12-16.鬼族の女衆(中編)
前回のあらすじ:鬼族の女衆とお茶会が始まりました。なんか幼稚園児くらいの時に近所のおばちゃんたちに囲まれてお話した時のことを思い出しました。(アキ視点)
初めは文通を続けているライキさんの話題が振られたので、色々と思う所を話してみた。
「ライキさんって字がとても丁寧で、小さい子の面倒を見たりもしてたり、料理の話題も実際に自分でも色々と工夫して調理しているのが伝わってきて、やっぱり結構、家庭的な処がありますよね。年の瀬の過ごし方をとかも、一族揃って大掃除をしたり、しきたりとかにも詳しくて、育ちのいいお嬢さんって感じがします」
そう話すと、何やらツボに嵌ったようで、三人とも賑やかに笑みを浮かべた。
「おやおや、うちの男衆なんかより、余程、しっかりあの子を見てるじゃないか。まぁ、アキの事を小さい子供か妹みたいに思ってるのかもしれないね。アレでも武闘派の頭として睨みを利かせているから、挑む前から尻尾を巻いて逃げてる若衆ばかりでねぇ」
「なんて勿体ない! 良いお嫁さんになると思うのに。と言うか、鬼族だって別に力比べをして勝たないと夫婦になれないとかじゃないんでしょう?」
「強さは一つの基準だが、それだけじゃないさ。ただ、あの子は小さい頃から何でも出来る処があってね。相手にそう多くを望む訳ではないと言いながらも、あの子の求める「普通」を集めると、そんなのはそうそう居ないんだよ」
「あー、成る程。となると、やっぱり好みに育てる路線で話してみた方が良さそうですね。鬼族は長寿だから、どうしようもない欠点がなくて、変わろうとする姿勢があるなら、大体のところはクリアできると思うんです」
「街エルフの成人の儀のようにかい? そりゃ、できるまでやらせ続ければ、最後にはできるようになるだろうけどねぇ。にしても、アキは結婚推進派かい」
「高望みしてて、年をただ重ねるのは、やっぱり少し寂しいでしょう? それにライキさんは子供にも好かれる感じで、家庭に憧れる気持ちもあるし、周りがそれとなく後押しするとかして、良縁に恵まれるといいかなーって」
「武闘派の頭が婚姻して家庭に引っ込む事はどう思うんだい?」
「トップはレイゼン様がいて安定しているのが良いですよね。今後は竜族や妖精との交流も増えるし、海外との交流も増えるし、「死の大地」の浄化計画も進んで、これ迄とは武力に対する考え方も変わっていきます。それを考えると何人かで分担していく方が楽だと思いますよ。武闘派も力で何とかしようと言う跳ね返りはそうそう居ないでしょう?」
そう話を振ると、オバちゃん達は目を細めてニヤリと笑みを浮かべた。子供が見たら泣き出しそうな迫力だ。まぁ、トラ吉さんもチラリと見ただけで目を閉じて寝てますよアピールをしてるくらいだから、怖がらせる意図はなしと。
「私達と普通に話せるだけでも大したもんだが、そうだよねぇ、そんななりでも竜神の巫女だと、思い出したよ。武闘派の若い衆もセイケンからの報告を受けてだいぶ大人しくなってたけど、今後の戦いとか言う話、アレもアキが話したんだって?」
「あ、そんな話まで伝わってましたか。セイケンが、皆のプライドをへし折るから止めろ、なんて言ってたから、具体的な話は進んでないんですけど、いきなりはアレでも、少しずつは体験していった方がいいと思うんですけど」
「ウタ、詳しく聞いてないが、そんなに不味い話なのかい?」
「不味いと言うか、戦の考えが根本から違い過ぎて――ちょうど良い、アキ、少し説明しておくれ。私はともかく二人はそれ程詳しくないからね」
ふむ。
「では、諸兵科連合という考え方を紹介しますね。兵は求められる役割が異なります。敵を正面から打ち破る重歩兵、遠距離からの射撃で倒す弓兵、先行して情報を集める偵察兵、土木建築を得意とする工兵、数で主力となる歩兵のように。それらを束ねる事で様々な状況に対応しうる武力集団、それが諸兵科連合ですね。独立して戦闘できる最低単位です」
「人族がそうして戦力を細かく分けているのは知ってるよ。鬼族はそこまでは分けてないけどね」
「何でもできる長命種ならではの話ですね。羨ましい限りです。さて、求められる役割が違えば装備も違う、仕事も違う、という事で突き詰めていくとどうしても兵科は分かれていきますが、今後の戦い、大陸軍との戦争を想定すると、鬼族の重歩兵、森エルフの弓兵、小鬼族の偵察兵、ドワーフの工兵、全てを束ね情報を行き渡らせる街エルフの通信兵、人族の歩兵や兵站、そして空から監視し、必要に応じて蹂躙する竜の支援、といった得意とする分野を担う軍集団に変わって行きます。そんな未来の話もやっぱり実体験した方が分かりやすいかなって思ったんですよね」
「――竜がいたら、他は幾らいても関係ないんじゃないのかい?」
「いえいえ。互いの軍勢に竜がいると考えてみてください。竜同士では余程のことがなければ、そう簡単に勝負はつきません。つまり、互いの竜の数が明らかでない段階では、動かしにくい戦力なんです。相手より数が劣ればかなり劣勢になる、それに手傷を負って後方に下がらせることになれば、戦況は一気に不利になる。だから、互いに竜は必勝のタイミングでないと動かせない。手が空いた竜は敵軍を簡単に蹂躙できますからね。なので、戦闘地域では広範囲に欺瞞が行われて、これまでより格段に情報が得にくくなります。つまり、竜が出撃する最後の瞬間までの殆どは、これまで通り地の種族同士の争いとなります。あと、あまりに不利となれば、竜は引くのでその時点で勝敗は決まります」
「それで、アキは鬼族の若衆達と、さっき挙げた様々な種族の混成部隊で、模擬戦でもやらせてみよう、と言い出した訳かい」
「はい。ただ、雲取様と話した時もそうでしたけど、集団戦の訓練を積んで魔導具で武装して、街エルフが情報共有の支援をした若竜達で、力自慢の個人技だけの成竜達と模擬戦をして、完封なんてしたら、若竜達が増長するし、成竜達はプライドがへし折れて酷い事になるから止めろ、と言われて断念しました。長い人生、挫折の一つや二つあってもいいと思うんですけど」
「そりゃ止めもするだろうさ。鬼族だって誰もが百人力じゃない。相手の力量も分からない連中の方が鼻息が荒いってもんだ。戦慣れしている古参なら、さっき挙げた各種族の得意分野では鬼族を圧倒する事も知っているからね。それで、少しずつ経験というけど、どうやってそれをやらせるんだい?」
「図上演習で体験して貰えばかなり見えてくるかな、とは思ってます。鬼族若衆軍に比べると、地形を軽く踏破する小鬼族、トラップゾーンを用意できるドワーフ族、一方的に遠距離攻撃できる森エルフ族、戦場全域を把握できる街エルフの通信網、そして有利な状況で投入する鬼族重歩兵、全体を支える人族の兵站ですから、演習で全敗、更に実際にやらせてみろという話になって、完封って流れかなーって気はします」
諸兵科連合側に鬼族の重歩兵がいる時点で、簡単に崩せず、更に若衆側は周辺の狭い範囲しか情報がない時点で、圧倒的に不利と言う事は理解して貰えたようだった。
「聞けば、勝負になりそうにないと私らでも分かる。けど、よくまぁこんな事を思いつくものだね」
「そこは、ベースとしてマコト文書の知識がありますからね。過去何千年分の経験に裏打ちされた歴史と実績ですから。僕はそれをこちらに当て嵌めて少しアレンジしているだけですよ」
「成る程ね。土木工事に鬼族を派遣する事を提案したのもアキだったかい?」
「そうですね。シセンさんに聞かれて、そんな話をした覚えがあります。小さな力の積み重ねでは難しい工事とか、緊急対応時に鬼族の皆さんがやってきて、解決してくれれば、なんて頼もしいんだと皆が驚くし、力がわかれば共に働く様子も想像できるようになります。今はまだ怖がる人もいますが、そうして協力するようになれば、皆さんがやって来ても歓迎されるようになるでしょう。今回の訪問では歓迎されたと聞きました。ロングヒルの人達の気質もあるとは思いますけど、良い傾向でしょう」
「私らも、歓迎されて驚いたよ。セイケン達が上手く立ち回って、鬼族もそうそう争いを好まないと理解が広がったようで何よりだ」
「理性的で穏やかで立ち振る舞いが洗練されててセイケンはスマートですからね。彼のような振る舞いをしてくれれば、皆も不必要に恐れたりはせず、礼をもって接しますよ。ライキさんのお相手は、体付きはもっとがっしりした方が好みのようですけど、基本、セイケンみたいなタイプがいいかなーって思うんですよ。彼はもう結婚してるから別の方になりますけど」
「セイケン推しは聞いた通りだね」
「文武両道って言葉を正に体現するような大人って感じですからね。老獪さはまだまだこれからとしても、若いんだからその辺りはまだいらないでしょう。新しい事にも積極的に取りんでくれるし、竜族の皆さんからも、一目置かれてるくらいですからね。セイケンなら大丈夫だろうとか、ちょっと信頼が重い時もあるけど、実際、平気だし」
「アレは穏健派の中でも頭一つ抜けてるからね。代表に選ばれるだけのことはあるさ。しかし、ライキに釣り合う文官かい。武闘派連中が五月蝿そうだねぇ」
「そう思うなら、自分が立候補すればいいんですよ。姉さん女房は金の草鞋を履いてでも探せ、とも言いますからね。そう、旦那さんは年下の方が多分上手くいきますよ」
「そりゃまた面白い意見だね。しかし、若い衆は力の差に尻込みしちまうだろう?」
「そこはほら、ギャップ萌えという奴ですよ。武闘派の重鎮と並ぶくらい強い面と、家庭的で子供好きな面、その落差にクラッとくる男は結構いると思いますよ。そして、個人の武以外に力量を示せる場があれば、ライキさんも認めるかも」
「個人の武ではなく、ね。確かにそれが良さそうだ。個人の武ではこれと言う逸材が居なくて困っていたんだよ」
ふむふむ。
「後は、竜の洗礼を活かす手もありますね。ライキさんと共に洗礼を受けて、痩せ我慢でも頑張る姿勢を出せれば、十分見所があるでしょう」
「竜神の巫女らしい意見だね。今後は竜族と会う事も増えるだろうから、それも考えに入れるかねぇ。まぁ、参考になったよ」
男衆が好む戦の話ができるだけでも珍しいのに、そっちよりライキの恋話の方が好みかい、となんか呆れられてしまった。今後も長くお付き合いする相手なのだから幸せになって欲しいじゃないですか、と言ったら、そりゃそうだ、と微笑んでくれたけどね。
鬼族女衆とのお話2パート目でした。諸兵科連合vs和鬼衆、実際にやらせろ、といって駄々をこねる若衆達がどれくらいでるか、たぶん、少しでもいるなら、レイゼンであれば彼らを煽って、実際にやらせる気がします。事故が怖いので模擬戦のやり方はいろいろ工夫が必要でしょうけど。
やはり経験しないとわからないことも多いでしょうからね。まぁ、竜の洗礼を受ければ、竜を相手に虚勢を張るような者達も、現実を知ることでしょう。
次の投稿は一月二十日(水)二十一時五分です。