2-15.新生活三日目④
前日と同様、外に出て庭を歩いて、魔力感知訓練を行ってみる。今日はトラ吉さんがいなかったこともあって、時間いっぱいまで集中して取り組むことはできた。ただ、ミア姉から瞑想を教わっていたこともあって、自分の思考を風のない水面のように穏やかにして、周りの感覚をあるがままに捉える程度のことは、こちらでもすぐできた。
外から感じ取ったことを認識することは十分できていると思うけど、僕が認識している感覚は地球と何も変わらなくて、魔力に相当する何かというのが全然感じ取れない。既にできていたリア姉が、できなくなったのだから、何か阻害する要因があると思う。
ただ感覚を鋭敏にする、というだけではなく、何か他にも手がないか探っていかないと厳しそうだ。
◇
昼食のメニューは、なんと海老天蕎麦だった。大振りの海老が黄色く輝く衣に包まれてなんとも美味しそう。出汁の香りも食欲をそそる。こちらの父さん、母さんが共同で作った料理のはずだけど、見た感じ、素人感がどこにもない。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
まずは蕎麦を食べてみる。蕎麦の香りが強く、歯応えもしっかりあって麺の太さも均一で茹で加減もばっちりだ。絡んだ汁は関西系の澄んだ黄金色をしていて、白い器によく映える。味も上品で、蕎麦の香りを引き立たせてくれる。見事だ。
美味しい料理を食べると、自然と無口になるというけど、その通りで、今度は海老天を一口食べてみた。パリっとした衣と、肉厚な海老の食感と甘みが広がって幸せな気分になる。
ふと、視線を上がると、三人が何とも嬉しそうな笑顔で僕を見ていた。
「口に合ったようで何よりだ。蕎麦は私が、天ぷらと蕎麦ツユはアヤが作ったものだ。なかなかのものだろう?」
「はい、とっても美味しいです」
「アキ、あんまり褒め過ぎるなよ。毎日、蕎麦を食べる羽目に陥るぞ」
リア姉も美味しさには文句はないようだけど、確かにそれは危険だ。いくら美味しくても続けていたら飽きてしまう。
「明日はチュウカにしましょう。蕎麦は週1程度に。それならいいわよね」
母さんも、父さんを褒め過ぎた過去を思い出してか、妥協案を提示した。
「仕方ない。アキ、私のチュウカもなかなかのモノだから期待していいぞ」
見た目、さほど腕力がありそうには見えないけど、中華鍋を振るったりするんだろうか。
「ちなみに、チュウカというと油で炒めたりする炎の調理、中華料理のことで合ってますか?」
「そう、そのチュウカだ。炒めるという調理法は珍しかったのでね。今ではこちらでもポピュラーな調理法だよ。それに強火で短時間に炒めるというのがいい」
やはり聞いただけですぐ導入してみるというのは、かなりのバイタリティだと思う。
蕎麦も食べ終わり大満足。食後は蕎麦茶だ。この分だと考え付く限りの草木のお茶は作っている気がする。
「午後の訓練だが、ちょっと珍しいものを用意させてみた。まぁ、見てのお楽しみだ」
「運動絡みのもの?」
「まぁ、そうなるか。朝、アキが鬼について話をしていたから、ちょっと奴らのことを知っておいたほうがいいと思ったんだ。やはり話を聞くのを見るのでは大違いだからな。百聞は一見に如かずという奴だよ」
リア姉の話っぷりからすると、鬼の人がきてたりとか? でもあまり交流がないとも言ってたし、どうなのか。
「鬼の人がきているとか?」
「流石にそれはない。互いに国境付近の交流施設で会う程度で、我が国に鬼族がきたことはないよ」
「うーん、それだと何だろう?」
「まぁ、すぐわかる。あとジョージの指示はよく聞くように」
「はい」
こちらはどうも現物主義というか、写真もありそうなのにわざわざ絵画を用意したりと拘りがあるようだから、きっと何か現物なんだとは思う。うーん、考えても思いつかないし、すぐ見られるのだから気持ちを切り替えよう。
◇
運動に合わせた服装に着替えて、今日は長柄武器の練習を行った。といっても長槍、短槍、薙刀、棒の四種類なので、刀剣類に比べればだいぶ短い時間で終わったのは良かった。あっちはいつ終わるのかと思うくらい種類が沢山あって、流石に疲れたから。
練習をしている間、ずっと気になっていたのが防竜林の木に立てかけてある大きな金属製の扉。高さは僕が手を伸ばしても上まで届かないくらいあり、横幅も僕が二人並べるくらいの幅があって、少し両端部分が丸くなっている。
表面が傷だらけなのは何故だろう?
「ジョージさん、あの扉は何ですか?」
「あれか。今朝、アキが鬼族について話をしたとかで、実物を見てまず奴らを認識して貰おうという話になった。あれは盾だ。鬼族の手持ちの盾。いわゆる塔盾だ」
機動隊のジュラルミン製の盾だって縦一メートルちょっと、横五十センチくらいだったはず。アレの縦横二倍、重さマシマシって感じだろうか。
「あれが盾ですか……。どれだけ鬼族って大きいんですか」
「あれを片手で持ち、構えると全身の大半が隠れるくらいだが、実際に見たほうが理解できるだろう。来てくれ」
ジョージさんが声をかけると、塔盾の後ろで膝をついていたらしい巨体が、ぬうぅっと現れた。
僕の身長が胸に届かない。腕の太さが僕の胴より太い。そんな巨体が鎧を纏っている姿は、ただ立っているだけで圧力すら感じるほど。顔は堀りが深くて太い眉、鋭い眼光、そして口元から見える牙も合わさって迫力満点、子供なら泣きだすこと間違いなしの強面だ。そして額には角が二つ。
「――これは鬼族を模した魔導人形ですか?」
「そうだ。一般的な鬼族の体格を模したもので、兵士の白兵戦訓練に使うものを特別に借りてきたものだ。触らないように」
「注意します。この体格だと、ジョージさんでも大人と子供くらい差がありそうですけど、見かけ通り強いんですよね?」
ジョージさんもかなり立派な体格なのに、鬼の魔導人形と比較すると中学生くらいにしか見えない。もっとも、ジョージさんと見比べてみると、人とは少し骨格が違う。手が少し長くて、足が少し短い。人に比べて上半身の筋肉量が多くて腕力が強い分、長距離歩くのは苦手そうだ。
「ちょっと実演してみよう。といっても手持ち武器を振り回すだけだが」
ジョージさんと一緒に、三十歩ほど下がって鬼の魔導人形が動くのを待つ。
鬼の魔導人形はゆっくりと、塔盾の裏側から、同じくらいの長さがあり表面に突起がついた六角形の断面を持つ金属光沢の棒を取り出すと、片手で握り、小枝を振り回すように何度も素振りを始めた。
「え、えー? あ、あれ、金属製の棒ですよね? 木とかじゃなく」
「我々では何人がかりでもないと持ち上がらない。もちろん頑丈な金属製だ。俺も戦争に行ったことはないんだが、その幸運を噛み締めているよ。当時の文献によるとアレが振り回されるたびに兵士が二人、三人と空に飛ばされたそうだ」
ジョージさんが本心からそう告げたのを聞いて、改めて鬼の魔導人形を見てみる。
今度は、片手で塔盾を構えつつ、大きく踏み込んで金棒で前方を薙ぎ払った。金棒が大気を割いて轟音を放ち、思わず耳を抑えてジョージさんの後ろに隠れた。
「あ、あんなの駄目ですよ、勝てっこないです、というか勝負になると思えません」
多分、日本の絵本とかに出てくる鬼が持つ金棒と違って、手元から先端まで同じ太さなのは、人相手ならこれ以上の重さは威力過多で不要と考えたからだと思う。あんな金棒で叩かれたら、人が持つ盾なんて紙みたいなものに違いない。
「同感だ。そして鬼族の何が厄介かというと、あの体格を生かした武術をかなりのレベルで身に着けているところと、そして角を見てもわかるように、魔術を併用してくるところだ」
よく、昔の人達はこんな種族と戦っていたものだと思う。竜族は突き抜けて強いけど、鬼族だって洒落にならない強さなのは間違いない。
「今が平和で良かったと思います」
「確かに。それで、アキ。何か気付いたことはあるか?」
「この鬼の魔導人形ですか? 僕からすればジョージさんくらいの男性でも勝負にならないので、そこより遥かに強い鬼族は、強さがインフレし過ぎて、凄いとしか」
「なるほど。残念だが、アキは戦場では長生きできそうにないな。実は今回見せる予定だった魔導人形は他にもあったんだが、気付かなかったか」
そう言って、ジョージさんが合図を送ると、防竜林の上のほうの枝の影から一人、木々の下にある茂みからまた一人と、次々に小さな人影が出てきた。全部で六人も出てきてビックリした。
出てきたのは、僕の胸くらいまでの背丈で、細身だけど華奢な感じはしない小柄な鬼族の魔導人形達だった。堀りの深い顔と額にある二本の角からすると、これが小鬼族なんだろうか。
迷彩柄の長袖、長ズボンの服装で、鬼族と違い、鎧と言えるようなものは付けていない。
体つきはやはり人と違い、鬼の小さい版といった感じで、人より上半身が立派で手が長い。
「いったいいつから!?」
「訓練を始める前から潜んでいたんだ。彼らが小鬼族を模した魔導人形だ。鬼族との戦いより、小鬼族との戦いのほうが死傷者数はずっと多く、恐ろしいのは小鬼族のほうだ」
僕より小柄な小鬼族の六人と、見上げるような巨体の鬼族一人を見比べてみた。
うーん、やっぱり鬼族のほうが怖い気がする。
「僕は鬼族のほうが怖いと思うんですけど」
「安心していい。アキの感想は、実戦に出てない兵士達も同じように言うからな。こんな小さいのに俺達が負ける訳がないと」
「それは間違いだと?」
「実際に、小鬼族を想定した模擬戦闘を一回やれば、全員が顔を真っ青にして小鬼族のことを甘く言う奴はいなくなる。アキが触れられるとも思えないが、触れると壊れる恐れがあるから模擬戦はできない。だから少しデモンストレーションをやってみよう」
ジョージさんが合図を送ると、小鬼の魔導人形達が立った姿勢からいきなり四方に飛び退った。
一人は指を軽くひっかける程度なのに、垂直の立ち木を軽々と登っていき、一人は地を這うような姿勢で茂みから茂みへと素早く走り抜けていった。また、軽くジャンプするだけで僕の上を超えて飛んでいき、その動きに気を取られているうちに、いつのまにか僕は三方から囲まれて、黒塗りの短刀を突き付けられていた。
驚いてぺたんと座り込んでしまった。
「すみません、小鬼、怖いです」
震える声でなんとか告げると、ジョージさんは苦笑して小鬼の魔導人形達を下げてくれた。
「怖さを実感できたようで何よりだ。小鬼族は生まれながらの暗殺者であり、体験したようにその身軽さは、城壁が役に立たないほどだ。そして、彼らの戦い方は浸透戦術であり、夜討ち、朝駆け当たり前、宿泊地にいたはずなのに気付いたら兵士が皆殺しといった具合だ。新兵には単独では戦わないよう厳命されているほどといえば、その怖さもわかるだろう」
ケイティさんが、小鬼族を殲滅できる可能性を喜んだのもわかる気がする。こんなのが頻繁に成人の儀と称して、戦争をふっかけてくるなんて、迷惑過ぎる。
「こちらは怖い世界ですね」
「あちらの話を聞いて、我々が夢の国、あるいは現実味がない御伽噺と感じるのも理解して貰えたと思う。残念だがこちらの現実は、こんなものだ。街から街へ移動するだけでも命懸け、だから一般市民のほとんどは国外に出た事すらない。それを忘れないでくれ」
ジョージさんの言葉がやけに重い。僕は簡単に言ったけど、鬼族や小鬼族から理論魔法学に詳しい研究者を連れてくるのはかなり難航しそうだと実感できた。
前途多難、まだその片鱗が感じられただけなのに、早くも心が折れそうだった。
次回の投稿は、五月二十三日(水)二十一時五分です。
ブックマーク登録ありがとうございます。執筆意欲がだいぶチャージされました。
題名を変更したことが良かったんでしょうか。このペースで訪問者増に繋がって欲しいところです。




