12-2.神への対価(中編)
前回のあらすじ:初春となり、三大勢力の代表達が再び集まる季節となりました。冬の間に最弱依代の関係で打診していたこともあって、世界樹が動き、それに連樹も協調して動き始めました。始めて提示された「神への対価」。やはり、神の望みは半端ない内容でした。(アキ視点)
死の大地を浄化する、その協力を竜族に頼む、か。
彼らの利は何か。元々は豊かな地で竜達も住んでいたのだから、弧状列島全体から見れば、五パーセント程度の広さと言っても、その価値は大きいと思う。
自分達の力で、死に囚われた土地を回復させるという達成感もあるかな。
ただ、数多くの幼竜が殺された地だから、心的外傷を激しく突くのも間違いない。
それに、地の種族の総意として提案するにせよ、殺害の当事者たる街エルフが言い出すことへの反撥もありそうだ。
街エルフ側でも、大量虐殺された因縁の地だから、竜族に反撥されれば、売り言葉に買い言葉、今、抑え込んでいる不満が爆発しかねない。
「全体の総意としては話が纏まらないと思います。死の大地以外で生まれた若竜達は関心を示してくれるでしょうけど、殺し殺された老竜達は、死の大地にいくだけでも平静を失って暴れたりするかも。成竜はその中間でしょうか。弧状列島全体からすれば、面積的には五パーセント程度ですから、激しく否定する個体はニパーセント程度。なので、賛成二割、傍観七割、反対一割くらいとは思います」
僕の話を聞いて、イズレンディアさんは静かに唸った。
「彼らの二割、四千柱が手を貸してくれるなら、死の大地から遠い竜を除いてもその一割、四百柱が手を貸してくれるなら、浄化計画を進める事は十分可能だろうな。だが、深い怨恨を持つ老竜が少なくとも数十柱はいて、その内、一割が暴発したとして、数柱。だが、相手は老竜だ。それでも城塞都市の一つくらい簡単に消滅させる力がある。……厳しいな」
確かに。でも、可能性があるから先に潰そう、というのは避けたい。福慈様や雲取様からも、大のために小を切り捨てる真似は避けたいと聞いてるからね。
「まず、竜達に話を聞いて、暴発しそうな個体を絞って貰いましょう。後は説得しやすいところからお話しして、少なくとも静観して貰うよう合意を得る。数は多くないから心話ができるようになれば、一、二ヶ月で結論は出せると思いますよ。勿論、これまでと同様、まずは雲取様に相談して、話の進め方は決めてく感じですけどね。やはり竜族の事は竜族に聞くのが一番ですから」
そう話すと、イズレンディアさんは少し困ったような笑みを浮かべた。
「雲取様が理性的で話の分かる天空竜であった幸運に感謝せねばな。……しかし、そうか。アキは浄化は可能と考えるのか」
ん? 何か問題があるのかな?
「何か気になる話があるんですか?」
「死の大地は呪われている為に、弱い者は近付く事もできず、竜のように強い者であっても長居は難しいだろう? そうなると、浄化の魔法陣設置はかなりの難度になる。いくら街エルフの護符があっても一回、五分、十分程度の作業時間ではなかなか設置は進まない筈だ」
成る程。まるで炉心融解した原子炉で作業するような難度と。上陸前から呪いに襲われるようでは、船で悠長に近付いたりしてたら、上陸するだけでも疲弊しそうだ。上陸できる安全な橋頭堡を築いて、そこから設置地点までのルートの安全性を確保してって、考えていくとどれだけ時間がかかるか見当もつかない。
でも、それは二次元平面に囚われた第一次世界大戦頃までの思考だ。
「そこは、地球での航空戦力による敵の対空車両攻略をイメージすれば、対処方法も想像しやすいでしょう」
ケイティさんにホワイトボードを用意して貰い、ざっと図を描いてから説明をしていく。
「目標地点に杭を設置したいけど、接近すると呪いに触れて危険。これは目標に対して爆弾を投下したいけど、接近すると対空ミサイルを撃たれてしまい危険、という状況に似ています。それならどうするか。地球では、相手の射程より外側から空対地ミサイルを放って、相手の対空車両を叩きました。こちらも同様に、呪いの届く範囲の外側から、杭を投下しましょう。杭には方向舵を付けておいて、目標に命中するよう舵を制御します」
僚機が目標にレーザーを照射して、その反射光に向けて舵を切るか、目標が認識しやすい形状なら、対象を画像認識して衝突するまで常に真正面に来るよう制御すれば命中する、と補足した。
「誘導には高度な魔導具が必要だが、これだと誘導用魔導具は使い捨てにならないか?」
「なりますね。軟着陸させて、後で回収して呪いを浄化して再使用する手間よりは、使い捨ての方が安価じゃないでしょうか? それに、呪いに不用意に近付いて、影響を受けないで済むから、投下役の竜はどんどん練度も上がって、成功率が上がる利点もあります。あと、誘導訓練はこちらで納得が行くまで何度でもやれば良くて、相手は動かない固定目標、それにじっくり狙っても問題なしとくれば、当たらない訳がありません。物が揃えば、後はどんどん投下してくだけですから簡単です」
そう話すと、イズレンディアさんは、額に手を当てて、どこか困ったように笑った。何か変なところがあったのかな?
「――いや、アキの示した方法で、細かいやり方は工夫するにしても、問題なく成功するだろう。しかし、何か案は出るとは思ったが、最終目標達成までの工程が全て示されるとは思わなかった。完敗だ」
イズレンディアさんは両手を上げて見せた。だけど、笑っていた表情を改めて、僕に静かな視線を向けてきた。
「……何か?」
「今は急ぎだから仕方ない。それに、アキが目的を果たすまでは、時間は優先事項だ。アキの知識が、多くの工程を短縮し、目標達成を容易にする事だろう。だが、その知識は余りにも危険だという事を忘れないで欲しい」
「危険、ですか」
皆からも猛毒扱いされるし、散々な評価だ。
「自分で試行錯誤せず、目標まで容易に導いて貰えてしまう、それに人々が慣れてしまったら、後は堕落と衰退する末路しか残らない。未知を前に、困難を前にそれでも諦めず、足掻く力は、無数の挫折と苦労なくして身に付かないんだ。アキの、地球の知識に頼り過ぎるのは種族の命脈を縮めかねない、それを忘れないでくれ」
長い年月を生きてきた、そんなイズレンディアさんだからこそ、迷い、足掻く必要さを理解しているんだろう。街エルフとしての僕なら、人であっても賛成できる意見だ。
「貴重な意見を伺いました。僕は次元門を構築してミア姉を救出できれば、後は急ぐ理由もありません。簡単に先例を教えるような真似は控えましょう。ただ、難しい問題なんですよね。短命な小鬼族に生涯をかけて、答えが見えている問題に悩んで貰うのはどうかと思いますし、地球で、車輪の再発明、という言葉もある通り、やらなくていい苦労かもしれません。まぁ、その辺りの匙加減は代表の皆さんに考えて貰いましょう」
こういった事は専門家に任せた方が良いですから、と話すと、イズレンディアさんが遠い眼差しをして、穏やかな溜息をついた。
「少しヤスケ殿の気持ちがわかった気がする。ミア様もきっと、こんな感じの人なんだろう」
ミア姉に似てると言われると嬉しいね。
さて。
「お時間があるようでしたら、世界樹や、その精霊について、お話を伺いたいのですけど、宜しいでしょうか?」
せっかく来てくれたのだし、世界樹の事を聞くなら森エルフのイズレンディアさんが適任だ。世界樹が連樹と直接の交流を持つ事も初めて知ったし、この分だとまだまだ知らない事が多そう。
「儂も是非、聞きたいのぉ。儂らの国や周囲には世界樹はないが、もう少し足を伸ばせば、見つかるやもしれん」
お爺ちゃんも乗り気だ。
そんな僕達を見て、イズレンディアさんは破顔した。
「二人とも、話すから少し落ち着くといい。ほら、アキ。そう前のめりにならず、座り直しなさい」
う、自然とイズレンディアさんの方にのめり込んでた。あー、ちょっとレディらしくない振る舞いだったね。
先に深く座り直して、ちょっと紅茶を飲んで、心を落ち着けて。
さぁ、さぁ、では、お話を聞かせて――
そう意気込んだところで、足元からトラ吉さんが、膝の上に乗ってきた。おっと。
トラ吉さんが満足するまで座り方を直して、背を撫でて、として少し休憩。そんな様子をイズレンディアさんは微笑ましいって感じで待っていてくれた。
「ニャ」
いいぞ、って感じにトラ吉さんが声を掛けると、イズレンディアさんは、僕とお爺ちゃんに視線を向けて満足そうに頷いた。
「手綱を握ってくれてありがとう。では、世界樹の話をしよう。そもそも、我々、森エルフの民は世界樹と共にあるが、両者の共存は初めからあった訳ではない。我らの祖先と世界樹と出会いは――」
イズレンディアさんの礼を受けて、ちょっとだけお爺ちゃんと顔を見合わせたけど、世界樹との出会いについての話が始まると、すぐそちらに意識が向いて気にならなくなった。
歴史から始まり、季節ごとの変化や果実を付ける時期、世界樹の恵みを活かした様々な文化など、話は多岐に渡り、僕とお爺ちゃんは大満足。
二人して、良い話を聞けたと褒めちぎり、いつの間にか呼ばれてメモしていてくれていたベリルさんに感謝し、後で読み返そうとお爺ちゃんと熱く語り合った。
やっぱり当事者から直接話を聞けるって役得だよね。
その後、昼食もご一緒して、森エルフの食生活なども話を聞いて、会談は終わった。
それ程、興味があるのなら、自分が話したのに、とケイティさんに言われ、女性からの視点も大事、とお爺ちゃんも頷き、別途、お話を聞く場を設けることに。
ちょっと拗ねた感じのケイティさんが珍しくて、可愛らしかった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
死の台地への植樹、言葉にするとシンプルですが、関東平野規模の大きな島の全域が死の呪いに囚われ続けているという竜と街エルフの因縁の地ですから、難度MAXってところで、個人レベルでどう頑張ってもどうにもならない難題です。そんな訳で、森エルフのイズレンディアも話を聞いて頭を抱えたことでしょう。
次の投稿は、十二月二日(水)二十一時五分です。