12-18.信仰に支えられた神々
前回のあらすじ:鬼族のやたらと圧の強いオバちゃん達と思っていたら、実はレイゼン様の御后様達だったとわかり、衝撃を受けました。というか帰りの馬車の中でも、あの化け方はないよなぁ、とお爺ちゃんと盛り上がったくらいでした。(アキ談)
鬼族の女衆というか、王妃様達との茶飲み話も楽しく終える事ができたけど、代表の皆さん達による神々との契約は、難航していて、まだ僕に声が掛かる段階ではないとの事。
そして、昨日と同様、母さんが僕の対応をしてくれているんだけど、母さんの手元にある手紙が気になって仕方がない。
数字が書かれているだけの封筒、ミア姉からの手紙だ。
「神々との接触、特に信仰に支えられた神を相手とするという条件を満たしたと判断したわ。ただ、これまでの手紙と違って、もう一つ、前提条件があって、それをアキはまだ満たしてないから、まず講義を受けて、知識を得てから渡す事になるけど、いいかしら?」
むむ。
「それは、神様に対する知識がない状態で読んでも誤解するからですね?」
「そう。アキはこれまでに連樹、竜、妖精という神かそれに並ぶ存在と交流してきた。ただ、いずれも実体を持ち、生き物の範疇にも入るグループで、実体を持たず、信仰に支えられた神々ではなかったわ。「マコトくん」は後者になるけれど、前回の神託は、ダニエルに下されたもので、アキは直接交流してはいないからカウント対象外よ」
そもそも、複数の神との交流があるという事例自体が稀なのだけれど、と母さんは溜息をついた。
「ダニエルさんのように、自ら信仰する神との繋がりを持つ方はいるけれど、信仰してない神との交流は稀と。ミア姉はほんと、例外なんですね」
「幸い、信仰されている神は多く、降臨した事例はほぼ無いものの、人々が神に祈り、神が神託を与えた記録は、歴史を紐解けばそれなりの数があるわ。だから、信仰に支えられた神に特有の傾向や注意点も明らかになってきているの」
前に少し聞いた通りだ。
「信者が増えるとパワーアップ、減るとその逆なんですよね。それと信仰は移ろうモノでしたっけ?」
「良く覚えているわね。そう、誰も信仰しなくなった神は忘れられ、力を失い消えていく。そう言う意味では、人々に寄り添う神とも言えるわ。信仰心が集まるほどに力が増していくのもその通り。そして、人々の考えが時と共に移ろうように、信仰もまた形を変えていく。だから信仰に支えられた神は、信仰に合わせてその権能や考え、場合によっては姿形や性別、種族すら変わる事もあるの」
大昔には勇猛果敢な戦神だったのに、いつの間にか水耕を司る農耕神になってたりもして、話が合わない事があるから、時折、人族達の信仰は調べるようにしている、なんてことも教えてくれた。
「そうすると、昔の知識で接触しようとしたら、もう消えてしまっていたり、変わってて接触相手がいない扱いになったりするとか?」
「そうなるわね。余程古い神でなければ、そんな話にはならないとは思うけれど、接触できない理由の特定はなかなか難しいわ」
ふむ。
「稀な相手だと、相手側の問題か、術者側の問題か切り分けるだけでも大変そう」
「普通は本人の信仰不足、力量不足、使用した神器の問題、月の廻りや星の配置の問題などで、神の側の問題は稀と考えられているわ。そして、無事、接触できたとしてもそこからが難問よ」
母さんは、そもそも、神々に祈りを捧げ続けても、神の声が聞ける者自体が稀、とも教えてくれた。
まだ、スタートラインなのに、なかなか大変だ。
◇
「それで、神様と接触できたとして、後はお話しするだけですよね? 何か求めるなら対価が必要とかなりそうですけど」
母さんは、それは違う、と告げた。
「実体のある神ならば、その考え方は正しいわね。神様だ、精霊だと言われても多少在り方が違うだけで、生物の範疇ではあるのだから。でも、信仰に支えられた神はそうじゃない。彼らは体を持たず、我々のように生きてない。だから死ぬ事もない。信仰がある限り彼らは不滅なのよ」
うわー。
「老いや病とも無縁?」
「信仰が歪む事で在り方が変わり、神としての姿や権能が変わる事はある。でも、それは神が経験を経て変わったのではなく、信仰が集い、名で呼ばれて存在しているだけで、過程がなく、彼らには結果しかないの」
生老病死と無縁となると、確かに生物的じゃないね。
ん、でも気になった。
「神は経験しないって事? 記憶力を必要としない?」
そこは諸説あるけれど、と前置きして説明してくれた。
「以前、神は人々の背中をそっと推してくれる存在だと話したわね。それは信仰する者が万事を尽くし、それでも何か必要とした時に神託が下される。でもこれまでの記録を見ると、神が明確に何かしろと明言した事はないわ」
「たとえば?」
「四方手を尽くしても分からず、答えを神に求めたとする。その神は知識を司り、人々に豊かさを齎すとして信仰されていた。すると、神と心が触れたと感じた信者はふと、心にある街の記憶が蘇った。それはその者が昔過ごした図書館のある場所で、それまですっかり忘れていたが、訪れてみると、思わぬ友との再会があり、友の協力を得て答えに辿り着いた、なんて話ね」
ふむふむ。
「神様が言葉として、ある街の図書館に行け、といった具体的な話をした訳ではないと」
「そうね。だから、その信者は神の啓示を受けた、神に救われたと考えたけれど、神が具体的に何をしたのかは今でも答えは出ていないわ」
むむむ。
「その感じだと、連樹の神様とはかなり違いそうですね。あ、でも、「マコトくん」はかなり具体的な話をしていましたよ?」
「実在の人物が信仰の対象となって神格化すると、その足跡が残っているから、信仰される神のイメージは元の人物像に近くなり、生前のように言葉を話す傾向があるわ。「マコトくん」は膨大な量の逸話、語録があるから、実体を持つ神に近いのかもしれないわ」
「でも、信仰に支えられた神である事には違いないから、生老病死に縛られず、その思考は生物とは異なると」
「「マコトくん」はミアとの直接の関係を示す多くの話があるから、かなり特殊な存在ね。異国の英雄や、新興宗教の神に近いと思うわ」
「それって、既存の神様に比べるとかなり弱そうですけど」
「それはそうね。でも新興宗教なら信者も少ないから、御利益という意味では馬鹿にできないモノがあるわ。異国の英雄は、その武勇にあやかって同じ飾りをつけるとか、武技を真似るだとか、そんなレベルから始まるけれど、それも積み重なれば、力を持ち始めるわね」
成る程。それで神が生まれるというのは凄いね。こちらの世界ならではの話だ。
「ヤスケさんが話してた、信仰に支えられた神が、具体的な行動をとるリスクって何ですか?」
「信仰されている神の姿と、神が自ら行動する事で差が生まれると、差の分だけ力が減り、差があまりに大きいと、分化した別の神扱いになって、信仰が無くなれば消えるわ。実在の人物が崇拝されて神と化しても、元の人物像を知る人はどんどん減っていく。終いには元の人物像を崇拝する者達は少数派となり異端となって消える。そんな話ね。だから、信仰に支えられた神は、それが今の自らの在り方に沿うように動くわ。例え、それが元々の存在と違っていくとしても」
偶像が一人歩きしていき、いつしか、本人が偽物扱いされる、そんな話か。怖いなぁ。
「「マコトくん」は今回、敢えてそのリスクをとったんですね。信者達よりミア姉を優先したとも取れる訳ですから」
「そうなんだけど、「マコトくん」のミアへの思いは信者の多くが知るところだから、そうして同然、そうしないのがおかしい、と考えているかもしれない。そういう意味でも、例外的な存在でしょうね」
取り敢えず、理解は進んだと思う。ただ、なんか、これからの話だし、試してもいないんだけど、期待薄な気がしてきた。
「因みに原理主義とか、露骨な排斥主義とか、選民思想とかに傾いてる神様は居たりしますか? 居ても仲良くできる気がしないんですけど」
「安心なさい。そもそも信仰に支えられた神々は主流となっていないし、そんな傾いた信仰は長続きしないわ」
ほぉ。地球とは違うね。
「何か理由があります? あちらだと宗教はかなりの力を持ってるから不思議です」
「答えは簡単、こちらには絶大な力を持つ竜族がいるからよ。地の種族同士、或いは内部抗争なら纏める力は意味があるけれど、天空竜達のシンプルで圧倒的な力は全ての前提を台無しにするのだから。多少、災害や奇跡を起こせる程度じゃ話にならないわね」
そんな訳だから神と言ってもあまり期待しないように、と母さんは話を纏めた。
◇
そんな講義を受けた後に渡されたミア姉からの手紙。読めるのは嬉しいんだけど、期待薄と分かってるだけに、少し気分が後ろ向きだ。
「にゃー」
トラ吉さんに催促されて、慌てて自室に戻ったけど、こんな気分で手紙を読む事があるとは思わなかった。
まぁ、仕方ない。
元々、神様はそっと後押しするだけとは聞いていたのだから、評価が凹んだ訳でもなし。
気持ちを切り替えて、さぁ、読もう。
【四十二】
あなたは、これ迄の多くの選択を思い返していた。もっと他に手はなかったか、やり残した事はないか、と。だが、こうして困難な交渉の末に、僅かな時間ではあるが、神器を使う機会を得ることができた。神への問いは脳裏に叩き込んである。心を強く持て!
迷えばあなたという存在は散り消える。
――あなたはそれでも一縷の望みに賭けて神器に触れた。
……さて、これを読んでいるという事は、神々に接触するつもりなのだろうね。人事を尽くして天命を待つ、どうにもならないなら、神の力に希望を持つのはわかる。私も神々であれば何とかなるのではないか、と願い、あちこちで接触してみたからね。
ただ、経験者として伝えると、彼らは神という姿を通じて信者の心を映す鏡のような存在だと思う。ないモノは映らない。
魔術のように何かの現象を起こすのなら彼らは得意だ。神術はその手の技が多い。世の理を捻じ曲げる、それが神の力によるモノなら神の御業だから。
でも未知の技、知識、他の世界の事には疎い、というか不得意な感じだ。もしかしたら得意な神もいるのかもしれないけれど、私が接触した存在達は、皆、不得手だった。
あちらには、必要は発明の母という言葉があるけれど、まさにその通りで、実体のある神は、強大な力があるから、そもそも困らず、新しい事に挑戦したり開拓していく気概が薄い。信仰に支えられた神々は、生きてないから、何かしたいという欲求が感じられない。
彼らは存在、或いは現象と呼ぶべきだと思う。ただ、そんな事は神や精霊の関係者には言わない方がいい。侮辱と取られかねないから。
彼らとの接触はハイリスクローリターンだと思う。少なくとも、私は、私ができない事の助けを求めたけど、そういった方面では、リターンは殆ど無かった。
マコトが求める事もそうなると思った方がいい。気を付けて。
追伸:彼らとの接触は、万難を排して挑む事。神を前にしては、我々なんて風に舞う木の葉のように儚い存在だから。心を強め持つ事。
追伸二:神からの圧が強い時は、心話の要領で距離を空ける事。
追伸三:「マコトくん」は接触した事はないけど、マコトとは別モノと思う事。地球の件で、役立ちそうな信仰系の神は彼くらいだと思う。
追伸四:私はマコトがいたから、「マコトくん」と接触する意味がなくて、接点がなかったけれど、拒む意識はないから、もし聞かれたら、穏便に伝えて欲しい。
追伸五:「マコトくん」とは幼い頃に別れた双子くらいに思えばいいと思う。
……なんか、書いてるうちに「マコトくん」を放置してた現実に気付いて、慌ててる感が伝わってきた。
僕との心話に満足していた、という事だから僕は嬉しいけど、これ、「マコトくん」からしたら、色々と心境は複雑そうだよね。
信仰上は、ミア姉と「マコトくん」の深い交流があるとされているけど、実態はミア姉と僕の交流であって、「マコトくん」じゃない訳で。
彼も同じマコトだと思ったから、なんで動かないのか憤りもあったけど、考え直してみると、少なくとも彼に不満をぶつけるのは良くない気がしてきた。
うーん。悩ましいね。
「にゃー」
どうだったんだ、とトラ吉さんが催促してきたから、手紙の内容と、「マコトくん」との面倒な関係を話してみた。
「にゃー?」
それならどうするか、或いは何をするのか、って問いかな。
「彼の思いがどうであれ、ミア姉を助ける点では、間違いなく協力できるから、助ける迄、手を取り合って行くのは確定。その後はまぁ、その時考えようかなって。まだ僕は「マコトくん」の事をよく知らないからね」
ジッと僕を見ていたトラ吉さんだったけど、それならいいかって感じで、大きく欠伸をして寝てしまった。
今回の手紙は色々と思う事があったね。まぁ、信仰系の神様はまだどんな感じか分からないから、まともそうな所から接触して、感触を掴んでいこう。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
今回は、信仰に支えられた神々の特殊性についての勉強会と、それに絡んだミアからの手紙でした。本文で、ミアがハイリスクローリターンなんて話してますが、それは大概の事なら財閥の力で何とでもなる立場だから出てくる認識であって、普通の宗関係者や探索者、市民からすれば、ハイリスクハイリターンなのは確かです。
アキもミアの言なので、そうだよなぁ、と思ったりしますが、まぁ、そのまま口にすれば、きっと宗教関係者達なら眉を顰めるか、声を荒げるところでしょう。
今後はアキも、望み薄と言っても伝手があって取れる手段でもあるので、マサトやロゼッタにお願いして、神器漁りをしていきます。なので、そのあたりの話もいずれ紹介していくことになりそうです。
あと、「マコトくん」が前回の神託で、アキに対して色々と文句を言ってたり遠慮がなかったりするのは、今回、アキが推測したような話が絡んでいるせいだったりします。神というけど、設定に雁字搦めにされてて大変なようです。
次の投稿は一月二十七日(水)二十一時五分です。