11-19.初飛行は雲取様の手に抱かれて(前編)
前回のあらすじ:次元門構築の課題報告は、最後には「マコトくん」の参加まで決まり、予想外の結果となりました。
次元門の検討結果は、行き詰まりは無いものの、解決には多くの困難があり、当面は今ある手掛かりを元に、各分野の研究をして行く事になった。
それで僕はと言えば、どんよりと濁った目が治るまでは心話を禁止されたので、日課となっていた竜族とのお話も暫く休む事になった。
予定が崩れる事への非難とか不満が出たりするか気になったけど、長命種である竜達からすれば数ヶ月程度のズレは、数日空けた程度の感覚らしく、トラブルもなく納得して貰えた。
雲取様や白竜さんがあちこちに説明に回ってくれたそうで、ほんとありがたい。
身体的な方は、アイリーンさんが栄養バランスの良い食事を用意し、ケイティさんがマッサージをしてくれたので、改善できそう。
留まると濁ると言われ、主にトラ吉さんと一緒にトレーニングをしたり、遊んだり、触れ合ったりしてと、アニマルセラピーに励んだ事で、少なくとも何もしなくても、ふと涙が零れるようなことは無くなった。
そんな風に、そろそろ冬の寒さも峠を越えて、春先になろうとしたある日、第二演習場に呼び出された。
◇
何の用事か聞いても、お爺ちゃんも、とても楽しい事じゃよ、と言うだけで教えてくれない。ケイティさん達の態度からすると、結構、大掛かりなもののようだけど、娯楽のようだ。
演習場を囲む土手の所には、何やら観測装置を並べている研究者の皆さんもいたりして、物々しい。
演習場に入ると、なんと、雲取様が待っていてくれた。彼の周りにはドワーフ技術者の皆さんも大勢いて、こちらに気付くと手を振って歓迎してくれた。
「えっと、何なんでしょう?」
隣にいるケイティさんに小声で聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。
「勇者には声援と賞賛を。そう言う事です」
ケイティさんはにっこり微笑んで教えてくれたけど意味がわからない。横にいたジョージさんが教えてくれた。
「人類初の試みに喜んで参加するアキの事を、俺も尊敬する。後で体験談を話してくれると助かる。執筆に役立てたいからな」
説明が説明になってない。でも、ケイティさんもジョージさんも、僕が何かに参加する事は確信してるようだ。
近づいてきた僕達に、雲取様が話しかけてきた。
<悩んでも答えが出ない想いに囚われた時は、飛んで心を空にするのが良い。そこでな、ヨーゲルに相談して、共に飛べる仕掛けを用意した。今日はこの通り空気も澄んでいて穏やかで心地よい。約束通り、アキを我のお気に入りの空に連れて行こう>
な、なんと!
周囲のドワーフの皆さんをみると、その中からヨーゲルさんが歩み出てきた。
「アキ、今回の仕掛けはケイティ殿からマコト文書の知識、彫刻家殿からは高強度改良フレーム開発の協力、森エルフはパラシュート用薄布の提供、儂らドワーフは空中で雲取様とアキが会話をする為の科学式通話機器の提供、鬼族からは固定用ベルト、小鬼族は各種試験への協力、人族は関係地域への飛行許可調整、そして街エルフからは天候情報の提供があった。皆からの贈り物じゃ。是非、楽しんで欲しい」
周囲に視線を向けてみると、離れた所に一通りの種族の関係者の方々がいるのが見えた。エリーや師匠、セイケンもいる。
飛ぶ前からなんか胸が一杯になった感じだ。
「儂も同行するから安心じゃよ。飛行服には、儂が入れるポケットも作って貰ったからのぉ」
フワリと飛んで、お爺ちゃんがポーズを決めた。とっても嬉しいけど、言葉に意識を乗せるのは厳禁と言われているので、そうならないよう注意して。それでも一人、一人に話しかけるように心がける。
「雲取様、それに皆さん、どうもありがとう。今日は楽しませてもらうね」
そう告げると、何故か周囲から歓声が上がった。僕ならきっと快諾すると思ってたとか、自分にはとても真似できないとか、さすが竜神の巫女だ、とかとか。どうも周囲の感覚からすると、天空竜と共に空を飛ぶ事は、勇者と讃えるに相応しい行為らしい。……空を飛ぶのに雲取様とお爺ちゃんが一緒に居てくれるなら、これ以上ないくらい安心なのに不思議だよね。
◇
いきなり乗せてもらう訳ではなく、飛行計画や各種装備の説明を聞く事になった。
ホワイトボードを前に、エリーが地図を投影して話し始めた。
「アキは未成年の為、国外への移動は許可されていない。でも、空はどの国の領土でもないからこの縛りには抵触しないってことにして、各国に話は通しておいたわ。緊急着陸する事も考慮して、万一の場合は救援隊を向わせる段取りだからそのつもりで。それと上から物を落とさないようにだけ気を付けて」
大雑把だけど、飛行経路と通過時刻も書いてある。結構遠くまで行く感じだけど、海上には行かないんだね。
次はヨーゲルさん。別の図を貼り出した。雲取様の地上での立ち姿と、飛行時の姿の模式図で、そこに座席が付いている。
「この図の通り、アキは雲取様の胸の前に固定した座席に座り、四点式ベルトで体を固定する。どの状態でも座席下面が下を向くよう角度が変わる仕組みだが、念の為、角度を固定する事もできる。それとこちらの機器を見てくれ」
机の上に並べられたのは、ヘルメットと拡声器のようだ。
「飛行中、竜は胸元に話しかけるのが難しい。そこで、簡単に会話できる仕掛けを用意した。雲取様には喉の振動を拾う咽喉マイクを付けて貰い、拾った声はヘルメット内のヘッドホンから聞こえるようにした。アキの声はヘルメット内のマイクで拾い、拡声器で放つ。これで双方向の会話は可能だろう」
おー。実際に、ヘルメットを被って、雲取様にマイクを付けてもらうと会話することができた。雲取様がどちらに頭を向けても声が聞こえるのは便利だ。
<飛行中に胸元を覗き込むような真似をすると、バランスが崩れるが、この仕掛けならそれもしないでいい。それに我やアキが付けて壊れない、科学式とは良い物だ>
因みに雲取様がヘッドホンを付けないのは、空を飛ぶのに周囲の音を聞くのも重要だから、とのこと。
次はケイティさんか。
「こちらの飛行服は、高空での低温や風雨に耐えるためのもので、シャンタールが仕立てました。胸元には翁が入り込むポケットも付けてあります。背負袋はパラシュートと生存用入組品のセットです」
服の色は目立つオレンジ色で、見た感じ、厚手のライダースーツっぽい。野外活動を想定して靴も丈夫そう。生存用入組品の方は、入っている品物はこれまでの野外訓練で使い方を学んでいたものばかりなので、何が入っているか聞くだけで済んだ。
パラシュートも、単独で着陸する事態を考慮した装備という事で、雲取様やお爺ちゃんからはそこまで心配しなくていいだろうって意識がありありと見えた。
「竜族や妖精族と違い、我々は空を飛べませんから、もしもの事態には備えておかないと不安なのです」
などとケイティさんがやんわりと話したけど、共感を得るのは難しいようだった。こればかりは仕方ないけどね。
<説明は良いな? では飛ぶ準備をしよう。座席を取り付けてくれ>
雲取様が直立すると、可動式の足場を鬼族の皆さんが押して寄せて、手慣れた手付きで、雲取様の体に固定用の太いベルトを取り付けて、体の前に軽いパイプ製フレームを固定し、座席を取り付ける準備を始めた。
「ではアキ様も着替えましょう。手伝います」
ケイティさんに連れられて、僕も更衣室へ。ケイティさんに長い髪をしっかり纏めて貰ってから着替え開始。
厚手で空気を通さない服という事もあって、一人で着るのは難しく、首元まできっちり留めて、手袋をして、ヘルメットまで被ると、露出部分はゼロに。飛行服と固定できる背負袋を装備すると、まるで宇宙服みたいだ。
胸元のポケットにお爺ちゃんも入り込んで準備完了。
「にゃっ!」
足元にいたトラ吉さんが鋭くお爺ちゃんに話しかけると、お爺ちゃんも表情を引き締めて頷いた。
「うむ、任せておけ。空は竜と妖精の領域、儂らがいる限り、大丈夫じゃよ」
お爺ちゃんの返事に納得したようで、トラ吉さんも、快く送り出してくれた。さぁ、フライトの時間だ!
◇
階段を登って、直立している雲取様の胸元まで上がり、椅子に乗り込む。雲取様が手を貸してくれたおかげで、椅子がぐらつく事もなく、四点式シートベルトでの体の固定もスムーズにできた。
雲取様の胸元は三階相当の高さだけど、建物の中から見るのと、細いフレームに固定された椅子に座って宙吊り感覚で見るのでは、訳が違う。離れたところでは、カメラを構えたスタッフさん達が僕達の様子を撮影してる。写真の扱いを巡って雌竜達の間でまた一波乱あるかも。
「幼子が肩車されて大人の視点から周りを見て喜ぶ気持ちもわかりますね。それにいざと言う時に、こうして雲取様の手が届くとわかって安心しました」
ドラゴンライダーなら、背中の方に鞍をつけて跨るイメージだけど、竜が丁寧に何かを抱えて飛ぶなら、両手で胸の前に持つのが自然だろうから。
<我もこれなら安心だ。それでは空の旅に向かうとしよう。眺める事自体が目的だから、今日はゆっくり飛ぶつもりだ>
思念波と違って、心が感知できないやり取りはなんか不思議。でも、今はまだ心話も許可されてないから、これでいいんだろうね。
「安全第一でお願いします。あと、僕もお爺ちゃんもこちらの地理には詳しくないので、見所とか、雲取様の知ってる事を時々教えてくださいね」
<うむ。話しながら飛ぶ真似はした事がない。まずはそちらから聞いてくれ。それではいつもように、第二演習場の上までゆっくり上昇しよう>
そう告げると、雲取様は静かに翼を広げて、いつものように空気を乱す事なく、ふわりと上昇し始めた。
と言っても、僅かな重力に引かれて、上に向かって落ちていく感じで、かなり面白い感覚だ。
「お爺ちゃん、地面から空に向かって落ちてくようで、感覚が逆さになってるみたいだね! ちょっと椅子は固定して、水平飛行になった時にまた変えようかな」
雲取様は僅かに頭をこちらに向けて、ふむふむと何やら眺めて感心してる。
<椅子に体を固定して正解だったな。我らは物を運ぶ事はあっても、運ばれる者がどう感じるかなど気にもした事が無かった。その分だと、水平飛行になれば、椅子に座る感じに戻るだろう>
上に向かってゆるりと落ちていくような不思議な体験も、第二演習場が米粒のように小さく見える頃には終わって、雲取様は南西方向に向けて水平飛行を始めた。
高度変更がなくなったおかげで、下への重力を感じるようになったけど、前方に落ちる感覚もあってかなり不思議。
「雲取様、どちらへ?」
<うむ。ここからさほど遠くない場所に、冬でも凍らない湖がある。まずはそこからだ>
遠くに見える山々は、まだ雪に覆われているところもあって、冬はとても寒いのがわかる。なのに凍らない。
「湖のように広い水辺が凍ったりするというだけでも驚きじゃ。次の冬にはぜひ、凍る湖も見せてくれんかのぉ?」
お爺ちゃんが躍るような声で伝話を放った。胸元からだから僕でも感知できたけど、ぜひ、ぜひ、とにじり寄るような思いで暑苦しいくらい。
<寒い時期に、そんなものが見たいとは酔狂だがいいだろう。凍らぬ冬もある。寒くなるとよいな>
雲取様からすれば当たり前の風景だったようで、そんなものでも興味が湧くか、と驚いた声が返ってきた。雲取様は、飛行速度を少しずつあげていきながらも、僕とお爺ちゃんが、滑るように飛んでいく様子や、ロングヒルの城塞都市が小さくなっていくのをあれこれ話していることに興味津々で耳を傾けていた。
自分達の当たり前が、他種族からすれば珍しいこと。
頭では分かっていても、やはり経験してみないとわからないものなんだろうね。同じ空を飛ぶ種族と思っていた妖精族からも、飛ぶ高度や速さ、飛び方自体の違いに驚きの声が上がることに、雲取様も時折、質問してきて、とても楽しそうだった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
話が長くなったので前後編に分けました。
アキの気分転換の為、皆からの粋な贈り物を受け取る事になりました。アキと雲取様からすれば、約束通り、だけど他の種族からすれば、初めて空を飛んだ人と同様、酔狂で冒険心溢れる無謀な行動に思えた事でしょう。
アキ、翁、雲取様の空の旅もゆるりと始まりました。晴れ渡った初春の青空を飛ぶ間だけでも、頭を空っぽにして楽しめる事でしょう。
次の投稿は、十一月十一日(水)二十一時五分です。
<補足>
久しぶりに活動報告を書きました。




