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10-14.新たな冬の日常

前話のあらすじ:アキ宛の残りの手紙二通、大型帆船の船長ファウストからと、久しぶりにミアの残した手紙となりました。アキもミアからの手紙を読んで大泣きしたことがあったこともあり、今回は涙目になるくらいで耐えられました。ミアの想定した未来から、乖離がかなり大きくなってきてます。

お爺ちゃんと一緒に、防寒着に着替えて庭に出ると、ジョージさんと部下の護衛人形さん達が出迎えてくれた。全員、白い揃いの防寒着を着ていて、無駄な動きがないから、プロっぽさ増し増しだ。


庭先はある程度、除雪されているから、それ程靴も沈み込まないけど、庭木の近くはかなり積もっていて、もう歩けそうにない。


「今日は降雪時の野外行動演習だ。当初はクロスカントリースキーを想定していたが、アキの雪への不慣れさを考慮して、今回はスノーシューを着けて歩行訓練を行う事にした」


ジョージさんが取り出したのは、足の接地面積を何倍にも増やしてくれる西洋かんじき、スノーシューだ。地球(あちら)と同様、フレームはジュラルミンのような軽合金製で思ったよりは軽いけど、左右合わせれば二キロ近くあるからそれなりに重い。


靴への装着の仕方を教えて貰いながら、両足に付けてみた。


「スキーの板に比べると随分と短いんじゃな」


お爺ちゃんも僕の周りを飛びながら、スノーシューを観察したり、杖で叩いてみたりと興味津々だ。


「そいつは、雪に沈み込まずに歩く為の道具で、滑る為のモノではないからな。それに裏を見れば、スキーとの違いは一目瞭然だ。スノーシューは前後と横に雪に食い込んで滑りを防ぐ爪が付いているが、スキー板の方は滑る為のモノだから、爪はない」


ジョージさんがスキー板と、スノーシューの背面を並べて説明してくれた。


「上から見た時は似ていると思ったが、裏を見るとまるで別物なんじゃのぉ。ところで、雪に爪を突き立てるというが、この通り、雪はふかふかで引っ掛からんと思うんじゃが」


お爺ちゃんは、積雪の表面に杖を突き刺して、簡単に動く事をやってみせた。


成る程。


「重さの話だから、妖精さんだとピンとこないかもしれないね。ほら、お爺ちゃん、僕が歩いた足跡を見て。スノーシューのおかげで、あまり沈み込んではいないけど、僕の重さで積雪が圧し固まって、固い表面になっているでしょう? そこに杖を刺したら簡単には動かないと思うよ」


僕はスノーシューを履いたまま、少し歩いて、庭に足跡を付けて、足跡の表面を調べるよう、示してみた。


お爺ちゃんはふわりと足跡の中に降りて、杖を刺して動かそうとしても、かなりの抵抗があって簡単にはいかない事を確認した。


「重さを利用して、爪が食い込む程度に押し固める事で、前に歩けるようにするんじゃな。よく考えられておるわい。じゃが、妖精サイズのスノーシューを作って貰っても儂らでは重さが足りそうにない気がするのぉ」


そう言って、お爺ちゃんは、靴に装着された形で仮初のちっちゃなスノーシューを創造すると、庭木の下に積もっている雪山に降りて試してみた。


すると、殆ど沈む事なく、雪山の上に降り立つ事ができ、そのまま歩いてみると、問題なく歩けて、お爺ちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「鳥が積雪の上を沈まないで歩けるのと同じで、妖精さんの重さなら、スノーシューで接地面積を大きくするだけで沈まないみたいだね。滑らかな斜面なら歩くにせよ、滑るにせよ、妖精さんの新しい遊びになると思うけど、どうかな?」


「儂らはこの通り体が小さいから、芝生に覆われた斜面であっても、儂らからすれば木々が生えた森と変わらん。雪山を滑る、いいのぉ、実にいい。こちらにくる若い連中に試して貰うとしようかのぉ。後で妖精サイズのスノーシューとスキー板を作って貰うとしよう」


そんな風に盛り上がっていたら、ジョージさんが残念そうな顔をした。


「楽しそうなところに悪いが、さっきの感じからすると滑るのは難しそうだ。念の為、翁用のスキー板を作って試してみるといい。量産前の確認で答えは出るだろう」


「上手くいかんのか?」


「滑るためには重さもある程度は欠かせないんだが、妖精は重さが足りず、斜面にそのまま立てそうだ」


「――ふむ。奥が深い話じゃ」


そう言って、お爺ちゃんは仮初のスノーシューを消してフワリと浮いた。


「話が横道に逸れて済まんかった。アキの訓練をするんじゃろう? 儂は子守妖精として横で見守る事にするから気にせんでくれ。皆の様子から何か閃くかもしれんからのぉ」


お爺ちゃんが元気に杖を振り回す様子を見て、誰からともなく笑みが溢れた。さぁ、雪道歩きに出発だ!





渡されたストックは長さが調節できるタイプで、登る時には短くするそうだけど、今回歩く大使館領内のコースは起伏があまりないので、長さは変えない。


サングラスをかけているお陰で、それ程眩しくはない。お爺ちゃんもいつの間にか、妖精さんサイズのサングラスを掛けていて御満悦だ。


普通の靴で雪道を歩く時と違って、スノーシューがしっかり雪を掴んでくれるから、とっても歩きやすい。スノーシュー同士がぶつからないように足を平行に開き気味にして歩く必要があるけど、注意して歩いているうちにだいぶ慣れてきた。


それにストックがあるおかげで、バランスも取りやすいし、腕の力も推進力に変えられるのがいい。


「初めは危なっかしい感じじゃったが、だいぶマシになってきたのぉ」


「うん。慣れてきたからね!」


慣れるペースが早いのは、この身体、ミア姉が雪道での歩き方をマスターしているから。お陰で僕は体の使い方を思い出していくように、体の動きに逆らわないようにしていくだけでいい。こういう時はほんと、できない事がないという街エルフの過剰とも言える教育は素晴らしいと思える。


……全部学び終えるのに百年以上かかるという問題点さえ許容すれば、だけど。


「それで、少しは周りを見る余裕は出てきたか? あそこを見てみろ。角栗鼠がいる」


ジョージさんが視線で軽く教えてくれたので、そちらを見てみると、少し離れた木の上からこちらを見ている角の生えた栗鼠を見つけた。ブラシの様に太くて大きな尻尾が可愛いね。ドングリをボリボリと食べてる。


「可愛いですね。他にもいるんでしょうか?」


「……アレでも角が生えてるから分かるだろうが魔獣で、並の狐や狸なら簡単に追い払う力もあるから要注意なんだがな」


幸い、好戦的ではないから、距離を離していれば問題ない、とも教えてくれた。


それからも、積雪の中に左右揃った足跡が続いていて、テンの足跡である事を教えてくれたりして、一時間程の訓練だったけど、とても楽しかった。


「アキは動物の生態に興味があるのか?」


装備を片付けながら、ジョージさんが聞いてきた。


日本(あちら)では、都市部だと、猫か鼠くらいしか見かけないので。テレビの番組とか本では見てたんですけど、本物を見る事ができて嬉しいです」


それと質問に答えてくれる人がいるからこそ、熱心に観察できる、と言うのもあると補足した。


「詳しい者が同行していた方がいいのは何故だ?」


地球(あちら)との比較をする意味でも、僕は素人なので、付随する情報が多い方が理解しやすいんです。アレと似てるな、とか、その種の系統なら、特徴はあれかなーって感じに」


切っ掛けになる単語とかがあった方が、話も思い出しやすい、とも。


「――そうか。それなら、折を見てイズレンディア殿に観察会を開いて貰うのも良さそうだ。翁も妖精界との比較という意味でも、興味はあるんだろう?」


森エルフのイズレンディアさんなら、確かに色々詳しそうだ。


「勿論じゃとも。やはり実物を見て専門家の話を聞けるなら、それに越した事はないからのぉ。その時は他の連中も参加させてくれ。学者の連中が最近は、こちらの動植物に興味を示しているからのぉ。そういった分野では書物を読むより実物に触れられるならその方が良い」


儂が見て、話しても、奴らは文句ばかり言って、自分達も連れて行けの大合唱でのぉ、とボヤいたりしてる。


「因みに、その方々って、賢者さんのようなタイプ?」


「……奴は特別じゃよ。それでも奴ほど嵌るとは思えんが、ちと注意しておこう」


お爺ちゃんは神妙な態度で頷いた。賢者さんの召喚への嵌り方は、対策の検討会を開いたほどだったからね。頭数が増える分、後手に回ると大変だ。





午後は竜族の訪問リストに従って、新たな竜、白岩様と呼ばれる成竜さんがやってきた。穏やかな性格との事だったので、お爺ちゃんに立ち会って貰い、暖房用に野外ストーブを三個に増やして、トラ吉さんにも足元で控えて貰った。


雲取様と似たような体躯だけど、速さより力強さに重きを置いたような筋肉質で、鱗は透き通るような赤銅色で、威風堂々たる天空竜って感じだ。


結構なペースで雪が降り続けている中、丁寧に降りてきてくれたんだけど、魔力の抑え方も、飛び方も最初の雌竜さん達よりは上手だけど、まだ洗練の余地がある感じだ。それでも僕達の為に配慮してくれているのはとてもありがたい。


雪の降り方が、降下してくる白岩様の近くで曲がる様はなかなか興味深かった。体表から等距離の範囲で重力偏向をしていると推測してたんだけど、体の部位毎に偏向の範囲や強度が違う感じだ。第二演習場の見張り位置では、貴重な映像を逃すまいと、研究者の皆さんが撮影用魔導具を並べて、白岩様の撮影に挑んでいた。雪が降る中、緩和障壁を握り締めて、撮影に集中している様は、鬼気迫るものがあって、何とも心強い。研究者たる者、それくらいの気概を見せてくれないとね。


挨拶もそこそこに、魔法陣の周りを、風と日差しを制御する魔導具で囲い、重装備の防寒具を着込んで、三つも野外ストーブを置いて、入念な寒さ対策をしている僕達への質問が相次いだ。


思念波は初めの数回こそ遠慮していたけど、問題ないと分かると、結構な圧でバンバン飛んでくる。


思念波から感じられる感情からは、特に悪意や隠し事もなさそうで、落ち着いた大人って感じと、子供のようなワクワクした気持ちが混ざって不思議な方だ。


<……それで今日は菓子は出せないのか>


かなり楽しみにしていたようで、落ち込む心がずしーんと響いた。


「寒い日に冷たい飲み物を飲んでも体が冷えてしまうでしょう? それに雪が降ってる中だと、食べ物も飲み物もすぐ冷えてしまいます。やっぱりどうせなら、美味しくいただいて欲しいですから。冬と言ってもずっと雪が降る訳ではありませんから、日差しの温かい、風の穏やかな日にいらした際に、味わってください」


僕が次も来る事を前提に話すと、白岩様は不思議そうな表情を浮かべた。


<なぜ、次も来ると思ったのだ? 雲取から何か聞いたのか?>


お爺ちゃんやトラ吉さん、それに僕の振る舞いに視線が動いていくけど、そこに邪気は感じられない。それに思念波から得られる情報からして、また来る可能性は高い、と思えたんだよね。


「白岩様はこちらに来ても殆ど疲れておらず、妖精族のお爺ちゃん、角猫のトラ吉さん、それに街エルフの僕を見ても、興味は増しても、拒む雰囲気もありませんでしたから。僕と言葉を交わす事にも注意を向けてくれていますし、僕達のことを理解しようともしてくれています。ですから、訪問を今後も続けていただける、そう判断しました」


思念波からある程度は推測できるんですよ、と伝えると、少し考えてから白岩様は満足そうに頷いた。


<便利なモノだ。我らは小さき者達からは恐ろしく見えるようでな。害するつもりもないのに、恐れて逃げ出される事も多い。それで、街エルフは皆、そのように思念波から意思を読み取れるものなのか?>


最強の種族としての自信があるからか、自身の意思が伝わる事も、動きの少ない表情筋を補って便利、くらいに思ってる感じだ。


まぁ、人間だって可愛い仕草を見せる仔猫に、自身の心が読まれたとしても、それを不快に思ったりはしないと思う。それどころか、うちの子は賢い、と小躍りしそうだ。


「心話に熟達した一部の魔導師以外はあまり読み取れないようです。それでも大まかな感情はわかりますよ。楽しそうとか、興味をもってくれているとか」


<ふむ。其方らが我らとの交流の為に探しているという巫女だが、思念波から心の内を読み取る力量も考慮すると良いだろう>


「はい。ありがとうございます」


お礼を伝え、それからも白岩様と色々と話をした。白岩様は心話をするより、小さい僕達が身振り手振りを加えて話をする姿を見ながらの方が好みらしい。


小動物を愛でるような感覚だね。


それでもお爺ちゃんを竜眼で見た時は、目を大きく開いて驚いていた。まぁ、それを言うと、僕の事も竜眼で見て、やはり驚いて、見た目との差が大きいとは聞いていたが、これ程とは……などと話した程。


それでも、至近距離でなければ、危機意識を持つ感じではないようで、雲取様と同様、尻尾の上に頭を乗せる、猫の香箱座り相当の姿勢で、ずっとお話ししてくれた。


次に飛んでくる時に、所縁(ゆかり)の品を入れてもってくるからと、手首に付ける鞄が欲しいと言われたので、お爺ちゃんと一緒に手首周りの計測をして、バンドの長さを調整した鞄を渡して、今回の訪問は終了となった。


去っていく白岩様が雲の中に消えてから暫くして、学者の皆さんも計測を終えた。遠くからでも見える程の興奮ぶりで、今回の計測で、竜の重力偏向能力への理解が深まるかもしれない。楽しみだ。

ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。

穏やかな日常ということで、今回はスノーシューを履いて雪道を歩き回りました。日本でもスキーやスノーボードを楽しむ人はいても、スノーシューを履いて雪山を歩く人はそう多くないでしょう。アキも初めての経験で大喜びでした。

次回の更新は、2020年06月10日(水)21:05です。

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