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11-5.リスク管理

前話のあらすじ:小鬼族達のマコト文書の学習も終わって、やっと福慈様に、竜族が関係してくる施策に関する説明をするための検討会が始まりました。ヤスケさんが教師役としてしっかり高レベルの検討を行うよう、皆の意識を引き上げてくれました。充実した時間だったけど疲れました。(アキ視点)

そんな感じで、これ程の密度となれば一日では終わらないから、何日もかけて皆が報告していくことになった。


研究組が推進している各種術式の開発、改良は賢者さんや師匠がいるから、やるべき事がハッキリしているし、作業分担もキチンと行われているから全体の見通しが良く、残作業も何があるか参加者全員が理解していた。


それに比べると、雌竜さん達が個別に担当している作業は、中学生の夏休みの自由研究といった感じ、興味のある方向に注力し過ぎ、メモもないから情報整理が不十分、覚えている方だし、基礎能力が高いから、一般レベルよりは高い結果も出ているけど、それでも研究組のような超一流と比べれば差は歴然だった。


福慈様に話す為の検討会も、各自が行なっている作業について一通りの報告と検討がやっと終わった。


雌竜の皆さんは露骨に安堵の表情を浮かべて、終わった感を出してるけど、それは甘い。その証拠に雲取様に視線を向けると、僕と同じ認識のようだった。


「皆さん、連日の検討、お疲れ様でした。やはりざっとは把握していたものの、詳しく聞いてみると、まだ取り組みは始まったばかりであり、課題はとても多い事もわかりましたね」


その通りと、皆も頷いてくれた。なので、三割増の笑顔で、発破をかける事にした。


「ただ、福慈様が知りたいのは過程ではなく結果です。ですから、これからは、それぞれの取り組みが色々あっても実現できた、後は竜族や他の種族に導入していくだけ、という段階まで来たと仮定し、導入する順番や、それぞれが互いに与える影響、注意事項の洗い出しをしていきましょう。残り半分です」


僕の言葉を聞いて、雌竜達と小鬼族達が露骨に狼狽えた。雲取様を含めて他の方々は少し疲れた顔をしながらも同意してくれたんだけど。雌竜さん達を代表して紅竜さんが発言を求めてきた。


「紅竜さん、何かありました?」


<――私達はペアで担当している。だから、情報共有をする時間が欲しい>


ふむ、それは確かに必要かな。あと、指摘はしないけど、思念波から、少し時間を稼ぎたいって思いが伝わってきた。あ、ん、違うかな、思念が漏れたんじゃなく、発言とは別に、僕にフォローするよう求めたってとこか。


「そうですね。小鬼族の皆さんもそうですか?」


「そうして頂けるとありがたい。今話しているレベルの話は専門の研究者達が考える事がなかった。我々の理解レベルを揃えるためにも時間を頂きたい」


成る程。雲取様に目線を向けてみたけど、頷いてくれた。


「それでは、雌竜の皆さんはペア同士で小型召喚して、話を記録する魔導人形さんの支援を受ける方向で、小鬼族の皆さんも疑問点などあれば支援を受ける形で。具体的なスケジューリングの調整はケイティさん、いいですか?」


「それでは、竜族の皆様、事前に口頭で認識合わせはしていただくものとして、こちらで資料を見つつ意識合わせをするのに必要な時間の申告をお願いします。また、第二演習場の利用ですが――」


ケイティさんが後を継いで、具体的な調整に入ってくれた。


ふぅ。


席に戻って、レモン風味の炭酸飲料を飲んでちょっと一息。


フワリとお爺ちゃんが飛んで来た。


「何日かは待ちじゃろうが、アキは休んでる暇はないのぉ」


「……なんだっけ?」


「ほれ、春先に代表達がやってくるのに合わせて、簡潔で分かりやすい説明資料を用意するんじゃったろう?」


「あー、そう言えばそれもあったね。ベリルさん、日程調整宜しくです」


「調整しておきマス」


なんだか、本来やりたいことに行く前に、寄り道ばっかりだ。





次の日、気が緩んだせいか、いつもより起きるのが遅くなってしまった。一時間くらい寝坊しちゃったみたいだ。


「おはようございます、アキ様」


ケイティさんはいつもより念入りに僕の事を診察すると、師匠の話していた通りだった、と告げた。


「どういう事です? それに今日の予定は!?」


ケイティさんは、疲れが少し溜まっているので、休んだ方が良い事、それと取り出して見せてくれた三日分の予定表はなぜか全て空欄になっていた。


「えっと……どういう事でしょう?」


寝過ごしたくらいだから、疲れが回復しきれてないのは納得できる。ただ、それで三日も休みにする程かというと、そこまでではないとも思う。


「ソフィア様が「根を詰め過ぎて疲れちまった。年寄りが無理するもんじゃないねぇ」と話されまして。「意思で無理が効く竜族や妖精族のペースに付き合ってたら体がいくつあっても足りない、少し休ませて貰うよ」と皆の合意を得て、全員、三日間の休暇を取る事になりました」


なんとも師匠らしい。でも、それ程、キツそうにも見えなかったんだけど。


「無理をしてたんでしょうか?」


「ソフィア様は、リスク管理だ、と話されてました。本来の研究は長丁場、マラソンみたいなモノであって、肩慣らしの取り組みで、全力疾走するようなやり方では駄目だ、と」


私もこれ程、集中して検討し続けたのは久しぶりで疲れました、とケイティさんは苦笑した。


確かに。


長老のヤスケさんが示した基準でしっかり議論しようと頑張ったけど、流石に何日も続けたのは無茶だったかも。


「ヤスケ様も、打てば響く明晰な者達が集っていた事もあって、ペースを間違えたと話されてました。街エルフの流儀らしく、何年でも心身がベストな状態で続けられる範囲での全力に抑えなくてはならない、その為にも小鬼族への理解も深めたいと」


「街エルフの流儀は聞いた事がありますけど、それの小鬼族バージョンはまだ不十分ってことでしょうか?」


「そうですね。街エルフも戦う相手としての小鬼族についてはそれなりに理解していますが、人類連合に属する種族に比べると長期的な視点での理解は十分とは言えません。魔力が高いほど意思で無理を通せると考えると、魔力量の少ない小鬼族は、人族より無理が利かないかもしれません」


小さな体格だから、短時間素早く動くのは得意でも、疲れやすかったり、子供みたいに回復が早かったりするかもしれない。


「その辺り、ガイウスさんは何か話されてました?」


「ある程度決めたら、後は走りながら考えるのが小鬼族の流儀なので、戸惑いはあると。ただ、共感できずとも理解はできる、我々もそうありたいと思っている、そう話されてました」


事前に全てを詰めるのは無理だし、効率も悪いから大筋を決めたらまずやってみる、それも一つのやり方だろうね。失敗は増えるだろうけど、それを許容できるならやってみたほうが得られるものは多いだろうから。


「でも、いきなり三日も休みが貰えても、何をすればいいか困りますね」


「ソフィア様からは、今回の検討作業絡みの事は一切禁止、心話もなし、ただし、鈍らないように体は動かせ、と話されてました」


ぐぅ。


催促をするようにお腹が鳴った。ケイティさんがクスリと笑った。


「それではまず昼食としましょう」


ケイティさんに促されて、とにかく着替えて動く事にした。……それにしても変な感じ。仕事中毒の大人みたいな事を自分が言い出すなんて、全くの予想外だ。





昼食の席は家族が全員揃っていた。皆さん、お疲れのご様子。特に父さんとリア姉がパッと見たレベルで駄目っぽい。


「僕も人の事を言えないけど、皆さんお疲れな感じですね」


そう話すと、リア姉は深く溜息をついた。


「あんなにずっと集中を強いられれば疲れもするさ。アキはどうなんだい?」


「僕も同じ。何日か間が空くと思ったら、緊張の糸が切れたみたい」


ケイティさんが診断結果を話すと、父さんと母さんが、優しく笑ってくれた。


「アキは少し心の負担を軽くしよう。今、必要なのは薬じゃなく、のんびり心を休める事だ」


「そうね。アキも最後の方では、強引に心を奮い立たせる感じで、ベストからは程遠く見えたから、一旦休んで正解よ。長年、弟子達を導いてきただけの事はあるわ」


母さんも師匠の指導力は一目置いてるんだね。ちょっと嬉しい。


アイリーンさんが配膳してくれた昼食、メインはトマトソースの彩り鮮やかな冬野菜の野菜の煮込み料理(ラタトゥイユ)、副菜は寒ブリのカルパッチョとセロリの浅漬け、それに焼きたてのバゲットだった。


「お野菜たっぷり、それに焼き立てのバゲットに合いますね。つい食べ過ぎちゃうかも」


「アイリーン、追加で肉か魚はあるかな? 食欲が戻ってきたから、もう少し食べたい」


「それでは、サーモンのステーキをお出ししまショウ」


父さんとリア姉が追加を頼み、シンプルに塩胡椒で味付けしたサーモンステーキを笑顔で平らげた。


「二人ともよく食べるわね。それで、アキはどう過ごすかもう決めたのかしら?」


母さんはワインを飲んでゆったりしながら話を振ってきた。


「うーん、それが突然だったからすぐ思いつかなくて」


そう答えると、お爺ちゃんがフワリと飛んできた。


「それなら、屋根の上でベリルが太陽の黒点観測をしていたから、見学でもせんか?」


「いいね。じゃ、そうしよう」


「厚着はしていくのよ」


「はーい」


別邸の屋上まで登るのは初めてだ。どんな感じなんだろう?





屋上まで登ってみると、勾配のキツい屋根の上に、一人通れる程度の幅で三メートルほどのスペースが用意されていた。どちらかというと、展望台というよりは屋根の雪下ろしをする為の作業スペースといった感じかな。手摺りは付いてるけど、屋根に下りる為の扉も付いてるくらいだから。


隅では、ベリルさんが、赤道儀をセットした屈折式望遠鏡で、太陽投影板にクリップで紙を留めて、そこに映った太陽の黒点をスケッチしていた、というかスケッチは終わり、前回は見かけなかった測定用の魔導具を使って、何やらノートを見ながら設定している。


何してるのかなーっと、お爺ちゃんを見たけど、分からないとジェスチャーを返された。


暫く見ていると、作業の区切りが良くなったようで、ベリルさんは手を止めてくれた。


「以前見た事がない魔導具ですけど、何をしているんですか?」


「コレは、写したい目標を中心に捉えて起動すると、対象を常に中心に捉えてくれる方向調整の魔導具デス。試作品の評価を兼ねてマス。今晩は空気が澄んでいるので星雲を撮影しようと機材の調整、設定をしていたのデス」


そう話すベリルさんも、とても嬉しそうだ。


「星雲とな? 名前からして星の世界にある雲なんじゃろうか?」


「うん、そうなんだよね。どれだけ望遠鏡の倍率を上げても点にしか見えない星の世界、そんな遥か彼方に浮かぶ雲のような存在、それが星雲なんだ。雲と言うけど、実は星よりずっとずっと大きくて――」


「アキ、待て、待ってくれ。ベリル、済まないがなぜ、その魔導具が必要なのかだけ教えてくれんか?」


お爺ちゃんが断腸の思いって感じで、話を遮った。残念。


「星雲は自ら輝く恒星に比べると暗く、撮影をする際、長時間露光が必要デス。また、星雲の動きに合わせて望遠鏡の向きも追尾しなくてはなりまセン」


カメラの原理という事で、撮影には光が必要、対象が暗いと光を集めるのに時間がかかる、光を集めている間に対象の位置がズレると、像の鮮明さが失われる、とざっくり説明した。


あと、カメラを手で持つと手振れが避けられないし、少しずつ正確に追尾もできないから、赤道儀が欠かせないとも。


「何とも手間のかかる話じゃのぉ。そこまでして雲を写したいというのが、いまいちわからん」


んー、そこは理屈じゃないからね。


「ベリルさん、銀河とか星雲の写真が載ってる本とか持ってません?」


評価を兼ねるなら、既知の星雲だろうし、撮影された資料もあると思うんだ。


ベリルさんは傍に置いてあった空間鞄から一冊の本を取り出して、付箋紙の貼ってあったページを開いて見せてくれた。


蝶が羽を広げたような星雲で中心部分は複数の星が輝いてるおかげで白く輝き、星雲自体も照らされて赤く、その姿が浮かび上がってる感じだ。


お爺ちゃんは、写真を食い入るようにみて、雲と言っても、空に浮かぶ雲とのスケールの違いに衝撃を受けていた。


「何と美しい……この光の粒はそれぞれが星の輝きなんじゃろう? これだと月のように大きいようじゃが、それ程大きければ、望遠鏡なしでも見えたりせんじゃろうか?」


「月と違って暗いから、新月で空気が澄んでる冬だとしても、ぼんやりと霞んで見える程度じゃないかな。望遠鏡は人の目よりずっと大きい分、沢山の光を集められるけど、そんな望遠鏡でも長時間露光しないと綺麗には写らないんだよね。でも、苦労するだけの価値はあるでしょう?」


「それはそうじゃ。しかし、望遠鏡があって、写真撮影の技があって初めて見える姿とは、凄い話じゃ。妖精界でも望遠鏡を作って星空を眺めてみたいのぉ」


それからも暫く、月の拡大写真を見せてくれたりして、星空の観測談義を楽しくする事ができた。因みに月だけど、謎の都市があるとか、そんな様子もなく、地球(あちら)で見たのと同じ、荒涼とした地形だった。





その後は、屋上から見えてて気になっていたんだけど、別邸の裏で増築中の建物や、掘り起こした木々の根を丁寧に布で包んで移植する為の準備をしているのが見えたので、お邪魔にならない程度に見学をすることにした。


普段、あまり接点がない農民人形の皆さんだけど、お揃いの庭師の装いで、黙々と造園作業をしている。


「何やら丁寧に根を包んでおるのぉ」


「移植する際に根が傷付くと、木が弱るからね。それと落葉樹は葉を落とした後は休眠状態になって、根が活動を止めるから、冬季なら木々へのダメージも抑えられるらしいよ」


僕がそう話すと、一人が苦笑しながらも手を止めた。


「アキ様の言われた通りデスガ、こいつらも急に決まった増築で移植される事になって驚いてまシタ。森エルフの皆さんに協力して貰って、それぞれの好みな移植先を決める事ができたノデ、今は落ち着いてくれてマス」


などと教えてくれた。というか、森エルフ!?


「もしかして、森エルフの精霊使いが、樹木の精霊と話をつけてくれたとか?」


「その通りで、実体化するほどの強い精霊ではありませんが、どの木にも精霊は宿ってイテ、精霊使いは軽い意思疎通なら簡単にできるそうデス。実際、彼らの支援を受けてから、移植作業も格段に捗りまシタ。それに移植先でも木々が安定するのが早くて驚きまシタ」


おー、それは見事。


建設中の建物を見ると、柱とかが、わざわざ天然の曲がりを活かしてて、作りがとても面白い。


「森エルフの建て方は、小鬼族とはまた随分違うんじゃな。建物と言うが、あちらは同じ形の部品を用意して手早く組み立てておったが、こちらは違う形の木をパズルのように組み合わせとる。しかも組み合わせが自然じゃ」


お爺ちゃんが感心しながら眺めていると、森エルフの職人さんが嬉しそうに目を細めた。


見ればわかる、わからないならそれでもいい、そんな雰囲気だけど、かなりの拘りと熟練の技なんだろうね。


他にも、石組みを加工して魔法陣を作ってるドワーフさん達がいたりと、見応え十分だった。というか、一体、何人の人達が働いてるんだろう? 表面がツルツルしてる磁器のような赤瓦が沢山積まれていたりして、増築部分は別邸とは屋根の色合いがかなり変わりそうだったりと、様々な種族が関係してる感じだ。


普段、目にしないところを色々と知る事ができて有意義だった。僕の活動が大勢に支えられているというのは理解してるつもりだったけど、具体的に見ると印象に残るから、実感が段違いで、とても良かった。


いつも完成した場やモノばかりみてると、大変さに対する認識が薄れるから、気をつけよう。感謝の気持ちを忘れないためにも。

ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。

いくら有意義な検討会でも、最高レベルの集中と思考を続けていたら、疲れもたまるというものですよね。それが興味を引く内容であればあるほど、意思で不調をカバーできるけど、終わった時の反動も大きいもので。

そんなわけで、今回は検討会参加メンバーは全員、休憩となりました。アキは完全オフを指示されてますが、雌竜達はこの期間に参加してないメンバーとの情報共有をするし、小鬼達もまたメンバー間での認識ズレの補習をするといったように、全員が完全オフって訳ではありません。研究者達を支える文官達もまた、高密度な検討結果の整理や関連資料作りがあってそこそこ働く感じです。

それでも、この三日間だけでも、新たなインプットがないだけ、かなり楽になったことでしょう。

次回の投稿は、九月二十三日(水)二十一時五分です。

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