10-25.連樹の社再び(前編)
前話のあらすじ:改良された召喚陣によって、実用レベルでの竜の召喚ができるようになりました。今のままでは年齢層の高めな成竜や老竜は厳しそうですが、それでも大きな一歩です。空を飛ぶことの楽しさを理解する竜が増えれば、雲取様も喜んでくれることでしょう。
連樹の社までの道や石段も、除雪ができたと連絡が入り、リア姉と一緒に近況報告に向かう事になった。
最近は天候も回復してきた事もあって、雪道を歩くクロスカントリースキーは、次に積もるまで延期となった。大使館領内の主な道は除雪も済んでるから仕方ない。
ケイティさんに聞いたところ、冬の間は、それなりに雪は降るそうなので、今後に期待しよう。
研究組や調整組も交えて、連樹の神様に何を報告するか、事前にしっかり話し合った。
前回と同様、降臨されるのかと思ったら、あれは魔力消費が激し過ぎるので、今回は巫女さんに神が宿る「神降ろし」を行うそうだ。
本人と、神が降りた場合で区別がつくのか聞いたら、魔力が別モノになるからすぐ分かるとの事。まぁ、僕とリア姉は魔力感知がかなり鈍いから、その辺りはケイティさんかお爺ちゃんに観てもらおう。
連樹の山の周辺に居を構えている竜達の動向は気になるだろうから、情報をある程度纏めた。幸い、心話ではないから、資料を持ち込んで確認する事もできるのは助かる。
「もしかして、神降ろしって、連樹の神様が人を理解するのに役だってたりするでしょうか?」
「そりゃ、実際にその身と一体化して動かして試せば理解も深まるだろうさ」
師匠は、あくまでも理屈の上での話と言いつつも同意してくれた。
「それなら、竜族の誰かを人族か鬼族に降ろして経験を積んで貰えば、竜人化の道筋も開けそうですね」
話が進んでいいなーと思ったけど、皆の反応は鈍い。
「アキ、そもそも神様をその身に降ろせる巫女自体が稀なのよ。それに簡単にできる御業でもないわ」
エリーが残念な子を見るような目で教えてくれた。
むむ、そうなのか。
「それだと、神託もそうそう簡単には受けられない感じ? 連樹の神様はそれなりの頻度で神託を出してるみたいだけど。それって神様側の問題? それとも巫女側の問題?」
ボクの問いにエリーは答えに窮したけど、師匠が答えてくれた。
「いいかい、アキ。そもそも神や巫女、神官や信者ってのはとても扱いが難しい話なんだよ。それに神と言っても、連樹や竜のように実体を持つ存在もいれば、「マコトくん」のように、実体を持たないモノもいる。しかもそれぞれに得手不得手があり、神との相性があり、神の秘めた力の総量によっても変わる。定量的に計測して分析したくても、そもそもそんな事例が少なくてそうそう集まらないんだよ」
例えば、高位の神聖魔術を行使できる神官が神託を聞きやすい訳ではない、との事。
「となると、まずは連樹の巫女さんに、どの程度、降ろしていられるのか、降ろしている間、意識はあるのか、降ろす事のリスクは何か、巫女になる基準や、巫女が複数いる場合の順番付けとか、取り敢えず聞いてみるしかありませんね」
竜神を降す際の目安になると思うのでよく相談したい、と話した。
「――そんな秘儀を気前よく教えてくれる訳あるかい。ケイティ、リア、揉めるだろうから、上手く取り仕切るんだよ。……あと、歴史が浅いからと粗雑に扱わないよう注意しな」
師匠が言い含めるように、そんな話をした。
なんで揉めるんだろう?
「竜族の小型召喚ができれば、連樹の社に雌竜の誰かが訪問して、神様同士、直接話をできるから、拗れないと思うけど、どうでしょう?」
僕と問いに、師匠は額に手を当てて嘆いた。
「いいかい、アキ。連樹は、連樹の社にいる一族を交流対象に選んだ。つまり彼らは人族における窓口役だ。なのに窓口役を飛び越して話をしたら、彼らの面子は丸潰れだよ。結果として竜が直接話をするにせよ、彼らに一回話を通すのが筋ってもんだ。……心配だね。エリー、ちょっと一緒に行って連樹の神官達と話をしてきな」
「私、ですか!?」
「この中なら一番の適任だ。ただし、アキの姉弟子として赴くんだよ。王女としていくとややこしい事になるからね」
連樹の神官の皆さんだと、鬼族が来たらパニックになりそう。ケイティさんは彼らを新興宗教扱いしてたし、リア姉も街エルフだから万事が「終わりよければ全てよし」になりがち、師匠が自分で行かないのは、エリーに経験を積ませるためかな。
「――承りました」
エリーも少し思案したけど引き受けた。なんだか、本筋とは違うところで揉めそうだ。
◇
相談も終わったので、これから出発かと思ったら、道のコンディションが悪い為、あまり移動を急ぐ事ができず、今から行くと、時間的に殆ど余裕がなく、神官の皆さんと話を詰めるのは厳しい、との事で、僕が行くのは明日になった。
でも、僕が行く前に話を詰めておく段取りとするそうで、リア姉とエリーはこの後、出掛けるそうだ。
「エリー、リア姉はどうやって行くの? クロスカントリースキー?」
「そのつもりだよ」
「それ以外にないでしょ」
結構、距離があったと思うけど。
「急ぎなら、儂らが運んでもいいぞ」
お爺ちゃんが、杖を振って、椅子をフワリと持ち上げて、一緒に飛んで見せた。
ただ、どんな光景を想像したのか、二人して顔を見合わせて、心を一つにしたっぽい。
「気持ちはありがたいけど、翁はアキの子守妖精だから、そちらを優先して欲しい。それに私もエリーも、同行する護衛がいるから、それなりの人数になるんだ。連樹の森までなら大した距離じゃないから、運動がてら行くことにするよ」
「そうそう。私も普段の訓練でこれくらいの距離なら往復してるから、気にしないで」
なんか二人して、大した話じゃないと強調して共同戦線を展開していた。
まぁ、浮かされた状態で高速飛行なんてすれば、紐なしバンジーくらいの怖さはありそう。
「ほぉ、スキーは歩くよりよほど速いんじゃな。アキがスノーシューで歩く様子からすると遠出は大変と思ったんじゃが。では、二人とも気を付けて行くんじゃぞ」
お爺ちゃんが快く送り出してくれた事もあり、リア姉がエリーを引っ張って、準備があるからと部屋を飛び出して行っても、それを止める人はいなかった。
◇
「それで、ケイティさん。明日の服装ですけど、社に着くまでは防寒着でいいんですよね?」
「――そうですね。社に到着してから、身支度をして報告を行う段取りで構いません。ですが、見苦しいので、手を付いて登るのは避けてください」
スカートが脚に纏わりついたり、足元の視界を遮る問題は回避されたけど、手は使うな、と。
むむむ。
「アキ様も体幹は悪くないのですから、後は心を落ち着けていけば、きっと大丈夫です。それと、トラ吉、貴方も本当に危ない時以外は手を貸してはいけません。アキ様の為になりませんから。応援までは許可します」
「にゃ〜」
それでいいよ、って感じにトラ吉さんも軽く流したんだけど、師匠は別としても、セイケンやトウセイさん、それにヨーゲルさんやイズレンディアさんまで、珍しいモノを見たって顔をしてる。
「皆さん、どうかしました?」
あーもう、明日、あの急勾配な石段を登ると思うと、今から憂鬱な気分。
「アキにも苦手なモノがあったんじゃな」
皆を代表して、ヨーゲルさんが一言。
「そりゃありますよ。今回だって、嫌がらせのように、手摺りのついてないど真ん中を歩かされたりしなければ、それ程でもないんですけど」
手振りを加えて、どれだけ急な階段か説明まで加えて抗弁したけど、森エルフの視点からすると、登りやすく整備された階段という時点で激甘ルートと言わんばかりに、イズレンディアさんが僕に哀れみの視線を向けてきた。
「山脈踏破訓練の前に、少し歩き方を教えてやろう。我々ほどではないにせよ、街エルフの訓練もなかなかのモノと聞くからな。……今のままでは心配だ」
他の皆を見ると、それがいいと頷いていた。
むー。
ジョージさんを見ると、肩を竦められた。
「アキが成人の儀で一番苦労するのは、間違いなく野外活動だ。その時が来たら教えて貰うといい。もっとも、今のペースでは、基礎を学び終えるだけでも十年は先の話だから、まぁ、気長にな」
残念、この場に味方はいないようだった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
除雪も終わってしまったので、アキにしては珍しく後ろ向きな気分でしたが、連樹の神様の元に報告をしにいくことになりました。幸い、行くメンバーからして揉めること必至と考えたソフィアの指示で、エリーが姉弟子として先行することに。
そして、苦手意識を示すアキの態度に、皆がちょっと意外な感じがして驚きました。なにせ、竜神相手に茶飲み話をする娘、という認識ですからね。ちょっとした急階段程度に嫌がるなんて、想像外だったのでしょう。まぁ、そんなへっぽこぶりも、好意的に見て貰えたようです。
次回の更新は、2020年07月19日(日)21:05です。