2-18.新生活四日目①
僕の立ち位置が、単なる扶養家族から、救出計画参加予定に変わったからといって、何か突然変わるということはなく。
朝起きたら、昨日までと同じように血圧を測定して、髪を梳かして整えて。
やはり、籠の中にある服のセットを引っ張り上げた。当然のように見覚えのない服だったりする。
今朝、用意されていた服は、ワンピースに、セラーカラーでボレロスーツの組み合わせのようだ。スカートの丈が膝くらいまでと、これまでで一番短い。ボレロは前でボタン1つで留めるデザインで、腰までの丈と、下のワンピースのおかげで、実際より腰から足にかけてのラインが長く見える可愛らしいデザインだ。
まぁ、ぱっと見、ちょっとお洒落な女子高生といった感じだろうか。
スカートの丈が短いこともあって、活動的な印象を受ける。
「ワンピースだけど、昨日までとは変わったデザインを選んできましたね」
「昨日のデレッデレなアキ様を見て、学生向けの服も似合うのではないか、との意見がありまして、こちらを選択してみました」
着てみると、思ったより生地が厚めなこともあって、一層、制服っぽい感じだ。うーん、ちょっと、膝丈のスカートに、同じくらい長い髪というのはいまいちバランスが悪い気がする。
膝下までの靴下と、ローファータイプの革靴は、ミア姉の足に合わせているから、小さくて可愛らしい。踵も低くて歩きやすそうだ。
「アキ様、こちらにお座りください。髪を束ねましょう」
ケイティさんに促されて、化粧台の椅子に座った。すぐに手際よく髪を纏めてリボンで束ねてポニーテイルにしてくれた。首回りがすっきりしたおかげで、だいぶ活動的な印象に変わったと思う。
「ありがとうございます」
「これで全体の印象は統一できたと思います」
立ち上がって、色々と角度を変えて鏡に映った姿を見てみると、昨日までのマキシ丈なロングスカートと違って、活発そうな印象でいい感じだ。くるっと回ってみるけど、厚みがある生地のおかげでスカートもゆるく広がる程度。
まぁ、腰まで伸びる銀髪と赤い瞳のせいか、日本の女子高生のコスプレをしている外国人って感じだけど。
「では、今回は、短い丈のスカートの場合の振る舞いについてお話しますね。足の露出が多くなるので、腰から爪先までの足の動きを考慮することが重要です」
「爪先をまっすぐ前に向ける、とか?」
「そうですね。そちらは既にできているので、歩く時に足の付け根から、動かすイメージで、歩幅は少し広めにしてみましょう」
言われたようにちょっと歩いてみる。足の動きに合わせてスカートが揺れてふわふわと広がって、より可愛らしさが強調される感じだ。
「いいですね。あとは座る時に捲れたりしないようにだけ注意してください。膝を合わせるように座れば、そうそう下着が見えるようなことにはなりません」
「わかりました」
短いスカートで足を広げて座っているような子をたまに見かけるけど、あれは目のやり場が困るだけで、下品だとしか思わなかったし、僕はミア姉の妹なのだから、そんな無様な真似はできない。気をつけよう。
◇
今朝の朝食は、焼き立ての食パンの上に、焼いたベーコンとザワークラウトを載せて、それにハーブティという組み合わせだ。カットされたプラムとプレーンヨーグルトも添えられていて、食べ応えは十分。
「昼食はハヤト様がチュウカを調理されるので、その分、今朝は少し軽めにしています」
厚手の食パンとベーコンの組み合わせはとても美味しい。それにザワークラウトの酸味もベーコンの油でマイルドになってる感じで食べやすい。プラムの酸味と甘みもプレーンヨーグルトによく合う。
「昼食は私が鍋を振るうから期待していてくれ」
「私が下拵えは一緒にするから安心してね」
父さんも母さんも、やる気十分なようだ。
「はい」
中華か。というかこちらだと炒め物の料理って意味だろうけど、どんな料理になるのか楽しみだ。
「昨日、アキもミア姉の救出計画のメンバーに加えようという話になったけど、そうなると早めに解決しないといけない問題が出てくるんだ」
リア姉が食後のハーブティを飲みながら、そう切り出した。父さんと母さんを見ると、説明はリア姉に任せるつもりのようだ。
「問題?」
「街エルフの文化として、子供は成人するまで子守妖精をつけるというものがある」
「子守妖精? 妖精というと子供向けの人形くらいの大きさで透き通った羽が生えていて飛ぶような?」
「そう、その妖精だ。もっとも街エルフらしく、あくまでも妖精を模した魔導人形だ」
「魔導人形だと駄目ですよね」
せっかくの妖精型人形だけど、触ると壊れるようでは、お付きという訳にはいかないと思う。
「残念だが、高魔力域運用を考慮した子守妖精の開発は難航している。だが、子守妖精は必須だ」
「……子守妖精というと、子供の話し相手をしてくれたり、危ない時は助けてくれたりするんでしょうか?」
「そのイメージで合ってる。子供はどうしても予期できない行動をとりやすい。だが、大人が常に一緒にいることはできないし、ふと目を離した隙に、怪我に繋がるような危ない真似をしたりする。だから、常に子供を見守る子守妖精は必ず子供に対して、一人に1体ずつ付けるものなんだ」
「それは、手厚い対応ですね」
もっとも大きくなったら、子守妖精がいることがストレスになって、早く成人になりたい、と思いそう。あ、そういう意味で、成人になることを促す意味もあるのかもしれない。
「だが、アキには魔導人形は付けられない。そこで、少し準備は必要だが、本物の妖精を召喚することにした。幸い、ミア姉の残してくれた伝手があって、召喚して貰えるなら喜んで子守の仕事をやろう、という自称『物質界研究家』と契約できる見込みだ」
「妖精ってどんな感じなんでしょう? 楽しみです」
「そう言って貰えて良かった。必ず成功するとは言えないが、召喚陣は既に用意した。ただ、アキの魔力で魔法陣が壊れないように改修が必要になる。だから、実施は二週間ほど先だ」
二週間。結構、先だけど仕方ないと思う。召喚というくらいだから、どこかに住んでいる妖精さんに、ここまで通常の手段で移動してきてもらう、という訳にはいかないんだろうし。
「妖精さんはどちらに住んでいるんですか? 召喚というのは、転移門を開いてこちらに来てもらうこととは何が違うんでしょう?」
「やはり、興味があるか」
「もちろん」
何がミア姉の救出に繋がるかもわからないのだから、こういった空間制御っぽい奴はできるだけ情報を仕入れておきたい。
「妖精は、妖精界と呼ばれるこことは違う世界に住んでいる。ここよりも魔力密度が濃厚で、妖精達は呼吸をするように簡単に魔術を使うという話だ」
「妖精界って、こちらとは繋がりはあるんですか? 特定の場所にいくと妖精界に行ける、といったような」
「安定した場所は存在しないが、様々な条件が揃うことで、時折、こちらと繋がることがある。運が悪い村人が妖精界に入り込んでしまう、といった事故が起きる事例がいくつも報告されている」
地球での神隠しのような出来事だろうか。そういえば、契約する妖精さんは研究家だっけ。
「妖精さんは物質界研究家ということですけど、そういった紛れ込んだ人から話を聞いて研究している感じでしょうか」
「そう聞いている。妖精がこちらに来るのは、こちらの魔力が薄過ぎて事実上、不可能らしい。それでも件の研究家は、膨大な魔力を投入して僅かな時間ではあるが、こちらにも何回も来訪しているという話だ」
「それはなんとも、活動的な妖精さんですね」
「まったく同感だね。で、計算してみたんだが、私やアキの魔力量がかなり増大しているようなので、妖精の召喚に目処が立ったんだ」
「召喚と転移門を用いた移動は何が違うんでしょうか?」
「召喚は、いわば影を一時的に作り出す魔術だ。神の降臨も似ているが、上位存在がそのままこちらに降臨することはない。彼らからするとこちらは余りにも魔力が薄いために顕現できないらしい。そこで、彼らの影、投影された仮初の存在を構築して活動して貰う。それが召喚だ。一時的なものだから予定時間が過ぎれば消えてしまう。召喚体がたとえ傷ついても、本体側には影響がないという利点もある」
なんとも凄い技術だ。召喚される側からすると、異世界でVR体験してみよう、くらいな話に聞こえる。
「それって、元の存在からすると、かなり劣化した存在なんでしょうか?」
「顕現率で表されるが、通常は本来の数%程度と言われている。本体が持つ能力も使えるのは劣化版だ。それでも召喚体は魔術で構成されているから、魔術付与した武器や魔術以外では傷つかず、発揮される能力も凄まじいものがある、と伝えられている」
「でも、聞いただけでも凄そうです」
「魔力強化の恩恵がなければ実現不可能な計画だった。そういう意味でも、妖精召喚は重要視されている。まぁ、アキが絡むのは、相手の妖精と接触した際に、気が合いそうかどうか判断して貰うだけだから、気負う必要はないぞ」
言われてみて、考えてみる。子守妖精は成人になるまでずっと傍にいるという話だから、確かに性格の相性は重要だ。といっても事前に何か用意できる訳でもない。
「どんな子なんですかね。先入観は持たないように注意します」
「それがいい」
なかなか面白い話が聞けた。空間鞄、転移門、そして召喚。どれもそのままだと次元門にはならないっぽいけど、いずれはそれらの技術を発展させて、次元門に繋げていきたいところだ。
次回の投稿は、六月三日(日)二十一時五分です。