12-6.洗礼の儀(前編)
前回のあらすじ:竜神の巫女候補の人達を集めて、洗礼の儀の準備もOK。多様な人達が集まったので、どんな人達が残るのか楽しみです。(アキ視点)
さて。声を張り上げなくても、一番後ろまで届くかな? ん、そうだね、届く事をイメージして、話し掛けよう。
『竜神の巫女候補の皆様、お集まり頂きありがとうございます。一番後ろの方、僕の声が聞こえますか?――問題ないようですね。初めまして。世間では竜神の巫女と呼ばれているアキです。本日は洗礼の儀、天空竜と人々の間に立てるか、実際に天空竜からの圧力を受けて貰う事になります』
声を張り上げずとも、届けようと思いを込めれば結構、届くものだね。便利、便利。
僕の魔力はやっぱり誰も感知できてないけど、意思を乗せた声を届かせたおかげで、僕の実在を疑うような視線は掻き消せた。
まぁ、なんかショックを受けたような表情もちらほら見受けられるけど、概ね問題なし。
『皆さん、事前にお配りした冊子は目を通して貰えました?――読んで貰えたようで良かったです。そこで書いたように、白岩様がある程度降りてきて、スタッフが必要と判断した時点で、全員を覆う緩和障壁を展開します。この時点で余裕の人、厳しい人に分かれるでしょう。厳しい人はこの時点で、離れのシェルターに退避して頂きます。我慢比べではないので無理はしないようお願いします』
皆さんのためですよ、という思いを全面に押し出して、自分自身の状態を正しく判断するのも大切な資質であり、退避した方の情報もまた今後の安全な運用の判断に欠かせないのです、と補足した。
ん、覚悟を決めたグループ、不安そうなグループ、自信がありそうなグループに分かれたね。
『そちらの小鬼族の方、というか、研究組の紅一点、ユスタさんでしたよね? なんで参加してるんです?』
「先日、若竜の皆様とはお話できたので、成竜でもお話できるか確認する事になりました」
成る程。確かに試せる機会はそうはないし、データは欲しいとこだよね。
竜と対面できるのが、小柄で人の胸くらいまでの背丈しかない小鬼族の女性だったせいか、周りがどよめいた。鬼族の人達ははっきりと驚きが表情に現れていた。
『本日、洗礼の儀を担当してくださる白岩様は、穏やかな方なので落ち着いて向かい合えば、雲取様達の延長線上にあると感じられるかと思います。さて、驚いている皆さんには、鬼族のセイケンの言葉を紹介しましょう。「天空竜の前では小鬼も人も鬼も変わらない」そうです。ですから周囲と比べるのは無意味、そう考えて開き直りましょう』
鬼族の人達はセイケンの名を聞いて、少し落ち着きを取り戻したようだ。さすが、彼ほどともなると、その名を知る者は多いようだね。
そして、小鬼族の皆さんは、ユスタさんという耐えた実例があると理解したからか、やはり少し余裕を取り戻したようだった。
残りの種族の一部の連中が、ユスタさんに侮蔑を含んだ視線を向けて表情を歪めたのが見えた。
……ちっちゃいなー。
仕方ない、気が付いたからには、触れない訳にもいかないね。
『鶏って、鶏冠が大きい方が偉くて、小さいと皆から虐められたりしますよね。でも、虐められている一番、鶏冠の小さな鶏に、厚紙で作った大きな鶏冠を付けてあげると、途端に上下関係が逆転。厚紙鶏冠の鶏が偉くなります。つまりですね、天空竜から見たら皆さんの差なんて、その程度です。冊子にも書きましたが、彼らはとても聡く、観察力に優れ、彼らの竜眼は表層の取り繕った仮面など軽く見通します。――ですから、これは忠告です。意味のない違いに縋って、他人を低く見て心を慰めるような真似は、心が濁るだけですからお辞めなさい』
少し哀れみが混っちゃったけど、八割くらいは真面目に忠告するつもりで、目に付いた残念な方々に言葉を送った。
なんか、目を見開いて固まってるというか、震えてる。優しさ一杯、バーゲンセール中なのに、軽く撫でられてそれじゃ、期待薄かな。
「にゃ」
足元のトラ吉さんが、逸れてるぞ、って教えてくれた。いけない、いけない。
『話が横道に逸れましたが、本日の洗礼の儀は、竜神の巫女に求められる最低限の資質の確認に過ぎませんので、勘違いしないで下さい。天空竜にとって、恐慌を起こさず、逃げださず、意識をこちらに向けて話ができる相手だ、というだけです。彼らには財も地位も腕力も魔力も重い意味を持ちません。心だけが試される、評価されるとも言えるでしょう』
市民っぽい人たちに向けて、あなた達も同じスタートラインにいるんだよ、と励ますつもりで語りかけた。
初めから理解している者、普段頼りにしている力に意味がないとわかり心が揺らいだ者、説明を聞いて一層意気込みが増した者と、色々と分かれた。
んー、この感じだと半分残るかどうか。ちょっと代表の人達に受付基準を考えて貰おう。
でも、まぁ、シャーリスさん達に立ち会って貰って正解だったね。
『それでは、最後に、洗礼の儀に立ち会ってくれる妖精族の皆さんを紹介しましょう』
僕が合図をすると、何十人という妖精さん達が並んでいる人達の内側、彼らの目の前に出現して、皆が驚きの声を上げて列が乱れ、全体が一気にざわついた。
『静かに!』
驚かすのが大好きなのはわかるけど、やり過ぎなので、妖精さんも含めて落ち着くよう、意思を込めて言葉を放った。
妖精さんも含めて、皆の意識が僕に向いて騒ぎが停まったので、近くにいるよねーと思って、左右に視線を向けると、シャーリスさんと近衛さんが、バツが悪そうな顔をして、透明化を解除して、姿を現す。
全体に展開している妖精さん達は全員、お揃いの式典風の服装をしていて、近衛さんの指示で、粉雪のように光の粒を撒きながら上昇して、空中に整然と方陣を組んだ。
整列している候補者達に光の粒が降り注ぎ、また少し騒ついたけど、すぐ収まる。
スタッフさんが撮影を開始し、大型幻影に自分の姿が映し出さるのを待ってから、シャーリスさんは話し始めた。
『初めて見る者も多いと思うが、妾達が妖精族、此度の洗礼の儀で争いが生まれぬよう、仲裁役として立ち会っている。単なる立会人故に挨拶はまたの機会としよう』
そこにいる、光の粒の輝きは手に取って確認できる、しかし、魔力が感知できない、という状況に、動揺が広がる。ただ、流石に妖精さん達を幻影と勘違いする人はいなかった。
一部の人達は総武演で妖精さん達を見た事があったようで、その人数に驚いていた。
「とは言え、このように小さな身では、争いを止められるか疑問に思う者も多いだろう。そこで、少し試技をして見せよう」
スタッフさんが、鎧を着た標的人形を置き、その胸に耐弾障壁の護符を掛けた。
「街エルフの耐弾障壁は、この通り――岩弾をぶつけようとしても障壁を展開して防ぐ」
シャーリスさんは話しながら、空中に握り拳ほどの岩を次々と創造して、プロ野球の球くらいの速度でバンバンと射出していった。耐弾障壁が展開され、空間に波紋が広がり、岩弾は速度を失ってボトボトと落ちていき、人標的人形の周囲に岩の山を築く。
激しいペースで打ち出される岩の弾に、スタッフさん達がオロオロしてるから、護符の防げる質量や回数にも限りがあるんだろう。でも、幸い、五秒ほどで嵐のような射出は終わった。
「これでは、外から相手を止める事はできず、仲裁は失敗だ。だが、安心して欲しい。我ら妖精の放つ熱線の術式は障壁の展開より速く、投槍の術式は障壁を軽く貫く」
シャーリスさんの合図で、空中に待機していた妖精さん達の半分が標的人形の上空を取り囲み、一斉に赤い閃光を放った。
赤い光の筋は標的人形を全方位から撃ち抜き、貫通痕からは煙が上がる。
そして、今度は定番の手槍を生成して次々に射出し、展開された障壁を新聞紙のように軽々と貫通して、標的人形を針鼠に変えてしまった。
「妾達は、洗礼の儀に参加する全ての者、竜も含めて全ての者の争いを止めよう。そして争わぬ者には、そこにいる事すら意識せずに済むよう黒子に徹しよう。先ほどまでのように」
シャーリスさんが芝居がかった口調でそう告げると、隣の近衛さんとともに幻のように透けて消えていった。大型幻影も消され、空に整然と並んでいた妖精達の姿も掻き消えた。
皆の手元に残っていた光の粒も、雪のように手元から消えていき、妖精さん達がいた痕跡は全て消えた。
ん、スタッフさんが片付けている穴だらけになって、あちこちこら煙を上げている標的人形だけは違うか。でも、それもすぐ、空間鞄の中に戻された。
候補者達の様子を見ると、消えた先を探ろうと視線が彷徨い、戸惑っていたけど、耳をすましても、聞こえるのは風の音だけなので、ざわつきも長続きはしなかった。
一部に、苛つくような態度を隠さない残念な方々もいるけど、それでも騒ぐほどではないから、まぁ、平気そうだね。
スタッフさんが、そろそろ到着することを身振りで教えてくれた。
さて、前準備はお終い、こらからが本番だ。
◇
候補者の皆さんの多くが視線を空に向けて少し騒き始めた。そちらを見ると、小さな点のような竜がこちらに真っ直ぐ飛んでくるのが見えた。
金属光沢のある赤銅色の鱗、雲取様よりも大きく、パワー寄りの体型をした天空竜、白岩様だ。
でも、先日会った時より、魔力が綺麗に抑えられている感じで、飛び方もより洗練された感じだ。
皆を驚かせないよう、ゆっくりと降りてくる様子もとても丁寧で品がある。
っと、候補者達を覆うように緩和障壁が展開された。早いなぁ。
横目でチラリと見ると、三割くらいは余裕がない感じ。スタッフがこれ以上は無理と判断したのも当然だね。
白岩様は、微風が舞う程度の揺らぎだけで、大きな翼を広げたまま、地を揺らす事もなく降り立った。
他の竜と同様、羽を折り畳み、体に沿うように尻尾を寄せて、尻尾の上に頭を乗せてくれた。猫の香箱座りのような、すぐに動けない、そんな姿勢だ。
『白岩様、お久しぶりです。魔力の抑え方が落ち着いていて素敵ですよ』
<そうか。頑張った甲斐があったな。アキも、先日よりはだいぶ落ち着いたようで何よりだ>
白岩様は笑みを浮かべると、視線を候補者達の方に向けた。注視する感じ、竜眼を使ってるね。
<洗礼の儀を受ける者達、それに立ち会っている妖精族達、よく集ってくれた。今後、皆が対応するであろう竜達は、魔力を穏やかに抑える術を身に付けている者も多くなるだろう。だが、常に抑えた状態で対面するとは限らない。故に今日は耐えられる限界を見極めるつもりで挑む事だ>
あれ? なんか、打ち合わせの時より踏み込んだ内容だぞ?
『白岩様、あまり激しいと、魔力を感知した周辺の竜の皆さんが誤解しかねないのではありませんか?』
僕の問い掛けに、候補者の皆さんも、同意する面持ちだ。耐えきれなくなるまで青天井で竜とチキンレースをやりたいなんて言い出す人が居なくて良かった。
<そちらは問題ない。主な者達には今回の試みは説明してあるからな>
なんで、こういう時の手際がいいのかなぁ。
『段階を踏む事、挑戦者の自主性に任せる事をお忘れなきようお願いしますね』
<安心するがいい。無理強いする気はない。無理をして凹まれるのは本意ではない。我らが慌てるような時にも話を聞けるか確認したいだけだ。皆も、無理はせぬように。其方らが退く事は恥ではない>
温和な思念波なんだけど、あー、一割くらいは心が折れたっぽい。無理して参加したのかな。
『それでは、洗礼の儀を始めます。現在展開しているエリア型の緩和障壁を解除します。これまでの時間、緩和障壁ありであれば問題ない方は、護符を受け取ってください。白岩様が降りてくる時、緩和障壁なしでも平気だった方はそのままで。障壁ありでも厳しい方は、離れのシェルターに移動してください。無理はいけません。今回無理でも、別に回数制限は設けませんから、できると思えば何度でも挑戦して頂いて構いません。街エルフは挑戦する方への助力は惜しみません。いいですね? 己の状態を見極める目も評価対象です。では、皆さん、スタッフの指示に従い、判断を示してください』
さて。
スタッフさんの指示で、候補者の皆さんは三つに分かれた。障壁を展開した医療スタッフ達に先導されて、シェルターに移動する人達、護符を求めた人達、そして、護符を求めず、そのまま待つ人達。
ふむ。人格と耐性に関連性はなし、と。
『白岩様、駄目そうな方がいたら後で教えてください』
小声で話しかけたら、白岩様も僕だけに収束した思念波で返事をしてくれた。
<よほどで無ければ問題とはせん。アキは幼いから分からんだろうが、歪な者同士で不思議と合う事もあるのだ。そして竜族にも変わり者はそれなりにいるからな>
まぁ、そう言うなら無理には止めないけど。考えてみれば、虚言癖とか、共感性ゼロとか、思考自体が毒其の物みたいなのとか、酷過ぎるのは事前に排除してるだろうからね。
それに、竜眼で心の動き、身体的な状態変化、魔力の変化まで見通せるから、余程の輩で無ければ、手札は全部バレバレ。竜が負ける事はそうそうないね。
『さて、そろそろ準備は整いそうですけど、無理してる人は混ざってません?』
<どれ――弱っている者はいないようだ>
ざっと、竜眼でみて、痩せ我慢してる人はいないっぽいと。良かった。
感想、評価、ブックマークありがとうございました。執筆意欲が大幅にチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
許可が貰えたからと、発言全部に意思を乗せて進行役を始めたアキ。皆が発言にしっかり耳を傾けてくれて、声も遠くまで届いて便利だなーくらいにしか感じてませんが、聞いている方からすれば、一言、一言が心を揺さぶり、浸透してくる英雄の演説の如き響き。
まぁ、許可を出したほうも効果や心証を理解した上でのことなんですが、どの程度、効いたのかは、後に行われる候補者達との質疑応答の際に明らかになるでしょう。
あと、妖精さん達が透明化しているけど、皆を見張っているぞ、という示威行為は、さらりとやってるので、市民層であれば、なんか魔術を詠唱なしで発動してるぞ、程度の認識で、そもそも魔術師自体がそう多くなくおっかない連中なので、拳銃を持つ警官が、カービン銃を持つ軍人に変わった程度で感じたことでしょう。
そもそもアキの周囲なども含めて武装した者達がごろごろいる状態なので、あれなら竜も少しは抑えてくれるかも、と思うところでしょうか。
ある程度、鍛えた者達や悪意ある者達、認識が甘い人達からすれば、肝が冷えたであろうことは間違いありません。今回はかなり幅広い層が雑多に集まっているので、警備もきつめになってますが、まぁ仕方なしなのです。一般参賀に行って大勢の警官達を見たようなものでしょうね。警官は示威行為で発砲したりはしませんが。
次の投稿は、十二月十六日(水)二十一時五分です。




