11-11.福慈様と未来の語らい(後編)
前話のあらすじ:集団を雑に分割することの弊害について、アフリカの国境線の話をベースにアキは話してましたが、付随する話もあれこれ聞いて、福慈様もいろいろと思うところがあったようです。竜族は最強ですが、限界に達している最強ですからね。そういった視点を持てる存在が束ねる最強というのが、どれくらい手強いか。アキの話を聞いた政治系の関係者は頭を抱えていることでしょう。
それから、皆に求められるままに、西部開拓と呼ばれる詐欺と侵略と殺戮の話や、奴隷貿易の話、聖地解放というお題目と実態がかけ離れた十字軍遠征などの話を説明した。
勿論、そんな話ばかりしていると気が滅入るので、沈没した船から懸命に救出活動をして後に国同士を繋ぐ一助となった話とか、遠い地まで大変な手間をかけて陸路や海路を使って人々が商路を繋いで交流をした話、大規模な災害に見舞われた国に世界中から援助の手が差し伸べられた話などもしてバランスを取った。
詳細は、ケイティさん達にフォロー宜しくと話したら、細かいエピソードまではすぐに思いつかないと言われたので、沈没船の話は百年くらい前の日本でトルコの親善大使達が乗った船が台風で沈み、荒れた海の中、懸命な救助活動をして大変感謝された話で、商路は海と陸のシルクロードの話、大規模災害は十年ほど前に起きたマグニチュード九クラスの未曾有の巨大地震とその後の巨大津波で壊滅的な被害を受けた東日本大震災が例として妥当だろうと話すと、それならとケイティさん達は納得してくれた。ただ、小鬼族の皆さんはマグニチュードという単位に馴染みがなかったみたい。
「地震の持つエネルギー量を表す単位で、揺れを表す震度は震源地から離れると弱くなりますが、マグニチュードはエネルギー量そのモノなので、震源地との距離は関係ありません。マグニチュード九は、人が立っていられないほどの激しい揺れが、弧状列島の半分くらいで起きるような規模とイメージすると良いでしょう」
「は、半分ですと⁉︎」
「普通の地震は城塞都市一つとか二つとか、範囲はそれ程でもないですよね。それくらいだと地震の持つ総エネルギー量はマグニチュード五とかです。マグニチュードは一つ変わるとエネルギー量は三十二倍になるので――マグニチュード九は百万倍強いってとこですね。勿論、地球でもそんな規模の地震は百年で十に満たない程度です。それと、惑星全域での話ですから、一つの地域がそれだけの地震に襲われてるわけじゃないです」
ざっと手計算して伝えると、皆が押し黙った。
「……そんな広範囲が一度に被災したら、国が滅びかねん」
セイケンが絞り出すように呟いた。いくら鬼族が強いと言っても、一般市民が倒壊する家屋に巻き込まれれば厳しいようだ。
「耐震構造のしっかりした家を建てていれば、怖いのは火災と津波になります。実際、先程の東日本大震災でも、死因の多くは津波による溺死でした」
マグニチュード九クラスが引き起こす津波は多くの街を押し流して更地に変える程の力があること、かなりの内陸まで津波が押し寄せて全てが押し流された例を伝えた。
話が横道に逸れたので、この話題はこの辺りまで。
「街エルフが備える未曾有の大災害は、今話した東日本大震災級を想定しています。長い街エルフの人生でも経験する事が稀な大災害、でも惑星全域まで視野を広げれば、百年で十回程度は起こる、そんな天災です。興味があるようでしたら、問い合わせてくれれば、かなりの話は出せると思います。……ただ、気が滅入る話ばかりなので、そのつもりで」
そう締め括ると、ガイウスさんが遠慮がちに手をあげた。
「因みに、それ程の大災害で、どれ程の人々が亡くなったのか教えていただけますか?」
うーん、そのまま答えると、大した事がないと誤解されかねない気もする。
「全半壊した家屋が三十万棟、死者、行方不明者を合わせて二万人といったところです。家屋被害に比べて死者がとても少ないのは、被災した日本という国では、家屋に地震対策とそれに付随する火災対策をしっかり行っていたためです。その結果、家屋が損壊しても多くの人が脱出できました。備えあっての事ですので、そこは誤解しないでください」
戸建て住宅を本物の地震と同じように揺らして確認する大型実験施設も作ってて、かなり地震対策には力を入れている、と絵も描いて補足しておいた。
屋敷自体を丸ごと地震のように揺らす、という実験規模の大きさに、衝撃を受けたようだ。でも、イメージはしやすかったようで、成る程と納得もしてくれた。
お爺ちゃんだけは、地震の恐ろしさを聞いてもピンとこないようだったけど、それは仕方ないね。それに三十万棟が全半壊するほどの災害と聞き、自分達に置き換えて、妖精の国が軽く壊滅するくらいの規模とは理解して、考え込んだりしてたから、災害規模は共有できたと思う。
◇
僕が福慈様に求められるままに、地球の事例を紹介した事に、母さんが疑問持ったようで、質問してきた。
「あちらの異なる文明間の衝突例は、人に対して、悪い印象を与えかねないわ。アキならもっと穏便な例だけ示して、刺激しない話し方もできたのに、それをしなかったのは何故かしら?」
ガイウスさんが不思議そうな表情を浮かべた。
「どうしました?」
「心を直接触れ合わせる心話で、隠し事などできるモノかと考えたのです。……相手に悟られずにその様な事が可能なのですか?」
ふむ。お、リア姉が手を挙げた。
「アキはできる。私は苦手かな。私だと何か隠してる、くらいはバレそう、というか雌竜達にはバレた」
その話を聞いて、ガイウスさんだけでなく、他の小鬼族の皆さんも、常識外とでも言いたげな視線を向けてきた。
「その辺りは慣れですよ。竜族の皆さんはとても素直で心話の経験も少ないから、経験の差があれば、それくらいはできるでしょう。因みにミア姉相手だと、誤魔化すのは無理です。そういった相対的な話です」
毎日、何時間か心話を続ければ、いずれ身に着く程度の話です、とも伝えたけど、師匠も含めて、有り得ないって顔をしていた。
ま、まぁ、今の主題はそれじゃないからスルーして。
「えっと、地球のキツい事例を紹介するのは何故か、でしたよね。それ程、深い意味は無いんですけど、余裕があるうちに、人の良い面だけでなく、悪い面も知って貰った方がお互い幸せになると判断しました」
皆の目がもっと説明しろ、と語ってる。了解。
「例えば、理性的で穏やかな雲取様達とばかり交流して、竜族とはそういう存在だと思い込んでいたら、昔話に出てくる様な粗暴で残酷な竜を見たらショックを受けるでしょう? 予め、竜にも色々いると聞いていれば、そこまで勝手に思い込んだ偶像を作ったりしないで済むし、悪意にも冷静に対応できるでしょう。感情的に力を振るう竜族なんてのは悪夢そのものですからね。それと、そんな真似をしたなら竜族とて後味が悪いでしょう? そんな事態を避ける、その程度の考えですよ」
「これまでにも話されていた内容ですね。しかし、急いでいる様にも感じられます」
「誰か一人でも、竜の巣に忍び込んで、幼竜に危害を加えるような真似をすれば、平和な空気なんて吹っ飛びますからね。交流する事と、守りを維持する事は両立できます。初めが大切です。そう考えると、あまり時間がないんですよ」
銃弾の雨の時、騒音の腹いせに、幾つの都市が灰塵と化したか思い出してください、とも話すと、やはり長命種の方が我事のように考えたのが表情から窺えた。
「地球でも、都市を丸ごと灰塵と化す核爆弾が作られ、実際に一発の爆弾で数十万人規模の大都市が壊滅し、生き残った人々や救助の為に都市に行って被爆した方々が放射能汚染で生涯、後遺症に苦しむ事になりました。そんな出来事が二回もありましたが、その記憶も世代を経て薄れてきています。祖父母の時代ともなれば、記憶が薄れるのは避けられないとは思いますが、こちらには心話という便利な意思疎通手段もあるのですから、生々しい体験の記憶を引き継ぐ事で、同じ過ちを繰り返さない工夫はした方が良いでしょう」
特に身近に当時を経験した世代が少ない人族や小鬼族には必要な施策と思う。
おや、母さんが手を挙げた。
「私は心話での語り継ぎは反対ね。心を直接触れ合わせる心話は、生々しい記憶に触れた時の影響が強く出過ぎるわ。耐えられると判断された人物だけに限定するとしても……その診断自体、悪影響が出ないように行うのも難しい。やはり辞めた方がいいわ」
だいたい、竜族はロングヒルの男達との心話ですら難色を示したのよ?、と駄目押しまでしてくれた。
その身に狂気を宿すと言われるロングヒル男子達。だけど、そんな彼らとて故郷を、家族を、恋人を、子を、友を、全てを消炭に変えられたりはしていない。……街エルフの長老達との心話をしたいかと言えば、危険過ぎるからアウトだね。あの目を見てるだけで怖いのに、その心に直接触れるなんて、論外だよ。
「すみません、やっぱりさっきの提案はなしで。もう少し心に優しい語り継ぎ方を考えましょう。幸い、竜族は対峙するだけで、その力の差を理解できるので、成人式の際に竜の洗礼を受けるなんてのも良いかもしれませんね。自信があるなら竜の咆哮を浴びるとかにすれば、跳ねっ返りの心もへし折れるでしょうから」
世代交代で語り継ぎが大変そうな人族のエリーや、小鬼族の皆さんに向けて提案してみた。ただ、反応は芳しくない。
「竜が近くに来るだけで、ロングヒル中の医師達が駆けずり回る羽目に陥った程なのよ。初めが凄惨な記憶に直接触れる心話、譲歩して竜との対峙って、それ、ぜんぜん譲歩になってないわ」
「緩和障壁があっても、竜族の方々との対峙は絶望を感じる程の経験でした。こうして思い出すだけでも寒気がするほどです。一般人が広く経験するような話ではありません」
エリーもガイウスさんも揃って反対してきた。む、いい提案と思ったんだけど。
「その辺りは今後の検討課題としましょう。僕の希望としては、竜族との交流によって親しさが増すとしても、あくまでも常に竜族は訪問する側であり、幼竜がいるような竜の支配地域にはあらゆる種族は立ち入り禁止、更に、我々の側でも常に、問題を起こしそうな輩がいれば、具体的に動く前に止めるくらいの対応をして欲しいですね。大人の竜にちょっかいをかける馬鹿はそうそういないとは思いますけど、自殺志願者、破滅希望者など、残念な方々はどうしても出てくるので、見苦しい真似をされる前にやはり止めたいところです」
他にも、各地の竜との交流記録を分析して、関係にマイナス傾向が出てきたら、テコ入れして関係改善する機構を設けるべき、訪問頻度や交流時間なども見ておきたい、なんて話したら、そこまでやるのかって雰囲気を感じた。
む、それは良くない。
「頻度は増えますけど、竜神と崇められている方々との交流記録なのだから、もっと貪欲さがあっていいと思うんですよね。確かに研究組の活動に直接的な影響は少ないかもしれないけど、上位存在との交流ノウハウはいくらあっても困らないでしょう?」
歴史書でも稀だった交流が、今後、毎年何万件というペースで増えても、それで価値が下がるという事はない筈と力説してみた。それだけだと大変さだけ増える感じになるから、別の見方も提示しよう。
「それに、僕達は集めて分析された結果を受け取る立場ですから、そこまで構えなくてもいいと思うんですよ。各地の新人巫女さん達や為政者の皆さんの頑張りに期待しよう、くらいの気持ちでいればいいかと」
僕達が直接、各地にいる何千、何万の竜族と交流する訳ではないのだから、とアピール。
だけど、そう話したら、母さんが深い溜息をついた。
「……アキ、それは思っていても、言っては駄目よ。せめて、共に頑張りましょう、何かあれば支援します、くらい言っておきなさい。投げっぱなしは良くないわ」
三大勢力の代表達が来る前によーくお話しましょうね、などと釘を刺されてしまった。
ある程度、親身に対応するつもりだったんだけど、言葉は難しいね。少し気を付けよう。
◇
次の日、福慈様と予定通り、心話を始めたんだけど、少しお疲れというか、若者の姿に眩しさを感じている老人のような、不思議な感情のうねりを感じた。
<福慈様、昨日はどうでした? 色々と若竜の皆さんから話を聞いてみたんですよね?>
そう話を振ると、福慈様は嬉しそうな、それに達観したような、そんな気持ちを向けてきた。
<若さとは何か、余りに昔の話だからすっかり忘れていたけれど、内から溢れる活力と、無知故の果敢な心、新しい事への渇望と、貪欲な行動力、それに自らの力への少し過剰な自信、そんなモノを感じたよ。思い返してみれば私にもそんな頃があったと懐かしい気持ちになったね>
長命種故に、のんびりしているかといえば、そんな事はなく、若い年代なら、やはり有り余る活力で何でも挑戦する気概があるんだね。雲取様や雌竜の皆は、その中でも有望株って気がする。
<気にされてた欲はどうでした? 雲取様の写真を欲しがってた感じからして、結構、収集癖とか出てきそうな気もしますけど>
僕の問いに福慈様は本当に不思議そうに思いを教えてくれた。
<写真なんかより、本物の方がずっといいと思うんだけどねぇ。望んだ雄と互いに認め合って番になればいいだろうに、あの子達はそこまでして独り占めにして、他の子を蹴落とすのは気が引けるそうだよ。それにまだ番になるのは早い気もするとも話してたね>
<皆さん、仲良しですからね。同性同士で気楽に遊ぶのも楽しいでしょうし、成長する迄は、暫くはこのままでもいいと思いますよ>
<それに、小型召喚でそちらに喚ばれて、あれこれ学び、研究しているだろう? それもあって文字を学ぶ熱意や、考えを文字にしたり、描いたりしたい欲求もかなり強い。あれほど深く考えて、多くの知識に触れて、更に知識を求める姿も、これまでの竜族にはない傾向だね>
<彼女達の変化をどう感じました?>
<好ましいと思うよ。私達の体が物の読み書きに不向きだから、そっちの知識を伸ばそうなんて発想はなかった。それだけに、体の制約がなければ、これ程多くの可能性があると分かっただけでも、大収穫だ>
ある意味、空を飛ぶ種族として完成されていて、変化の余地がないとも言える竜族、でも、実は多くの可能性を秘めている!
それは嬉しいだろうね。
<その可能性は若竜だけじゃなく、成竜にも、老竜にも開かれている……かもしれません。竜族が歳を重ねるほどに飛び回る頻度が減るのは魔力不足が原因としたら、魔力が満ちているなら、若竜のようにもっとあれこれやり始めるかも>
その話題に福慈様は笑みを浮かべながら、思い出した話を教えてくれた。
<魔力の話なんだがね。私達の間でも、雲取を真似て、漏れ出す魔力を抑えられないか試してみる事にしたよ。どうせ、老竜や成竜は巣で休んでいる事が多いからね>
おぉ!
<――息の長い取り組みになると思うので、コツを掴んだら、ぜひ皆さんで共有してみてください。一人では行き詰まる事も、大勢でやれば、誰かが突破口を開く事はよくある事です>
<地の種族のような話が私達でも出てくるなんて面白い。こう言うのも力を合わせるって事かね。群れとしての力が私達の手に届くところにあった、そうなれば、これも面白い取り組みだろう?>
<はい♪ 簡単にできない事だからこそ挑戦しがいがあると思います。他の方の失敗事例を聞き、どんなアイデアでも何か輝くモノがあるかもしれません。互いの魔力の状態を観察し合うのも良いでしょう。そういった魔力操作が竜族らしい技になるかもしれない、そう思うとワクワクしますね>
人が魔力の収束、圧縮の技を使い、鬼族は活性化の技を使う。瞬間発動できるほど魔力があって、魔力が希薄なこちらの世界にいるからこそ生み出される、こちらの竜族らしい技。
うん、とっても面白い瞬間に立ち会ってる気がしてきた。
<魔力の抑え方と、風を捉える効率の良い飛び方は、若竜達の間で、流行ってきてるからね。成竜達も流行りが好きな連中は試し始めてる。少しずつだけど、私達も変わり始めてる。何年かしたら雑に飛んでるのは年寄り臭い、なんて言われるようになるかもね>
福慈様はそう話して笑った。
若い世代との交流にも熱心な方だから、竜族の広い範囲の変化も感じているんだろう。
竜族に時間はたっぷりあるから、雌竜達の雄を見る目もだんだん肥えてくる筈。いずれは求愛ダンスを年長者に学ぶ鳥みたいな話も出てきそう。
そんな感じで、福慈様と、今後の竜族が関係する施策に関する話し合いは、竜達の中での流行りなども聞けて、実り多いものとなった。
福慈様と話した内容について、関係者に展開しましたが、アキの竜族に対する感性は、世間とは大きくズレているのは間違いないところでしょう。小鬼族の研究者で一名とはいえ、竜と対峙して耐えられる子が出てきたのも、判断基準に影響を与えてるのは確か。全国で集めれば百人、千人と新人巫女候補は集まるだろうなー、とか考えてたりする訳で。……確かに耐性だけならそうでしょうけど、竜を前にして平静を保てる胆力、という条件を追加するだけで、どれだけ人数が減ることやら。そのあたりも、全国での竜との交流準備が本格化すれば、ある程度、見えてくることでしょう。
福慈様も、竜族の新たな可能性を見出したことに上機嫌で何よりでした。研究を待つだけでなく、自分達でも集団で新たな取り組みをしてみよう、と言い出したり、そのこと自体を喜んでいたり、と良い傾向ですね。
次からは、ついに準備もできたということで、次元門の構築に関する研究開始です。
次回の投稿は、十月十四日(水)二十一時五分です。