12-7.洗礼の儀(後編)
前回のあらすじ:洗礼の儀も無事?、スタートしました。結構な人数が脱落してますが、残った人達は、予選突破扱いにはなりました。
合図を送ると、エリア型の緩和障壁が解除された。ん、護符で個人用の障壁を展開している人も含めて、今のところ、問題なし。
いいね。
『さて、それでは、ずっと僕ばかり話していると、皆さんも退屈でしょうから、少しお話を伺ってみましょうか。ユスタさん、白岩様はどうですか? 雲取様は速く飛びやすいスマートな体型だけど、白岩様はパワー寄りだから、体付きがしっかりした印象じゃないかな?』
話を振られて、カチカチに緊張した感じだけど、圧力の方は平気っぽい。
「し、白岩様は内なる力に溢れていて、とても力強く見えます!」
彼女の評価を聞いて、白岩様は目を細めた。
<そうか。よく見ている。我の前に立つ小鬼族は覚えがない。其方らは誇るが良いぞ>
そう、小鬼族はユスタさんを含めて、まだ十人ほど残っているんだ。種族全体として保有魔力が少なく、高位存在への耐性が低いと予想されていただけに興味深い。他の種族よりもたくさん産む分、個体差が大きいのかもしれない。
「はい!」
ユスタさんは緊張しながらも、大きな声で答えた。
さて、他に面白そう人は――鬼族だけどトウセイさんのような一般人ぽい方がいるから、その方にしよう。
『では次は、後列隅、鬼族の方、はい、あなたです。今回参加された切っ掛けと、こうして近くで竜を見て何を感じたか教えていただけますか?』
彼にしたのは、彼の表情に恐れよりも喜びが多く感じられたから。そして、その勘は正解だった。
彼は礼をしてから、語り始めた。
「某は屋敷の庭園を造営するために来た職人です。昔から武も術も苦手で、職人の道を選んだのも、技を磨けば一人前となれる職だったからです。切っ掛けは、福慈様の魔力爆発でした。私は他の者ほど影響が出ず、何より私にも魔力を強く感じる事ができた! これは初めての経験でした。今回の募集で求められた、魔力への鈍感力、それが自分にも当て嵌まると考え、仲間からの勧めもあり、参加しました。最後にこうして天空竜を間近に見て、力の大きな差に恐ろしさを感じて、身が震えています。私にはまだ表情もよくわかりません。しかし、送られてくる思念波はとても感情豊かで、私の心を落ち着かせてくれました。白岩様、あなたとの出会いに感謝します」
おー、良い話を聞けた。あちこちで彼の話に共感した人達が頷いている。こちらだと、魔力感知ができない人は色々と厳しいからね。
『竜の魔力で初めて感知できた、という経験を持つ方は僕も含めて、結構いるのかもしれませんね。そういう意味では、福慈様の件も良い面があったと言えそうです。二度は御免ですけどね。それと、思念波に含まれる感情に気付けたのは良かったです。竜の皆さんの意識を把握するには、身体言語、思念波、表情を合わせて判断するのがコツです。実は結構、目にも表情が現れるので、目線を露骨に合わせ過ぎないように見るといいですよ』
似た経験をされてる方という事もあって、僕も少し饒舌に話してしまった。まぁ、興味深く聞いてくれている人達も多いから問題なし。そして、時間稼ぎも十分かな。
<恐れられ、怯えられ、願われ、赦しを乞われる事はあったが、こうして会った相手から、感謝されたのは初めてだ。それに、力や術以外に身を立てる道という話も興味深かった。近頃は我ら竜族の間でも、アキやその仲間に感化されて、文字や文化に興味を示す者達が出てきている。それらに必要なのは知性であり、異文化への強い興味、それだけだ。この流れは我らにも大きな変化を齎すだろう。――さて、そろそろ頃合いだろう。障壁を展開するがいい>
白岩様が労いと称賛の思いに満ちた思念波を送り、スタッフがエリア型の緩和障壁を展開した。いく人かのもとには、医療スタッフも駆け寄って行く。様子を見ていたけど、暫くしてスタッフの方から問題なし、と合図が送られてきた。ふぅ。
『実際の対話時間を想定して、少し長めに対面する時間を持ってみましたが、如何だったでしょうか? キツかった方は、護符を持つなり、距離を少し離すなり、時間を短めにするなり、工夫していけば、対応できるでしょう。――では、ここからは挑戦目標ということで、魔力を抑えていない通常の天空竜を体験していきましょう。先程と同様、ここまでの方はシェルターに移動してください。圧は二〜三倍くらいに跳ね上がりますけど、リラックスした竜の魔力を感じられるので、やはり抑えていない状態がお勧めです。では、皆さん、行動を始めてください』
良い経験ができたね、って微笑むように意識して話をしてみたけど、そうだねって同意して笑みを返してくれる人は――残念、一人もいなかった。
ユスタさんも、護符を借りて体験する事に決めたようだ。安全側に倒した判断は好感が持てる。皆もそうであってくれればいいんだけど。
耐性と人格は関連しないって事で、跳ね返りグループの人達をざっと見たけど、虚勢は張ってても、護符は受け取ってるから、判断は間違ってないか。白岩様の話された通り、巫女にも多様性が必要なら、あーいう人達もまぁ、いてもいいんだろう。抑え役の人が付けば平気かな。
んー、そこは代表の皆さんに任せよう。僕が考えても仕方ない話だ。
◇
候補者達はだいぶ、目減りして当初の一割くらいに減った。いや、一割残ったというべきかな? この比率で全国で巫女候補が選抜されれば、二、三百人は確保できそうだから、今年の分は問題なさそう。いいね。
『白岩様、魔力を通常に戻してください』
<では、抑制を止めよう。――慣れてはきたが、やはり、この方が気楽でいいな>
白岩様から感じられる魔力が一気に高まり、抑えている時の二倍程度まで跳ね上がった。
『元の保有魔力が多いせいと思いますが、やはり雲取様のような若い世代に比べると、魔力の抑制率は下がりますね。人族が魔力を集束、圧縮する技と同じで、魔力を抑えて小さくするのは、そのままだと難しいかもしれません』
<若竜で三分の一、成竜で二分の一、なら老竜は一分の一となる、か>
うーむ、白岩様が唸った。
『そこを更に抑えるなら、何か工夫が必要ですね。今は誰も知らない、何か。白岩様が一番乗りされるかもしれませんよ』
そう話すと、白岩様は声を上げて笑った。すかさず、お爺ちゃんが風を操作して、突風を上空に逃してくれたけど、ちょっと焦った。
<すまん、すまん。魔術が得意ではない儂が一番乗りとは笑えてな>
『んー、白岩様って体付きも恵まれているから、身体操作系は得意でしょう? それなら、自身の魔力を制御するのも、外に術を放つ系より手慣れた分野と思いますよ。それに普通にやって駄目な時は、別の何かに気付けるかどうか。その気付きを試し、突破口と見抜けるかどうか。そこに掛かってくるので、可能性は十分あります。リップサービスじゃなく、結構、期待してます』
身振りを加えて、結構やれると思う、期待してる、頑張って、と応援の気持ちも声に乗せて送ったら、白岩様は困った顔をしながらも、頷いてくれた。
<幼竜に無茶振りをされた気分だが、まぁ、悪くはない。あまり過剰に期待せんでくれ。やる気は十分貰った。これ以上は胸焼けしてしまう>
『はい。っと、エリア型の緩和障壁が展開されたので、一旦止めましょう』
スタッフさんが発動させて、障壁が皆を覆ったけど、全員が護符の障壁を展開してて、それでも確かに余裕なさげな人が多い感じだ。
医療スタッフが駆け寄り、容体を確認してる。あ、ドクターストップの合図だ。
『白岩様、医師がここまでと判断しました。魔力を抑えてください』
<うむ。――これで良かろう。皆もよくここまで残ってくれた。この事をとても嬉しく思う。今年の秋には皆が各地で、若竜達と対面する事となろう。では、アキ、洗礼の儀はここまでだな?>
『はい。候補者の皆様、本日はありがとうございました。巫女としての役割を担うかどうかも含めて、今後、調整して行く事になるでしょう。皆さんと同僚として共に働ける日を楽しみにしています。それでは、皆さんはシェルターに行き、念の為、医療検査を受けてください。では、僕の方は引き続き、白岩様との歓談に移ります。スタッフさん、飲み物、食べ物の用意をお願いします』
候補者の皆さんがスタッフに連れられて、シェルターに入るところまで見届けて、やっと一息。
白岩様も一見静かに待っててくれたけど、それもシェルターの扉が閉まり、スタッフさんが退避完了を合図するまで。抑えていた魔力も普通に戻して、アイリーンさんの指示で、スタッフさん達が大きなテーブルの上に、焼き立てのタルトや大きなガラスのコップに注がれた琥珀色の紅茶を用意していき、その様子をかじり付くように眺めているのが子供のようで可愛らしかった。
僕達の隣にポンッと小さな演出用の煙を出して、シャーリスさんと近衛さんが透明化を解除して現れる。
「妾達の立ち会いもこれで終いじゃ。皆の者も約束通り、あちらにアイリーンが用意した焼き菓子がある。存分に味わうがいい。近衛、引率は任せる」
シャーリスさんの合図で、空中で方陣を組んで監視していた一割召喚で呼ばれていた衛兵さん達が現れ、一斉に煙を出して、私服に変わると、近衛さんに率いられて、第二演習場の隅に設けられた妖精さん用のパーティーエリアに群がっていった。
そのエリアを隔離するように、ケイティさんが『風の円舞曲』の術式を発動して、風の結界が妖精達を覆い、こちらと完全に音を遮断した。
遮断する寸前、聞こえた大勢の妖精達の囀る声は雀のお宿状態で、とても騒々しくて、隔離される瞬間だけは、白岩様もそちらを凝視した程だった。
◇
スタッフさんが用意してくれたテーブルセットに僕も腰掛けて、シャーリスさんと、お爺ちゃんも妖精さん用のナイフやフォークを構えて準備万端。
「それでは、久しぶりのお茶の時間ですから、冷めないうちにいただく事にしましょう。アイリーンさん、美味しそうな苺のタルトですね。ありがとうございます」
タルト生地の器に所狭しと、薄切りされた苺が菊の花弁のように綺麗に敷き詰められて、薄く塗られた苺のジャムが光を反射して輝き、スライスされた苺の断面が魅せる白から赤へのグラデーションが美しい。何よりイチゴとカスタードクリームの香りが素敵。
白岩様も、息を止めて竜眼でじっくりと眺めて、とても嬉しそう。
<なんと美しく、豊かな香りだ! それに小さな苺が我でも摘める焼き菓子の皿に敷き詰められていて食べやすそうだ。アイリーン、この菓子の皿も共に食べて良いのだろう?>
「ハイ、焼き菓子の皿のサクサクとした食感、シンプルな味と、苺の酸味、甘さをカスタードクリームとジャムが繋ぎマス。共に食べてちょうど良い味付けデス」
アイリーンさんの説明を聞いて、満足そうに頷くと、白岩様はホールを丸ごと、クッキーのようにそっと摘んで、口に放り込んだ。すぐに食べ終えてしまったけど、目を閉じて、余韻を楽しむくらいご満悦だ。
それから、樽のように大きなガラスのコップに注がれた濃い目の紅茶の透き通る色合いを眺めたり、先ほどのタルトの甘さに合わせた味付けで口の中がサッパリした感じになった事も楽しんだりと大好評だった。
「妾もこちらに来て、食に対する拘りには驚いたモノよ。麦や稲を探して、この春から栽培を試すところじゃ」
<なんと! だが、その身では畑仕事も大変だろうに。――それ程か?>
「それ程じゃ。美味しい食べ物は食するだけで幸せな気持ちにしてくれる。穏やかな落ち着いた気持ちになれる。何より工夫次第で味も食感も見た目も多彩にできる。幸い、我らには身の丈の不足を補える魔術もある。時間も手間も掛かり、天気にも左右されるが、我らは空と共にあり天気を読むのは得意じゃ。秋には収穫し、妖精族初のパンを作る事になると、大勢の市民が楽しんでおるぞ」
シャーリスさんが身振り手振りを交えて、焼き立てフカフカの温かいパンの良さを語り、人々の熱狂ぶりを伝えると、白岩様も興味深く唸った。
<栽培に半年。秋には畑が黄金色に輝き、人々が豊作を祝うのは知っていた。だが、狩りをする我らと違い、随分と手間を掛けるモノだ。先ほど食したタルトを妖精族が作るのは難儀しそうだな>
「育てる事を我らとてやっていない訳ではないぞ? ただ、人の食する作物が初めてだから苦労もしよう。だが、我らはその過程も楽しんでおる。それに、行き着く先にはアイリーンが作ってくれた料理や菓子がある、ならば目指したくもなるというモノ。どうせなら腹一杯食べて満腹感も味わいたいからのぉ」
召喚体は味わえるけど、腹は膨れない。なるほど、自前で作る気にもなるか。
「でも、そうなると妖精さん達がさっきのタルトなら、カスタードクリームを作るんだよね? 材料は鶏卵、牛乳、砂糖、薄力粉。鶏は何とか見つかれば産んだ卵の回収はできるし、砂糖はサトウキビがあれば絞って煮詰めて乾燥させればまぁ良し、薄力粉は麦を育てて製粉できれば良しだよね。でも、牛乳となると乳牛を育てて、乳を絞らないといけない。人でも重労働だから、かなり大変じゃないかな」
シャーリスさんはそれを聞くと雷に打たれたようにショックを受けて呆然としていた。
「牛乳がないと、バターもチーズもクリームもヨーグルトも作れん!じゃが、妾達では牛を集めて放牧して育てる事は何とかなるが、妾達だけで乳を絞るのは確かに難しい。魔術で人の手の動きを再現するのも――そうじゃ、異種族化の召喚で妾達が人に化ければ良かろう」
それで全て解決と、シャーリスさんは言い放った。
<食材を作る為に人に化ける、か。それなら人族と取引をして、食材を手に入れる方が良いのではないか? 召喚術式は維持するのにも魔力がたくさん必要で、いくら妖精界が魔力豊富とは言え、何人も化けるのは大変だろう?>
「確かに全てを自分達だけで賄うのは現実的ではないか。とは言え、出来るだけ食材は絞りたい。量はさほどいらんのだ。人族とて多くの品を少しずつと言われてもあまり旨味はなかろう」
妖精さん達は体が小さいから、そんなに量はいらないもんね。
「そこは妖精さん達の腕の見せ所、対価が妥当と相手が思えば、品数が多くても揃えるのが商人だから大丈夫。妖精界と言っても聞いてる限りでは人の営みは変わらないみたいだから――」
ざっくり輸送の手間、品質を保つ手間、安全を確保する手間など、どこから何を調達するのかで費用が変わるから、相手の仕入れ先とか、生産量とか、治安の良さとかを知らないと、妥当な費用を推し量れない。旨味がないと商人は去っていくけど、あまり利益が出過ぎると争いのもとだ、って感じに、途中からはホワイトボードも用意して貰って、あれこれ書いて説明していった。
白岩様は退屈かなーと思ったけど、そんな事はなく、かなり熱心に話を聞いてくれた。
それどころか、アイリーンさんが用意するお菓子や料理について、食材を揃えるところから含めて一通り、竜族も知るべきだ、なんて言い出した。どうしてか聞いてみたら、その答えが良かった。
<アキが話した商人への対価と同じだ。アイリーンの料理は素晴らしい。だが、それがどれだけの手間をかけたものか知らなくては、その素晴らしさも正しく評価できまい。誠意に欠ける行いは避けたいのだ>
シャーリスさんも、釣り合うくらいが良い関係よ、と頷いてくれた。互いを理解する姿勢が貫かれる限り、きっと竜族と地の種族の共存は上手く行く、そう思えた。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
洗礼の儀も波乱なく終わり、警備の者達も胸を撫で下ろした事でしょう。妖精達が危険と判断して、熱線の術式なり、投槍の術式なりを発動していたら、かなり面倒な話になっていたでしょうから。
また、シャーリスとも話していたように、人族の調理技術を妖精が導入するのはなかなか大変でしょう。乳製品が全滅となると、料理のバリエーションもかなり減るので、何とかしたいところですが。まぁ、和食ベースなら、選択肢は多いから、そこまで無理はしないかも。
巫女候補者達が何を感じ、考えたかは別途機会を設けて質疑応答の場を設けるので、そこで明らかになるでしょう。実は竜の圧に耐える適性は本当に最低ラインの条件なのだという事もそこで露呈していきます。
次の投稿は、十二月二十日(日)二十一時五分です。