11-8.未来を想像する技能(後編)
前話のあらすじ:力量に余裕がある種族ほど、相手の分析が甘い傾向があるようで、街エルフの徹底ぶりに居心地が悪そうでした。でも街エルフの相手は竜族だったのだから、ほんの僅かな情報も逃さぬ周到さがなければ、そもそも対立し続けるなんて無理だった訳で、同じ域に達してなくても仕方ない気はします。(アキ視点)
雌竜の皆さんが抜けただけで、後のメンバーは変わらない。なので、新たに「変化の術」と書いて、話を進める事にした。
<「変化の術」だが、単純な異種族化では足りない。鬼族に対する大鬼や鬼人、竜族に対する竜人の様に、それまでには無い新たな種族を生み出す技が必要だ>
確かに。
「技術的な問題はクリアしたと仮定しても、鬼人の能力や外見をどうするか考えるだけでも、結構揉めそうですよね」
「外見は鬼と人の中間、魔力は魔術と武術の併用ができる事は前提としたいところだ」
セイケンならまぁ、それができてこそ鬼族と思うだろうね。……と思ったらトウセイさんも同意見らしい。
「トウセイさんも同意見ですか?」
「森エルフの弓術、ドワーフの加工の技、街エルフの人形、小鬼の軽技、それらと同様、鬼族を鬼族たらしめる技だから、私もそのレベルは必要と思う」
それと、武術と魔術の併用は私の様な研究者でも使えるよ、と教えてくれた。街エルフが全員、人形遣いなのと同じ、と。得手、不得手はあっても誰でも使える、培ってきた技なら、それは確かに鬼人とて使いたいだろう。
ふむふむ。
「なら、今の鬼族ほどでは無いにせよ、人族よりはずっと多い魔力を必要としそうだね。それだと鬼人と言っても養える数は増えないんじゃ無いかい?」
師匠の疑問はその通りだと思う。
「魔力を秘めた宝珠を併用すればどうだろう? 鬼人自身は武術と魔術を併用する技量があれば、魔力は必要に応じて宝珠から引き出せばいい」
リア姉が魔導具をよく使う街エルフらしい意見を出してくれた。
難度的にはどうなんだろう? ケイティさんに意見を求めてみた。
「探索者は活動期間を伸ばす為に、自身の魔力量を補填する宝珠を持ち、状況に応じて使い分けます。その技を応用すれば、可能かもしれません」
成る程。すぐ使えて自然回復する自前の魔力と、引き出す一手間が必要で蓄積し直すのも時間がかかる宝珠の魔力、どちらを先に使うかは確かに時と場合によって違ってきそう。
そんな風に考えていたら、セイケン、エリー、それにガイウスさんが異質なモノを見るような目を向けていた。
「どうしました?」
「当たり前のように魔導具を使う話をしているけど、普通はそうそう配れるモノじゃないのよ。今の話だと、鬼人全員に宝珠を配る必要があるわよね。現実的な話じゃないわ」
エリーが丁寧に説明してくれた。そういうモノか。ケイティさんの意見も聞いてみよう。
「探索者は選りすぐりの精鋭で人数が少ない為、その装備も量産可能な品の中では、望みうる最高品質のモノが支給されます。また、一般兵士と違い、専門家集団ですから、装備品のカスタマイズも許可されています」
まぁ、特殊部隊って感じだし、それくらいはあるだろうね。
「ロングヒルの魔導甲冑みたいなモノでしょうか。その辺りは街エルフの人形遣いの例にもあるように、量産技術が高まれば全員への配布も達成できるでしょう」
そう話したけど、ヤスケさん、リア姉、ケイティさん、つまり街エルフとその関係者は納得してるけど、お爺ちゃんと雲取様はそんなモノかな、と少し実感が薄くて、それ以外のメンバーは絵空事のように感じてるっぽい。
むむむ、これは良くない。特に小鬼族研究者達は、前回の三大勢力が集まった際の話し合いにも参加してないから、技術の発展速度について話しておこう。
「少し横道に逸れますが、技術革新と量産化について、地球の話をしましょうか。初めは高価で数も揃わない代物が、時代を経て、誰もが当たり前に使う事例なら、いくらでもあるから、それらを聞いて慣れましょう」
火薬が無い時代の歩兵は鎧を着て、盾を構え、剣を持って戦った。遠距離武器は投石器や、投槍、弓矢といったところ。一部は馬を移動に使っていたけれど、基本は徒歩だったと言う事で、そこがスタート地点。
ベリルさんに時系列に沿って、変化を起こすタイミングがわかるように、スタート地点の室町時代の頃から、現代までの線表を描いて貰った。やっぱりただ話すより、わかりやすいからね。
さて。
銃が発明されると、技術革新によって先込め単発式の銃は、元込め連発式で旋条を刻まれた銃へと能力が飛躍的に高まって、持ち運べる擲弾発射器や、装甲車も撃ち抜ける対物狙撃銃なんて物も開発された。そして分隊支援用として連射して面制圧するのに使う軽機関銃も持ち歩くようになり、少数でも上手く立ち回れば大勢を相手に戦える様になった。
また、部隊単位ではあるけれど、部隊同士で情報を伝え合える無線通信機も開発されて、何万、何十万という単位の兵達が司令官の指示に従って、迅速に連携して動けるようになった。
武器の射程が伸びた事で、戦場も広くなり、移動力を補う為に、歩兵達を運ぶ装甲車が開発されて、必要な地点に戦力を集中し易くなった。
また、夜間の視力を確保する暗視装置も開発されて、闇を見通せる装備を持つ側は好んで夜戦を仕掛けるようになった。
そして現代。先進国限定ではあるけれど、誰もが暗視装置を装備し、小銃弾であれば致命傷を防げる防弾衣を身に付けて、各人が映像や音声を共有できるデバイスを装着して、自分の位置や周囲の地図、時刻など様々な情報をいつでも確認できるようになった。掌サイズの偵察機を使う事で安全に周囲を偵察して、歩兵の手に余る敵の位置や情報を示す事で、味方部隊にピンポイントで支援攻撃をして貰う事も可能になった。
兵士が持ち運べる対戦車ミサイルや、対空ミサイルも開発され、兵士が航空戦力や機甲戦力に一方的に蹂躙される存在ではなくなった。
……なんて感じにスタート地点、室町時代あたり、銃のない時代から現代に至るまでの歩兵の装備や戦力の移り変わりを、時間軸も合わせて説明してみたんだけど、五百年に満たない期間に新しい装備が開発されて洗練されて量産される流れが繰り返されて、しかもそのペースが近年になる程、加速していく様に皆が唖然としていた。
「今の宝珠は、地球なら、初期の歩兵が装備できる通信機みたいなものでしょうか。部隊に一つ配備できるかどうかという意味で。第一次世界大戦の時点では司令部単位で固定配備していた無線機器が、二十年後の第二次世界大戦時には部隊単位で持ち運べるようになり、それから六十年程度で、兵士が各人で身に付けて使えるようになりました。他の装備も同様ですが、近年の進化は著しいものがあり、現在位置を誰でも正確にいつでも把握できる測位システムの導入前後ではもはや別モノと言えるでしょう。普通の歩兵達と、街エルフの人形遣いの差くらいでしょうか。人形遣いの技が数万、数十万人規模でも円滑に一体運用できるとイメージしたら、だいたい合ってるかと」
惑星規模位置測位システム(GPS)と明言すると、人工衛星の話をしなくてはならなくなり、街エルフの機密に触れる可能性が出てくるから、少しボカした言い回しで説明した。
……したんだけど、なんか反応が薄い。もう少し、こちらに合わせて説明するかと考えたところで、セイケンに止められた。
「話が理解できてない訳ではない。ただ、銃が開発されてから洗練され普及していくまでの期間に比べて、直近の二十年は変化が余りにも早く、心が追い付いていないのだ。……そこまで技術は早く進歩するモノなのか?」
確かに、福慈様も棍棒を振り回していた人類が飛行機を普段使いするようになる事に驚いてたね。
「そこは、情報伝達速度の大幅な改善と、全員で情報共有できる仕組みができた事が大きいでしょう。無線がない時代には、海を渡って情報を伝えるのに何ヶ月もかかりましたが、今では星の裏側でも数秒あれば届きます。また、インターネットがない時代には情報は書物の形で伝わっており、意見交換するにも何処かに集まる必要がありました。それが今なら、仮想会議室に集まればいつでも意見交換できるし、資料も数秒でやり取りできます。速度改善が数万倍、情報共有の速さも数万倍、情報共有の範囲も数万倍となれば、それらの相乗効果で、より早く膨大な失敗事例を積み上げて、僅かな成功事例に辿り着けるようになるのは自明の理でしょう」
話が脇道に逸れたので、膨大な情報を短時間で扱うようになるので、計算に特化した機械であるコンピュータが無数に無ければ、惑星規模で濃密な情報通信網を構築する事はできないから、こちらでの技術革新はもう少し穏やかなものになるだろう、と話した。
<宝珠で補う案も選択肢としては残すべきだろうが、我らが竜人となる話への応用は難しそうだな>
雲取様も、宝珠を使う案は乗り気ではないみたい。
「雲取様も、竜人なら、竜眼が使えて、魔術が瞬間発動できて、意思を込めれば素手で鉄の盾を引き千切るくらいはできないと嫌ですか?」
<それを言い出すと、羽がなくて飛べない事も諦めたくない、いざとなれば竜の吐息くらい吹きたい、などと果てが無くなる。それは理解しているのだ。こうして小型召喚されて同席できているのも、召喚主のアキやリアが膨大な魔力を供給し続けているからだ。竜人に似た事を求めては意味が無くなるのだから>
うん、そうだよね。
「それじゃが、竜族の場合なら、元の体格が大きい分、魔力の位階は下げず、量だけ少なくした人族サイズにするだけでも、魔力は大幅に軽減できると思うんじゃがどうじゃろう? 雲取様がアキのような背丈になれば、それだけで魔力は数百分の一に減らせるじゃろう? 位階は落とさぬから魔術も瞬間発動できる道理じゃよ」
そう、お爺ちゃんが話すと、トウセイさんもそれは名案と頷いた。
「鬼族も魔術と武術の併用は子供でもある程度はできる。そして体格を小さくするだけで必要な魔力量も減るのは間違いない。私の大鬼の場合と同じだ。体格は大きいだけで余計に魔力を必要としてしまうのだから」
「その話なら、鬼族より竜族の方が小型化のメリットが多い分、竜人化を先に導入できそうだねぇ。もっとも、それだと弧状列島に棲まう竜族の頭数は竜人化で大きく増やせるだろうけど、海を渡って遠い土地まで出掛けるのには向かない。その辺りはどうなんだい?」
師匠が答えはわかってるよ、と意地の悪い笑みを浮かべながら、雲取様に問いかけた。
<ソフィアの言う事もわかる。世界は広く、まだ見ぬ土地は広大だ。行けるモノなら行ってみたい、そう思う竜族は多いだろう。世界の広さと比べれば、弧状列島から出れぬと言うのは窮屈だ>
意見が色々出てきたので、ベリルさんに纏めて書いて貰った。魔力が低いほど遠出ができる、でもある程度の魔力がないと鬼族や竜族の技は使えない。二律背反、悩ましい話だ。
<それとな、やはり、竜人の体を作る際にやり直しが効かないのが悩ましい。魔力の適切な保有量を決めるだけでも、かなり揉める事だろう。それに竜人の能力の個体差がどの程度出るのか、或いは一定の範囲で抑えられるのかに寄っても話は変わってくるな>
ふむふむ、考えてるね。
お、ガイウスさんが手を挙げた。
「幸い、召喚術の改良が著しいようですから、異種族化から試してみれば良いのではないでしょうか? 小型召喚でも毎日のように感覚の調整をしているので、同様に進める事で落とし所も見えてくるかと」
素晴らしい!
「ある程度わかった時点で、先ずは試してみる。とても良い提案と思います。福慈様にも、変化の術の擬似体験者を様々な層で試して貰い、その経験を基に具体的な経験をしていく、と話をすれば、納得して貰えるでしょう。リスクなく試せるのですから、ここは踏み出しましょう」
僕の意見に師匠も頷いた。
「今いる他の種族そのままではなく、新たな種族としての鬼人や竜人を生み出すというんだから、異種族化のサンプルが色々欲しいね。取り敢えず、ここにいる種族を一通り、試してみるところから始めてみればいいんじゃないかい? どうせ、いない種族の分は試しようがないんだ。なら、全パターンを試したいね。……連樹も試すかね?」
なんか、師匠、意地の悪い顔をしてる。
「動物から植物はかなりハードル高そうですよね。そこは連樹の神様に色々聞いて、理解が深まってからで良いかと」
<そうだな。我も樹木の生き方は想像がつかん。それに今いる種族を我らで一通り試すだけでも、かなりの期間は必要だろう。できれば、種族はそのままで魔力量を増やしたらどうなるかも試したい>
「それは、鬼族だけど保有する魔力の位階は竜族並みとか?」
<うむ。我らには人族のように収束、圧縮する技も、鬼族のように活性化させる技もない。慣れ親しんだ使い方ができれば、普段との違いの比較もできよう>
ふむふむ。
「魔力量が低くても召喚に耐えられるように、改良を進めて、鬼族も異種族化召喚で色々試せるようにしたいですね。雲取様も話していたように、変化後の体を作り出したら途中変更するのは難しそうですから」
<変化の術自体は、まだ改良の余地はあるだろう。変化後の種族の検討と並行して、変化の術への理解ももっと深めたい>
その言葉にトウセイさんも力強く頷き、セイケンもまた、トウセイの一族も研究する体制を作れば、多方面からの理解も深まる筈と話した。
その後も、どうせ試せるならアレをやりたい、コレをやりたいと、意見が飛び交い、今後への期待が大きく高まる事となった。
それは、それだけ変化の術の事も、それに付随する様々な事も理解がまるで足りないと認識する事にもなったけれど、いきなり変化の術を導入せず、あれこれ試そうという方向で福慈様には話ができるから、雲取様も安堵したようだった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
「変化の術」についても様々な意見が出ましたね。召喚術を改良して異種族化を試してノウハウを蓄積していけば、変化後の新たな種族である竜人、鬼人も安定してくれそうです。先は長い話ですけどね。でも、やり直しが効く間に色々試せるというのは朗報でしょう。次回からは準備も整ったので、福慈様との久しぶりの対話です。
次回の投稿は、十月四日(日)二十一時五分です。




