10-27.連樹の社再び(後編)
前話のあらすじ:エリー&リア姉の説得もあり、連樹の神官の皆さんが、竜族と連樹の神様の交流について全力支援してもらえる事になりました。連樹の社への急階段は危険なので手摺りを付けて貰おうと思いました(アキ視点)
社務所だけど、多目的に使える大部屋もあり、エリーやリア姉は昨晩、ここに泊まったらしい。別邸と同様、「これより先は関係者のみ」の看板が廊下やあちこちの扉に付けてある。お風呂、トイレ、玄関、それと大部屋、そこ以外は移動してはいけないのが明示されてて準備がいい。
感心した、と話したら、エリーが、昨晩、リア姉がそのあたりの段取りは全て仕切ってくれた、と教えてくれた。言われてみれば、看板も別邸で見たのと同じ規格品だった。
天井の照明は魔導具なので触らないようにと、お爺ちゃんが説明されていた。他にも、天井付近に設置されている品は魔導具なので、やはり触れてはいけないと。
僕やリア姉なら手が届かないところも、妖精さんならフワリと飛んで簡単に触れるからね。なかなか注意すべき点が多い。
防寒着を脱いで、ケイティさんに出して貰った他所行きの服装に着替えたら、部屋の一角にある三面鏡の前に座って、ケイティさんに手伝って貰って、身支度を手早く整えた。
「この三面鏡って人気があるんですね。別邸のと同じ製品でしょう?」
そう聞いてみたけど、エリーが呆れたように教えてくれた。
「それも、椅子含めて全部、リア様が持ち込んだモノよ。一応、言っておくと、いくら空間鞄があるからと言って、家具まで持ち歩くような真似は、普通はしないからね」
ふむふむ。
「私たちが触れても壊れない家具なんて、そこらにはないから仕方ないことさ。まぁ、こんな事もあろうかと、念の為に用意しておいて正解だったよ」
リア姉が鏡を覗き込みながら、これで装いも問題なし、と太鼓判を押してくれた。
廊下で待機してくれていたジョージさんに身支度を終えたことを伝えて、準備完了。さて、次は巫女さんとの話し合いだ。
◇
大部屋と言ってもある程度、人数を抑える必要があり、エリーの護衛の人が一人、リア姉の護衛の人形遣いさんが一人、僕の護衛ということでジョージさん、それにケイティさん、ベリルさん、お爺ちゃんにトラ吉さんが同席することになった。溢れた護衛人形さんや他の護衛の人、人形遣いさんらは廊下や、社務所の外へ。
巫女さんの方は神官が二名付き添っているんだけど、それでも中々の混み具合だ。
「それでは時間も押しているので、神降ろしについて説明し、質疑応答を軽くした後、神降ろしを行いたい」
どうしようか、エリーとリア姉を見たら、僕が話していいとの事だったので、返答することにした。
「はい。宜しくお願いします」
巫女さんは、その返答を当然と言うように肯くと、説明を始めた。
「神降ろしは正午に行う。これは陽光を浴びて、連樹の神様が最も活性化する時刻だからだ。神降ろしは最長でも十五分程度で終わりとする。時間はこれまでの実績から決めたモノだ」
続きを待ったけど、それでお終いのようで、聞きたい事があれば話すように促された。
うーん、聞きたい事だらけだけどどうしよう?
エリーとリア姉からは足りなければ追加で聞くからまず話していい、と言ってくれたので、質問する事にした。
一応、ベリルさんに確認したら、やっぱりホワイトボードも持ってきてるとの事なので、それも使おう。
「巫女様、聞きたい事が多いので、ホワイトボードを出して、箇条書きにしてもいいですか?」
「それ程多いと?」
なんか、視線からは、時間がないのに、といった圧力を感じた。なら、ポイントを絞ってそこだけ優先しよう。
「聞きたい事は多いんですけど、最優先したい項目だけに絞りますね。残りは神様とのお話の後に続きとしたいと思います。出して書いてもいいですか?」
「手早くせよ」
渋々、認めてくれたので、早速、ベリルさんにホワイトボードを出して貰い、ざっと思いついた事を列挙していき、箇条書きにして貰った。
書き終えたところで、最優先項目だけ印をつけて貰った。これまでの時点で、何故か、巫女さんも神官さんもドン引きしてる。
はて?
五分程度で一気に書いて貰ったから、時間は然程掛かってないと思うんだけど。
「色々と列挙してみましたが、細かい優先順位付けは後として、確認したいのは、時間制限をリスクを増やさず伸ばせないか、或いは連樹の神様との心話は可能か、です。時間制限が必要な要素は何ですか? 回避策はありませんか?」
もっと沢山、連樹の神様との話したい!っとホワイトボードに書いて、強調するように赤ペンで大きく囲った。
「神と心話だと⁉︎ 正気か⁉︎」
「勿論、正気ですし、冗談で提案している訳でもありません。竜神とも称される竜族との心話は毎日やっているので、それ程、無謀という事はないと思います。僕の姉のミアも、様々な上位存在との心話をしているので、荒唐無稽という事もないでしょう」
そう話すと、何やら小声で神官さん達と意見交換をしていたけど、巫女さんが全面協力と決めた事を告げると、神官さん達も渋々引き下がった。
「――心話の件は直接尋ねてみるがいい。それと神降ろしは巫女の心身に大きな負担となる。時間は短い程いい。もし十五分話すなら、次の神降ろしまでは少なくとも一ヶ月は間を空けたい。実際にはもっと間を空けねばならないだろう。それと、神降ろしができる巫女は当代では私しかおらぬ」
むむむ、かなり厳しそうだ。
「因みに、神降ろしですけど、巫女様は降ろしている間も意識はありますか? それと神降ろしの後に、お話はできますか?」
「その間は私の意識はない。故に神降ろしの際に話した内容は、人伝に聞いている。それと神降ろしの直後は厳しいが、少し休めば、話をするのに問題はない」
「心身への負担ってどういったモノなのでしょうか?」
少なくとも一ヶ月というと、かなり問題がある副作用だと思うし、心配だ。
「……そのような顔をしないでいい。時間が解決してくれる話だ。体内の魔力が大きく減り、それが休んでも殆ど回復しない状態が続く。これは外から魔力を補う事もできない。自分と異なる存在を身に受け入れる事で起こる心身の乱れによるモノだからだ」
そんな大変な事なら辞めよう、そう話そうとしたけど、巫女さんが手を出して僕の発言するのを制した。
「今回の神降ろしは神が求め、私もまたそれを行う事を決めたのだ。私は巫女としての役目に誇りを持っている。……だから、そう悲しい顔はしないで欲しい」
凛とした仕事の顔から、妹を見るような柔らかい表情をして、そう想いを教えてくれた。
エリーとリア姉に確認して、少し質疑応答があったけど、それは神降ろしの際に立ち会う者として、僕とお爺ちゃんは確定として、他にも参加して良いかなど、神降ろしに向けた確認をした程度。
「それでは、宜しくお願いします」
心配な気持ちはあるけど、誇りを持って行おうと言うのだから、それを身勝手な気持ちで止めようと言うのは筋違いだ。そう、自分を納得させた。
◇
上座に巫女さんが座り、下座には僕、リア姉、エリー、それにお爺ちゃんの四名のみ。
それ以外の人は退席した。
巫女さんが小さく祈りの言葉を唱えて目を閉じ、暫くすると、気配が変わったのがわかった。
竜族と違い、辛うじてといったところだけど、前回、降臨した際に心が触れた際の印象と同じ、早朝の森林のような透き通った凛とした空気を感じた。
「アキ、翁よ、よく来た。そしてリア、そしてエリザベスの二人も、二人の魔力は覚えた。訪問を歓迎しよう」
同じ声なんだけど、竜族の思念波のように声から感情も伝わってくる。それに巫女さんとは表情が違う。街エルフのように、長い年月を生きた人が見せる眼差しだ。
皆、お爺ちゃんも含めて、自然と頭を下げていた。
「こうしてお会いできて光栄です。連樹の神様に伝えたい話はとても多く、相談したい事も多く、竜族との交流もお願いしたいのですが――」
「良い。心を繋げる故、考えを全て伝えよ」
そう話すのと同時に、連樹の神様が心を触れてきた。目の前にいる巫女さんの向こうに、広大な樹々に覆われた山の景色が透けて見えるような、感覚が混乱する感じがしたので、慌てて目を閉じた。
<慌てず伝えよ>
巫女さんを慰る思いが伝わってきたので、これまでの三大勢力の協力の話とか、竜族が行なっている各種取り組み、それに連樹の神様に教えて欲しい事、最後に負担なく交流する方法を見つけたい旨を手早く伝えた。
<――心話はここまで>
風が吹くように、心の繋がりが遠ざかってかき消えた。
「――凡そ理解した。竜族が姿を変えたい等と言い出すとは驚いたが、経験を伝えてもよい。ただし、小さき身となって社にくる事、竜から心話を行う事、交流は晴れた日とする事、それを条件としよう。それとアキとの話だが、我が巫女に話を伝えよ」
「僕やリア姉との心話は難しいですか?」
「この子は、小さな童の頃から知っておる。それだけに飛び越すような真似は控えてあげたい。我の我儘よ」
胸に手を当てて、孫を愛でるような笑みで話されては、否とは言えないね。
「理解しました。もし学びが必要であれば、巫女様にそれをお願いしても良いですか? それと神様との心話の負担を減らせる試みに参加して貰っても良いでしょうか?」
「それで良い。――それと神官達よ。聞こえておろう。巫女とて人、ならば人としても生きるよう配慮するのだ。好いた男と添い遂げて次の世代に命を繋ぐ事も大事、そう心得よ」
「「ははっ!」」
「では終いとする。ご苦労だった」
気配が去るのと同時に、巫女さんが崩れるように手を着いた。直ぐに神官さん達が来て身を支えようとしたけど、それは手で制される。
巫女さんは、顔色が悪いけど、強い意志で不調を抑えつけて、居住まいを正した。
「……思いの外、短く済んだようだが、我が神との対話はどうであったか?」
後で神官さん達からも聞くのだろうけど、僕達の感想を聞いておきたいのだろう。
「必要最低限ではありますが、互いに伝えたき事は伝え合い、合意する事もできました。ありがとうございました」
「――そうか。ならば重畳。一時間ほどしたら、続きの話としよう。この場はこれまでとする」
異論はないので、皆も同意し、巫女さんが退席するのを見送った。足取りもしっかりしていて、神降ろしを短時間で済ませたのが功を奏したようだ。
連樹の神様との対話は、課題は多いものの上々の成果を得たと思う。
連樹の神様とのお話は、神降しの方法を選んだこともあり、短時間に意見交換をしました。連樹の神様との心話はサクサク進んだのが幸いでしたね。ヤケに短時間で説明できた種明かしは次回行います。連樹の神様が、神様扱いされるのも故あってのものだったりします。
次回の更新は、2020年07月26日(日)21:05です。