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1-3.状況把握①

誤字を修正しました。(2018/04/16)

「灯れ」


 メイドさんが、腰に下げていた短い杖を掲げて短く唱えると、淡い灯りが浮かび上がって室内を照らし始めた。


  凄い、まるで魔法みたいだ


 あまりに自然に行われた行為に、驚いて浮かんでいる灯りと、まじまじと杖を眺めてしまった。

 力尽きるまで全力で泣いたおかげか、混乱した心が一周回って、だいぶ落ち着いてきてくれた。

 大き過ぎるショックな出来事は、心の棚にひとまず置いてみれば、目の前の事象はなんとも不思議で面白い。


「これですか? これは指揮杖と言い、館内設備の操作や女中人形への指揮を行うことのできる魔導具であり、家政婦長(ハウスキーパー)の地位の象徴でもあります」


 メイドさんはちょっと得意げに教えてくれた。

 どうも、高価ではあるが一般的な道具っぽい。


「とりあえず、まずは一杯どうぞ」


 差し出されたのは、猫の絵が描かれたマグカップ。たっぷり入った水はちょうどいい常温で、乾いた喉に心地いい。

 飲み終えて、マグカップを眺めてみると、どうも、この猫、というかキャラクターは見覚えがある。

 幼稚園児が描いたにしては頑張ったほうといった程度の絵だが……


「見覚えがありますか? なんでも、マコト様が初めてミア様のために書かれた猫の絵だとかで。模写ではなく、猫に抱く愛情が形に現れたような省略された描き方は、当時の画壇に衝撃を与えたそうです」


 幸い、こちらとの間に著作権保護協定は結ばれていない。だからセーフ。

 このマグカップは長年使いこんでいるようで、あちこちすり減っている。

 ミア姉さんが大切に使っていた、とわかって嬉しくなった。


「マコト様、お加減はいかがでしょうか? 起きて食事はできそうですか?」


 メイドさんに促されて、ベッドから降りてみたが、視点にやはり違和感がある。

 彼女との身長差は頭一つ分に少し足りない程度だろうか。

 なんだか、中学生の頃に戻ったみたいだ。

 髪の毛も重くて少し邪魔くさい。長い髪がいい、などと言って、ミア姉さん、ごめんなさい。


 胃の中は空っぽで、お腹はペコペコだ。


「長く寝過ぎた時のように頭がちょっと痛いです。食事は大丈夫です」


 あと、少し肌寒いかな、と思ったら、それを言う前に、ロング丈のブランケットを渡してくれた。

 白地に青い星柄、毛布のような生地のおかげで暖かそうだ。


 ボタンを留める時、胸に手が当たってしまい申し訳ない気分になるが仕方ない。


「ちょっと脈をみますね。ふむ――頭痛は恐らく、魂の定着補助術式が働いたことによる副作用でしょう」


「定着補助の術式?」


「魂を無理やり引き剥がして別の身体に放り込むのですから、そのままでは安定しません。そのための術式です。症例自体があまりないので、予想外の症状が出るかもしれません。違和感があればすぐ教えてください」


「えっと、その、よろしくお願いします」


 なんとも複雑なことが行われたらしい。アニメや漫画のようにリスクなしに入れ替わって、とはならないようだ。ミア姉さんのほうは大丈夫なんだろうか。その、定着補助術式とかいう魔術は、地球でも働くんだろうか?


 疑問は尽きないが、情報があまりに少な過ぎて、今考えても答えは出ない。


 ベッド脇に置いてあったふわふわの怪獣足スリッパを履いて隣の部屋へ。

 僕が小さい頃、格好いいし暖かくて最高、と紹介したせいだろうか。

 あちこちに日本文化っぽいものがあるせいか、あまり異世界という感じがしない。


「食事の用意をしますので、そちらでお待ちください」


 さぁ、どうぞ、と椅子を引かれたので座ってみるが、ちょっと足が届かず、おさまりが悪い。そう思ったらメイドさんがフットレストを用意してくれた。うん、これなら丁度いい。


 部屋の中を眺めてみると、隅のほうにホワイトボードが置いてあり、下に置かれた箱には、様々な大きさの積木というよりは教材っぽい何かが色々と集められていた。なんだかその一角だけ準備室っぽい。


「お腹に優しいものということで、雑炊を用意してみました」


 暖かな湯気のおかげで、美味しさ倍増といった感じ。

 黒い一人前用の土鍋には、梅肉と葱が載った卵雑炊。

 添えられた木匙は、金属製とは違った優しい雰囲気がある。


「いただきます」


 掬ってまずは一口。

 半熟の卵と柔らかなお米、それに出汁の効き具合がちょうどいい。

 次に葱を加えてまた一口。


 うまい。


 梅肉を加えてまた一口。


 やはり、うまい。


「とっても美味しいです」


 用意された量はぺろりと食べきり、体が芯から暖かくなってきた。

 これだけで少し幸せな気分になれるのだから、凄いものだ。


「コック長にも伝えておきましょう。お口に合ったようで良かったです」


 その言葉からは、深い信頼が感じられる。

 彼女は家政婦長(ハウスキーパー)だと言うし、この家、というか屋敷には人が沢山いるようだ。


 食後のお茶まで用意してくれて、なんとも心遣いがありがたい。

 やはり、雑炊の後なら緑茶だろう。大満足だ。






 斜め向かいの席に座った彼女は、居住まいを正した。


「改めて、はじめまして、マコト様。私はケイティ、この屋敷では家政婦長(ハウスキーパー)の役職をいただいています。マコト様の今後の生活全般を支えていく立場と考えてください」


 一分の隙もなく着こなされたハイネックのメイド服は、華美な装飾のないクラッシックスタイルで、凛とした印象を受ける。

 表情も仕草も、自信に裏付けされた落ち着いたもので、見ているだけで眼福と思えるほどだ。

 それにやはり人とは違う長い耳が、なんとも可愛らしい。


「ご丁寧にありがとうございます。先ほどは失礼しました。僕のことはご存知のようですね。ミア姉さんから話を聞いているのでしょうか?」


 高校生にもなって、泣いて慰められるというのは、さすがに恥ずかし過ぎる。


「勇気ある選択をしていただき、感謝の気持ちはどれだけの言葉を尽くしても、表し切れないほどです」


 そう、選択だ。僕は必要があってこちらに喚ばれた。

 建国以来の国難だとも言っていた。


「僕が必要だと、僕でなければいけないのだ、と聞きましたが」


「そちらについては、今後のマコト様の立場も含めて、この後いらっしゃるリア様からお聞きください」


「リア様?」


「はい。ミア様の妹君に当たる方です」


「ミア姉さんの妹でリアというと、あ、鬼ごっこが得意な子ですね?」


「は? 鬼ごっこ、ですか?」


「ミア姉さんからは、私の妹は凄いんだよ、と」


「すみません。私もリア様の初等学校時代の話はあまり覚えてなくて」


「いえいえ。ところで、立場というのは?」


「マコト様、今のその姿はミア様に似ていますが、魔力属性はリア様と瓜二つ。髪と瞳の色は魔力属性によるものなのです。そして、立ち振る舞いはお二人のどちらとも違います」


「中身が僕ですからね」


「今のマコト様に相応しい立ち位置が必要なのです。他人が聞いた時に納得できるような偽経歴(カバーストーリー)でなくてはなりません」


「異世界から来た元男の子、というのはやっぱり無茶ですか?」


 自分でも説得力がないと思いながらも聞いてみる。


「無茶ですが無理ではありません。ですがそれは恐らく、マコト様の希望には合わないでしょう」


「僕の希望?」


 ミア姉さんに会いたい、何か一つと言われればそれだけど、それは希望と言うより願い、か。


「はい。――ところで、リア様に会われる前に少しお願いがあるのですが」


 それまでの隙の無い態度が嘘のように、ケイティさんは一冊の本を取り出した。ちょっと緊張している面持ちだ。立派な装丁の本、それに手に持っているのはサインペンだろうか。


「何でしょう?」


「この本に、サインを書いていただけないでしょうか?」


「は? サイン、ですか?」


「はい。ケイティさんへ、とお願いします」


 わざわざこのあたりに、と指差ししてくる。


「でも僕、日本語しか書けませんが」


「ニホン語がいいんです! ぜひお願いします」


「この本は……はやぶさの書?」


 ぱらぱらと眺めてみるが、なぜかこの本は、日本語で書かれている!


「はい、私が大好きな本なんです。遥か彼方、宇宙をたった一人で飛んでいって星の欠片を携えて戻り、最後は流星となって消えていった魔導人形のお話、私、感動しました。ベストセラーにもなっているんですよ」


「は? ベストセラー、ですか!?」


「はい、とっても。他にも、あかつきの書とか、かぐやの書とかも。子供たちにも大人気なんですが、海外に向かう探索者の人達にも人気があって、老若男女問わず、皆に愛されている傑作なんです!」


 僕も、とても好きで映画も観たりはしましたが。まさか、こっちではそんなことになっているとは。


「それで、その、僕がサインを書いてもいいんでしょうか」


「語ってくれたのはマコト様ですから」


 あぁ、何となくだけど見えてきた。アトランティスのことを語ったプラトンみたいなものなんだ、きっと。僕が話した内容をミア姉さんが本にした。ミア姉さんはあくまでもマコトという語り部から聞いた、という体裁にしてたと。


 仕方ないので、僕は中学生の頃に考えたサインを書いた。

 言われた通りに、ケイティさんへ、とも書いた。

 あの頃、やけにノリノリでサインを作るのに賛成して一緒に考えたりしていたのは、このためか!?



 ミア姉さんならあり得る。……あり得るんだよなぁ、残念なことに。


「ありがとうございます! 一生の宝にします」


 ケイティさんは満面の笑みを浮かべて『はやぶさの書』を抱き締めていた。

 他にもどれだけ、そんな本があるのか、想像するだけで恐ろしい。

 だって、ミア姉さんに強請られて、図書館にあった図解シリーズとか、雑学三分シリーズとか、一時間でわかるシリーズとか、片っ端から読んで話した覚えがあるんだ。





「あと十五分ほどで到着されると思います」


 ケイティさんが、ポケットから取り出した懐中時計を見て、そう告げた。

 その時計は、文字盤がスケルトンな機械式で、微かに繰り返す振り子のリズムが心臓の鼓動のようで、なんとも素敵だ。


「見てみますか?」


 そう言って、懐中時計を渡してくれた。文字盤は一から十二までの数字が配置された標準的なもの。

 カチカチとテンポよく動く歯車は極めて精緻な作りで、摩耗性の高い部分には赤い宝石(ルビー)が使われているようだ。

 裏をみてみると、ロット番号が刻まれている。結構な数が生産されているらしい。

 どれだけ眺めていても飽きる気がしない。


「まさに動く芸術品、見事です」


 わざわざトゥールビヨンのような複雑機構を組み込んでいるとはいい趣味をしていると思う。動画を見て、それを自慢げにミア姉さんに語ったのもよく覚えている。


「普段使いをするのには、ちょっと豪奢かとは思いますけど、支給品ですので」


「こんな高価なものを!?」


「機械式は、確実に動く安心感がありますから。――いらしたようです」


 ケイティさんが扉を開くと、ちょうど到着した女性を室内に招き入れた。


 肩口で揃えた髪は銀色で、瞳は赤い。今の僕と同じ色合いだ。背は今の僕より少しだけ高いかな?

 顔つきはミア姉さんに似ているけど、それよりずっと活発そう。

 なんで、作業着姿なのかはわからないけど、結構、急いできたようだ。


「それで君がマコトくん? 聞いたかもしれないけど、私がリアだ。保管庫にあったミア姉のチョコレートケーキ。賞味期限切れになりそうだから貰ったけど、問題ないよね?」


 罪悪感の欠片もなさそうな笑み。ミア姉さんとは随分、性格が違う。聞いていた通りだ。

 僕は「特に問題ない」と答えたが、リアさんはそれを聞いて溜息をついた。


「なるほど、君は確かにマコトくんだ。ミア姉じゃない」


 ゆっくりと開いた目は、心の奥底まで見通そうとするかのように鋭い色を湛えていた。

今後は毎週水曜日と日曜日に更新していく予定です。のんびりお付き合いください。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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