10-17.白竜と小型召喚(前編)
前話のあらすじ:リア姉が雌竜達の協力を得て心話の訓練をし始めました。ケイティさんも僕との心話の準備を進めてくれています。(アキ視点)
相変わらず、今日も雪が降っているけど、白竜さんからの要望で、竜を小型召喚する件について話し合いの場を設けることになった。
その為、いつもと違って、師匠の家に寄ってから、第二演習場に向かう事になったんだけど、何故か機嫌が悪い。
「何、不思議そうな顔をしてるんだい! こんな雪の降る日に呼び出されて、笑顔でいろって方が無理筋ってもんさ」
「でも、この前は、「変化の術」を竜眼で見て貰うからって、雪の日だけど、第二演習場まで来ましたよね?」
「そりゃ、呼ばれればいくさ。今日のようにね。だいたい、竜の前で不機嫌さを出していい事なんかあるかい? そこは抑えるのが大人ってもんさ」
あー、抑えてアレと。
僕の内心を読んだようで、ギロリと睨まれたから、自分の見解は、心のゴミ箱に捨てた。
「それで、小型召喚ですけど、目処は立ちそうなんですか?」
僕の問いに、師匠は深く溜息をついた。
「いいかい、まず、召喚術自体、使える奴は稀なんだよ。そもそも召喚に必要な魔力を集めるだけでも大変だ。こちらでは改良される程の頻度で行使された事はないんだよ。だから、私らだけなら、望み薄さ」
「そこで儂ら妖精族、それも賢者の出番という訳じゃな。既に奴は召喚の術式の効率改善、召喚体を簡略化しての多数召喚までは手掛けておる。それに召喚者の心の隙間を活用した世界間通信もそろそろ試験を行えると聞いておるからのぉ」
お爺ちゃんは自分の事のように、これまでの成果を誇った。
「それに白竜さんの竜眼もあるからね。術式に手を加えた際の変化は、誰よりも的確に把握できそう」
竜、妖精、それに街エルフ。この組み合わせなら結構行けるんじゃないかな。
そんな僕の楽観的な考えを見通したようで、師匠は首を横に振った。
「大きさを変えるというのは、術式の手直しとは訳が違う。そうそう簡単に行くものじゃないだろうよ。トウセイの変化の術がヒントになるかもしれないとは思うがね」
あれ?そこでトウセイさん?
「そこで「変化の術」何ですか?」
「奴の術式、というかその基礎となる思想、アレは極めて異質なモノなんだよ。アキも見て思っただろう? 鬼としてのトウセイと、大鬼としてのトウセイ、アレはどう見ても同じ種族じゃない。近い種ではあるが、鬼族がどう成長しても大鬼にはならない、そうだろう?」
確かに。人だって小さい人から大きな人まで幅は広いけど、それでも身長四メートルの人がいるかと言えばいない訳で、何か本質的に変えないとあぁはならない。
「単に縮尺を変えるような真似をしたら、自重で潰れちゃいますよね」
昆虫を我々並みに大型化したら、自力呼吸も出来ず、歩く事もできないし、と補足した。
「そう。生物にはそれぞれ相応しい大きさがある。その点では、妖精族もヒントになる気はするがね」
「ほぉ。儂らが役立つとな? 何故、そう思うのか教えてくれんかのぉ」
お爺ちゃんが値踏みするような顔で、師匠を覗き込んだ。妖精族に対する評価だと、やっぱり変わるね。
「翁、あんた達、妖精族は大きさを除けば、私ら人族の痩せた者とよく似てる。だがね、小さな鼠を解剖した事があるが、小さい体の生き物はその大きさ、生き方に合った体の作りになってるんだよ。妖精族は物の理から外れているとも思える」
「興味深い話じゃ」
あー、お爺ちゃん、人相が悪いよ。
「魔力は世界の理を捻じ曲げる。そして妖精族は高い魔力濃度の妖精界の住人だ。つまり、妖精族が高い魔力を保有しているのは、その魔力で物の理を捻じ曲げる事で、本来より小さな体躯を実現しているんじゃないかとね、そう思う訳さ」
ほー。
「なら、師匠。竜族も同様でしょうか? 高い魔力を膨大に身に宿すのは、そうしないと体が維持できないから、と」
「彼らが魔力豊かな自分の巣に必ず戻るのは、減った魔力を補う為。そこらの獣を食べる程度では補いきれない、そういう事さ。あくまでも仮説だがね」
師匠の話を聞いていたお爺ちゃんは、踊るように回ると、手を広げて笑顔を向けた。
「――素晴らしい説じゃ。儂らが妖精界に留まっておったら、その考えに到達するのは不可能とは言わんが、困難じゃったと思う。と言うか、儂らは、何故、他の種族はアレ程、巨大なのかと、そう考えておったくらいじゃ」
「お爺ちゃん達からすれば、こちらの竜族ですら、希薄な魔力に上手く順応しておる、とか話してたくらいだもんね」
「うむ。――それで、疑問に思ったんじゃが、儂らがこちらで交流している者達は、皆、そのような洞察力を持つものなんじゃろうか? ほれ、雲取様や七柱の雌竜達を竜族の平均的な姿とは思わぬように、という話があったじゃろ?」
そう問い掛ける様子は普段と変わらない。というか、さほど興味のある話題とは思ってない、そんな感じだ。そう装っている、と出会った頃なら気付かなかったかも。
「私は人族の中ではそれなりに名の売れた魔導師だし、アキはマコト文書の専門家、と言うか、それ以外に疎い世間知らずさ。どっちも普通からは程遠いんじゃないかね。ただ、魔力を一割に抑えて召喚しても、それでも、こちらの一流どころの魔導師並みだ。一般人にとっては注意が必要な魔力差だと覚えておいておくれよ」
「――なかなか全体の把握は難しそうじゃ」
「少ないサンプルから全体を推測するには、少ないサンプルが全体の構成を正しく捉えて縮小したモノである必要があるからね。それが上手くできれば、一億人が対象でも、数百のサンプルで足りるよ。その辺り、詳しく知りたいならケイティさんから統計学について学んでね」
その話でいくと、サンプルが全体のどの位置にあるか把握できる程度には理解してないと話にならないから、対象に対する理解もある程度ないとね、とも話した。
「うーむ、それは卵が先か、鳥が先かという話になるのぉ」
「妖精界の話だと、妖精の国にやってくる人達は、兵士とか、体力に自信のある狩人とかだろうから、サンプルはかなり偏ってるだろうね。その辺りは、妖精界でいきなり本番と言うよりは、こちらで手順とかも含めて試してからだといいんじゃないかな?」
召喚だから、妖精界と違ってリスクはないでしょう? と話すと、お爺ちゃんもうむ、うむと深く頷いた。
ただ、そんな話を聞いて顔色を変えたのはケイティさんだ。
「翁、私達に内緒で、ロングヒルの街に探索に行くような真似は絶対に控えてください。あちこちにある魔導具が壊れかねず、酷い混乱に陥る可能性すらあります」
真剣な眼差しで、切々と言い聞かせてきた。
「あー、うむ、勿論じゃとも!」
一瞬、視線が泳いだけど、お爺ちゃんは神妙に頷いた。やる気だったみたいだ。危ない、危ない。
「翁、そもそも、こちらに召喚されると、アキやリアと同様、魔力属性が完全無色透明になってるだろう? そんな隠れるのに有利な状況じゃ、探る訓練にはならないさ」
「その話もあったのぉ。――残念じゃ」
師匠にダメ押しされて、お爺ちゃんは、街への探検を諦めたようだった。
◇
先程の話からすると、白竜さんに「変化の術」を見せたほうがいいと思ったけど、雲取様が話を纏めるまでは、「変化の術」は他の竜には秘密にしておこうという話だったので、どうするか聞いてみたら、その件はリア姉が雲取様と相談して、白竜さんには見せる方向で結論が出たそうだ。
余計な説明なしで、魂を共有する別の術式の例として紹介するだけなら、そこから僕の出した竜族社会のあり様を変える提案には辿り着く事はないから、と。
そこに行くためには、前提となる知識、地球の歴史、国単位での社会分析、惑星全体を俯瞰した世界観など、多くがないと思いつかず、説明されても理解できないから、術式単独なら珍しい技と認識されるだけとの話だった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
今回は、小型召喚について準備という事で、師匠、翁と移動がてら意見交換を行いました。やはり長けた二人がいると話も色々と進みますね。
次回の更新は、2020年06月21日(日)21:05です。
<雑記>
2020年06月17日時点の厚生労働省発表の新型コロナウィルスに関する情報です。
「入院治療等を必要する人」が、760人と減少傾向に戻ってくれたので一安心しました。
2020年6月14日は801人
2020年6月15日は819人
2020年6月16日は871人
というように、増加に転じたか!?と思われる状況だっただけに、今日の減少は喜ばしい結果と言えるでしょう。ただ、やはり人数が減りにくくなってきているように思えます。重症化するとなかなか退院できない、という報道を裏付ける結果と言えるでしょう。