れないんですけどね。
アキの希望通り、男坂、女坂が用意されるかというとなかなか微妙でしょう。
次回の更新は、三月十七日(水)二十一時五分の予定です。