11-12.次元門(前編)
前話のあらすじ:召喚術を応用した異種族化の検証もできるし、成竜や老竜を巻き込んだ新たな取り組みも始まるし、新たな時代の始まりって感じがして今後が楽しみです(アキ視点)
福慈様との話に向けた検討会を通じて、研究組の全員、調整組などもいたけど、互いの理解が進んだと思う。
福慈様との話し合いも穏便に終わったし、これでやっと、次元門構築に関する研究開始だ!
◇
暫く、天候が不安定になる予報が出ていて、屋外での検討会を延期するかどうかでも揉めたけど、雨も風も魔導具で制することのできるレベルで収まりそうなので、開催する事で決まった。
今回は純粋に次元門の話だけだから、政の関係者はいない。妖精族からは賢者さん、竜族からは白竜さん、それにドワーフ族のヨーゲルさん、森エルフのイズレンディアさん、街エルフからはリア姉、人族からは師匠、鬼族からはセイケンとトウセイさん、最後に小鬼族からはいつも通り、ガイウスさん以下、研修者の皆さんが勢揃いだ。
それにケイティさんと女中三姉妹の皆もサポート役として参加してくれている。
……大丈夫。
望みうる最高の布陣なんだから。
少し指先が震えるのを、強く握りしめる事で止めて――トラ吉さんと目が合った。
「にゃ」
隣にいてやる、そんな強い意志が感じられる声が僕を後押ししてくれた。
フワリと肩口にお爺ちゃんが降りてきて、ポンポンと頭を撫でて、いつも通り始めるとするかのぉ、なんて散歩に誘うように話しかけてくれた。
……よし!
「生憎の天気ですけど、ようやく準備が整いました。それでは、さっそく次元門構築に向けて検討会を始めましょう」
僕の言葉に皆が静かに頷いてくれた。そして、師匠が手を挙げた。
「先ずはおさらい、我々の目指すところを明確にしようかね」
師匠の指示で、既に記載されているホワイトボードの一つを皆に向けた。
「便宜上、次元門と呼んでいるけど、世界間を繋ぐ通路という意味では妖精の道と変わらない。違うのは繋ぎ先が妖精界ではなく、マコト文書が示す世界であり、自然に生じるのではなく我々の手でこれを作る必要がある事。もしかしたら、過去にできた事があって私達が知らないだけかもしれないけど、それは言い出しても仕方ない事さ。そして作る目的の一つはあちらにいるミアを救出する事、もう一つは恒久的に繋いで、あちらの知識を手に入れ続けるルートとする事だ」
師匠の説明を聞いて、ガイウスさんが手を挙げた。
「財閥のミア様は我々も聞き及んでいる超重要人物です。救助の必要性は理解できます。ただ、もう一つ、知識を手に入れる方はなぜ、次元門なのか、これまでと同様、マコトくんのように心話で知識を得る実績のある方法を取らない理由を教えて下さい」
ふむ。小鬼族にはあまり話してなかったからね。お、リア姉が話してくれるみたいだ。
「ミア姉の成功を受けて、腕に覚えのある多くの魔導師達が果敢に挑戦し、結局、誰一人として、マコト文書の示す世界との心話に成功しなかったからね。あまりにできないので、一時はあちらの世界の実在が疑われた程だった。ただ、皆も知っての通り、マコト文書に記された知識は余りに膨大で異質、しかもその内容はこちらでも検証してある程度、正しい事が証明された。ミア姉の妄想とするには余りに知識が膨大かつ高度で整合性の取れたモノだったから、あちらの存在は疑いようがないモノと判断されたんだ。そんな訳で、唯一、あちらと心話ができたミア姉が不在、繋ぐ相手のマコトくんがこちらに来てるのでは、心話での情報入手は不可能、そう判断したんだ」
誰も心話で異世界に繋いだ事自体は確認できてない。でも、齎された膨大な地球の知識は本物、故に地球の世界は存在し、しかも語られる地球は魔力がなく、魔獣もいないとされるから、妖精界でないのも確実、ということ。
「マコト文書を学ばれた皆さんもご存知の通り、地球には魔力がありません。それに異世界の存在も理論上あるとされる程度で、こちらと違い、異世界との交流記録もなく、地球から異世界に繋ぐ事はできません。だから、こちらから繋げる必要があります」
そう補足すると、ガイウスさんは慎重に言葉を選んで、更に問い掛けてきた。
「ミア様の救出に異を唱えるものではない事はご理解いただいた上で、敢えて確認したいのですが、こうして妖精界と皆さんとも交流が進み、あちらではなくとも、妖精界との心話により得るものもありましょう。それでも、あちらの世界と繋ぐ事を求める意味、それと繋ぐ事を急ぐ意味を教えてください」
ガイウスさんがくどいくらいに反対してるのではないと前置きして、その理由を聞いてきた。仲間の研究者達に、構築を急ぐ意味を明確に意識させたい、という強いプロ意識が感じられる。……関連する研究だけで成果は充分すぎるほど得ているのに、なぜ、更に求めるのか。言いたい事はそういう事だろう。
次元門構築への否定的とも取れる意見に、一瞬、心が騒ついたけど、すぐに抑え込んだ。
ガイウスさんがわざわざ初めに念押ししたのだから、落ち着かないとね。
……種族によって熱意は違う。だから、それぞれが求めるに足るだけの理由を示せなくてはいけない。人道的に助けたい、だけではどれだけ重要人物だとしても、納得させるのは厳しいのだから。
「世界はとても広く、弧状列島は小さい。今のところ、世界に比べて少しだけリードしてますが、後から追いつく方が楽なのは、小鬼族の皆さんなら納得しやすいでしょう。魔術、技術の優位性が失せれば、規模の小ささは不利にしか働きません。その点、今であればマコト文書の語る情報と、地球の差は少なく、その情報を活かす事も十分可能でしょう。でも、それは今だからです。地球が通信速度、通信量、通信範囲の爆発的増大による技術の急激な進化を始めているのは、先日話した通りです。あまり間が空くと、模倣すらできないほど差がついてしまう可能性があります。と言うか、そうなるでしょう。こちらのマコト文書はもう情報が更新されません。少しでも早く地球と繋ぎ、情報の流れを復活させねばなりません」
地球の先端開発分野では、数ヶ月前の話ですら情報が古過ぎると言われるほどだ、とも補足した。
小鬼族が参加する前は、小鬼族に模倣できないだけ差をつける為にって話していたけど、根は一緒だ。誰だって他国の後塵を拝したくはないし、戦争を吹っ掛けられて、負けたくもない。
「手が届くのであれば伸ばすべき、我々はそう考えます。次元門の構築、それがどれ程の難事かすら理解してはいませんが、その重要性、急ぐ理由は把握しました。我々も研究者として全力を尽くしましょう」
ガイウスさんや小鬼の研究者の皆さんも力強く頷いてくれた。……ふぅ。
「あちらと繋いだ心話だけが、あちらの世界を測る目安だ。アキ、妖精界との間では翁と、あちらとの間ではミア殿と行った心話を比較すると、何か違いがあるか?」
賢者さんの質問だ。
「ミア姉との心話は、夢の中だったので、匂いはないけど、小部屋で互いの姿を認識しつつ、心を触れ合わせる感じでした。こちらでは、心を触れ合わせるだけなのでそこが違うところですけど、心を触れ合わせる感覚自体に違いはありません」
「ふむ。夢渡りと心話の併用とは高度な事をするものだが、それは術者のミア殿の力量によるものだ。こちらと二つの世界を繋ぐ心話の感覚に差がないというのは興味深い話だな」
賢者さんがミア姉を褒めたので、初めは普通の心話だったけど、姿が見たいとお願いしたら、一年くらい後にシンプルな内装の部屋で、会えるようになった件を話した。懐かしいなぁ。
初めは自分のイメージが正確じゃないせいで、僕の姿がボヤッとした感じになって、目を閉じても自身の姿をイメージできるよう、鏡を見て観察したんだった。母の三面鏡を借りて表情をあれこれ確認したり、後ろ姿を見たりと、やってる僕を見て、母が驚いていた。好きな子でもできたのか聞かれたから、夢の中に出てくるお姉さんのことを話したら、なんとも微妙な顔をされてガッカリしたのも良い思い出だ。
そんな話をしたら、横道な話かと思ったけど、皆は興味津々といった感じに聞いてくれた。
「その話は、夢渡りの基本にして全て、自身を揺らぎなき存在として認識する為の技法なんだよ。全身を映せる姿見が作られるまでは、水面や小さな手鏡で己の姿を認識していたが、やはり効率は悪かったらしい。人は体という器があるから魂が安定し、安定した器があるから、己の姿を安定したものとして認識できる。心と体は切り離せないモノなんだよ」
師匠がそう教えてくれた。それもまた魔術の技法だったとはね。皆が熱心に聞くのも納得だ。
「それと、妖精界、マコト文書の語るあちらの世界、そして我々の住む世界を比較すると、魔力濃度の違いを除けば、物の理に違いはないようだ。似た世界だからこそ近い距離にあって、ここと妖精界のように、稀ではあっても繋がる事があるのかもしれない」
リア姉が補足してくれた。
「人類連合の文献を確認したところ、これまでに生じた妖精の道ですが、行き来できるのは数日程度、長くても一ヶ月程度で消滅しています。ただ、あまり例も多くなく、単なる天候不順や魔法嵐の事例も混同されており、成立条件は判明していません」
ケイティさんの話を聞いて、その通りと頷く人も多い。でも該当しない種族も多い。何か別の意見はないかな?
「鬼族、小鬼族、妖精族、竜族はどうですか?」
「我々、鬼族も国元に問い合わせてみたのだが、どの事例でも、人里から離れた辺鄙な地域で生じていた。ただ、そこに踏み込んで戻ってきた者の話は見当たらなかった。魔力嵐のように乱れていて危険だとして、もし見かけても近付かないよう、言い伝えているからな」
セイケンが教えてくれた。ふむふむ。辺鄙な地域と言うなら、小鬼族は期待できそうだけど。
「我々、小鬼族も、陛下からの指示で各地の文献を調べてみました。ただ、私達は魔力異常を見かけたら、そこから避難する訓練を徹底している事もあって、行方不明になった話はあっても、それが妖精の道か断言できないと言うのが実情です」
ガイウスさんが申し訳なさそうに話してくれた。貧しい地域に住んでいるのだから危険があれば離れる性格じゃないと長生きはできないだろうね。残念。
なら、好奇心の塊のような妖精族ならどうかな?
「うむ。儂ら妖精族は異世界に通じる道に昔から興味があり、見かけたらあれこれ調べたり、物を放り込んだり、迷い込んだ者を保護したりしとる。何せ、儂のような物質界専門家がいるくらいだからのぉ」
「おー。なら、妖精族の知識を教えて貰えれば、何か研究が進むかも!」
「アキ、翁の話を真に受けるな。此奴は妖精界一の変わり者、こんなのが大勢いると思われても困る。だが、少しは期待してくれてもいいのも確かだ。女王陛下の命を受けて、物質界で学んだ知見を元に、過去の妖精の道の開いた地点を含めて、領土内の調査を始めようとしている。国土は広く、調査には何年かかかるだろうから、気長に待ってくれ」
賢者さんに釘を刺されてしまった。でも、妖精族が動いてくれていると言うのは朗報だ。
さて、後は竜族だけど。
<妖精の道について、年長者達に聞いてみたけど、危うきには近寄らず、と言う事で、遠くから竜眼で観察した話を多少聞けた程度だった。道は竜族が通るには狭く、転移できるほど空間が安定していなかったらしい。それに道の奥までは竜眼でも見通せなかったとも聞いた>
「ケイティさんが使っていた魔術の暗闇みたいに、少し世界の理が歪んでいるのかもしれませんね。貴重な意見、ありがとうございました。ところで、皆さんの見かけた、聞いた妖精の道はどれも地上ですか? 空中とか地下、水中の事例はありませんか?」
「地中と言えば、儂らドワーフ族となろうが、地下で妖精の道が生じたという話は聞いたことがない」
む、残念。
<私が聞いた話もどれも地上の話で、空の上で見かけた話は魔法嵐くらいなものだった>
「それと、アキ様。水中は水竜達の領域であり、我々は殆ど海面下のことを知りません」
探索者だったケイティさんがそういうなら、事例は無さそうだね。
「いずれ、縁があれば水竜さん達からも話を聞いてみましょう」
今後の課題ということで、ホワイトボードに書いてもらったけど、皆の反応が鈍いのは残念。
「――概要はこれくらいかね。アキはここまでで議論が終わったらまた参加だよ。初心者の頃に多くの深い知識に触れても害にしかならないからね。エリーも参加は禁止だから、二人で訓練できるようにしておくよ。アキ、いいね?」
む、そう言われては仕方ない。だいたい、深い魔術談義になると話についていけないのも確かだし。
「わかりました。それでは皆さん、宜しくお願いします」
任せるしかないのは心苦しいけど、誠意を込めて、皆さんにお願いして、別邸の中に戻った。人事は尽くした。――後は皆を信じて待とう。
「にゃー」
トラ吉さんが体を擦り寄せて催促してきたので、抱き上げて暖かいリビングへ。
そうして、トラ吉さんと暫く遊んでいるうちに、焦る気持ちはだいぶ落ち着いてきた。そう自分自身を観察できるくらい落ち着いた事で、さっき迄はかなり緊張してた事もわかった。重要な時こそ暴れる心を制していかないと。
のんびりしよう、って態度で教えてくれるトラ吉さんに感謝だ。こうして、寄り添ってくれているだけで、癒されるのはほんと助かった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
長い、長い準備期間を経て、遂に始まった次元門構築のための研究。改めて、現状について列記していくと、不明点がゴロゴロと出てきて、不安だらけなスタートです。
……と言っても、理論より感じろ、な魔術なので、魔術師の雛であるアキやエリーは具体的な検討会へは、悪影響が出るため参加禁止です。待つしかないのが悩ましいとこらです。
次回の投稿は、十月十八日(日)二十一時五分です。
<雑記>
『きまぐれオレンジ☆ロード』のまつもと泉さんが亡くなられました。享年61歳。お洒落な画風、現実的な髪型や服装(頻繁に変わる)、悩ましい三角関係と、ラブコメ界の一時代を築いた方だっただけに残念です。