11-1.初めての共同作業(前編)
前話のあらすじ:十章では最後の小鬼研究者の皆さんもやってきて、召喚術関連もいろいろと進展がありました。妖精さん達が沢山やってくるようになりましたけど、竜族の皆さんも小型召喚できるようになって、交流のハードルも随分下がっていい感じです。(アキ視点)
という訳で、第十一章スタートです。今後も週二回ペースの更新していきますので、のんびりお付き合いください。
竜族との顔合わせも終わり、やっと、現時点で望みうるメンバーが全員揃った状態での研究が始まる事になった。
なったんだけど。
情報漏洩を防ぐ為、最高位の制約術式を受け入れるという話は思いの外、あっさりと受け入れられて、人族、鬼族、小鬼族の各メンバーは全員が制約がキチンと働く事まで確認した。
また、妖精族と竜族は、召喚術式に制約術式を追加する事になり、やはりこれも召喚術式自体は念入りに確認されたものの、やはり制約が働く状態になった。
どちらも本当の意味で漏洩防止というよりは、うっかりミスで話してしまう事を防ぐ意味合いが大きいそうだ。
そもそも妖精族、竜族の本体への制約なんてかけようがないから仕方ない。
僕とリア姉は、保険会社の規約みたいに色々と注意事項の書かれた書類を熟読させられて、理解力を試す試験まで受けさせられたけど、二人ともなんとか合格できた。
だけど、すぐに次元門構築の為の研究をする案は、師匠の提案で一旦、保留される事になった。
「これだけの人数だ。互いの事もよく分からないのに、いきなり本格的な研究を始めようとしても、それは無理ってもんさ。お誂え向きに、福慈様に対して、竜族が絡んでくる様々な試みについて納得がいくまで説明をするという話がやってきたからね。こいつに皆で対処していく中で、互いの理解を深めようじゃないか」
成る程。確かに、全部で二十人近くて、互いの力量も性格もわからないんじゃ、上手く共同作業するのも難しいね。
◇
竜族の皆さんを交えての話し合いをいきなりやると厳しいから、お浚いという事で、先ずは竜族に対する取り組みを列挙して、今回から参加の小鬼の研究者さん達との意識合わせから始めたんだけど、ホワイトボードに列挙された項目の量と内容の濃さに衝撃を受けた感じだった。
「……これらが全て研究対象と!?」
ガイウスさんは何とかそう切り出した。
「皆さん、得意、不得意はあると思います。ただ、研究では異なる分野の取り組み、考え方が思わぬ突破口への糸口を与えてくれる事もあるので、概要と進み具合程度は押さえておいた方が良いでしょう」
反応からすると、三大勢力間の交流事業や、竜族との緩やかな情報提携の話あたりが、魔術、魔導具開発とは遠いので、気が乗らない感じっぽい。
「特に竜族の思考理解は重要なので、技術面だけでなく、彼らの考え方、生き方への影響も忘れないようお願いします。食事もそうですが、彼らは大きく数も多いので、単純な物欲を刺激するような策は供給が追い付かず、すぐ破綻します。まだ彼らは道具を使う事が殆どないので、対価として得られるのは行動、サービスに限られる事も考慮すべきです」
「竜族の理解は重要と認識しているが、そこまで我々も理解せねばならないのだろうか?」
ふむ、ガイウスさんは理解してるけど、敢えて若手に聞かせる為の質問っぽいね。
「勿論です。彼らが道具を使ってこなかったという事は、彼らに何かお願いするなら、こちらから出せる品も、お金では意味がありません。少量でも満足できる飲食物や新しい遊びの提案といったように、彼らの退屈で刺激を求める心にマッチしたものでないと。しかも、必要以上に彼らが戦闘的になったり、険悪になったりするようなモノは避けるべきです。腹いせに竜の吐息で街を消されたりしたくはないでしょう?」
彼らは圧倒的な力を保有していて、竜を抑えられるのは竜だけという事を忘れてはいけない、とも補足した。
若い小鬼の研究者が手を挙げたので、話すよう促してみた。
「現在、取り組んでいる施策はいずれも効果が大きく、竜族の隅々まで行き渡るまでにはかなりの年月が必要と思える。更なる取り組みは不要ではありませんか?」
ふむ、まぁ、確かにその意見も一理ある。
「それでも悪くはないんですけど、我々が親しく共にある隣人としてアピールするには、かなり足りないと思うんです。私達は街を作り集団で生活する、それも取り巻く環境の違いもあって、同じ種族と言っても、風習、習慣にも違いが出てくるでしょう? 竜族が同じものが沢山なら、少し減らしてもいいだろう、なんて考えても不思議じゃない。だからこそ、同じように見えても違いがあって、簡単に消していいモノじゃない、と竜族達が当たり前のように考えるところまでは持って行きたいんです」
悪い奴を見かけたから街ごと吹き飛ばす、なんて大味な真似をされたら堪りませんから、と話すと、若者は理解し難い何かをみるような怖れの表情を一瞬浮かべた。
すぐに取り繕った顔に戻したけど、若いなー。
反応が初々しいから、もう少し話をしようかと興が乗ってきたところで、師匠から、待ったがかかった。
「アキ、そのくらいにしておくんだよ。ガイウス殿、ユリウス帝から、アキの事を聞いていないかい? この子の話す事柄の危険性辺りなんだがね」
師匠の問い掛けに、ガイウスさんは少し躊躇する振りを見せてから応えてくれた。
「街エルフの長老曰く、アキの言葉は甘美な猛毒らしい、名医が慎重に処方して初めて薬になる、と聞きました」
師匠が僕を見てニヤリと意地悪く笑った。
言いたい事はわかりますけどね。ユリウス様、自分の見解を上手く隠したなー、とか。
「分かっていて何よりだ。なら、私が一、二週間、小鬼族メンバーはマコト文書の知識について学んで免疫を付けるよう提案しても、不満はないね?」
えー。
「師匠、せっかくメンバーが揃ったのに、次元門構築研究が更に先送りになっちゃうじゃないですか!」
時間が勿体無い、と話すと、僕の頭をポンポンと叩きながら、諭すように話してくれた。
「小鬼の研究者達がマコト文書について、その知識が語る世界観を知る事は、謂わば、土台固めみたいなものさ。建物の土台が一か所でも脆ければ、そこから全体が歪んで崩れちまう。急がば回れ、これは必要な準備なんだよ。――それに、彼らが学んでいる間だって、研究組の活動が止まる訳じゃない。だから、少し落ち着くんだよ、いいね」
むむむ。
でも、確かに先行している部分に表面的に追いつくだけじゃ、意味がない。僕達が必要としているのは単なる作業者じゃなく、僕達と同じ立ち位置で話ができる仲間なんだから。
「それでは、小鬼族の研究者の皆様が、マコト文書の勉強会に参加できるよう手配しましょう。ガイウス様、それで宜しいでしょうか?」
「宜しく頼みます。できるだけ速やかに他の皆さんに追い付きます」
ケイティさんに、ガイウスさんが力強く答えた。先行している相手に追いつく、というのは得意だろうから、そこは多分、大丈夫。
「マコト文書の専門家を育成されるのも良いかもしれませんね。そうすれば、三大勢力間のやり取りもスムーズに行くことでしょう」
身内に詳しい人がいると気苦労も減るかなーって思うんですよ、とアピールしてみたけど、ガイウスさんは苦笑するだけで、明言は避けた。まぁ、まだ詳しく知らない中で、マコト文書の専門家を増やそうとは言いにくいか。少し待ちになるけど仕方ない。
小鬼族の基礎学習が終わってから改めて相談しよう。
◇
詳しい話し合いとなれば、竜族は小型召喚するのが望ましい。そんな訳で、小鬼族の研究者達の学びが終わるまでの間に、研究組に混ざって、雲取様も小型召喚を経験する事になった。
<ふむ、これが小型召喚か。低い視点から見ると、皆の印象も変わるものだな>
六分の一スケールになっても、やはり雲取様は雌竜達よりはひと回り大きい乗用車サイズだ。
「魔力も完全無色透明だから、長時間話しても、こちらの負担も少ないので、密度の高い議論もできると思いますよ。あと、その大きさなら、ホワイトボードの文字も大きくなって見えやすくなるでしょうね」
<うむ。込み入った話となれば、我の言葉を書き記していく必要も出てこよう>
「あと、体が小さい分、食べ物も大きく感じられるでしょう。お腹は膨れませんけどね」
<元より、我らを満たす量は求めてはいない。――だが、味わうだけで腹が膨れないとはどんなモノなのだろうな>
「そこは論より証拠、実際に食してみれば良いじゃろう」
召喚歴の長いお爺ちゃんが言うと説得力があるね。
ならばと、アイリーンさん特製の特大ミートパイと、小型召喚に合わせてドワーフ族が作ったジョッキにたっぷり温かい紅茶をいれて出してみた。
さぁどうぞと促すと、雲取様は匂いを嗅いだり、手に持って大きさを確かめたりした後、パクリと食べてみた。いつもならチョコパイサイズだけど、六分の一になった今なら、噛み千切ってもまだ半分以上残る。おまけに口一杯頬張って食べられるから、食べがいもあると思う。
<相変わらず美味い。それに口に含んだ感覚や歯応えも違ってこれはこれでいいな。それに紅茶も喉越しを味わい、口一杯に広がる薫りも楽しめる>
それにこうして何度も食べられるのがいい、と満面の笑みだ。ただ、食べ終えた後、感覚を確かめるように首を傾げた。
「どうしました?」
<しっかり食べたという感覚はあるのだが、腹が満ちた感覚を伴わないのは何とも不思議だ。本体に戻った後に、何か食べたくなりそうだな>
「うむ。そうなんじゃよ。儂もこちらで飲み食いすると、腹が空いてのぉ。妖精界で食べる量が増えて困ったものじゃ。今は慣れたがのぉ」
妖精さんなら、食べる量が増えても殆ど影響はないだろうけど、竜族が大食漢になったら大変だ。
「うーん、残念ですけど小型召喚時の飲食は止めた方が良さそうですね。雲取様が食べ過ぎて飛べなくなったりしたら大変です。あ、もしかして、雲取様、そのスマートな体型を維持する為に食べる量を抑えてたりします?」
そう問いかけると、雲取様は同志を得たとばかりに、感心した表情を浮かべた。
<うむ。あまり太れば遠くまで飛べぬ、痩せればすぐ力が失せる、そのバランスを取る工夫はしている。――ところで街エルフもそうなのか?>
むむ、それは答えにくい。僕が知ってる街エルフはサンプルとしては少な過ぎる。なので、リア姉に答えて貰うことにした。
「街エルフは、生活を支える魔導人形達が、本人の運動量に合わせて、食事の量を調整しているから、太り過ぎや痩せ過ぎはいないんだ」
「成る程。僕もアイリーンさんが食事を管理してくれているので安心してます」
そんな僕達の返事に、雲取様はちょっと想像と違ったようで、他の人達にも問い掛けた。
<他の種族はどうなのだ?>
「我々、鬼族は文武両道、子供の時分から鍛錬は日課としています。多少、運動不足に陥る者はいるのは確かですが」
セイケンの答えに、雲取様はセイケンとトウセイさんを見比べて成る程と頷いた。トウセイさん、お腹を摘んでがっくりきてるけど、確かにもう少し体を動かしたほうが良さそう。
「あたしら、人族は太れるほど裕福な者は少ないね。それでも痩せ過ぎないように、最低限の食事は行き渡るよう、皆で支え合ってるよ」
「私達、小鬼族は土地が貧しく、太る程食べる事は大罪と見做されています。それに小鬼族にとって素早さだけが命綱です」
師匠と小鬼のガイウスさんの答えにも、ふむふむと雲取様は頷いた。
<竜族は上の世代になると、あまり食べる必要がなくなるせいで、食に無頓着な者が多くてな。我のように考えて食事をする者達が他にもいると言うのは嬉しいものだ。ところで翁、妖精族はどうなのだ?>
雲取様と同様、他の種族の食事情を聞いて、感心していたお爺ちゃんだったけど、話を振られて少し考え込んだ。
「儂らはこの通り小さいからのぉ。体重の増減は飛行にかなりの影響が出るんじゃよ。毎週のように皆で飛び回って団体戦で遊んだりもするから、動きが鈍くなれば格好の餌食になる。じゃから妖精族には一時的に食べ過ぎる者はいても、太る程の者はおらんのじゃ」
そう言って、お爺ちゃんは僕の周りを光の粒を撒きながら、鳥ではあり得ない急旋回まで混ぜた曲芸飛行をして見せた。
「妖精さん達、結構、負けず嫌いなとこがあるもんね」
「勝敗は時の運もあるが、敗因をそのままにしていては、また負けてつまらんじゃろう? だから負けた方は見直して頑張る。勝った方は現状維持に努める程度で少し休む。常に上を目指していては疲れてしまうからのぉ。そうして、頑張る時期と休む時期を繰り返していくのじゃ。あまり負けがこむ場合は頭数を増やすなり、メンバーを入れ替えるなりしてバランスは取るが、そこまでする事は稀じゃよ」
「シャーリスさんが入ると、三人分換算するとか?」
「うむ。女王陛下は強いからのぉ。じゃが、近衛達と共に行動する訓練もちゃんとしておるぞ? いくら強くても常に全方位に気を配れる訳ではない。周囲を守るものがいてこそ、女王陛下も十全の力を出せるというものじゃ」
ふむふむ。
そんな僕とお爺ちゃんの話を聞いて、雲取様も良い話を聞いたと笑みを浮かべた。
<小型召喚を使って集団戦を行う場合、どちらかが勝ち過ぎると良くないと思ったのだが、そうしてバランスを取るのか。為になる。福慈様に説明する為の検討会には是非、妖精族も参加して欲しい。集団で楽しむことにかけては、かなり参考になりそうだ>
「かまわんとも。メンバーがあまり入れ替わらない中で、楽しむために儂らも知恵を絞ったから、きっと竜族達の参考にもなろう」
お爺ちゃんも快諾してくれた。この分なら、雲取様が答えに詰まった内容も、解決策は色々と提示できそうだ。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
小鬼族達も参加し、ついに研究組の活動も本格的にスタート!……と言いたいところでしたが、いきなり次元門の研究を始めるのは厳しいとして、まずは福慈様に説明する内容を皆で考えていくことになりました。……しかも、それならそっちをすぐ始めるか、と思いきや、小鬼族メンバーにはまずはマコト文書を学んで貰う、という流れになり、アキは少し不満ありって感じです。一応、納得はしてるんですけどね。
次回の投稿は、九月九日(水)二十一時五分です。




