11-10.福慈様と未来の語らい(中編)
前話のあらすじ:しっかりと準備をして、資料を渡して、内容を理解している雲取様が詳しく説明もしてくれたおかげで、福慈様との話もスムーズに始まりました。福慈様は、竜族の若者(雲取様)が多くの施策について深く理解し、自身の考えを持った事も喜んでますが、アキもそこまでは気が付かなかったようです。
<先ずは、対等と話していただけた事に感謝します。竜族からそう話して貰えると、こちらからすればとても助かります>
理想はそれでも、こちらから言い出せる話ではないので、と補足すると、福慈様は苦笑した。
<我らが力で皆を支配すると言い出すと考えたのかい?>
<勿論、僕は、皆さんがそんな面倒な事を言い出すとは思ってません。それに崇められて、距離を取られて、平伏されていたら、今と変わらないですよね。それって面白くない関係でしょう?>
以前、紅竜さん達相手に、連樹の神官達が頭を擦り付けるように平伏したイメージを伝えてみた。距離もうんと離れてて、竜達は別に害そうと思ったりしてないのに、目一杯怯えられてた。
<……よくわかっているね。仕方ない事とは思うけれど、そんな風に接する者達を見て気を良くするのは少し力をつけて増長した若竜くらいなもの。それもすぐ飽きて、距離を置く、それが普通なんだよ。それに自分の近くにいる者達が悲しんでいたら、怯えていたら、気が滅入る。それに地の種族がするような支配は我らには無理だよ。住む世界が違い過ぎて、何が良いかすら判断に迷うだろうね>
なんて素敵な考え方だろう!
単に奪うだけの簒奪者の様な思考にならず、支配するなら、為政者としてキチンと面倒をみようと言うのだから。しかも、自分達は地の種族の事はよく分からない、そう相手の視点に立って考えてくれている!
弧状列島に棲まう穏やかな心を持つ竜族。その誕生は唯一無二、空前絶後の奇跡だ。
僕は敢えて言葉にせず、竜族に向ける想いを隠さず、心を触れ合わせる。
福慈様は、そのまま静かに僕の気が済むまで待ってくれた。体を擦り寄せて喉を鳴らす猫の背をそっと撫でるように。
その心遣いが嬉しかった。
◇
……ふぅ。
さて、心の触れ合いも堪能したので話に戻ろう。
<僕の考える注意点は三つです。一つは竜族が情報を共有する事。二つ目は意見が割れても最後は全体として落とし所を考えて、集団が割れるのを避ける事。三つ目は欲の暴走を防ぐ事です>
七つの大罪、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰で話そうかとも思ったけど、力は強いけど穏やかで傲慢さは感じられないし、モノを持たないから強欲はなく、人の様に年中発情もしないようだし、限りある資源を食べ尽くさない様に食事も節度ある感じ、共同作業とかしない竜が勤勉に働く姿も想像しにくいから、殆ど該当しないんだよね。死の大地を生むほどの激しい怒り、憤怒だけは該当するけど、それも反省はしてくれてるし。
なのでシンプルに三つ。
<一つ目はわかり易いね。新たな取り組みの詳しい話を聞いた竜と、何も知らない竜では判断も大きく違ってくる。正しい知識がなければ、正しい結論も導けない。二つ目もわかる。竜を害することができるのは竜だ。だから自分達が割れて争うのは避けるのが最上。それに我らには時間があるからね。急いで結論を出して、争ってでも何とかしようなんて話は余程の事だ。ただ、三つ目はもう少し具体的に話してくれないかい?>
竜族は基本、航空戦力思考だから活動範囲が広くて互いの行き来はやろうと思えばかなりの密度でできる。弧状列島の端から端までだって、急げば一日掛からず伝言リレーできる。だから、情報に疎い竜がでない様に注意すればこれは守れると思う。
竜同士が争わない、個人的なレベルで後に引かない程度に競うのはいいけど、殺し合うようなところまでは行かないように抑える、これもいい。今の竜族はそれを基本方針として安定した生活ができている。
で、最後の欲か。
<モノを所有すると言うのは、自身の身体の外側に何か抱えるという事です。お金にせよ、写真にせよ、本にせよ、これ以上はいらないという制限がありません。いざという時に備えて富を蓄積するにしても、何があっても大丈夫なんてレベルまで貯めるのはほぼ無理ですから。モノも置き場所を確保して並べて何個あれば十分、とはなりません。思い出や知識の記録ですから、これも際限がありません。水や食糧の備蓄も重要です。不作でも飢えないように貯めますが、不作が何年続いても耐えられるように可能ならいくらでも備蓄したいところです。もっと、もっと。それが欲です>
身一つで生活が完結している竜族からすれば、地の種族の富を求める姿勢は共感しにくいと思う。持ち物といえば、これまでは寝床となる巣だけ、後は他の竜との関係で決まる縄張りだけが彼らの所有概念だった。
所有イメージが湧くように、お金、モノ、納める蔵や、蔵書を納める本棚、本ばかり集めた図書館というように、人の持つ知識や富、いざという時の為の蓄えについて具体的なイメージをどんどん渡し、福慈様からの質問にもその都度答えた。
形のない欲、栄誉とか名声とか、支配欲とかは話が発散するのでばっさりカット。
そうして、福慈様は一通りの説明を聞き終わると、深く考え始めた。その様は目の前で竜巻が生まれて大気の壁ができているかのよう。強く激しい心に触れていると危ういので、繋がりを少し離して待つ事にした。
五分程待つと、考えが纏まったようで、猛烈な思考が止み、凪の日のように穏やかになってくれた。さっそく、心の触れる深度を戻すと、心の状態に応じて距離感を変えた様を、器用なモノだ、と感心してくれたりして、ちょっとほっこりした気分に。
<アキ、今日は心話はこれで終えるよ。続きは明日、同じ頃にしておくれ。少し皆と話をするからね>
雲取様や雌竜の皆さんからヒアリングするらしい。大判の記念写真とかも見たけれど、そこまで欲しがる感覚がピンとこない、そんな感じだった。
◇
心話を終えて、こちらに意識を戻すと、ケイティさんがミルクティーを用意してくれた。
別邸裏手の真新しい心話用魔法陣。まだ、全体を覆う建物の方は建築途中だけど、魔法陣の方は出来上がったから、今回はこちらを試してみたんだよね。
「お疲れ様でした。首尾は如何でしたか?」
部屋の隅に用意されているテーブルセットに腰掛けて、ちょっと一息。テーブルの上ではトラ吉さんが、外の寒さと無縁な室内に満足そうな顔をしてる。お爺ちゃんもフワリと飛んできた。
「雲取様が予め、関係図を持っていって話をしてくれていたので、割とスムーズに本格的な話に入る事ができました。それに福慈様も心がとても安定していたので、話はやりやすかったです。思考を全力で回し始めたのが竜巻みたいで、少し危なかったですけど、そこは距離を離したので大丈夫でした」
「心話で、竜巻、ですか?」
「福慈様の心はとても大きく強いので、その動きに巻き込まれると、危ないんですよ。軽く動かれるだけでも、深く繋がり過ぎていると振り回される事になりかねないから、いつでも距離を取れるようにしっかりと触れる程度にしておくのが吉です。後は心の変化で、不味いかなーって感じたら、心話が切れない程度に離すといいでしょう」
できるだけイメージし易いように話してみたけど、ケイティさんは腑に落ちないようだ。
「アキ様が解り易く説明して下さっているのは判るのですが、私が知る心話は、そのように物理的な位置関係で語るようなイメージがないのです」
ふむ。もしかして……
「ミア姉が残している心話の記述も、書いてある事はわかるけど、自分の感覚に上手く落とし込めない感じです?」
「……はい」
昔の事を思い返してみると、距離感の調整をやり出したのは中学生になった頃、思春期真っ只中な僕は独り立ちしようと背伸びして、でも思う通りにいかないから苛立ったり、ミア姉から女としての部分を感じると、心が暴れて制御どころじゃなくなったりと、安定して心話できるようになるまで、一年くらい苦労したんだよね。
「互いに心は触れ合わせたい、でも秘密にしたいところもある、そんな綱引きを続けていれば、心話が切れてしまう距離から、互いの気持ちが近くなり過ぎて相手の心に引き摺られてしまう距離まで、何となく分かるようになりますよ」
そう伝えると、ケイティさんはため息をついた。
「アキ様も、考えるのではなく感じろ、やってみろってところがありますね」
んー、そうかな?……そうかも。
「そもそも心話自体、感性のぶつけ合い、相性が悪ければそもそも触れ合わせようとしても反発して離れてしまい、心話が成立せんものじゃからな。儂はアキが今のところ、どの竜族とも心話が成功していること自体が驚きじゃよ」
そんな事を言いながら、お爺ちゃんは別邸の庭先に行こう、と僕を引っ張った。皆が待っているから、と。
あの福慈様との話し合いだもんね。そりゃ、すぐに話を聞きたいところだろう。
ケイティさんも手早く飲み終えたカップを片付けると、自然に場を移すよう促してきた。
「にゃー」
音もなく、テーブルからトラ吉さんが降りると、先に歩き出し、振り返って、後に続くよう催促してきた。
「ん、それじゃ行こう」
第二演習場より、話し合いの場への移動が簡単でいいけど、鬼族の皆が同席する事を考えると、高い天井の部屋が必要な気もしてきた。野外だと、天候が悪いと機会を改めるしかないからね。
◇
庭先では、研究組以外にはセイケン、エリー、政治家枠からは母さんが出席していた。
まぁ、あれだけ事前に検討したんだし、後はなるようにしかならないという達観もあると思う。
「思ったより早かったわね。それに魔力爆発も起きてないし、話し合いは上手くいったのかしら?」
エリーが軽く笑顔でジャブを打ってきた。
「それは酷い誤解だよ。福慈様もあの時以外は魔力爆発なんて起こした事は無かったんだから。それに以前より思考も格段にクリアだったし、相変わらず秘めた熱量は凄いけど、凪の日の湖くらい落ち着いた感じだったよ?」
用意された席に座り、皆の誤解を解こうと、今回の印象を話してみた。
「感知系に長けた術者達が、福慈様のいる方角での魔力嵐のような変化を感知したと話していたけれど、何か思い当たるところはあるかしら?」
母さんが笑顔で、怒らないから正直に話しなさい、と圧力を掛けてくる。
「嵐、ですか。んー、確かに猛烈に思考してて、竜巻みたいな激しさで、心を少し離して様子を見たタイミングはあったけれど、それくらいかな? 元の魔力が高いと大変ですね」
もっと詳しく、と言われたので、植民地の考えや歴史、奴隷制度の違いなどを話した事や、竜族が気をつけるべき三つのポイントを話した事などを皆に話した。……話したんだけど、そもそもの話として、帝国主義や植民地主義、独立運動や経済的な自立など、皆からあれこれ聞かれたから、その説明もする事になって、一時間ほど説明をする羽目に陥った。
「アキ様、粗筋を聞いただけでも一時間程掛かりましたが、福慈様とこれ程の内容を心話で語り合っていたのですか?」
ガイウスさんが半信半疑の様子で聞いてきた。そう言えば、小鬼族の皆さんは僕が心話でどんな交流をしているか、よく知らなかったか。
「心話だと、イメージを直接渡して、言葉にし難い内容でも簡単に交わせるのと、相手の理解や興味なども感じ取れるから、話を進め易いんです。言葉だと話す速度はすぐ頭打ちになるし、あまり早く話されても聞き取るのが大変ですけど、心話ならそう言う縛りはありませんから」
ねーって話したんだけど、同意してくれた人はいなかった。ん、師匠はそうだね、と頷いてはくれたけど。
「アキ、竜族は心話の初心者なんだから、あまり圧倒するような真似はしないように言い含めていた筈だったんだが、そこはどうなんだい?」
あー、それは誤解だ。
「ちゃんと、福慈様の速さに合わせて、一方的にならないように配慮しましたよ? 渡したイメージも不明な点があればちゃんとその場で意見交換して認識を合わせましたし、予め、雲取様が全体像やそれぞれの施策について説明をしてましたからね。共通の認識が多かったから、意識のズレもなく、話し合いはとてもスムーズなものでした」
無理に急いだわけじゃない、と説明した。……したんだけど、師匠は何やら思案顔で、リア姉に耳打ちした。気になるなーと視線を向けたら、リア姉が説明してくれた。
「アキと心話をする雲取様や雌竜の皆の魔力変化と、福慈様のソレにかなりの違いがあるから気になったんだ。何か魔術を併用していたのかもしれない。後で雲取様に聞いてみるよ」
おや。
「竜族は長時間持続するような魔術は不得手だった気がしますけどね。と言うか、元の魔力が強いから、シャーリスさんと同じで、思考するだけで魔術的な効果が出るとか、そんなところな気がしますね」
「思考するだけだと?」
セイケンが驚きの声をあげた。
「魔力に満ちた妖精界では、女王陛下ほどの力を持つと、単なる発言ですら魔術的な効果を発揮するんじゃよ。福慈様も、成竜の何倍も強い。似たような話はあってもおかしくはないじゃろ」
お爺ちゃんが補足してくれた。いいんだか、悪いんだか。それほど、世界への影響が大きくなると、生き辛そうだ。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
雑に割る事の弊害について、地球の事例を踏まえてあれこれ話しましたが、おかげで、福慈様も満足の内容となりました。福慈様が若竜達へのヒアリングをするので、次回はその結果や、アキが話した内容についての意見交換です。その次はやっと、次元門構築の為の研究スタートです。長かったですね。
次回の投稿は、十月十一日(日)二十一時五分です。