10-18.白竜と小型召喚(後編)
前話のあらすじ:小型召喚について準備という事で、師匠、翁と、第二演習場への移動がてら意見交換を行いました。「変化の術」と妖精の召喚体が参考になりそうです。
第二演習場に到着してもまだ雪は降り続いついて、おかげで魔導具の制御する風の結界が作り出している、竜も楽に入れるほど大きな半球上の透明な障壁がよく見える。
今回はあちこち竜眼で観察したりするから、邪魔な雪が入らない空間を確保する事になったんだ。
魔導具の起動にはリア姉が貯めておいた宝珠の一つが使われているそうで、僕やリア姉のすぐ回復する魔力なんて便利なモノがなければ、こんな贅沢な使い方はできないそうだ。
鬼族からはセイケンとトウセイさん、妖精族からは賢者さん、街エルフからはリア姉が既に到着して、会場の準備をあれこれ行なっている。
「お待たせしました。賢者さん、先に来てるなんて珍しいですね」
「召喚術式に新たなページを加える試みとなれば、準備も念入りにするものだ。それで、白竜殿はそろそろか?」
いつものように、少し気難しそうな雰囲気はあるけど、白竜さんが来るのが楽しみで、先に来てしまった、というのは遠足が楽しみで早起きした子供みたいで微笑ましく思えた。
「予定時刻ギリギリの到着じゃったからのぉ。そろそろ……うむ、来たようじゃ」
お爺ちゃんが杖を空に向けたので、そちらを見てみると、遠くから白い点が飛んでくるのが見えた。
だんだんそれは、翼を広げた白磁の天空竜の姿となり、いつものように殆ど雪を舞い上げることもなく、白竜さんは降り立った。
三階建ての家屋を越える大きさなのに、音もなく飛翔し、舞い降りる姿は何度見ても不思議だ。
◇
挨拶もそこそこに、白竜さんは皆に合意を得てから、半球状の障壁や、それを展開している魔導具、それに皆が立つ中の地面なども念入りに竜眼で調べていた。
「何か気になるところがありました?」
<天候の良い日でないと、ケーキは食べられないと聞いた。街エルフがいない地域では、こんな魔導具もそうそうないと思う。だから、簡易な術式であれば広めようと思った>
う、それは前向きな考えとは思うけど、難しそうだ。
「どうでした?」
<必要な魔力が多くて駄目。地脈から吸い上げても何年もかかる。それなら、天候の良い日を待った方がいい>
白竜さんは、皆を驚かせないよう注意しながら、障壁の中に入ってくると、尻尾に頭を乗せたいつもの姿勢になった。
準備は良さそうだね。
「白竜様、今日は小型召喚の研究会に参加していただき感謝する。それぞれ、異なる種族という事で、魔術に対する考え方も違う。様々な角度から意見を交換する事で、新たな道も開けるだろう。気になる点があればどんどん話して欲しい。術式や召喚体の分析は貴女の竜眼が頼りだ」
師匠が一礼してから、今回の趣旨を話した。
<理解した。私達は召喚の術式を知らないから、先ずは見せて欲しい>
フワリと賢者さんが前に出た。
「では、最もシンプルな召喚術式から出してみよう。これは――」
賢者さんが、杖を振って、白竜さんの前に魔法陣を展開して簡単な説明を行った。それを聞き終えた白竜さんが魔法陣を竜眼で眺めて質問する、といった形で話は進んでいった。
「――このように、最新版では、召喚効率の向上、多数同時召喚を実現するに至ったのだ」
賢者さんが途中の試行錯誤バージョンも含めて、最新版に至るまでの一通りの魔法陣を見せてくれたんだけど、それだけで一時間近くかかった。
話が長くなりそうとわかった時点で、皆は用意されたテーブルセットに座って、邪魔にならないように風の障壁で音を遮って意見交換したりしながら、賢者さんの説明を聞き終えた。
僕も一応、聞きていたんだけど、細かい技術的な話はよく分からないので、大まかな方向性だけ把握するように努めてたんだけど、聞いた感じだと、召喚効率の改善というよりは召喚体の性能を落として、その分、省力化した感じで、召喚対象との経路の確立を容易にする為、こちらに先に召喚されているお爺ちゃんの経路を参照するように工夫したといったところに思えた。
なので、こっそり、師匠に、本質的な意味での召喚術式の改善には手が付けられていないって事か聞いたら、そうだよ、とニターっと笑みを浮かべて教えてくれた。
「それだけ、術式自体に手を入れるのは大変なのさ」
師匠は、だからこそ面白いんだがね、とそれはもう嬉しそうに笑った。
◇
その後は、トウセイさんの鬼から大鬼に変化する様子を何度も竜眼で見たり、お爺ちゃんや賢者さんの事も、穴が開くように観たりと、白竜さんの求めるままに、ひたすら観察して、質疑応答をする作業が続いた。
白竜さんの問い掛けは、元の知識がない僕も疑問に思うような内容だったので、退屈する事なく話を聞くことができたんだけど、師匠が話してくれた、「変化の術」や妖精さん自体が理を捻じ曲げて小型化している可能性について聞いた後、白竜さんが言い出した事に驚いた。
<妖精と比較できる、他種族の召喚体が必要と思う。伝手のある種族で召喚に耐えられるのは竜族だけ。私が竜眼で分析するから、雲取様を先ずは召喚してみて欲しい>
竜族は魔力は貯めているけど大きさを捻じ曲げてる感じはしないから、確かに比較対象としてはいいと思う。
「師匠、召喚って負担になるんですか? 例えば、僕が師匠を召還とかできたら便利そうですけど、無理なんでしょうか?」
「召喚体とは魂を繋げる訳だからね。そもそも魔力が弱い種族は試しても碌な話にはならないだろうね。鬼族はどうだい? 考えてみれば、「変化の術」で鬼と大鬼の体で魂を共有しているくらいだから、案外行けないかね?」
師匠がちょっと散歩に行こう、なんて気軽さでトウセイさんに話を振った。
「いや、そこは認識を改めて欲しい。「変化の術」は体の用意をしつつ、魂を慣らしていくのだ。それでも五年かけないと厳しい。鬼族でも召還術式で、いきなり召喚体に繋げる負担には耐えられないと思う」
成る程。
「となると、確かに竜族の何方かにお願いした方が良さそうですよね。……ところで白竜さん。ちょっと心話しましょう。内緒話です」
時間は取らせませんから、と言うと、先を予想したのか、少し嫌そうだったけど、了承してくれた。
というか、あの白竜さんの態度を見て、なんで誰も気にならないのかな〜。気付いててスルーしてる雰囲気でもないし。
「アキ、内緒話って何を話すんだい?」
リア姉も本当に分からない感じだ。
「個人的な内緒話です、すぐ終わりますから」
僕は指を立てて、内緒話ですって話して、不思議そうな顔をする皆から離れて、心話魔法陣に移動した。
◇
<さて、白竜さん。怪しまれないように、手短に聞きますね>
ちょっとした興味でもあるので、ワクワクする気持ちを前面に出して渡して警戒感を薄めてみる。
<何?>
うん、やっぱり心を触れ合わせてみると、思念波よりも、白竜さんのドキドキしているけど、内心を隠そうと努める様子も良くわかる。
<竜眼で比較するだけなら、雌竜の他の誰かでも問題ないと思うんですけど、なぜ、召還を試すのが雲取様なんです? それと、竜族にとって、異性を竜眼で見る事って、何か特別な意味があったりしません?>
僕の問いを聞いて、白竜さんの冷静さを装う仮面が砕け散った。その後、流れてきた、というか漏れてきた混乱しまくった思考や感情からすると、やっぱり特別な意味があり、美味しいところを取りたい、という甘い乙女心に打算をトッピングといったところのようだった。
どう説明しようか、どこまで話そうか、などと思考があちこちに飛びまくって、目が回りそうになったので、少し距離を離して落ち着くのを待った。
待つ事、二分ほど。
やっと、白竜さんも落ち着いてきた。
<……役得は欲しかった>
ふむ。
<でも、ちょっと欲張りでしたよね?>
<少し欲張りだった、それは認める>
なんか、顔を真っ赤にして呟く感じで、可愛いなぁ。
<同性であれば罰になったりします? もしそうなら、初召喚は紅竜様が良いと思うんですけど>
僕の提案を少し考えていたけど、結論は出たようだ。
<怪我をしているわけでもないのに、幼竜でなければ竜眼で見られるのは十分罰になる。でも、なぜ、紅竜に罰が必要と考えたの?>
<それはほら、この前の立ち会いで、自分だけ人数の増えたメンバーで集合写真を撮ったでしょう? あれは他の子から不評を買っただろうなって思ってましたから>
白竜さんは深く頷いた。
<紅竜はそれで皆に貸しが増えた。仕方がないから、初召喚は紅竜で我慢する。でも――>
白竜さんが、今後、研究が進んで、小型召喚を試して、改良作業に入れるようになった際の計画をすらすらと話していった。
と言うか、いろいろ考えているね。
<それくらいの役得はあってもいいかな、とは思います。その時は僕も賛成票を入れる事を約束しますよ>
<宜しく>
将来のイベントを夢見て、羽をバタつかせるくらい嬉しそうだ。その為にも何としても小型召喚を実現しよう、と心がメラメラと燃えている。いいね。
確認したい事も終わったので、心話を終えることにした。白竜さんが乙女の秘密と念押しするので、イベント開始時までは秘密にする事を約束した。
◇
五分程度だったので、皆をそれ程待たせる事もなく、テーブルに戻ることができた。
<初召喚は紅竜に変更する。明日、具体的な召喚方法を相談する、それでいい?>
白竜さんの提案に、皆は顔を突き合わせていたが、特に異論はなし。
「私達は、協力してくれるなら、誰が初召喚でもいいさ。召喚はアキかリアが行うから、二人と相性の悪い竜では無理だがね」
師匠の返事に、白竜さんは頷き、それから皆で、紅竜さんを召喚する際に配慮すべきポイントを議論していった。
召喚されている間、本体側がどうなるのかについては、妖精族の二人から説明があった。熟睡しているしている状態に近く、感覚の全てが召喚体側に移るため、本体側は無防備な状態になるそうだ。お爺ちゃんのように、召喚体の能力を高く構築してあると、本体との同期率を下げれば、一時的にだけど本体との召喚体で並行活動する事も可能。ただ、その場合、同期率を戻した際の記憶の統合は二日酔いのような酷さで、そうそうやりたいものではないとも。
また、本体が動いている間、召喚体が寝ていれば、同期率を戻した際の副作用もほぼ無いそうだ。
召喚された側の話なんて、これまでの召喚例からすると、聞いたことも無さそうだし、貴重な情報だよね。聞いている皆も真剣に耳を傾けている。白竜さんも一通り聞いた後も、思いつく限り、あれこれと疑問をしていて、とても熱心だった。質問の内容は、やはり、召喚される事の影響と、問題発生時の対処法といったところに集中している。
召喚される紅竜さん目線は勿論、近くにいる白竜さんの目線も合わせて考えていて、いい感じだ。
<何?>
「念入りに下準備をする姿勢はいいなって思いまして」
<初めての召喚で問題が起きたら、先に進むのが難しくなる。単なる召喚は入り口なのだから、必ず成功させる、その為に見落としがないか慎重に考えないといけない>
それに何かあって、その場で慌てるような事は避けたい、とも。
白竜さんが慎重派で良かった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
白竜を交えて、小型召喚についていろいろ検討を行いましたが、まずは通常の召喚方式で、紅竜を召喚してみよう、という話になりました。ちなみに、アキ視点なので、さらりと決定されてお試ししようといった認識になってますが、本来、召喚は歴史書に記されるくらい稀な超難度術式であって、師匠が参考にできる事例がない、自分達だけでは手詰まりだ、と話しているような試みです。
きっと、この冬の成果をどんどん送られてくる三大勢力の首脳部は頭が痛いことでしょう。春くらいにはまた乗り込んでくるかもしれませんね。
次回の更新は、2020年06月24日(水)21:05です。