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2-14.新生活三日目③

 講義も一通りの説明をとりあえず終えた、ということでちょっとお茶を飲んで一息入れた。


「さて、ここまでで何か疑問や質問はありますか?」


 ケイティさんの言葉に、並んでいる人工衛星や飛行杖、転移門の描かれた絵画を眺めて教わった内容を思い返してみる。


「そうですね、国際宇宙ステーション並みに大きな衛星を運用できること、いつでも効率は悪いとはいえ、追加物資を送りつけることができるのは凄いと思うんですが、衛星で地上を監視した結果、情報はどのように地上に送っているんでしょうか?」


 偵察衛星も初期の頃は、撮影したフィルムを地上に降下させて、大洋に着水したカプセルを回収するような真似をしていたくらいだし、無線が使えないとなると大変そうだ。でも姿勢制御をレーザーで行っているというし、物資が送れるくらいなら、情報を入れたものを転移門経由で返しているのかも。


「実は転移門は二種類あるんです。一つは物資輸送のための大型のもの。大型と言ってもしゃがんだ人が通れる程度の直径ですが。そしてもう一つは針先ほどの大きさの極小の転移門です」


「そんな小さな? もしかして極小の転移門を使って情報送信をしていると?」


「その通りです。高精度なカットを施された極小の魔力結晶に観測した情報を封入し、厳密な時刻同期を用いて、極小の魔力結晶を送るだけの刹那の時間、極小の転移門を開く仕組みで運用しているのです」


「それは転移門の稼働に必要な魔力を節約するためですか?」


「はい。転移門を稼働させる魔力は大雑把に言うと、門の大きさ、門を開く時間の長さ、門同士の距離によって決まります。このうち、距離は変えようがないので、後は門をできるだけ小さく、そして短時間開くようにすることで魔力を抑えています」


「そして、送る魔力結晶が常に同じ大きさであれば、転送も安定する訳ですね」


「そうなります。おかげで毎日のように観測情報を地上に届けられることになり、衛星を高い頻度で利用できるようになりました」


 ケイティさんも誇らしげだ。いつでも必要な時に観測結果を得られるのなら、その恩恵は計り知れない。街エルフが他国より大きくリードしているのは間違いないだろう。


「他に疑問や質問はありますか?」


 考えてみる。地球あちらと繋げるという意味では転移門は一見役立ちそうだけど、地球あちらに門を持っていく必要がある時点で、そのままでは役に立たない。なのでそちらはちょっと保留して。さて、空間鞄だけど、見た目より沢山物が入って、しかも中の時間は進みが遅いらしい。なんとも便利だし、口の大きさに合えば、長さのほうはかなり許容できるようでなかなか面白い。そういえば衛星軌道上でも空間鞄を取り出せるという話だけど、ちょっと疑問が湧いてきた。


「ケイティさん、空間鞄から物を取り出すと、鞄の口と取り出した物の相対速度はゼロって考えていいんでしょうか? つまり、鞄が高速移動していたとしても、鞄から物を取り出したら相対速度ゼロ、つまり鞄と同じ速度で、取り出した物は移動するのかな、と」


「そうですね。そうでないと危なくて使えません。それが何か?」


「静止衛星軌道って、地上からは静止して見えるけど実際には、惑星の自転速度に合わせて物凄いスピードで移動している訳です。その速度で移動している最中に、地上で入れておいた物を取り出すと、鞄と同じ速度で動いているとなると、取り出した物の速度はどこから出てきたのかな、と疑問に思ったんですよ。ほら、速く走るとそれだけ疲れる訳で、静止状態から加速するのには沢山の力が必要になるでしょう?」


 僕の説明にケイティさんはなるほど、という顔をした。


「それは、空間移動の原理ということになっています。確かにこちらの研究者の間でも、その差分のエネルギーはどこから出てきた、と議論になりまして、結局、どこからか減ったり増えたりしている様子は観測できず、空間を移動する場合、空間を繋ぐ通路、この場合は空間鞄の口ですが、そちらとの相対速度ゼロで出現するのは、そういう原理なのだ、と」


「原理?」


地球あちらでいうところの光速度不変の原理みたいなものですよ。一応、いろんな学説はあるようですけど、観測した限りそうなのだからそれは原理として認めよう、というのが現状です」


 ケイティさんも、踏み込んだ学説までは知らないようだけど、それは仕方ないことだと思う。それにしても空間って不思議だ。こちら特有なのか、地球あちらでも同様なのか。なかなか興味深い。


「ところで、空間鞄ですけど、上の取り出し口とは別に、横に取り出し口とか付けたりできないんでしょうか?」


「は? 横、ですか?」


 ケイティさんは、想像外の質問といった顔をしている。そんなに変なことかな?


「大きな鞄に物を入れると、底のほうにある物を上から取り出すのって大変じゃないですか。そんな時、横にも別の口があれば上からよりも簡単に取り出せて便利、といった感じなんですけど、そういった鞄はありません?」


「長期戦闘用のバックパックなどは確かに取り出し口が複数ありますが、それを空間鞄にすることがどう繋がるのかわかりません」


「空間鞄ですけど、物が入っている空間は鞄よりずっと大きくて、それって鞄の中に小さく圧縮されている感じではないですよね」


「物の大きさが変わるということはかなり難しい魔術になり、空間魔術とは別になりますので、それはありません」


「ということは収納できる空間というのは、鞄の中ではなく、どこか別のところにあり、空間鞄の取り出し口はそことこちらを繋ぐ門のような役割をしているのかな、とイメージしたんです」


「そうですね。空間鞄は、その名前の通り鞄に紐づいた独立した空間を持っていると言われています」


「考えたのは、その独立した空間に紐づいた取り出し口を二つに出来ないかな、とまぁ、そういうことです」


「それって何か得になるでしょうか?」


 ケイティさんはどうも利点がイメージできないっぽい。というか最初の例えがちょっと悪かったかも。


「すみません、一つの空間鞄に取り出し口が二個あっても利点はないですね。僕が言いたかったのは、同じ収納空間に紐づいた取り出し口を持つ空間鞄が二個あったら便利だろうということなんです」


「それは、空間鞄Aから入れたものを、空間鞄Bで取り出せるといった感じでしょうか」


「そうです。空間鞄と一緒に、独立した空間も衛星軌道上を超速度で移動していると考えるのは何か変ですし、独立した空間とこちら側には、距離感のような物はなく、ただ繋げるための経路というか関係が、取り出し口を使って成立しているように考えたんです」


「できるのか、できないのかちょっと私には想像できないです。ただ、もしできれば、わざわざ国家間を配達人が運ばなくて済む訳で、物流網の革命が起きますね」


 できれば凄そう、とケイティさんは取り出した紙にメモした。


「まぁ、転移門の真似事ができる訳ですからそれはそれで便利とは思います」


「それだけではないと?」


「低いところで大岩を入れて、高いところから取り出して落とせば位置エネルギーから、運動エネルギーを取り出せるでしょう? 取り出したエネルギーで仕事をさせれば、ほら、無補給でエネルギーを取り出し放題な永久機関の完成ですよ! 船に搭載してスクリューを回す仕事をさせるだけでも無補給でこの星を一周して帰ってくるなんてこともできるでしょう。それにそうですね、物騒な話ですけど地上で大岩を入れて、衛星軌道で取り出して下に墜とせば、それだけで隕石落としになるでしょう? いくらでも隕石落とし放題っていうのはかなりインパクトがあると思うんです。あぁ、空間鞄に魔導人形をセットにして月に送ってみるのも面白そうですよね。月の資源を取り放題とか。あと――」


「ちょっと待って、アキ様、待ってください」


 ケイティさんが慌てて両手でジェスチャーをしてまで、話すのを一旦停めるよう言ってきた。


「一旦、この話は検討させるので、口外しないよう約束してください」


「それはいいですけど、なぜですか?」


「空間を共有する複数の鞄を作ることはできるかもしれませんが、何か怪しいというか危険な気がするんです」


「それは、元手なしで簡単に永久機関でエネルギー取り放題とかそのあたりでしょうか?」


「はい。できれば素晴らしいとは思います。ただ、こうも思うんです。何も対価を支払うことなく何かを手に入れ続けるなんて都合のいい話が本当にあるのか、と。実は私達が知らないだけで、取り出した分だけ何かが減っているのではないか、と」


「大々的にやる前に、裏は取っておかないと確かに怖いかもしれませんね」


「それに、空間鞄を運動エネルギーを得る道具と見做す話ですが、別に共有空間を持つ鞄がなくても成り立つ話ですよね? 高い塔を用意して、上まで鞄を運んで、入れていた大岩を取り出して落とす、でも良いのですから。それに大岩を落とす力の一部を利用して、下にある鞄を持ち上げてもよいと」


「そうですね。地球あちらでも余ったエネルギーを使って水を高い位置のダムの揚げることで、エネルギーを貯めておく揚水発電所というのがありますし、無尽蔵にエネルギーを取り出し放題なだけでも便利で、すぐ試せそうですけど、逆にそれが怖いかも」


「……そうです。アキ様にとってはちょっとした思いつきでも、とんでもない結果が出てしまうかもしれません。アイデアを第三者に話す時にはよくよくご注意ください。当面はないと思いますが、我々が同席しない状況で、他国や鬼族と話をするような機会があったら、本当に注意してください」


 ケイティさんは、なぜか随分念を押してくる。


「そんな機会があるとは思えませんけど気をつけます。でも、気にしすぎじゃありませんか?」


「こちらでは、大半の人は目に見える狭い範囲、自分の国で生きて死ぬ、それが当たり前なんです。誰も世界地図が必要な生活はしていません」


「竜のせいで移動が制限されているから、というお話でしたよね。覚えています」


「明日、講義で触れますが、そもそも大海を渡って貿易しているだけで海外でも驚愕されるほどなのです。貿易で持ち帰った品はぜんぶ舶来品の一括りになっていて、どこ産なのかなどという情報は一般には流れていません。高価な品ではあるが流通はしている、それが舶来品です」


 聞いていると、海外との貿易レベルは、物量はともかく情報は鎖国していた江戸時代並みといった感じだ。


「まさに舶来品なんですね。祖父母に聞いた昔のお話に近い気がします。僕が暮らしていた感覚だと、世界中から物が入ってくるのが当たり前で、国内産のほうが珍重される風潮さえあったくらいですから。気をつけます」


 こちらでは人件費より、運送コストが圧倒的に高いのだから、舶来品が高いのは当たり前。やっぱり地球とは随分違うものだ。


「はい。では、今日の講義はここまでとします。この後は外で、魔力感知訓練になります」


「わかりました」


 なかなか有意義な講義の時間だった。


唐突ですが、タイトルを変更しました。

旧タイトルよりは、本作品の特徴をズバッと表していると判断しました。

次回の投稿は、五月二十日(日)二十一時五分です。

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