11-14.次元門(後編)
前回のあらすじ:雲取様が亜音速の暴風をぶっ放して、皆から渾々と非常識さ、死者が出かねない事態だった事を訴えられて、大きく凹みました。(アキ視点)
会場は何故か第二演習場になり、雲取様と白竜さんは本体で参加するそうだ。生憎の曇り空で、風も吹いているけど、四方に配置された魔導具のおかげで会場内は穏やかだ。
妖精族もシャーリス様も含めて主要メンバーが全員参加するとのこと。
少し薄暗いので、会場上空に無数の光の粒を撒いてくれて、そのおかげでだいぶ明るくなった。ごっそり魔力が減ったけど、何時間か消えないように多めに魔力を込めたから、との事。まぁ、準備をしている間に回復したから問題なし。
小鬼族はガイウスさんだけが参加、鬼族もセイケンとトウセイさんだけで、他のメンバーはいない。
他にもドワーフのヨーゲルさん、森エルフのイズレンディアさん、人族からはエリーと師匠、森エルフからは父さんとリア姉、それにヤスケさんが参加だ。
ふむ。研究組に調整組、それに政治関係者まで。まぁ、意欲的な取り組み、その第一回検討結果の発表となれば、そうもなるか。
サポート組はケイティさん、ジョージさん、女中三姉妹、それにウォルコットさんとダニエルさんもいる。
竜族対応の為か、僕とリア姉を除いたメンバー達を囲うように、新たな魔導具が設置されていた。範囲型の緩和障壁との事。
ホワイトボードには、今日の発表項目が書いてある。①あちらとの心話の特異性、②心話と位置情報、③ミアとの径路、④妖精の道の成立条件、⑤アキとリアの二律背反、か。
内容に目を通す僕に注がれる皆の視線は、様子を伺うようでもあり、観察するようでもあり、緊張しているようでもあり――。
良い報告という雰囲気は微塵もない。……残念だけど覚悟を決めよう。
「ニャ」
トラ吉さんが膝の上に乗ってきた。落ち着け、って感じかな。強張っていた手をペシペシと叩かれて、柔らかい肉球のおかげか、肩の力が抜けた気がする。
ふぅ。
隣にフワリとお爺ちゃんが飛んできた。今日は妖精さん達のテーブルの方にいるのかと思ったけど、そうでもないようだ。
「儂はアキの子守妖精だからのぉ」
隣にいるのが当たり前、そう態度で示してくれた。嬉しい。
こちらの様子を伺っていた師匠に、頷いて、準備ができたことを伝えると、師匠が皆の方を向いて立ち上がった。
◇
「忙しい中、こうして集まってくれたことに先ずは感謝する。我々は前代未聞、現象だけは知っている妖精の道を、異なる世界に自分達の手で繋ぐ、次元門構築を目指して研究する事となった。街エルフが先行で研究を行い、理論的な目処も立たなかった超難問だ。明るい話題は少ないが、明かりの全くない地点から始めた話だ。僅かでも光がある事に注意を向けて欲しい。――いいね。では、そこに書かれている通り、先ずは、①あちらとの心話の特異性、からだよ」
師匠が改めて立ち位置を明確に示してくれた。実現方法は示せないが理論的にはできる、そんな話は結構ある。夢物語と語られるような話が多いけど、それでもまだ通す理屈があるだけマシだ。次元門はそれすらない。
まして、こちらでは他国を大きく引き離す現代魔術、科学技術に長けた街エルフ達が匙を投げた話だ。
息苦しく感じて、気を落ち着かせる為に深呼吸する。ポンポンとトラ吉さんが尻尾で僕の手を叩いているのも、落ち着け、落ち着けと宥められているようで有難い。
僕の様子をみてから、リア姉が話し始めた。
「それじゃ始めよう。最初の項目、それはミア姉と、あちらにいる「マコトくん」の心話の特異性だ。世界間の心話は、妖精達との交流もあり、稀ではあるが特異ではない。これまでにない世界との心話という意味では特異ではあるけれど、それは結果だ。では何が特異なのか。――それは、心話の始まりにある。アキ、覚えているかい?」
「母さんから聞いた話では、ある日、突然、リア姉と同じなのに、違う相手と心話が繋がって、それが地球の世界の僕だった、と聞いたよ」
「その通り。そして、それが前例のない出来事だったんだ。そもそも心話は相手と深い心の繋がりがあり、感性が合わないと心を触れ合わせようとしても繋がらない、そんな技法だ。どれ程外見が似ている双子でも、間違えて別の方に繋がるなんて有り得ない。そんな区別もつかない程度じゃ、心話なんてできないのだから」
「なのに繋がった」
「そう。それに双子の片方と心話ができたから、もう一方、存在は知っているけど、交流のないもう一方と繋ごうとしても、そんな事はできない。その相手と積み重ねた経路はないのだから」
「でも繋がったし、僕との心話もずっとできてたよ?」
「――アキには話してなかったけれど、実はミア姉はよく間違えて私の方にも心話をしてきたんだよ。それで、マコトくんの方に繋ぐつもりだった、と。結局、最後までミア姉は意図的にどちらに繋ぐか選択できなかった。正確な記録はないけれど、狙った相手に繋がる確率は五割と言ってたよ。いいかい? 私が目の前にいてやっても、そうだったんだ」
僕とリア姉はまったく同質で区別がつかない、だから試行回数が増えれば、選択確率は五割に収束する、か。毎日、十年間だから、試行回数としては十分だろう。
同質、同質と言えばーー
「僕とリア姉の魔力属性は全くの同質、完全無色透明だったね」
「正解。我々の議論でも、そこに注目した。そこで質問だ。アキは結構な数の竜達と心話をしてきた。それで彼らを間違える事はあるかい?魔力属性は色相、彩度、明度で表現されるけれど、同じ相手はいたかい?」
「それは皆、違うよ。心の繋がりもあるから、似た相手と言っても一部が似てる程度だからね」
「その意見は同感だ。私もアキと同じだけの竜族と心話をしてるけれど、同じ相手なんていなかった。魔力属性の色相、彩度、明度はそれぞれが何千、何万という区別できる。その組み合わせには限りがない。実際、アキが来るまで、私の完全無色透明も、唯一無二と認識されていたからね」
「でも、僕とリア姉は同じだよね?」
「そこで、先ほどの魔力属性の話だ。心話は相手の心と繋ぐ。この相手の認識に魔力属性を使うとすればどうだろう? 魔力量や位階じゃない。あくまでも属性だけだ。本来なら必ず一人に限定できる、それが世界の理だった。色相、彩度、明度、それらを適当に指定しても同じ組み合わせになんてならない。――唯一の例外を除いて」
「どれも無い、それなら同じになると」
「そう。それが私達。無数の中の唯一、それぞれの世界では同じ者はいない、それが世界の理だった。区別できない完全同一、だからこそ、ミア姉の心話は五割の確率でしか狙った相手に心話ができなかった」
「それって物凄い偶然だね」
「心話の到達距離も無限でないだろうし、この世界と近い異世界とて数に限りはあると思う。それに同じ時に、同じ属性の者が生きている事自体が結構な制約条件じゃないかな。つまり、ミア姉しかあちらと心話ができなかった理由、それは術者と心話をできる相手と、完全同一な魔力属性を持つ者があちらにいなかったから。我々はそう結論した」
……そもそも心話自体、様々な条件をクリアしないと成立しないのに、更にほぼ不可能な同一魔力属性が、心話の届く範囲、同じ時間帯に存在する事? ……それじゃ成功する訳がない。
場が痛い程の静寂に包まれていた。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
さて、次元門の検討結果が語られ始めました。まだ一つ目ですが、マコトとの心話が、空前絶後の条件が揃ったからこそ成された奇跡という説が出ました。残り四つ。どれだけの難事か。半端な事では「理論構築すら不可能」と街エルフも匙を投げたりしません。それをアキは知る事になります。
次回の投稿は、十月二十五日(日)二十一時五分です。