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2-19.新生活四日目②

前話のあらすじ:街エルフの文化として、子供には子守妖精(街エルフらしく魔導人形)が付くけど、アキが触れると壊れるからNG、なので本物の妖精、自称『物質界研究家』な妖精さんを召喚する予定だよという話でした。

 居間に戻ると、今日もホワイトボードの横には、三枚の布に覆われた絵画が用意されていた。


「今回は、海外交易、探索に活躍している帆船と、交易の概要についてお話します」


 そう言って、ケイティさんは一枚の絵の覆いを取った。大海原を風を受けて疾走する大型帆船の絵だ。食堂にかけてあった絵と同じモチーフだけど、こちらのほうが絵が大きく、細部まで描かれている。マストは全部で四本、前の三本には横帆が、後ろの一本には縦帆がついている。船体も白く、帆も純白でとても美しい。操舵室の窓の大きさからすると全長は百メートルを軽く超えている感じだ。


「こちらが、我が国が誇る外洋航海を可能とする大型帆船です。探索者達や輸出品を満載して出航し、多くの情報や交易品を持ち帰るのがこの船の役目になります」


 ロープの張り方とかも地球あちらで見た帆船と違いはないと思うけど、何か変だ。……そうか。舷側に窓が一つもないんだ。それに上陸時や脱出時に使うボートも搭載していないように見える。それに色もよくよく考えてみるとおかしい。


「この絵ですけど、いくつか疑問があります。舷側に窓がついてないのはなぜでしょうか? あと小型ボートがないようですけど、相手国側に大型帆船が横付けできる桟橋があるとは限らない気もするので不思議です。あと色ですが、これだと目立ちませんか?」


 僕の質問を受けて、ケイティさんが溜息をついた。


「初等学校だと、船を見たことがある子がいてもそれは小さな漁船程度なので、この絵を見るだけで大騒ぎになるものなんですが、残念です」


「あ、いえ、驚いてますよ。これだけ大きな船を作って何隻も運用するだけでも凄いことですし、帆船自体、珍しいですから」


「帆船が珍しい?」


地球あちらでは、動力船が主流で帆船は航海技術を学ぶための練習船として活躍しているんです」


「動力というと、魔導推進器はあちらにはありませんよね?」


「あ、やっぱりそういうのあるんですね。地球あちらでは燃料の爆発力を回転力に変えてスクリュー推進を行うディーゼルエンジンとか、水を熱して蒸気でタービンを回して推進力を得る蒸気タービンエンジンとかが使われてます。燃料として重油とかディーゼル燃料とかを満載していく手間はかかりますが、その代わり風がなくても好きな方向に帆船の全速力より早く移動できるので、一般化しています」


 帆船を見学に行った時にいろいろ教えて貰ったからよく覚えている。帆船なのにエンジンで走ることもあるというのは驚きだった。


「それは相手国で燃料を補給できることが前提の仕組みですね。羨ましい限りです。こちらではそうはいきません。大型帆船を停泊させる桟橋すらない国がほとんどで、希望する水準を満たした燃料を大量に補給するというのは、現実的ではありません」


「やっぱりそうですか。あれ、でもそれなら上陸時とかどうするんですか? ボートがないと不便でしょう?」


 僕の質問は想定内だったらしい。もう一枚の絵画のほうには、空中に描かれた魔法陣から出現するボートが描かれている。出現したボートは前後二つのアームで保持して揚げ降ろしする仕組みのようだけど、初めからアームにセットしてあるのに比べると手順が複雑だ。


「このように、必要に応じて特製の超大型空間鞄からボートを取り出して運用します。外に出しておかない理由は被発見率を抑えること、戦闘で破損することを防ぐためです」


「外に出しておくと壊れるからというのはわかりますが、発見率を下げるというのはどういうことでしょうか?」


「それはこの三枚目の絵画を見れば理解できると思います。人工衛星と同様、帆船もまた光学迷彩を搭載しており、船体と帆がこのように背景や海面と同じ色に変わる仕組みになっています。ボートに光学迷彩は付けていないため、目立たないように普段は隠しておきます」


 三枚目の絵画は、上空から見た帆船という構図だけど、海と同じ色に化けているため、かなり判別しにくい。これなら天空竜から発見されにくくもなりそうだ。


「舷側に窓がないのは?」


「それは襲撃時の弱点になるため、窓はありません。船内は魔術で照らすので外光は不要、船内空気の浄化も魔術で行っているので、換気口も不要です」


「なるほど。というか、やっぱり襲撃が前提なんですね。想定している相手は天空竜ですか?」


「いえ。天空竜を想定すると船が重くなり過ぎて現実的ではないので、想定しているのは海竜です。彼らの放つ高圧水流の直撃でも、船体は耐えられる設計となっているんですよ」


 見た目は優雅な帆船だけど、内実はバリバリの軍艦、それも敵と殴り合うことを前提とした昔の戦艦とかみたいに頑丈な装甲をつけていると。それに窓一つないとなると、船内のイメージは潜水艦に近い感じだろう。操舵室も平時用か他国向けの飾りとかで、実際の操船、戦闘は装甲に守られた戦闘指揮所(CIC)から行う……とかだろうなぁ、やっぱり。


「この分だと、帆を守る意味でも耐弾障壁のように船体を大きく包み込むような障壁の類とか、任意の方向に素早く逃げるための推進機構、あ、魔導推進器でしたっけ、それも標準搭載で、外洋で船体を修理するための工作艦としての機能も持ってそうですね。あとやっぱり、遠距離攻撃兵装とかもあったりするんでしょうか。据え置き型で空、陸、海に攻撃できるようなもので」


 ないと困りそうだよなぁ、といういうものを指折り列挙してみた。帆で魔力をチャージ、空間鞄で水、食料、補給資材は確保できるとしたら、とりあえず必要なのは、それくらいだろうか。


「……他にも海竜の動きを知るための水中聴音具(ソナー)などもありますが、概ね、その通りです。というか、あちらでは子供は皆、そのように推測できるものなのでしょうか?」


「軍艦とか、艦船とかに興味がある子なら普通かと。男の子はそういうのが好きなんですよ」


「確かにこちらでもその傾向はありますが」


「あと、地球あちらでは、この絵の帆船の数十倍の排水量の戦艦で構成された艦隊同士が砲撃しあうような大規模海戦が何度も起きているので、軍艦に何が必要なのかとかはわかる子は多いと思います」


 攻撃力としての火砲やミサイル、防御力としての迎撃ミサイルや装甲、有利な位置を取るための機動力、他艦と連携するための通信機器といった具合に様々な機能がバランスよく搭載されてないと勝ち目は薄くなってしまう。


「こちらを物騒だとか言われてましたが、あちらもかなり物騒なようですね。ニホンでは白兵戦闘をすることも稀というお話でしたが」


「大規模な海戦があったのは七十年くらい前の話ですから。歴史の授業とかで学ぶ話なんです。今は平和ですよ」


「そうですか。ちなみに我が国の帆船がどんな能力を保有しているのかについては、いろいろ想像できてしまうようですが、できるだけ情報が漏れないよう控えてください」


「僕がそういったことを気にするような人に話をするような機会は少ない気もしますが、注意します」


「アキ様は、ミア様の救出計画に参加されるのですから、機会はあると思っていてください」


「計画参加メンバーとの会話でも注意しないと駄目なんですか? 政治的な縛りがあると碌なことはならないのが世の常ですけど」


 ベトナム戦争で、『相手を目視して確認してからでないと攻撃してはいけない』とか交戦規程で縛られたアメリカ空軍は、せっかくのレーダーとミサイルも宝の持ち腐れで、相手の得意な挌闘戦(ドッグファイト)をやる羽目に陥って酷い目に遭ったくらいだから、できれば制限はなくして欲しいところだ。


「そちらは一応、検討してみます。計画参加の際に契約の魔術で縛るといったことは考えられますので」


「お願いします」


 というか、いちいち釘を刺されるということは、やっぱり街エルフの国と、他国では技術格差は大きそうだ。ヒントだけでも影響は大きそうだし、確かに注意しないと不味いかもしれない。


「さて、話が大きく逸れてしまいましたが、この帆船で少数精鋭の探索者達のチームを送り込んだり、相手国と交易を行っています。先日話した通り、空間鞄があるので、船体規模を大きく超える量の物資を持ち帰ることができています」


「交易品は食材とかですか?」


「木々の苗や種、相手国でないと取れない食材の類が主で、あと金属塊も対象ですね。あとは探索者が有用と判断した書物、衣類、道具なども含まれます」


「こちらからの輸出品は貨幣でしたっけ?」


「そうです。我が国では高品質で偽造防止効果の高い貨幣を、どの国よりも安く生産することができているため、自前で貨幣を鋳造することに拘る国以外では、我が国が輸出している貨幣を使うのが一般的です」


「偽造防止効果というと、何か魔術的な仕掛けが施してあるとかでしょうか?」


「はい。内部に魔法陣が刻まれており、分類としては魔導具になります」


「それだと、僕は使えないですね」


「魔法陣が壊れていては貨幣として認識できないので、確かにアキ様が触れることは厳禁です。少額貨幣だけでなく、手形の類も全て魔導具なので、もし見かけても触らないでください。下手をすると街の経営が傾いたりし兼ねません」


「……注意します」


 限定エリア以外での活動はこの分だと絶望的っぽい。仕方ないけど。


「えっと、話を戻しますけど、こちらが高付加価値の品で、あちらが農作物だと交易バランスが悪くないですか?」


 貿易不均衡は不満が蓄積して、戦争に繋がりやすいから要注意なはず。


「情報を高く買うことで、バランスを取っていると聞いています。特に内陸部の情報は貴重ですから」


 自由に航海すらできない世界では、情報の価値は地球あちらよりずっと高いに違いない。


「それは良いですね。それで、どの国とも最初から穏便に交易できたんですか?」


 それなら最高だけど。


「いろいろ衝突はあったようですが、今ではどの国も我が国との交易に積極的です」


 ケイティさんの話っぷりからして公式見解はそうなんだろうけど。やっぱり砲艦外交をしてそうだ。


「ケィティさん、確か探索者だったんですよね?」


「そうですが、何か?」


「襲われたりとかしなかったんですか?」


「初めに彼我の戦力差を教えてから探索活動を行うので、さほど問題は発生しませんでしたよ」


「どんなことをやったんですか」


「相手の出した兵士達を相手に、こちらからは魔導人形を出して模擬試合をさせるとかですね」


「まだ護衛人形は見てないんですが、強いんですか?」


「熟練兵達でも手古摺ります」


「でも、圧勝というほどではなさそうですね。それで相手は納得するんですか?」


「その後で、空間鞄から船上に溢れるほど魔導人形を出して並べるとか示威行為を少し」


 それは酷い。どこにいたんだ!と驚くこと間違いなしだ。というか何体積んでいるんだろう?


「相手国の王様が理性的で良かったです」


「私もそう思います。死傷者が出ると話が拗れますから」


 どちらかというと面倒臭い、といった感じか。なんとも相手が気の毒だ。


「さて、ちょっと時間もオーバーしてしまいましたし、今回はここまでとしましょう」


「ありがとうございました」


 ケイティさんが示した懐中時計の時刻を見ると、だいぶ時間を超過していた。早く魔力知覚訓練を始めないと大変だ。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲のチャージになります。

次回の投稿は、六月六日(水)二十一時五分です。


<雑記>

救命ボートの揚げ降ろしをするクレーン装置って、ボートダビットっていうそうなんですが、その単語がなかなか見つからずいろんな本を漁りました。単語がわかってしまえば、ググっていろいろ情報も出てきたんですが。ボートを吊り下げてる写真とか、船のどこにあるとか、ボートは何人乗りだとかは情報が出てくるんですが、肝心の単語が載ってない本ばかりでして。

で、揚艇装置(ボートダビット)と書いてみたんですが、いまいちイメージしにくい気がして、結局その表記は止めました。資料探し、もうちょっと楽にならないかなぁ、と思う今日この頃です。

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