10-10.「変化の術」の竜眼分析
前話のあらすじ:雲取様に召喚を利用した「死の戻り(疑似)」について相談してみたところ、盛大に駄目出しされました。妖精族もそうですが、「いいね、それ」という感性の人は少ないようです。(アキ視点)
雲取様が大きな箇条書きのメモを、手首に付けた鞄に大事に仕舞い込んだのを確認していると、演習場脇から、こちらにトウセイさんが肩に師匠を乗せて歩いてきた。後ろにはリア姉もいる。
師匠とリア姉は僕と色違いの防寒着で、トウセイさんも他の鬼族より厚い防寒着を着ていた。師匠は空間鞄も抱えている。
なんか、師匠がキョロキョロと周りの見る感じが子供みたいで楽しそう。
「師匠、眺めは良いみたいですね」
「話すにはここの方が都合がいいんだよ。――雲取様との話はキリがいいようだね」
「はい。先程、話した内容を箇条書きにしたメモも渡しました。それで、皆さんはどうしてこちらに?」
「雲取様に「変化の術」を観せに来たんだよ。疲れているなら明日にするが」
<我は問題ない。色々と驚く事だらけではあったが疲れてはいない。観せて貰えるなら是非観たい。其方が術者のトウセイか。できれば、緩和障壁は外して欲しい。どうか?>
「せっかちだね。翁、賢者を呼んでおくれ。竜眼で観た内容を話し合いたい」
「良いとも。そう言われると思い、奴とは既に調整済みじゃ。ほれ!」
お爺ちゃんが召喚魔法陣を起動すると、すぐに妖精の賢者さんが現れた。
「ふむ……雪か。通りで寒い訳だ。リア殿、例のモノは持ってきているかね?」
賢者さんの問いに、リア姉が頷くと、師匠が空間鞄から、大型帆船用の特大宝珠を取り出した。
以前見たモノと違い、何も見えないんだけど、結構な魔力の圧を感じる。と言っても、抑えている雲取様の魔力よりも弱い感じだけどね。でも凄く安定していて、不安は感じない。
「これが魔力を貯めた時の宝珠なんですね。これ、リア姉が魔力を篭めたの?」
「そうだよ。トウセイ殿が大鬼に変化すると、魔力がすぐ尽きるというからね。何かの足しになるんじゃないかと考えたんだ」
「なるほど」
宝珠に貯められた魔力をトウセイさんが使えば、魔力不足も解決って事だね。
だけど、その話を聞いてトウセイさんが狼狽した。
「待ってくれ。魔力は必要だが、そんな高い位階の魔力を膨大に用意されても、私が直接使うのは無理だ!」
おや?
「宝珠に入れた魔力って、お弁当箱みたいなモノで、お腹が空いたら食べればいいって感じじゃありませんでしたっけ?」
僕の問いに、師匠が溜息をついた。
「いいかい、アキ。アキが私の事を背負う事は出来るだろうが、トウセイの事を背負おうとしても潰れてしまう。人の背負える重さには限度がある。魔力も同じさ。しかし鬼族でも無理かい」
「でもって、師匠でも合わないんですか?」
「冗談はよしとくれよ、私はまだ死にたかないね」
うわー、自分が死ぬような話をトウセイさんには振るんだ。トウセイさんも表情が引き攣ってる。
「ソフィア殿、鬼族でもこんな魔力は無理だ。妖精族や竜族ならもしや、とは思うが」
僕達の視線が賢者さんに向いた。
「妖精の国でもこれ程の魔力泉はないからな。竜族なら体も大きいから我々よりは可能性はあると思うが」
皆の視線が雲取様に向いた。
雲取様は竜眼で無色透明なリア姉の魔力を沢山溜め込んでそうな特大宝珠を暫く眺めていたが、やはり溜息をついた。
<何か工夫をして魔力を合わせねば、そのままでは竜族であっても体を害する毒にしかなるまい>
人族<鬼族<妖精族≒竜族
って感じかな。竜族は魔力量が多く、妖精族は位階が高いという違いはありそうだけど。
<それで、宝珠の魔力なしでどの程度、変化していられるのか?>
まぁ、宝珠はおまけだからね。
「……三十秒程でしょうか。ただ、できれば十秒程度で元に戻したいです」
うーん、思った以上に短い。というか大鬼の燃費が悪いんだか、魔力の蓄積が足りないのか。
「魔力を十分に貯めていれば、二十分は変身してられるんだ。ただ、故郷に帰った後は、魔力の豊かな場所の利用も限られてしまい、なかなか貯める機会がなかったんだ」
成る程。でもそれでも二十分。鬼族が実用化を断念したのもわかる。
<まずは十秒でいい、観せてくれ。それでどの程度の時間が必要か、ある程度わかるだろう。その後、宝珠の魔力を使う工夫をすればいい。どうだ?>
「私達は一度見ているからね。それでいいさ。それじゃ、トウセイ、やっておくれ」
師匠に言われて、少し腰が引けてるけど、皆から距離を離して、トウセイさんは大鬼に変身した。
<ほぉ……>
その場で入れ替えたような大鬼の出現に、雲取様は感嘆の声をあげたけど、時間もないので早速、観察を始めた。
でも、やはり十秒は短い。
「変身!」
あっと言う間にトウセイさんは元の姿に戻ってしまった。
「少し短かったですね」
「抑えて貰っていても、やはり天空竜の圧はキツかったんだ。それに、この天候だと大鬼化してても寒くてね」
などと、手をさすりながら教えてくれた。
あー、成る程。前回見た時も服装は夏、秋兼用くらいで、防寒機能はあまりなさそうだった。
あ、でも、それだと変身時間の制約はキツいね。
「トウセイさん、そうすると大鬼の状態で採寸して、大鬼用の防寒着を用意して貰うのはキツいですよね」
「……そうなんだ。だから今、大鬼の時に着てる服も大雑把に作ったからサイズもいまいち合ってないんだ」
問題、山積みだ。
◇
それから、特大宝珠を取り出して、賢者さんが魔力の位階を落とす魔法陣を披露して、それを試しに多段構成に変えてみたら、竜眼で眺めていた雲取様が効率の悪い部分を指摘し、師匠やリア姉が魔法陣の改良方法を提案して、といった具合に、あれよあれよと言う間に、特大宝珠からトウセイさんに合わせて魔力を潤沢に供給する複合型魔法陣の試作型ができてしまった。勿論、当事者のトウセイさんもすぐに巻き込まれて、初めは腰が引けていたけど、すぐに慣れていったようだ。
ケイティさんを見ると、そんな彼らの様子を構図をあれこれ考えながら撮影していた。多様な種族が共に研究する様子は貴重なので撮影するように、とリア姉からの指示らしい。
僕とお爺ちゃんは手持ち無沙汰になったので、皆が魔法陣の改良に熱中している間、離れたところで除雪作業をしている魔導人形さん達の作業を眺めたり、実際にスノーショベルやママさんダンプを借りて除雪作業体験させて貰った。
◇
「それでトウセイ、どんな具合だい?」
トウセイさんは、焚火に手を掲げるように、魔力供給魔法陣に向かい、暫くそうしていたけど、何とも複雑な表情を浮かべた。
「素晴らしい。壺に水を溜めるように、枯れた身に魔力が満ちていくのがわかる。これなら、変身した後に魔力を貰えば、その間は変身しながらでも、魔力も貯めていけると思う」
その割にはなんか悔しさというか虚しさすら感じられた。
「どこか問題でも?」
「……いや。乏しい魔力をどうにか効率よく貯めようと奮闘していた時間はなんだったのか、と少し、ほんの少し、虚しく感じられただけだよ」
まぁ、巨大な池に柄杓で水を注ぐような話だもんね。それを空から豪雨を降らせたような勢いだったようだし。
「魔力を効率よく、と言うのは今後、最重要になる研究ですから、悩んだ時間は無駄にはなりませんよ」
「まぁそうだね」
トウセイさんは慰められたと思ったようで、力なく頷いた。
うーん、そうじゃなく、本当に重要なんだけど。
「えっと、トウセイさん、魔力効率を数%高めたとします。僅かな差に思えるかもしれませんけど、百万の民が対象なら、数万人分に分け与える魔力を捻出したのと同じ意味なんです。そう考えれば、新たな仲間の力を活かして、術に大きな改良を加える為にも、これ迄に培った経験は大切な宝、そうでしょう?」
一つの術の改良、でもそれを使うのが数十万、数百万なら、その影響は計り知れない。
それに、地に満ちた魔力とて、いつ迄も豊かとは限らないのだから、無駄なく効率を求めるのは大切、とも伝えた。
トウセイさんは自分の術が大勢の人に使われると思い出してくれたようで、それが何を意味しているのか、改めて考えているようだった。
そして、先ほどの話に予想外に反応したのが賢者さんだった。
「アキ、先ほどの話だが、地に満ちた魔力が減っていくかもしれないと言うのは、理由のある仮説なのか?」
魔力豊かな妖精界、だけど、いつまでも豊かとは限らないのだからと言われれば、気にもなるか。
「地球の話になりますけど、いいですか?」
「――今の問いに関係するところだけ話してくれ。それで、あちらの話というが、魔力のない世界が、元は魔力に満ちていたとでもいうのか?」
それはそれで夢がある話だね。
「いえ。でも似たような話かも。燃えている蝋燭をコップにそっと入れると、蝋燭は残っているのに火が消えてしまいますよね」
「うむ」
僕は燃焼や元素の概念について一通り説明した。
「それで、呼吸に必要な酸素なんですけど、その濃度が濃い時代があったり、薄い時代があったり、全然ない時代があったりと、かなり変動していることがわかったんですよ。何千万年とか、何億年というレベルの話ですけど」
「ほぉ。そのように昔の時代の空気をどう調べ――」
「そこまでだよ。今はトウセイの変化の術を分析するのが先さ。というか、少しは年寄りを労るもんだよ。こんな寒空にずっといたら凍えちまう。リア、何とか言っておやり」
「あー、そうだね。私達、街エルフや人族は雪の降る日は家の中に篭っているのが普通なんだ。召喚されている妖精族や、体の大きな鬼族や竜族に比べると寒さに弱い、そう思って欲しい」
<わかった。それで二人は大丈夫なのか? 無理をしてまで急ぐ必要はないぞ>
雲取様は、二人を竜眼で見て、心配そうに聞いてきた。
「そこまで心配されるほど、衰えちゃいないさ。とは言え、用事は早く済ませたいがね。帰ったらのんびり風呂に浸かりたいねぇ。トウセイもそう思わないかい?」
「寒い日には風呂、その通りです。それと人族ほどではないにせよ、鬼族もやはり寒い日は家に籠もりますから」
なんか、三人で風呂の良さをアピールしているけど、体が小さ過ぎて湯船に浸かる風習がない賢者さんも、身体が大き過ぎて浸かれる湯船がない雲取様もいまいちピンとこないみたいだ。なんか微笑ましい光景だね。
そんな風に眺めていた僕達に、師匠が思い出したといった感じで話を切り出した。
「そうそう、アキ、翁。二人は外でカマクラを作ってきな。エリーも呼んだからね。ケイティの指示に従うんだよ」
おや?
ケイティさんを見ると、丸められた書類と、空間鞄から長杖を取り出して見せてくれた。
「ソフィア様から、魔術でカマクラを作る指示書を受け取っています。エリザベス様の修行も兼ねるとの事です」
成る程。
「おぉ、それはいいのぉ」
「翁も参加されるのでしたら、子守妖精役を召喚してください」
「わかっとる。彫刻家を――」
「翁、彫刻家は魔力変換の魔導具作りに呼ぶぞ」
賢者さんから先約が入った。
「仕方ない、なら、近衛も呼んでくれ。話は通してある」
お爺ちゃんの話を受けて、新たに二人が召喚された。
「外でエリーが待っているから早く行っておやり」
「わかりました。では、皆さん、研究を楽しんでください。熱中し過ぎちゃ駄目ですよ?」
わかってるよ、と手を振って追い払われた。師匠は護衛の人形遣いさんに指示して、野外用のストーブを近くに持ってこさせて、空間鞄から椅子を出して座ったから大丈夫そう。
僕達は、ケイティさんに先導されて、第二演習場の外にある雪捨て場へと向かった。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
雲取様とアキが心話をしている間に、他のメンバーが到着し、「変化の術」を竜眼で観察することになりました。……が、やはり変身時間が短く、持参していた特大宝珠から魔力供給する工夫を皆ですることに。一時間ほどで試作術式ができあがってますが、これは当然、常識からすればありえない改善速度です。子供の妖精に合わせて魔力を弱めて渡すような技がある(妖精界は魔力豊富なので、大人が食事を冷まして幼子に与えるように、魔力を弱めてから渡す、ということがある)からこそできた短期改良だったと言えるでしょう。次回は研究組から離れてエリーとかまくら作りです。
次回の更新は、2020年05月27日(水)21:05です。