11-20.初飛行は雲取様の手に抱かれて(後編)
前回のあらすじ:研究に関わる皆さんからの贈り物として、雲取様との初飛行が始まりました。
高度千メートルくらいまで上昇して南西へ。
雲の下を飛んでいるから、眼下の景色がよく見える。まだ肌寒い事も多いから冬のような気でいたけど、空から見ると、草木が青さを増してきていて、春がもうそこまでやってきている事が感じられた。
澄んだ青空も眺めているだけで、心地いい。
遠くにはワイン醸造場が見えたりして、お爺ちゃんとその話をしたり、雲取様にどんな施設なのか話したりと、話題には事欠かなかった。
雲取様の羽や尻尾を見ると、殆ど動いてないように見えて、実はちょっとずつ角度を変えたりしてるのが見えて面白かった。
「殆ど揺れを感じないで済むのはありがたいです。落ち着いて景色を楽しめます」
そう伝えると、満更でもないといった感じに雲取様が答えてくれた。
<自然の風を捉えて、できるだけ小さな力で無駄なく飛ぶと自然と揺れも減るものだ。たまには荒々しく飛ぶのもそれはそれで楽しいが、それは楽しみの方向性が違うからな>
「竜族が妖精のような飛び方をしたら、人族は楽しむどころではないじゃろう。ん、あれが目的の湖かのぉ。花弁を広げたような綺麗な形じゃな」
お爺ちゃんの指差す方を見てみると、確かに五つの花弁を広げたような湖が見えてきた。
「縁取りをしているかのように紫紅色の木々が植えられているけど、早咲きの桜かな? 湖の青さとの対比がとっても綺麗ですね」
そう話すと、雲取様も満足そうに頷いてくれた。
<そう言って貰えれば、連れてきた甲斐があったというモノだ。湖の周りに花が咲くのを見ると、春の訪れが感じられてな。この時期にはこうして観に来るようにしているのだ>
湖の周りをゆっくりと弧を描くように飛んで、眺めていると、穏やかな湖面に鏡のように空が映り、遠くに見える雪の残る山々も相まって、とても贅沢な眺めに思えた。
空に浮かぶ雲が流れる様も見ていて飽きない。暫くは、誰もが無言のまま、目に映る景色を楽しんでいた。
◇
景色も堪能したので、そろそろ次に行こうかと雲取様が話しかけたところで、変化が起きた。
<済まない、次に行く前に挨拶せねばならなくなった。まぁ、やって来るとは思っていたが>
雲取様が教えてくれた方向を見ると、空に浮かぶ小さな黒い点がこちらに向かってどんどん大きくなるのが見えた。
ワクワクする様な躍動感溢れる魔力が僕でも感知できた。白岩様と同様、かなり大きな反応だから成竜のようだ。
「どんな方ですか?」
<人族からは黒姫と呼ばれている。我の姉だ>
雲取様が周回しているのに合わせるように、僕達の横、五十メートルくらいの距離を並行して、成竜が飛び始めた。
雲取様と良く似た透明感のある黒い金属光沢のある鱗が美しい。雲取様を一回り大きくしたような立派な体躯だ。
<妙なモノを付けて飛んでおるな。ここに連れて来るのはあの娘達のうちの誰かと思っていたが、街エルフの娘とは思わなんだぞ>
高空を飛んでるからか、黒姫様は魔力を抑えたりせず、かなりリラックスして飛んでる感じだ。飛ばされて来た思念波からも、揶揄うような笑みが感じられて、力関係が窺い知れる。
お爺ちゃんに、僕の声が届けられるか聞いたら造作もないとの事だったのでお願いする事に。
「初めまして。街エルフのアキです。妖精族の翁に声を届けて貰ってます」
お爺ちゃんが風を操って、拡声器から出た僕の声を黒姫様に届けてくれた。
<器用なモノよ。我らを前にしても揺るがぬ態度も話通りか。面白い>
竜眼で見てるのかな? 雲取様がなんか居心地悪そうだ。
<アキと話したければ、姉上もロングヒルに行けばよいだろう。美味い菓子も食せる>
雲取様が丁寧な中にも、あっち行けって気持ちも混ぜて思念波を放った。それを受けて、黒姫様の魔力が玩具を見つけた猫のように跳ね上がる。
<そう邪険にするな。逢い引きの邪魔をするほど野暮な真似はせぬ。見たいモノも見れた。アキ、翁、ロングヒルでまた逢おう>
そう一方的に言うと、現れた時と同様、あっという間に去っていった。サバサバした感じというか、雲取様との距離感も慣れたモノといった感じか、家族の気安さが見て取れる対応に思えた。
雲取様は諦め半分な気持ちで話してくれた。
<姉上はいつもあぁなのだ。我の事をいつも子供扱いしてな、やりづらい。それにすぐ色恋と絡めようとしてくる悪癖があるのも見ての通りだ>
それでも僕と雲取様を指して逢い引きって言ったのは、揶揄ってみたいだけって感じだけどね。
「かわいい弟って思ってるんでしょうね。僕は大人っぽい雲取様も、姉の前で弟って感じの雲取様もどちらも好きですよ」
<そういうモノか。アキは我の庇護下にある者達とは違うが、悪い気はしない。不思議なものだ>
そう言って貰えて僕も嬉しい。相手によって色々な面を持つのは普通だからね。いくら竜神などと崇められていても、四六時中それだと疲れちゃうだろう。
「さて、雲取様。予定よりゆるりとしておるが、次はどうするんじゃ?」
お爺ちゃんが飛行計画とのズレを指摘した。確かにこの後、予定コースを全部飛ぶと、結構、急がないといけない。
<そこはな、プランBだ。エリーから言われたのだ。目的を違えてはならないと。寄らなかったところは、別の機会に連れて行こう。今日の目的地はあと一か所、我の縄張りだ>
観光が目的だけど、慌てて観て回るんじゃ疲れちゃうからね。それにしても雲取様の縄張りか。
「森エルフやドワーフの国に寄るんですか?」
<いずれはそれも良いが、今日はアキが話したいと言っていた相手との顔合わせだ>
ん、もしかして!
「世界樹の精霊さんですか⁉︎」
<うむ。実際の交流は世界樹の枝を用いた心話となるだろうが、やはり直接観ておいた方が良かろう。では、少し飛ばすぞ>
そう告げると、今度は南南西に進路を向けて、こちらに来た時より三割増しくらいの速度で飛び始めた。
前方に落ちる感じがさっきより急で、風の抵抗も増してきた。幸い、露出ゼロの飛行服のお陰で寒くはない。全身に当たる風が強くなったな、と思った程度だ。
周りを見ると、雲の流れる様子が楽しい。
「雲の流れ方が面白いですね」
<向かう方向が風上か、風下か、横切るかどうかでも色々変わるからな。夏の積乱雲などは上昇気流があって、中では雷も起きているからなかなか派手で面白いぞ>
いやー、竜族は楽しいで済むだろうけどね。
「そういう体験型の飛行は観光を堪能しきってからで。ところで今の速度は人に例えると小走りくらいですか?」
<そうだな。気軽に他の竜と話をしながら飛べる程度だから、その認識で合っているだろう。少し遅過ぎたか?>
ん、そっちじゃない。
「いえ、結構速いので、これまでのように揺れないように飛んでくれれば十分です。お爺ちゃんはどう?」
「儂もこれだけ高い空を速く飛べるだけで感無量じゃよ。異種族召喚ができるようになったら、竜の姿で空を自由に飛んでみたいと思った程じゃ」
それはそれで楽しそうだね。
<異種族召喚か。面白い時代になったモノだ。――満月が近いから昼間でも輝いて見えるだろう。アレが世界樹だ>
雲取様が教えてくれた方に目を凝らしてみると、近くの森が芝生に見えるくらい、縮尺がおかしい巨大な樹木が見えてきた。全体的に薄っすらと光を纏ってて、感じられる魔力量も密度はともかく、総量なら竜族を超える圧倒さだ。
連樹は山一つだから、それに比べれば小さいけど、天まで届けと言わんばかりの巨大さは、存在感が段違い。高さは東京タワーよりあるかな。
<樹木の精霊と言っても、連樹の神は人の姿を現したというが、それは稀な話だ。だが、どうだ? あちらはアキを認識したようだが>
雲取様が魔力を抑えて、世界樹の周りをゆっくり飛ぶと、無数の視線が世界樹から向けられてるのが分かった。一つずつは弱いけど、世界樹全体の葉から集まる量はかなりのモノだ。連樹の神様の社に似てるけど、そっと覗き見るような雰囲気だね。
「同じ樹木の精霊と言っても雰囲気がだいぶ違うね」
「じゃが、一本の木で巨大と話に聞いてはいたが、これ程とは思わんかった。凄いもんじゃ」
お互いに驚きを口にした事で少し落ち着くことができたので、先ずは挨拶することに。
「世界樹の精霊様、街エルフのアキです。今はまだ無理ですが、暫くしたら心話でお話ししましょう」
お爺ちゃんに声を送って貰うと、視線は強まった感じだけど、それ以上はわからない。
暫く、そうしていたけど、遠方から強い竜の魔力が近付いてきたことで、世界樹からの視線は掻き消えてしまった。
ん、この感じは白岩様だ。
<アキ、久しいな。空からの眺めはどうだ?>
やはり五十メートル程度の距離を保って白岩様が思念波を飛ばしてきた。近くにきたから挨拶しておこう、くらいの感覚だね。
「とても楽しんでます。白岩様もこの近くに住んでいるんですか?」
<そうだ。心話は禁じられているそうだが、直接話す分には問題あるまい。今度行ったら菓子を出してくれ>
前回は寒過ぎて、出さなかったからね。
「はい。春先の雨の降らない日にお越し下さい。おもてなしします」
<ではそうしよう。邪魔をしたな>
やはり、黒姫様と同様、白岩様も用事が済むとすぐに去っていった。何とも慌ただしい。というか、これが竜族の普通なのかも。
あ、そうか。相手に向けていちいち頭を向けて思念波を飛ばすから、人が並走しながら話すような訳にはいかないんだね。ゆっくり話したければ、降りて話せ、って事だ。
去っていった白岩様を見て、雲取様は小さく溜息をついた。
<あの方も悪気はないのだが。世界樹の精霊は人見知りが激しくてな。成竜が来ると意識を引っ込めてしまうのだ。アキも心話をする時は気を付けてくれ>
こんなに大きいのに、大人の影に隠れる幼子みたいなんて不思議だね。というか、これで幼いって。
「雲取様、これで小さいって、成長した世界樹ってどれだけ大きくなるんです?」
<我も見たことはないが、雲より高くなるらしい。この地も魔力は豊かだが、世界樹が育つには足りぬようなのだ>
これで発育不良と。
「地球にはないビッグな話だね」
「魔力抜きではこの大きさは成り立たんじゃろう。しかし、妖精界にもこれ程の木は生えておらん。魔力の濃さだけではない何かがありそうじゃ」
お爺ちゃんの目がきらりと光った。見ただけではない存在、となれば何かの助けになるかも。
<研究の助けになれば良いな。それに世界樹が育つ事にも繋がれば、我としても嬉しい。我にはこれ以上の地は与えられんから、どうにかならないかと思ってはいたのだ>
雲取様はそう話すと、では帰ろうと、進路を北に向けて、高度を稼ぐと速度を増していった。
少し離れたところの人里付近では白や紅色の花咲く樹々の敷地も見えたけど、それは梅の木で、湖の桜ほど派手さはないが、香りが良いのだ、と教えてくれた。今回は着陸しない約束だから、別の機会に立ち寄ることとしよう、とも。
あれほど大きく見えた世界樹もすぐに離れて小さくなり見えなくなった。竜の速さも凄いけど、百キロ程度の距離だと、三十分と掛からず到着できてしまうのは利点でもあり欠点とも感じられた。これ程、行動範囲が広いと、弧状列島も小さな町くらいの狭さに感じられる事だろう。
竜族が、目新しさが感じられなくて常に刺激に飢えているのもわかる気がした。
予定より少し遅れての到着だったけど、多くの人達が第二演習場から、こちらを見上げていて、雲取様が降り立つと大歓声が上がるほどだった。
ヘルメットを脱ぐと、だいぶ楽になれた。お爺ちゃんもポケットから飛び出して、羽を展開して、体を動かしてる。
「雲取様、今日は素敵な空の旅をありがとうございました。天気の良い日にまた連れてって下さい」
そう伝えると、雲取様も取り付けていたベルト類を外して貰いながら、目を細めて微笑んでくれた。
<気に入って貰えて我も嬉しい。次は回らなかった他の場所にも案内しよう>
そんな僕達のやり取りも撮影されてたりして、スターにでもなった気分だけど、写真の扱いはケイティさんが管理してくれるだろうから、まぁ大丈夫と思う。
穏やかな時間はそこまでで、さぁ、もう良いだろうと言ったように、ドワーフの職人さん達がやってきて、装備品の使い心地などのヒアリングが始まった。
雲取様も、気になる点はあったようで、それならばと提案したりと対応に追われ始めた。
「にゃ!」
トラ吉さんがすり寄ってきて、前を歩き始めた。着替えるんだろ、って言いたげだ。
「ケイティさん、着替えを手伝ってください」
「はい。ではこちらへ」
あまり体を動かしてなかったから、あちこち凝ってる感じもする。ベルトの固定方法も含めて、少し見直しが必要だ。
でも、今は細かいことは抜きにして、楽しかった経験で心を満たしておこう。歩いてても、まだ空を飛んでた時の感覚で神経が昂ったままだから。
あ、そうだ。
更衣室に行く前に言わないと。皆に声を掛けて、こちらを向いてもらった。
「皆、素敵な贈り物どうもありがとう。とっても楽しめました」
多くの人達の協力でできた空の旅だから。そう、それぞれに伝えると、誰もが大きく笑って応えてくれた。
うん。良かった。
今日は最高の日だ。帰ったら忘れないように、日記にしっかり書かないと。ミア姉もイベントは情報を残しておけと言ってたからね。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
十一章も今回で終了です。一章から主軸としてきた次元門構築も、スタートラインの状況がハッキリと見えました。今はまだ奇跡のバーゲンセール、好きなだけ袋詰めで、なんて話でもないと次元門なんて絵に描いた餅です。十二章からはそんな状況でも少しでも成功させようとアキもこれまで同様、精一杯頑張っていきます。
次回から三回(十一月十五日(日)、十八日(水)、二十二日(日))は十一章の設定公開です。人物、施設や道具、勢力の順です。
十二章の投稿は、十一月二十五(水)二十一時五分ですので、ご注意ください。