11-16.無知の知(中編)
前回のあらすじ:次元門の検討結果の報告も②、③と聞いて残り二つとなりました。これまでの三つは奇跡だったり、望みが微かだったりで、場の空気もお通夜のような有様です。
四番目は賢者さんだ。
「④妖精の道の成立条件については、私から話そう。今のところ、妖精の道が成立しやすい条件は明らかになっていない。強いて言えば、人里離れた、誰も住まない辺鄙な場所に生じるようではある。少なくとも妖精の国の都市内で生じたことがないのは確かだ。それから妖精の国でこれまでに、物質界の話がある程度知られているように、物や生き物が紛れ込んだことはそれなりにある。ただ、我々、妖精は自分たちの国と、周囲しか知らない。だから、もっと広い範囲に目を向けた時、それが特異な例なのか、普遍的な話なのかはわからないのだ」
……少しだけ気が楽になった。これまでの絶望的な話に比べると、かなり希望が残ってる。
「魔力の多さ、あるいは少なさといった傾向もないのですか? 魔力は世界を歪める理。だとすれば、魔力が多いところほど、そういった不思議現象が起きそうに思えますけど」
「それについては妾から話そう。魔力の強さであれば、妖精の国の王城は一際強い魔力に満ちている。それに各地にある妖精の村も、魔力の強い場所を選んで作られている。だから、そこだけに注目すれば、魔力が強いところでは、妖精の道は成立しにくい、と結論できそうに思える」
「その言い方だと、そうではないと?」
「妖精の国とて、全ての魔力泉に村を作ったりはしていない。そして、生じた妖精の道の中には、魔力泉付近に発生したものもあるのだ。だから、魔力の量は影響がないのかもしれない」
「妖精の道が成立している期間と、魔力量には関係がありますか?」
「それもわからぬ。ただ、大勢で見物に出かけると、道が消えるまでの期間が短くなるように思える。我々の間では、妖精の道は恥ずかしがりやで、誰かに見られると消えてしまう、と語られているのじゃ」
シャーリスさんが、そう微笑みながら教えてくれた。面白いエピソードだね。観測者がいるほど消えやすい事象、なんて話なら、無人カメラで狭い部屋を映したら、実はそこには何も映ってなかった、なんてホラーな話になりそう。
……というか、無人だろうと有人だろうと観測する、という事象があったら駄目なのかも。
「大きさはどうですか? 確か、竜族のお話では、竜が通れるだけの大きい道はないとのことでしたけど」
その話に雲取様も頷いた。
「妾達が知っている妖精の道も、小柄な人が通れる程度がせいぜいで、鬼族では通れまい」
なるほど。
「人族の伝承でも、妖精の道に迷いこむ話は一人か二人。三人いた話は聞かない。それに妖精の道を見たという子供の話もある。小さく、人の目につきにくいところに生じやすい、という話はあるかもしれないわね」
エリーがそう話してくれた。
「そういえば、お爺ちゃんはこちらに来たことがあるんだよね?」
「うむ。といっても、自分自身で行くのは危険過ぎるから、召喚体のような存在を創って、物質界を見物しに行ったんじゃよ」
おー。なんて冒険者な行動だろう。
「それで、それで、妖精界と物質界で、温度差とか湿度差とかはなかった? 普通、差があると均一になろうとするものだけど、妖精界とそのまま繋がるなら、魔力がこちらにがんがん流れてきちゃうと思うんだよね」
「うむ。そこは妖精の道が二つの世界を曖昧にし、そのまま交ざることを防いでおるのかもしれん。明らかに妖精界とは、気温も、湿度も、魔力も大きく違っておった。空気の匂いも違っておって、驚いたもんじゃった」
ふむふむ。
「他には? 太陽や月の位置とか、季節とかはどうだった?」
「儂の場合は、妖精界では朝早かったんじゃが、物質界に来た時はもう陽が落ちようとしておった。それに月の位置もだいぶ違ったのぉ。というか、そうじゃ。妖精界では春先じゃったが、物質界では夏まっさかりじゃった」
「む、時間が違うってこと? えっと、今はどうなの? 毎日、召喚してきてるよね?」
そんなに時間軸がズレているなら、今もそうなんだろうか?
「いや。今は安定しておるのぉ。こちらと妖精界は同じように時間は過ぎている。こちらが夜なら妖精界も夜じゃし、こちらが朝なら妖精界も朝じゃよ」
「こちらに召喚されてからもう半年経過してるけど、ずっと?」
「うむ。ずっとじゃ。おかげで時間がズレて困るような話がなくて助かっておる」
「……なるほど」
事例が少な過ぎて断言しにくいけど、両者の違いは気になる。
「アキ、何か気になることなら話してみることじゃ」
シャーリスさんに促されたので、話すことにする。
「魔力の量以外は違いがない世界ってことでしたけど、お爺ちゃんが来た時には季節も時間帯も違っている感じなのに、今は安定してて、半年過ぎてもズレが出ない。たまたまかもしれないけど、そうじゃない気もするかなぁ、と」
「時間を合わせる要素があると言うんじゃな? それはやはり、翁か?」
「うん。お爺ちゃんは初めての召喚からずっと、召喚が維持されているから、それが何か影響しているのかもしれないって。勿論、世界同士の話なのに、召喚一つで時間が揃うっていうのも話が飛躍し過ぎな気もするけどね」
そう話すと、シャーリスさんは目を細めて笑った。
「そもそも、妾達は世界間の理など何も知らぬ。ならば、どんな仮説であろうとも否定する理由がなければ、残しておいたほうが良い。それに翁とアキの経路を強めるためにも、繋げ続けたほうが良い。切ったことで時が大きくズレるやもしれぬ。そうならぬかもしれぬが、試したくはない」
「僕も、こうして妖精の皆さんとお話できているのは、とても貴重なことと思うので、切らないといけない理由でも出てこなければ、維持しておきたいです」
「できれば、二人、三人と維持したいものじゃが、翁のレベルで召喚体を更に用意するのは難しい。そもそも、召喚体のレベルが影響しているのかもわからぬ。繋ぎ続けること自体に意味があるのやもしれぬ」
仮説だらけで何が正解かわからないのが辛いね。
「もし、妖精の道が開いたなら、我らと街エルフ、どちらからでも放り込めるよう、妖精サイズの転移門を製造しています。街エルフから技術を学び、妖精の国でも試作品は動作させることができました。転移門が世界間を挟んでも機能するのかどうか試したいところです」
彫刻家さんがそう教えてくれた。というか、転移門! ちらりと他の種族の反応を見ると、一応、街エルフがそれを運用できることは聞いているっぽい。
にしても転移門とはね。
「もし、転移が可能となれば、開くのに必要な魔力量の差とか、開ける時間の差とか、色々と知りたいことは多いですね。にしても転移門ですか。ぜひ、それは試したいとこですね。それで、妖精の道って、生じたとして、消えるまでに見つける方法って何か目処はついたりしてるんでしょうか?」
そう話を振ると、途端に場の空気が沈み込んだ。
「妖精の道を精霊が嫌うことはわかっている。だから、もし近場に生じて、感知に優れた精霊使いがいれば、それを知ることもできるだろう」
イズレンディアさんが遠慮がちに話してくれた。なんでだろ? 精霊使いは凄いんだぞって胸を張れるとこだと思うんだけど。
「精霊使いの方なら、全国あちこちにいるんですよね? それなら結構、期待できません?」
「我々、森エルフ族は雲取様の庇護下に入ったように、残念ながら勢力としてみた場合、弱小と言わざるをえない。森エルフの国は点在している状態で、弧状列島の殆どの地域は精霊使いの感知範囲外と言うしかない」
う、それは残念。
「ちなみに、人族や小鬼族、鬼族で精霊使いっていないんですか? いるなら妖精の道を見つけるのに活躍して貰えると思うんですけど」
「人族の中にも精霊と仲の良い、精霊使いと呼べる者もいる。けれど、その人数はとても少ないし、その実力も森エルフには遠く及ばないのが実情よ」
エリーは残念な実情を教えてくれた。他はどうだろう?
「我々、鬼族にも精霊を従える者ならばいる。だが、心を通わせるといった感じではなく、感知にも優れている訳ではない。感知距離だけであれば、魔力の歪みに気付くという意味では鬼族ならば誰でもさほど変わらないだろう」
セイケンが説明してくれた。うーん、残念。小鬼族はどうだろう?
「小鬼族にも精霊使いはいます。しかし、森エルフほど遠出はせず、もっぱら近場の樹々の様子を把握して、林業に役立てるといった仕事をしているため、妖精の道を見つけられるかというと微妙でしょう」
うーん。人里近くに妖精の道は生じないというし、それだと厳しいかも。竜族はどうかな?
<そもそも、あるかわからぬ妖精の道に気付くかというと微妙だろう。妖精の道がどんなものか、我も知らぬ。知らぬモノ、そしてどこにあるかもわからず、いつ生じるかもわからぬ、とあっては、気付かないことのほうが多そうだ>
むむむ、残念。
「でも、先の三つに比べると、まだ何とかできる余地がありそうで安心しました」
何とか、精一杯、希望を膨らませて、そうコメントしてみた。
声が少し震えてしまったのは勘弁して欲しい。
残りは一つ。⑤アキとリアの二律背反、か。字面だけで聞きたくない感満載だ……。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
四つめの報告は、妖精の道という事で、妖精族からの情報提供もあり、他に比べればかなり希望の持てる内容となりました。空元気でも元気が出るだけマシでしょう。次はラスト、⑤アキとリアの二律背反です。
次回の投稿は、十一月一日(日)二十一時五分です。




