10-9.雲取様との検討会(後編)
前話のあらすじ:これまでの再確認ということで、雲取様と人形竜を用いた同時召喚や、空中管制、集団戦、竜用魔道具装備という概念の紹介、それに写真と文字を組み合わせた竜向けの瓦版の話をしました。こうして列挙してみると、アキの示した話も盛り沢山ですね。
あ、そうだ。もしかしたら適任者がいるかもしれないから聞いてみよう。
<雲取様、ちょっと話しにくい内容なんですけど、精神的に強靭で、逆境でも決して折れない、自らを実験台にする事も厭わない、そんな竜に心当たりはありませんか?>
<……その言い方からして、嫌な予感しかしないが、仮にそんな竜がいるとして、何をやらせようというのだ?>
また変な事を言い出した、なんて構えたポーズを隠そうともしないで聞いてきた。
<妖精のように、天空竜を召喚しようという話があるじゃないですか。それで、この話は人形竜を用いた方ではできない話なんですけど、実際に空中戦で致命傷を受けて貰う事で、刹那の見切りとか、生死の境目を見極めるみたいな、戦闘術の極限に挑んでみたらどうかな、と思いまして>
<な、なんだ、その発想は⁉︎>
まるで悪魔でも見たように、異質な悪に触れたとでも言わんばかりの警戒感丸出しに変わった。
<日本の娯楽作品でよく見かけるんですけど、死んでも死ぬ前に記憶や経験を残したまま戻れる、死に戻りみたいな能力とか、呪いとかが出てくるんですよ。で、極限を何度でも経験する事で、常識を遥かに超える速度で成長したり、生死の境目を見極める能力が伸びて、目覚しく活躍する〜みたいなのがありまして。勿論、物語の中だけの話で空想に過ぎないんですけど、ほら、こちらでは召喚体が致命傷を受けても本体は傷付かないでしょう? 普通なら危険な事でも何度でも経験できるから、究極を目指すなら、やってみる価値もあるかなーって>
僕の説明を聞いて行くうちに、雲取様から、頭を抱えて、なんと話そうか悩む、そんなイメージが伝わってきた。考えが伝わるのを避けようとする、そんな気遣いもできないほど困惑してる感じだ。
かなり時間が経ってから、やっと精神的な動揺が収まってきて、僕に意識を戻してくれた。
<……アキ、まず聞きたい。その話に適任の竜がいて、そんな経験を積ませて何を目指そうというのだ?>
そもそも最強なのに、そんな戦闘狂を求める理由がわからない、そんなとこかな。
<戦闘後も、もう一戦できるくらいの余力を残して戦う格上の竜と、己を一つの刃と化して全てを一撃にかける体格に劣る竜、どちらが強いかと言えば、後先考えなければ後者が勝つ確率が高いでしょう? それに竜も沢山いれば、中には跳ね返りもいるでしょうから、そんな彼らを束ねて平時に統率を乱さないようにする必要も出てくるかと思ったんですよ>
<そもそも人族で、そのような試みをして上手く行った例はあるのか?>
<死に戻りは架空の話ですから実例はありませんけど、全てを一撃にかけて攻撃力と持久力全振りみたいな戦い方なら、日本なら島津の示現流がそうですし、こちらだとロングヒルの戦士達がそうなので、成功してる例は多いと思います>
<……なんだと? こちらにも、そんな真似をする人族がいる、というかロングヒルの人族はそんな、なのか⁉︎>
<そうですよ。ほら、先日の総合武力演習でも訓練の成果を見せてくれました>
僕は、その時見た彼らの激しい立木打ちの記憶を渡してみた。
雲取様はそれを自分達、竜族に当て嵌めて想像して、勘弁してくれ、と大きく凹んだ。
<アキ、まず、言っておく。確かに竜族にも荒々しい気性の者はいる。争いを好む者もな。だが、後先を考えず全てを一撃にかけるような気性を持つ者はおらん。福慈様なら、昔の気性の荒い世代を覚えておいでだろうから、もしかしたら該当する者もいたかもしれないが。我ら竜族は個で戦うものだ。集団戦ならば自分が攻撃だけに専念しても他の者がカバーできるだろうが、我らはそうではない。それに傷を負えば癒えるまで満足に戦えず、そうなれば縄張りも維持できまい>
成る程、それもそうか。
<言われてみれば、そうですね。では強靭で、逆境でも決して折れない、自らを実験台にする事も厭わない、そんな竜の心当たりは?>
<いない! いいか、アキ。そもそも、竜の鱗は大半の攻撃を通さない。幼少期さえ乗り切れば、命の危険を感じる事すら稀だ。手酷い傷を負えば、そもそも長生きできん。我らは寿命が長い分、保守的なのだ。時間が掛かっても、相手を倒す、追い払う術があるなら、そちらを選ぶモノだ>
人のように医療技術も発達しておらず、怪我をしたら自然治癒に任せるしかないなら、まぁ、そうもなるか。
<ふむふむ。その行動原理は大陸竜達でも同じ感じでしょうね。多少のハングリーさ、荒さはあるとしても>
<そうだ。だいたい、その「死に戻り」だったか? そんな真似をして精神がまともでいられるとは思えんぞ>
<それは妖精さん達にも言われました>
<当たり前だ! というか、それでも我に聞いたのは何故だ?>
<異なる種族なので、念の為に聞いておこうかと>
<……とにかく、アキが言うような竜はいないし、召喚体で手傷を負うような真似も駄目だ! それと、今後、心話をできる者が出てきたとしても、ロングヒルの者とは厳重な対策を用意してからでなければ試さぬ。良いな>
うわー、なんか、かなり警戒感を強めてしまったようだ。
<そこまで気にしなくても良いのでは?>
<心話では、我らの強みが何も活かせない事を証明したのはアキではないか。それにどうなのだ? アキはロングヒルの戦士達と心話をできるとして、やってみたいのか?>
んーと。
<普通に話をしてみて、危なくなさそうなら、でしょうか>
いきなり心を触れ合わせるのは怖過ぎる。
<そうだろう。我らも同じだ>
<そうなると、人族より更に全体の為には自己犠牲も厭わない小鬼族なら?>
<最低でもロングヒルの者達と同じレベルで安全確認をしてからだな。……しかし、そうか。巫女を増やせばいいと軽く考えていたが、安易に考え過ぎていたやもしれん>
心話だと竜の強みが活かせない、例外は福慈様くらい地力に差があれば、力で押し切るみたいな真似もできるんだろうけど。そもそも、心話自体、僕やリア姉みたいに誰にでも触れて実行できる事自体が特殊スキル扱いされてるくらいだし、心話の経験を積んだ竜はまぁ、いないと思う。
<まだ、候補も見つかってませんし、その辺りは見つかってから考えましょう。今考えても仕方ない話です>
<――うむ。召喚と心話の件は他の者達にも確と伝えておくのだぞ>
<はい、ちゃんと伝えておきます>
安全第一、アレな輩とは心話はしない、と念押しされたので、神妙な態度で約束した。
◇
心話を終えて、意識を外に戻すと、ちょうど、お爺ちゃんがストーブに薪を入れ終えたところだった。
「おや、思ったより早かったのぉ」
「導入を検討する項目について、概要を軽く話しただけだからね。大筋では悪くないと思うけど、今後、詰めていく内容は盛り沢山だよ」
<アキ、アレで軽くなのか?>
雲取様の思念波からは困惑してるように感じられた。
「まだ、あくまでも方向性だけで、いつ、誰と、どうやって話を進めていくか、具体的な話はまだまだこれからじゃないですか。雲取様も全部自分で抱え込まず、他の方にも上手く話を割り振っておいた方がいいと思います。掴んだ手では、他の物は握れない、ですよ」
七柱もいるのだから、白竜さん以外の六柱に話を振ってみてはどうか、と聞いてみた。
<……うむ。確かに賢く信頼できる者達ではあるが>
「キミにしか頼めない話なんだ、とか囁けば?」
僕の提案に雲取様は顔を顰めた。
<なぜ、皆がそれぞれ同じように囁かれたのかと、吊し上げを喰らう未来しかないぞ、それは>
「皆さん、仲がいいですもんね。でも、どの話もリンクしてるところがあるし、どうせなら雲取様を含めた八柱で、実績を積み上げて、他の竜達に実演してみせるのが手っ取り早い気もするんですよね」
<……少し考えさせてくれ>
「はい。慌てず考えてください」
雲取様にも男友達はいるだろうけど、多分、そっちに話を振るのは無理だろうなぁ。雲取様と一緒に進めていく話、そんな美味しいところを掻っ攫ったら、きっと雌竜達から顰蹙を買うに違いない。
そんなリスクを負ってまで話に割り込む若竜達がいるかというと、微妙なところだろう。
◇
竜族への提案話が多岐に渡ったので、雲取様とも相談して、手首に付ける鞄に入るよう畳んだ大きな紙に、今回の話で出た項目を箇条書きにして、覚書として渡す事にした。
表音文字で音だけ記す感じにしたので、僅かな時間で雲取様は読み方も習得してしまった。やはり地頭がかなりいいね。
かなり厚みのある紙に、スタッフの皆さんに頼んで、出来るだけ大きくて見やすい文字で書いてもらった。
雲取様はそれを魔術の補助も使いながら、一発で簡単に開けるミウラ折りも練習して、ちゃんと人がやるのと同じ程度には丁寧に扱えるようになった。
「上手ですね。それなら他の方も何とかなりそうでしょうか?」
<我は庇護下の者達から贈り物を貰う事もあり慣れているが、そうでなければ手間取るだろう>
「雌竜の皆さんなら?」
<……さてな。だが、苛つくようなら止めるように>
雲取様から渡されたイメージからすると、人が小さな豆本を開いて扱うような感じっぽい。確かにストレスが溜まりそうで、好き嫌いが分かれそうだった。
感想、ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
雲取様とのこれまでに出た話の再確認は今回で締めとなりました。召喚を利用した「死に戻り」は妖精族と同様、竜族でもNG扱いになりましたね。
まぁ、普通の感性なら、そんな一線を越えてしまったような者とは距離を置きたくなるものでしょう。
それと、竜族には鉄砲玉のような性格の者がいない、というのも地に住まう者達からすれば、良い情報だったと言えるでしょう。そんな性格では長生きできないから単に淘汰されているだけかもしれませんけどね。
次回の更新は、2020年05月24日(日)21:05です。
<雑記>
新型コロナウィルスに感染して、入院治療等を要する人が2020年05月20日時点で、3009人となりました。05月09日時点では、6302人だったことを考えれば、緊急事態宣言の解除に向けて着実に進んでいることがわかります。喜ばしいことと思います。
ステイホーム期間(GWの別名)後、出歩く人が増えて悪化することが懸念されていましたが、日本国民の一部を除いて、行動変容が身についてきた結果ではないか、と思えます。実際、街中を歩いても、電車に乗っていても、マスクを付けていない人を探してもなかなか見つからない状態ですから。
人々の間で、新型コロナウィルスに対する情報が伝わってきた証拠と思います。
……とはいえ、一つの病で入院している人が3009人というのは、平時からすれば考えられない大変な事態です。早く医療関係者の皆様の体制も平時に戻せる日々が来ることを祈るばかりです。
5月21日には関西(京都、大阪、兵庫)の緊急事態宣言解除の方向で話が進んでいるようです。解除しても、皆が行動変容していて、患者の急激な増加に転じない、そんな未来が来ることを期待しましょう。