12-14.「死の大地」開放策(後編)
前回のあらすじ:「死の台地」の開放についてざっと説明しました。魔導具が壊れるほどの魔力というのも、呪いに対抗するためには便利な高耐性に繋がるのでちょうどよかったです。(アキ視点)
「呪いの基点を見つけるところまでは竜族と妖精族による空からの捜索頼みですが、浄化は街エルフか竜族、どちらか所縁のある方にお任せする事になるでしょう。何方とも縁がないようであれば、既存の宗教の皆さんに担当していただくのが良い気がします」
そう話を振ると、ニコラスさんが静かに頷いた。
「基点毎に臨機応変に対応していく事になるだろう。死者だけの問題ではないからな」
その言葉に、ユリウス様も同意した。
「小鬼帝国にも、かの地をルーツとする者達は多い。その際は、浄化の為の魔力提供はお願いしたい」
「必要とあれば、宝珠の形で提供しよう」
ヤスケさんもそう約束してくれた。やっぱり、呪いが消えればいいからと、竜の吐息で吹き飛ばしたり、強力な魔導具で問答無用に消し去るのは、なんか違うと思うから。
ニコラスさんの話した通り、生者の心の整理が無いと、将来に禍根を残すことになりそうだ。
◇
「浄化が進んで緑化作業をする段階になると、小鬼族の皆さんの力が必要になります。植物に覆われていない、剥き出しの地肌は脆く、傾斜地では地崩れも懸念されます。身軽で人数の多い小鬼族に、植物の種を撒き、木の苗を植えて貰うのが最適でしょう。緑化地域は大変広いので、浄化される事を前提に、すぐにでも準備を始めないと、種や苗の供給が追いつかなくなると思います。育成のノウハウは森エルフが、土壌改良や様々な器具や道具の量産はドワーフが、治水対策や交通網の整備には鬼族の力が必要でしょう」
そう話を振ると、それぞれの代表も自分達の活躍する場を得た事に満足そうに頷いてくれた。特にユリウス様は、それまで小鬼族の出番がなかっただけに、説明を聞く姿勢もかなり気合が入っている感じだった。
「そして植えた木々が育つ事で、大地が緑に覆われて、死の影は過去のものとなるでしょう。あれ? ニコラスさん、どうしました?」
「我々、人族でないとできない、そんな話がなかったな、と気になったんだ」
そう言いながらも不満な感じじゃない。人族の役割もちゃんと話してくれ、って催促だね。
「お気付きのようですけど、これだけ多くの種族が各方面で同時に動いていくとなると、調整役がいなければ、破綻してしまうでしょう。その役は人族が担うのが適任です。上手くお集まりの皆さんが作業を分担できましたね。そして、ヴィオさん。基本的な計画ができて、我々が作業をすると決まれば、連樹の神様、世界樹への対価は満たしたと考えても良いと思いますがどうでしょうか?」
「それで良い。段階を踏まねば、「死の大地」の浄化などできず、そして浄化を終えるのはかなり先となる事も認識されている。今回聞いた話を書に纏めて、連樹の社で説明すれば神との契約は為される事となろう」
ヴィオさんもそう話してくれた。これで良しと。
「そこまで進めば、世界樹の枝を貰って、「マコトくん」の為の依代も作れます。依代の加減は連樹の神様や、竜の皆さんの竜眼、それに召喚に近い話ですから妖精の皆さんの助力も欠かせないでしょう。忙しくなりますね」
そう話すと、ユリウス様が苦笑しながら、割り込んできた。
「アキ、まだ松と梅の差を聞いておらぬ。話を終える前に、それを話してくれ」
「先程までの話は松コースで、梅コースはそれぞれ最小限の話を伝手頼りでやっていこうってだけですよ?」
魔力経路の調査は雲取様とお爺ちゃんのペアで探して貰い、浄化術式の魔導具は何とか初めの一つを投入。その成果や予定を公開して群衆的資金調達で資金を集めて、二本目以降に繋げる。人の方は、ミア姉の現状を伝えて、「マコトくん」自身も動こうとしている事と、ミア姉を助けたいという思いを全力で話して、信者の皆さんの協力を募ると。その程度だと。
梅コースだと、僕がミア姉を救う為に力を貸して、と多くの人に働き掛ける必要が出てきて、抱えているものが増えるので、良い策ではないとも補足した。
そう簡単に話すと、何故か皆さんは深い溜息をついた。
「どうしました?」
「あれこれ欲しい、手に入れたいという者は多いだけに、アキの視点は珍しいと思ってな」
ユリウス様が面白そうにそう話した。
「そうです? 要らないものを抱えても面倒なだけですよね。それに、手は空けておかないと、物を掴む事はできないですから」
そう伝えると、リア姉はその通りと同意してくれた。それにヤスケさんも、率先して頷いてくれた。
「あれこれ渡されて、丸投げしてと、ミアには随分と苦労させられてきたが、我らが担わねばこうなる、か。アキ、お前は今のままでいい。面倒な事は我々に任せておけ。政など、お前達の性に合わん」
まさか、我が口からこんな事を言う日が来るとは思わなかったとか、アレでもミアはまだ分別があったのかとか、なんか好き放題言ってる。
そんなヤスケさんを見る皆の目も優しい。まぁ、なんか苦労されたんだろうなぁとは思うけど、藪蛇になるから口を挟むのは我慢した。
あ、でもちょっと世界樹について確認しておこう。
「イズレンディアさん、ちょっとした相談なんですけど、世界樹の力が増したら、例えば他の種子や木々を祝福したり加護を与えたりして、育ちを良くしたりできますか?」
「……それは可能だ。実際、そのおかげで世界樹の近くでは他の作物も育ちが良いが、まさか――」
「はい。呪いが減って、地脈の流れが改善してくれば、世界樹の力も増すでしょう? その後もずっと誰か任せにしているより、小鬼族が緑化に使う種子や苗がより力強く根付いてくれれば、単に植えるだけより緑化ペースが早くなると思うんですよね。「死の大地」を世界樹の加護で染めていく事にもなるから、流入する地脈の魔力も、世界樹好みになるんじゃないかなって。世界樹は自身では動けないけど、他の種族と手を借りれば、もっと色々やれると思うんです。ほら、小さい子供って、自分もやるーって、色々とやりたがるでしょう? 世界樹の精霊さんも上手く誘えば、それが自分の為にも繋がるなら、力を貸してくれると思うんですが、どうでしょう?」
世界樹と会った時の感じなら、成長したいって気持ちはあるのだし、慣れれば動いてくれると思うんだよね。
そう考えていたら、レイゼン様が割り込んできた。
「おい、アキ。その表情からして、他にも何か思い付いたな? 取り敢えず話してみろ」
え? あー、そんなに深く考えた訳じゃないんだけど。まぁ、いいか。
「基点の浄化で、所縁のある種族や国にお願いしようという話がありましたよね。多分、長い年月を経ているので、縁のないところの方が少ないかなって。それなら、神器を借りてお話をする時に、神様が呪いを払い祝福する事で新たな信仰の地が生まれますよ、手を挙げた方からお願いしていく事になると思うので、是非、ご参加くださいと、誘ったら、神々さん張り切ってくれないかな、って考えました。将来の入植者とかも増えたりしたらいいな、とか」
そこまで話したら、皆が騒ぎ出した。
<アキ、少し待ってくれ。先程、基点の浄化をした時には、鎮魂の思いがあったように思えたが、今聞いた話はまるで縄張り争いのように聞こえたぞ>
竜族はピュアで素敵だなぁ。
「呪いに囚われた場所や物、魂がある。そして呪いを浄化できる国や組織は多い。それなら手分けして対応していけば、「死の大地」の開放は早まりますよね。本当に急ぐなら、基点を竜族の皆さんに竜の吐息で消し去って貰うのが手っ取り早くて、多分、何百柱かに手伝って貰えば、数日で基点を無くせると思いますけど、それだと地の種族の心の整理が追いつかないかなって。自分達の手で弔う、そのプロセスが大切と思います。まぁ、大義名分が揺らぐ欲深さを出すほど愚かではないと思いますし、その辺りの調整は皆さんにお任せすれば大丈夫と確信してますよ」
皆さんの得意分野ですよねって笑顔でお願いしたら、なんか嫌そうな表情をしながらも任せろ、と言ってくれた。
「アキの言う空軍思考だったか。自由に空を飛ぶ竜族の視点で見ると、世界の見え方がまるで違う事に感覚が追いつかないのが正直なところだ」
ユリウス様が「死の大地」の縮尺模型を見ながら、そう話すと、ヤスケさん以外は皆、頷いた。ヤスケさん、というか街エルフは竜族と戦ってきたから、竜の思考や能力はよく把握しているんだろうね。
「適材適所という話ですけどね。緑化事業の方は小鬼族が担当するから広範囲を丁寧に仕事して貰える訳で、それを竜族が肩代わりする事はできません」
<その通りだ。我らの手は小さな物を扱うのには不向きで、せいぜい袋に詰めて貰った種を空からばら撒く程度の事しかできない。大地の緑化は皆の力が必要だ>
雲取様は、この場にいる代表達一人一人に、そう告げて、得意分野で力を見せればそれで良いと締めくくった。
「呪いの強度や循環経路調査は、飛行訓練や計測用魔導具の準備はあるとしても新規開発なモノはほぼないので何ヶ月かあれば実行できるでしょう。浄化術式の魔導具の方はコンセプトは見えているから、投下設置、滑空制御、浄化術式の設計、魔導具開発、それと投下訓練は全て並行実施できるし、経路調査を待つ必要もなくやはり先行着手可能、基点の方は竜と縁のあるところだけでも先に消して貰えれば、それだけでもかなり呪いは薄れる筈。んー、そうなると上手くいけば次の春先には緑化作業に入れるかもしれませんね。皆さん、頑張っていきましょう」
最後という事でスケジュール感を話したら、その場が更に騒然となって、皆さん、かなり慌て出したけど、残念、そろそろ時間だ。
「名残惜しいですが、そろそろ寝る時間なので、今日はこれで失礼します。緑化事業自体は着手は最短で来年くらいからできたとしても、ある程度の成果を出すまでには何十年とかかる話ですから、気長にいきましょう。あ、依代の方の段取りも検討お願いします。そっちはとにかく急ぎですから」
ホワイトボードに書かれた依代を赤い線で囲って強調した。依代を作る事が目的であって、「死の大地」の浄化はその為の手段なのだから、そこは忘れないように、と念押しすると、ヴィオさんが苦笑しながらも、大丈夫だと請け負ってくれた。
「我が連樹の神、世界樹との契約となる。後の人々にも恥じる事のない行いをすると約束しよう」
彼女がそう告げると、皆も同意してくれた。心強い仲間がこれ程いる事が誇らしかった。
どの種族にも担当する分野があり、皆が協力することで初めて、「死の台地」を呪いから解放できる、統一国家樹立の初回イベントとしてはちょうどいいですよね、とアキは軽い気持ちで話してますが、聞いているほうからすれば、歴史に残る前代未聞の大偉業を成し遂げるのだ、と身震いすら覚えている状況です。
松コースと梅コースの違いも、アキは面倒なことが増えて良くない、なんて程度で話してますが、「国家が協力してくれないから、信者の皆さん、力を貸してください」などと財閥とマコト文書の信者たちがタッグを組んで全力活動を始めたりしたら、国家統一どころか、二重体制樹立すらあり得る訳で、ヤスケが止めたのも当然でした。何せ、そんな流れなら、竜族や妖精族もアキに同情的に動くでしょうからね。雲取様に連動して森エルフとドワーフもアキに協力していくでしょうから、ちょっと考えただけでも、洒落にならない事態になっていき、その分、三大勢力の重みが減りますからね。
まぁ、そんな事態にならなくて幸いでした。
次の投稿は一月十三日(水)二十一時五分です。