12-30.空から来た竜と妖精と女の子(後編)
前回のあらすじ:港町ショートウッドに、雲取様や妖精さん達と訪問したことは結構なインパクトがあったようです。街エルフが予想外に混乱して意外でした。(アキ視点)
気になる事があったから、この際、聞いておこう。
「すみません、皆の意識が変わったという話でしたけど、自分も一緒に飛んでみたいとか、同じ年齢くらいの子達が、話を聞きたいとか、竜神の神子に挑戦してみる声が増したとか、子供でも許可が出るならロングヒルに行きたいとか、そう言った話は集まってますか?」
社会全体として、大きな意味での変化は先に聞いたけど、もう少し踏み込んで、今後の活動に食い込んでくるような逸材とか、やる気溢れる熱意に満ちた若者とか、あんな子供にできるのなら自分だって、という根拠なく自信に満ちた信念を持てるのは、若者の特権だからね。
期待に満ちた目で、返事を待ってみたんだけど、なんか反応が鈍い。視線がヤスケさんに集まり、また儂かと、なんか嫌そうな表情をしてから、重い口を開いてくれた。
「話だけなら集まったとも」
おー。ってあれ? なら、なんでそんな渋い顔を?
「何か問題でもありました?」
そう話を振ってみると、ヤスケさん大有りだ、と不満を隠さず口火を切った。
「空元気でも、子供にできるのなら自分だっててきる、と放言した連中は全員集めて、洗礼の儀に参加させてやる事にした。白岩様には手間を掛ける事になるが、あの方は、勇気ある者達には誰であろうと敬意を払う、と話してくれてな。竜族ではあるが、信頼と感謝の言葉を贈った。まさか、そのような時代が来るとは夢想だにしなかったものよ」
「ショートウッドの方々が対象となると、結構な人数でしょうね」
僕の感想に、ヤスケさんは目を細めて嗤った。
「そうではない。我らや財閥の情報網に引っ掛かった者達、連合、連邦や帝国でも発言した連中は根刮ぎ全員だ。どこでも自らの力量を弁えず、大言壮語する阿呆はいるからな。そんな連中には、現実を全身全霊で理解して貰う事にした。三勢力とも、儂らの提案を快諾してくれたわ」
うわー。本当かと皆さんを見たら、それはもう夢に見そうな怖い笑顔で頷いてくれた。
「先行で来てる文官寄りの者達が好印象な事もあって、武官寄りの荒い連中はロングヒル行きの選抜から漏れがちでな。ライキやシセンの見極めに表立って文句は言えんが、選ばれれば自分だってやれる、と意気軒昂な若造が結構いた。以前、アキが話していた模擬戦を経験させる前に、この際、一当てして試してみることにしたわけだ。もしかしたらアタリがいるかもしれんだろう?」
レイゼン様はそう言いながらも、体験しないとわからん奴らも多いから、丁度いい機会だから乗ることにした、と嗤った。
「余も似たようなモノだ。鬼族のように自らの力量を過信できるほど我らは強くない。だが、先の洗礼の儀で、小鬼族もそれなりの人数が残った。武や魔術でなく知で活躍するのであれば、種族差は然程影響しない、とな。彼らの言う事も一理あるので、立場に関係なく、全員、洗礼の儀を経験させる事にした。一割でも残れば儲けものだ」
ユリウス様は、帝国領でいくつか、洗礼の儀を行う為の拠点を整備して、そこで参加させるとも教えてくれた。ロングヒルに集めるのは手間だが、竜族の飛行距離からすれば、各地に飛んで貰っても手間は変わらない、と。
そうなのかなーと、雲取様を見ると、その通りと頷いた。
<各地には白岩殿以外にも、地の種族との対面をやってみたいという熱意溢れる成竜はそれなりにいるから、対応可能だ。それに秋の本番前に、元気な者達に会っておくのは良策だろう>
地方の成竜達のガス抜きにもなる、と前向きだ。
……となると、連合も同様か。
「推察の通り、連合でもそんな輩は掃いて捨てるほど見つかったから、大統領権限で各国に身柄を確保させたよ。表向きは今後の交流を支える人材確保、もう一つの意味は、秋に備えた綱紀粛正と治安確保って奴だね」
ニコラスさんもさらりとえげつない事を教えてくれた。
まぁ、でも結果だけ見れば悪くない話か。
神子の役目を担いたい、という話とは少し方向性が違うから、耐性がある人もそれなりに含まれる可能性はありそうだ。
「半年もありましたし、今回の件だけでなく、以前からの分も含めれば、かなりの人数になりそうですね。幸い、洗礼の儀は集めれば一回で大勢、結果が出せるので、丁度よい機会でしょう。性根がどうだろうと、やる気と力量があるなら、参加は大歓迎です。その流れなら秋は落ち着いて交流できそうなのも良いですね。洗礼の儀に立ち会う神子の選抜はちょっと急ぐ必要があるけど、司会をする以外、殆どは竜族の方にお任せですから、それほど前準備が必要と言う事もないでしょう」
口だけの皆さんは現実を知って大人しくなるし、そこからある程度は残って働ける人も残るし、神子さんも場数を踏んで、秋にいきなり本番というよりは気が楽になるだろうし、手間は掛かるけど、方針はとても良さそうだ。
そう伝えたら、ヤスケさんが大笑いして、凄みのある表情で、街エルフの内情を教えてくれた。
「我らは、成人していれば全員が人形遣いであり、大勢の人形達の力を束ねて、大きな活動を行えるようになる。誰もが中小企業の社長のような立ち位置だ。それ自体は悪い事では無い。広い視点を持ち、単に使われるだけの立場でなく、使う側の視点を持つ事は、国の運営では欠かせんからだ。だが、現場から距離が遠のくと、感覚が鈍り、できもしない理想論を口にしたり、机上の空論である事に気付けなくなる。どれだけの人形達を集めても、何の足しにもならない暴威が――、失礼した、圧倒的な力が存在するという現実を意識しなくなる。特に不可侵の約定を取り交わした後の世代はその傾向が強い。だが、それでは駄目なのだ。どうにもならない力の差、その現実に心を打ち砕かれねば、そこから這い上がらなくては、これからの時代に参加する事はできん」
途中、雲取様に謝って言い直したけど、今の竜族は制御された猛威であって、災厄を齎す暴威ではないからね。雲取様も一瞬、目を細めたけど、言い直しを受けて、軽く流してくれた。
街エルフは母さんも実演してくれた通り、一人軍隊だからね。それも一つの生き物のように完全連携する超一流集団だ。気が大きくなるのもわかる。公平な目で見ても、一人でも一軍の長なのは間違いないのだから。
でも、それは地の種族同士で比較するから大きい力なだけで、何万頭もいる竜族達が集団で動き出せば、蟻の群れと大差ない。空間跳躍して全員を巻き込むように竜の吐息を叩き込めば、軽く蒸発する程度に過ぎない。いずれ、そう遠くない未来に、竜族に一矢報いる事ができるようになっても、それは五分に戦えることを意味してはいない、と理解しないと。一般歩兵が全員、機動兵器の類を操るような時代にでもならなければ、この差は覆らない。
それにしても、街エルフはソコがスタート地点か。それはそれで、街エルフにとっても良い機会かな。年配の世代が怖がられる理由の一つは、彼らが、天空竜の暴威を経験していて、若い世代が経験していないこと。完全に同じ経験ではないけれど、洗礼の儀で、竜の圧を体感すれば、両者の隔たりは大きく縮まると思う。
「若い世代と、年配の世代で共通の認識が育まれれば、これまでより世代間の交流も進んで、人々の和も形成されていくでしょう。心に折り合いをつけた経験を活かして、若い世代を労ってあげてくださいね」
そう話すと、ヤスケさんは驚いた表情を浮かべて、そしてゆっくりと余韻に浸るように、微笑みを見せてくれた。
「お前は、お前達はそういうところが、なんとも小憎らしいわ。だが、儂らとて孫や子から怖れられるよりは、共感を得て、慕われたい思いはある。……他に話を漏らすでないぞ。そんな話を聞けば、奴らはすぐ図に乗るからな」
その視線は僕に向いているけど、僕を通してミア姉を見ている感じで、薄暗い眼の奥にも温かさが感じられた。
年配世代の色々と積み重なった言葉には、他の皆さんも、思うところがあるようで、ヤスケさんの発言に賛意を示してくれた。特にシャーリスさんは、年配世代に対して苦労しているからか、共通の経験は重要よな、などとしきりに頷いていた。
◇
さて、話もだいたい終わったかなーと、全員を見回したところで、ヘンリー王を見て、ちょっと思い出したことがあった。
「ヘンリー様、エリーには二人のお兄さんがいると聞いてますけど、お忙しい感じですか? 以前、いずれ顔合わせしようと話されてましたよね」
そう聞いてみると、ヘンリー王は、少し思案してから、言葉を選んで答えてくれた。
「二人とも、一連の話を受けて隣国を回って、様々な調整に取り組んでいる。そういう意味では忙しいが、物事にはタイミングという物がある。私と妻は、今はまだ、その時ではないと考えているのだ」
あら。夫婦揃って同意見か。
「何か公式行事の準備をしてるとか、経験を積む方を優先している感じでしょうか? 鉄は熱いうちに打て、みたいな」
「そんなところだ。それとな、二人とも、親の贔屓目を考慮しても、現時点でも十分、将来を期待できる自慢の息子達だ」
「しかも、妹のエリーを可愛がってくれれて、兄妹の仲はとても良いんですよね」
そう話すと、にっこりと微笑んで、その通りと頷いてくれた。ただ、次に見せた表情は、悲しいというか、悩ましいというか、そんな憂いを帯びたものになった。
「三人の仲が良いのは私もとても嬉しく思う。だが、息子達は云わば月のようなモノ。そして、エリーは同じように例えるなら太陽なのだ。夜空であれば強く輝く月も、太陽に照らされれば霞んでしまう。二人はかなり思い悩み、心の折り合いをつけるのに時間が掛かった」
日本でそこそこ有名な歌手と、世界的に有名な歌手が並ぶようなモノかもしれない。
「エリーはそこにいるだけで華があるし、話せば自然と注目を集める、そんな子ですからね」
その気持ち、よくわかります、と頷くと、不思議そうな表情を浮かべて、それから納得した顔に変わった。
「本心から話しているのは分かるが、そうか、あちらでは、「マコトくん」であり、普通の学生をしていたのだったか」
そんな話もあった、と思い出したようで、そのあたりの話はあまり記憶に残ってなかったっぽい。
「あちらでも、姉がいましたが、普通の範疇に入る人ですし、もし、あちらで、ミア姉がいたなら、同じように悩んだかなーって想像できます。何せ、ミア姉は立ち振る舞いも常に淑女って感じで、知的で綺麗で、地球の話もどんどん理解して更に踏み込んでくるし、僕の話にも付き合ってくれるし、必要以上に口を出さずに見守ってくれるし、どこの完璧超人だーって思ったりもしましたから。でも実は努力家で見栄っ張りで、カワイイところもあって、そういう所に気付いてからは、ミア姉はミア姉、自分は自分と思えるようになったものです」
まだ、アピールが足りないところだけど、良くわかったと苦笑しながら止められたので、その辺りでお終いとした。
僕も理解してます、凄い人が身近にいると色々と悩みますよね、と例を上げて話したつもりだったけど、ヤスケさんが声を出して笑い出した。
「少しは見ておるが、恋は盲目、そういう様を見ると、お前も普通の子供と見えてくるから面白い。ミアが少し足りぬとしても完璧に見えるようでは、まだまだ並ぶには遠いぞ、若人」
うわー、露骨に子供扱いしてきた。しかも、ヘンリー王に、近所のお爺ちゃんが子供を紹介するような顔で話し始めた。
「お主も親として心配なのだろうが、此奴にゴチャゴチャと付いた飾りに惑わされ過ぎだ。こんな面もあると分かれば、背伸びしてるだけで経験が偏っておるだけの子供、等身大に見えてもくるだろうて」
ヤスケさんが、更に一言、此奴のように相手の本質、心の内に注意を向けるようにだけ、助言しておけば何とかなるだろう、なんて事も話した。
他の人を見てみるけど、まぁそんな所か、と頷く人だらけだ。あ、雲取様は少し違うか。
<我らからすれば、相手の心に意識を向けるのは普通だ。だからヘンリー殿が懸念している事は分かるが、共感は難しそうだ>
そりゃそうか。竜族からすれば、人の力とか容姿とか魔術とかは、ある意味、どうでもいい部分だもんね。
ヘンリー王は、溜息をついて、困った顔で笑ってくれた。
「雲取様、というより竜族の意識ですか。アキが竜神の巫女となるのも頷けるというモノ。そのような視点が持てるか、どうか。――アキ、息子達と話してみるから、少し待ってくれ」
「はい。楽しみにしています」
同年代の子なのに、王族としてのお仕事で他国に行ってくるなんて凄い、こちらの子は地球と比べて同じ年代でも大人びてる、と話すと、ヘンリー王は、未成年という切り口もあったか、と頷き、あちらの話の紹介というスタンスで、あちらの同年代の話でもしてやってくれ、と提案してくれた。
この分だと、エリーのお兄さん達と話をする機会は早めに訪れそうで、ちょっと楽しみになった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
精霊使いを全国展開しようとか、樹木の精霊達を探そうとか、「死の台地」に船団を派遣しようとか、そんな話もインパクトが大きいでしょうが、ここにきて、秋を見据えて、各国は国民に対して強烈な一撃を持って目を覚まさせて、綱紀粛正まで図ることに決めました。予め、阿呆な発言をしている連中をピックアップしていたあたり、用意周到、逃げ道は完全に塞いでいることでしょう。
まぁ、やることは対象人員を集めて、天空竜と対面させるだけなんですけどね。
手間はさほどかからないし、春の間には、各地で洗礼の儀が行われ、結果も出そうです。
次の投稿は三月十日(水)二十一時五分です。
<雑記1>
今日、献血に行ってきたんですが、超混雑状態でした。血液のストックも不足しているので良いことと思いますが、雑誌類が半分以上、棚からなくなっている(読むために持ってく)状態って初めてみました。ソードアートオンラインのクリアファイルを配ってたりしますが、その効果……って感じでもなさそうで、不思議な感じです。
<雑記2>
Androidスマホ「AQUOS sense4 Lite」のSDカードがトレイから落ちて取り出せなくなった件、修理王さんで直してもらいました。聞いたところ、トレイにちょっとした衝撃で簡単に取れてしまう問題があって、同様の依頼が結構来ているんだそうです。カチッと嵌る程度の改善なら大した話でもないでしょうから、この問題は今後の機種では改善して欲しいものです。