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11-13.次元門(中編)

前話のあらすじ:次元門構築の検討が始まりました。といっても、考えるな、感じろな魔術ということもあって、修業中のエリーと僕は、詳細な検討には参加できません。専門家じゃないから仕方ないけど、もどかしいです。(アキ視点)

その日の検討会は、僕が寝る前に窓から覗き見た時も話し合っていた。キリが悪いこともあり、灯を追加して夜遅くまで話していたそうだ。


次の日からは場所を鬼族の大使館に移して、続きをする事になったと聞いた。


ケイティさんと女中三姉妹の皆さん、それにお爺ちゃんも朝から参加しているそうで、食事の時は、母さんとジョージさんが同席してくれた。


保管庫から出された食事は出来立ての温かさで、アイリーンさんの味付けは、食べてると心も満たされる感じで嬉しい。


「朝から検討会とは熱が入ってますね。メンバーは昨日と同じですか?」


「妖精族は、賢者以外に、近衛と若手の文官の方々五人を召喚していたわね。場所を移したのは、鬼族の他の方々も参加するからと聞いているわ」


リア姉が妖精さん達を召喚してたそうだけど、竜族の追加はなし、と。

良い傾向なのか、悪い傾向なのか。推測するしかなくて、待っているだけと言うのは、結構ストレスが溜まる。


そんな僕の内心を読んだのか、母さんが苦笑しつつも、心構えを教えてくれた。


「アキ、信頼できる誰かに仕事を任せたなら、結果が出ずとも、仕事をやり遂げようと頑張っているなら、内心、どう思おうと、相手を信じて落ち着いて構えてなくては駄目よ?」


上司が忙しなく口出ししても仕方ないし、相手が一流のプロなら、上手くいかない方法を見つけただけでも良くやった、と褒める度量が欲しいわ、なんて話も。


「それって政治家としての心構えとか?」


「そんな大層な話じゃないわ。幼い子供が自分でやる、と言い出したなら、上手くいかないと思っても、やらせてあげるようなモノよ。子供の場合だと失敗も含めて経験させること自体に意味があるから、仕事を任せるのとは少し違うけれど」


ふむ。


「ジョージさん、プロとして、仕事を任される時、依頼者に求める姿勢とかあります?」


そう話を振ると、少し考えてから口を開いた。


「依頼内容が明確である事、制約はできるだけ少ない事、特に時間の縛りは無いのが望ましい。資金、装備面でも必要なモノを提供して貰えたら万全だ。情報も隠し事なしに全て提供する事。後は、やる事にいちいち口出ししてこない事、これもあれば言う事なしだな。素人に口出しされても場が乱れて時間を喰われるだけでいい事はない。無論、仕事の報告は適宜行うが、いちいち全てを素人にもわかるレベルで説明していたら時間がいくらあっても足りない。報酬が妥当な事は言うまでもない」


確かにそんな依頼主がいれば最高だと思う。最高の職人がいて、欲しいモノを伝えて、条件に折り合いがつけば、後は職人に全て任せる、と。……まぁ、そうだよね。


中には気が向かないからと、依頼にいつまでも手を付けないとか、一流の芸術家だと、そんな気難しいエピソードとかもあるけど、基本的にはプロに任せる、その度量が依頼者にも求められる訳か。


「それでも、結果がなかなか出なくても何十年も研究に出資し続けるのは胃が痛くなってくるモノよ。その研究が挑戦的なモノであればある程、いつ、目が無いと判断して打ち切るのかも重要ね」


……確かに。どれだけ頑張ってもアインシュタインが在命中に量子論と相対性理論の融合を果たせなかったように、研究を支える要素が揃わなくては、いくら天才でもどうにもならない事例もある。


考えていると、気が落ち込んでくるから、この辺りまでとしておこう。


「今日は魔術の訓練でしたよね?」


「そうね。第二演習場にエリーと行くように。子守妖精は彫刻家が代行するわ。それと雲取様が同席してくださるそうよ」


おや、珍しい。


「雲取様の方も少し落ち着いたってところですか?」


「福慈様への説明も終わり、他の雌竜達と違って研究を抱えてもいないので、手が足りないなら、手伝おうと話してくれたわ」


「お爺ちゃんや賢者さんも研究に参加してるし、師匠もいないから、彫刻家さんと雲取様が同席してくれると安心です。ところで天候の方は大丈夫ですか?」


暫く、予報だと不安定と言う話だったけど。


「多少の雨風程度なら、魔導具で制御するから安心なさい。風邪をひかないように服装はしっかりね。それと魔術の行使に雑念は厳禁。訓練の間は魔術だけに専念なさい」


「はい」


朝のうちに、シャンタールさんが着替え一式は用意してくれていた。悪天候でも耐えられる野外装備一式って感じで、派手なオレンジカラーだけど、動きやすさは問題なし。


そうこうしてるうちに、エリーと彫刻家さんもやってきたので、一緒に馬車に乗って第二演習場に向かう事になった。





第二演習場には雲取様が到着していて、雲取様が使うのに丁度いい大きな砂時計を操作しているのが見えた。


「雲取様、今日は同席ありがとうございます。その大きな砂時計はどうされました?」


<以前、集中するままに何時間も訓練を続けて、ソフィアから叱られた事があっただろう? その話をヨーゲルにしたら、一時間を計測できる砂時計を作ってくれたのだ>


これがあれば、訓練のやり過ぎにも気付けるだろうと御満悦だ。


「雲取様、危ないと感じたらすぐに介入していただけますようお願いします。私には瞬時に介入するだけの技量がありません」


エリーがお願いすると、雲取様はゆっくりと頷いた。


<うむ。安心するがいい。それで、今日はどんな訓練を行うのだ?>


エリーが書類の封を切って、中の文を読む。


「アキは風を吹かせる事、私はそれを分析の魔眼で観察する事、ですって」


<水の温度調節ではいきなり沸騰して危険があったが、風ならばそこまでにはなるまい>


そう言いながらも、雲取様は頭を持ち上げて、僕たちの方を両目で観る姿勢に変えた。


風や日差しを制御する魔導具の位置も確認している。と言うか、いつもと違い、それぞれの魔導具の前には、障壁を展開する杖が挿してある。なんとも準備万端だ。


「何かあれば私がアキの守りを、雲取様はそれ以外をお願いできますか?」


彫刻家さんが分担を切り出した。確かに二人とも瞬間発動できるから、対応が重なると予想外の結果になるかも。


<その分担でいこう>


雲取様が訓練開始という事で、大きな砂時計をひっくり返し、砂が落ち始める。


「それじゃ始めましょうか」


エリーが呪文を唱えて、分析の魔眼を発動させた。始めろ、と手を振るので、僕も長杖を構えて、風の吹くイメージ……取り敢えず、空気が素早く動く様を思い描く。


「!」


パンッと杖の先端から激しい破裂音が聞こえて、思わず顔を顰めた。耳が痛い。


「――杖の先にあった空気がごっそり一瞬で移動したせいで、周囲から空気が流れ込んで破裂音が起きた感じでしょうか?」


エリーが酷い音で集中が切れた、とぼやきながらも、魔眼で観た内容を口にした。


<どちらかと言えば、纏めて移動した空気の塊が高い圧力を生じて、衝撃波を発したといったところだろう。人が使う鞭で打ち鳴らす奴だ>


ふむふむ。


「空気を動かすイメージだと、風って感じにならないんですね」


<風は連なって吹くモノだからな>


「それなら、前に水を温めた時のように、空気を動かし続ければ風になりそうね」


成る程。それなら、その方法で。


「空気の流れは何もないとやはり読み難い。少し見やすくしてみましょう」


彫刻家さんが杖を振ると、無数の花びらが空からゆっくりと舞い始めた。


「以前、総武演で見せてくれた花弁ですね。ありがとうございます」


「そう言って貰えて何よりです」


さて、花弁が落ちるまで間がないし、魔術を発動させないと。


ん?


「エリー、魔眼は?」


「また集中が途切れると魔力が勿体ないから、少し様子見をするわ」


まぁ、仕方ない。


今度は連続的に空気が流れるようイメージしてみた。


おー、なんか、落ち葉を吹き飛ばす送風機(リーフブロアー)みたいだ。地面の水溜りに向けると、水面が波打って面白い。


エンジン音もなく、風を送り出してるのに反動もないのはなんとも不思議な感じだね。


<ふむ、それなりの勢いで風が吹いているな。エリーも魔眼で観てみるといい>


促されたエリーは再び魔眼を発動して、杖の先端をじっと観察し始めた。


風とともに花弁が飛ばされるおかげで、空気の流れがよく見えてわかりやすい。僕がイメージしている空気の加速エリアに向かって周囲から空気が流れ込んでいくけど、吸い込み口の点って感じじゃなく、加速エリア全体に流れていくのが面白いね。


「相変わらず、アキの魔力は見えないけど、花弁のおかげで、風の流れはわかりやすいわ。速度を上げたり、入り口を太く、出口を細くしたり、流れを変えられるかしら?」


む、ちょいやってみよう。


速度を上げてみると、台風の時の突風くらいまでは加速できた。地面に落ちている花弁もどんどん吹き飛ばして、なんとも派手だ。


ただ、加速はその辺りが限界かな。逆に勢いを弱めて微風にする方は、結構上手くできた。落ちてくる花弁を下から吹き上げて、軽くお手玉してみたりして、なかなか楽しい。


その辺りで花弁もあらかた落ちて消えたので、一旦終了。


<モノを飛ばす時と同じで、とても安定していたな。よくできたと言えるだろう。ただ、アキの魔力ならば、もっと強い風を吹かせる事もできる筈だが、なぜ、あの程度で頭打ちなのだ?>


雲取様はそう言うけど、人でも飛ばせそうな風でも弱いっていう感覚は種族差かなぁ。


「これでも経験したことのある一番強い風をイメージしたんですけど。弱いですか?」


<うむ。それなら、手本を見せよう。急降下する際の風はこれだ!>


「ちょっ、待っ!」


エリーが慌てて止めようとしたけど、瞬間発動の魔術が止まるわけがない。


雲取様の角の先端にあった膨大な魔力が術式となって発動し、一瞬でトンネル状の高密度な暴風が放たれて、衝突面で発生した円錐状の雲が、何百メートルか先まで一気に押し流されるのが見えた。


風で体が浮き上がりそうになったタイミングで、エリーが僕に抱きついて引き倒して、彫刻家さんがすぐ周囲に障壁を展開してくれたから、巻き込まれずに済んだけど、演習場の外縁部分で警備していた森エルフの皆さんまで空に飛ばされそうになって、大混乱が生じていた。


森エルフの皆さんは障壁を展開するのではなく、荒れ狂う風に干渉する形で、わざと弾き飛ばされるようにして、離れたところにフワリと着地していた。たぶん、精霊術という奴だと思う。


周囲に展開されていた魔導具も設置されていた位置から大きくズレて倒れていたりして、障壁で守られた範囲以外は、竜巻でも通り過ぎたかのような有様だ。とても酷い。ヨーゲルさん謹製の大型砂時計も転がって泥だらけになっていた。壊れてないのは、竜が使うことを想定して頑丈に作ったからだろうけど、幸いだった。


雲取様をみると、目を逸らされた。


「雲取様?」


<……すまん。皆の軽さを考えてなかった>


彫刻家さんが障壁を消すと、まだ周囲では風が大きく乱れていて、あちこちから互いの状況を確認する大声が聞こえたりして、かなりヤバそうな雰囲気が伝わってきた。


「……取り敢えず、警備の皆さんにごめんなさい、しましょう。僕も一緒に謝りますから」


<……すまん>


雲取様は尻尾の上に頭を乗せて、これ以上は何もしない、と態度で示した。


おかげで、スタッフの皆さんも動きやすくなったようで、俄かに演習場全体が騒々しくなる。


当然、魔術の訓練どころではなく、それから暫くして、警備やスタッフの皆さんがやってきて、どれだけ危険だったのか、こってり聞かされることになった。





後で顛末を聞いた師匠からは、雲取様が見せてくれた暴風をイメージするのは絶対禁止と言われた。それだけの風が吹けば周囲を巻き込んで術者諸共、空に飛ばされるのがオチだと。


体が浮き上がりかけたくらいだから、雲取様のように大きくて重ければ平気だろうけど、人なら吹き飛んでいくのは避けられないと思う。術者の周囲は穏やかで、そのすぐ先は暴風なんて器用なイメージはできそうにないから、禁止されなくてもやる気はないけど。


最後に、雲取様というか竜族の皆さんは、大きな魔術を使う際には必ず声出し確認をして、周囲の同意を得る事になった。


神妙な顔で、他の皆にも伝えておくと約束してくれたので、事故はある程度防げる事だろう。ただ、完全には無理だろうけどね。





そんな感じで初日の魔術訓練は散々だったけど、それ以降は騒ぎを起こすようなこともなく、訓練に専念することができた。


訓練に専念すると言うことは、次元門の検討が終わらないと言うこと。参加する人が増えたり、鬼族連邦への使いが行き来したり、はたまた、森エルフの国や、ドワーフの国とも速達便が行き来したりと慌ただしく、各人が持ち帰って検討するとして数日空いたりもして、結果として、二週間もの間、僕とエリーは魔術の訓練に没頭する事になった。


……そして、検討結果を話すから参加するように、と連絡が来た。

ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。

雲取様が見守っての訓練でしたが、つい、竜族の感覚で魔術を披露してしまい、大惨事となってしまいました。人的被害がなかったのは幸いでしたが、これは警備している森エルフ達が全員、精霊術の使える精鋭だったり、スタッフの待機室にもしものための障壁展開の術式が用意されていたからで、城塞都市とかでやれば、一区画くらい吹き飛ばすことになっていたことでしょう。それと次元門の検討。アキもまさか二週間もかかるとは思ってませんでした。しかもその間、エリーとアキへの情報も遮断されているのだから不穏です……。

次回の投稿は、十月二十一日(水)二十一時五分です。

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