12-20.竜神子達との懇親会(後編)
前回のあらすじ:神子さん達を集めての懇親会が始まりました。と言っても、時間節約のために、神子さん同士の意見交換を終えてから参加、となりました。神子さん同士は仲良くやってる感じなのは幸いでした。(アキ視点)
頭がクラクラするような騒ぎが続いて、なかなか話を聞く体制に戻ってこない。聞こえてくる話からすると、そもそも、連樹の神様や世界樹の精霊って何とか、「死の大地」ってあの伝説の地か、とかとか、半年後の仕事の話をしていた筈なのに、急に普段馴染みにない日本神話とか、ギリシャ神話みたいな話が絡んできた、なんて感じで、話についていけてないようだった。
どうしようか迷っていたら、ケイティさんが前に出て杖を振るった。
『真冬の北風!』
呪文が発動すると、大気に含まれた水分が凍りついた結晶混じりの身を切るような冷気が、白熱していた神子の皆さんを蹂躙していき、驚愕に表情を凍りつかせながらも、騒ぎが止まった。
って、範囲からすると戦術級魔術なのに、詠唱なしで発動って凄いなー、と思ったら、それが表情に現れていたようで、ジョージさんが「使い慣れてんだよ」と小声で教えてくれた。
探索者時代、諍いを鎮めるために氷水を頭から浴びせたりもしてたというし、そういうことなんだろう。自分より体格のいい力自慢な男達をどうにかしようとしたら、それくらいしないとやっていけなかったのかも。
「皆様、落ち着かれたようですね」
そう告げると、返事も待たずに、今度は『真夏の熱風』と唱えて、先程の氷の結晶が直ぐに溶けるほどの熱風を叩きつけた。やっぱり詠唱なし。箒でゴミを掃くくらい簡単な作業のようだ。
「ケイティさん、ちょっとやり過ぎでは?」
そう聞いてみるけど、ケイティさんは何でもない事のように杖をしまい、鈍感力のある人達相手ですから、これくらいしないと気付きません、とさらりと言われてしまった。そういうものか、と納得しかけたところで、ジョージさんが「んな訳ないだろ」と突っ込まれた。
僅かな間に、凍り付くような冷風と、炙るような熱風を浴びせられた神子の皆さんからは、魔導師おっかないとか、アレが探索者のケイティだとか、噂通りだとか、なんか口々にひそひそ話をしてる。
でも、表立って文句を言う方はいなかった。鬼族の皆さんですら、なんか黙ってくれた。
「えっと、皆さん。とりあえずは「死の大地」が広い手付かずの土地に戻れば、若竜達も巣を確保できる、となれば、何百年と下積みをしなくていい訳だから興味津々、くらいで考えて貰えれば大丈夫ですよ。心配なら街エルフの方で、勉強会を開きましょうか?」
そう話すと、ユスタさんが首を横に振った。
「アキ様、配布された冊子に軽く書いてはありましたが、若い竜達が、年上の竜達に巣を専有されていて、なかなか空かず、長い下積み生活を送っていてストレスが大きい、とは皆さん、なかなか思い至らないと思います。私もこちらに赴任してからかなり学んでますが、竜族の方々の感覚とのズレに驚かされる日々です」
あ、あれ? 雌竜の皆さんとも話をしてるし、頑張ってるユスタさんでもそんな感じ⁉
跳ね返り組の面々から少し驚きと尊敬の声が漏れた。小鬼だからと甘く見てたんだろうね。その反応はいいんだけど。
「え、えっと、僕たちからすれば神の如き力がある竜族も、同じ竜同士となれば、年上には頭が上がらない強い年功序列があって、若い竜達は、いつまでも子供扱いされてストレスが多いとか、狭い村社会をイメージしたら、想像できません?」
そう聞いてみたけど、言われてみればそうかもしれないけれど、って感じで、ピンとこない人ばかりのようだった。
「アキ様、こちらでは竜族は遠い空を飛ぶ不可侵の存在、そして人々は自分の国と隣国程度を認識し、それを世界と思っているのです。皆さん、弧状列島の全国図などとは無縁とお考えください」
ケイティさんがそう教えてくれた。と言うか、ケイティさんも、「死の大地」の浄化はまだ契約内容を調整中だから、竜神の神子達とあまり絡めて考えていなかったっぽい。
「もしかして、雲取様が自分の縄張りからロングヒルまで散歩気分で飛んできている、みたいな距離感覚もピンとこないです?」
そう、聞いてみたら、皆が静かに頷いた。
あちゃー。予想外だった。
仕切り直さないとこれは駄目だ。というか、このまま帰国させて、何とかなると思えない。ケイティさんに、教育しないと不味いですよね、と聞いたら頷いてくれた。
「皆さん、滞在の手配はこちらで、費用も全部公費扱いで補填するのでご安心ください。手紙のほうも用意するので、国元には帰国が遅れる旨を伝えてください。ケイティさん、一週間くらいあれば説明できます?」
「せめて二週間は必要かと。皆さんは探索者でもない市井の方々が多いので、三大勢力の関係もあまり把握されてない筈です」
そう話しながらも、ケイティさんは杖で空中に文字を書いて、指示をあちこちに飛ばし始めた。
懇親会が終われば国元に帰って秋の本番に向けて準備するか、なんて考えていた皆さんは事態の急変についていけてない。それでも、僕がいくつかあげた例を聞いたからか、自分達がかなり準備不足であることは認識してくれているようだ。
「とりあえず、皆さん。秋に若竜達と話す時に世間話ができる程度には学んでいきましょう。大丈夫、皆さんが自信を持って対応できると思えるまで、全員が支援します」
そう話してみたけど、今度は別の意味で場がざわついて、僕の経験談を話すような雰囲気は吹き飛んでしまった。
◇
それから、連絡を受けた連合、連邦、帝国、それに森エルフ、ドワーフ、街エルフの関係者達が続々と集まってきて、関係する神子さん達に宿泊施設や今後のスケジュールについて軽く説明を行い、それぞれがひとまず落ち着ける場所へと引率していった。
残ったのは、元々、ロングヒルにいて理由について合格ラインと言われていた四名だけ。
「他の神子の方々は、何ヶ月か前の皆さんと同じですので、彼女達の理解が進むよう、ご助力ください。ちょっと、僕の感覚だと差があり過ぎるようなので、皆さんが頼りです」
そうお願いすると、快く引き受けてくれた。各勢力からやってきた高い力量を持つこれまでの人々と違い、年齢も職業も種族もバラバラで、竜族の神子という役割への熱意も異なるので、配慮が必要だとも助言してくれた。
また、ユスタさんからは、魔力に鈍感である事と、魔力に耐性がある事は同じではなく、魔導師の魔術行使はとても恐ろしく感じる事なので、配慮して欲しいと指摘があり、ケイティさんも、鬼族がいたので判断を誤った、と陳謝していた。
あー、やっぱり、ケイティさんの行動は探索者基準だったのか。
そう言えば、ジョージさんも、そもそも瞬間発動で魔術をぶっ放せる魔導師や魔術師は少ないと言ってたっけ。
かと言ってあれだけ大勢が騒いでいたら、ジョージさんのように腕力で止める訳にもいかないね。
「アキ、だからといって、言葉に意思を載せて止めるような真似はしない事だ」
ジョージさんに考えが読まれてしまった。いい案だと思ったんだけどなぁ。ユスタさんがなぜ良い案でないか教えてくれた。
「アキ様、ケイティ様の魔術と同じです。普通はできない技を使われると、その場は収まりますが、心の距離が遠のきます。アキ様の言葉の場合、アキ様と距離を離して上に据えて見上げたいという思いに囚われます。それはお望みではありませんよね?」
「うん、そんな関係は望んでないよ」
「それでしたら、静かにする時は、大きなハンドベルを鳴らす、と言うように決まりを作り、それを始めに周知されれば宜しいでしょう。何回か経験すれば、ベルの音を聞いたら、静かになります」
ユスタさんの提案に、ケイティさんもなるほど、と頷いた。
「それでは、今後の教育では、そのように周知して、運用していきます。提案ありがとうございました。これからも気付いた事があればお話ください」
ケイティさんは、ユスタさんだけでなく、他の三人にもそうお願いした。探索者暮らしが長かったせいか、そのあたりの匙加減が苦手なのです、とケイティさんが話すと、そんなものかと皆も納得してくれた。
つまり、探索者というのは口より先に魔術をぶっ放すような連中と見られている、と。そう考えたら、ジョージさんに「荒事に長けた連中とは考えられているが、そこまで喧嘩っ早いとはいくら何でも思われてないからな」と言われてしまった。
まるで心を読んでいるみたいと話したら、アキは表情が出やすいだけだ、と言われ、ユスタさんも、そうですね、と頷いて微笑まれてしまった。
うーん。
「トラ吉さん、そんなに読みやすい?」
「ニャ」
う、そうだねって軽く同意されてしまった。
「アキの魔力は感知できんのだから、それくらいで丁度良いじゃろ」
お爺ちゃんもそう話すし、僕にポーカーフェイスは無理と諦めるしかなさそうだった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
ケイティも探索者相手のノリで、場を鎮めてちょいミスしました。ケイティも探索者として、魔導師としては優秀なんですが、あちこち経験が足りなかったりするので、今後は少しずつ優しい対応も覚えていくことでしょう。
それと、神子達ですが、このままでは不味いよなぁ、ということで強化合宿コースに放り込むことになりました。きっと二週間後には精鋭になってくれる……筈(笑)
アキはなんでもないことのように、方針を決めて、それに三大勢力も従っている「かのように」見えてしまい、これが誤解を生んでますが、アキがそれに気付くかどうか。
次の投稿は二月三日(水)二十一時五分です。