10-7.雲取様との検討会(前編)
前話のあらすじ:雲取様に「変化の術」に関する説明と、それを導入することによる竜族の社会への影響について説明しました。雲取様が前向きに僕達とほかの竜達の間に立って調整に動いてくれるようで良かったです。やっぱり信頼できる方が窓口のほうが安心ですからね。(アキ視点)
それから雲取様と、竜族に向けて現在打ち出している策を列挙して、それが若い竜、成竜、老竜それぞれにどんな影響を与えるのか、僕の考えをイメージ付きで渡していった。
まずはアイリーンさんの竜向けのレシピ公開と、各地の国々と竜の緩やかな交流の促進、そして、その仲介を行う竜神の巫女の選出について伝えた。竜は飛んでいて風水害など地上の変化を気が向いたら伝える、人々は竜との新たな関係や好意に感謝して秋の収穫の際に竜の食べられる美味しい御馳走を振る舞う。見廻るのは若い竜の方が適任なので、竜の階層構造とは真逆になるので、若い竜達のストレス解消が期待できるとも。
<その取り組みだけでも、大きな変化と思えるぞ>
<竜族はこの地に共に暮らす頼りになる仲間として、地に住む種族との関係が変わるのは確かでしょう。でもやる事は、気になった事を伝える事、年に一度、ご馳走を振る舞う事だけですからね。導入は容易です>
雲取様から伝わってきたイメージだと、彼の庇護下にある森エルフやドワーフと会う時は決まった位置に降りて話すように、あまり急いで降りて驚かせないように、といった感じで色々と配慮してる感じだった。
確かに、気紛れにふらりと天空竜が舞い降りたら、大混乱間違いなしだろう。というか、魔力をできるだけ抑えてゆっくり降りてくる配慮をしてくれた雲取様の場合でさえ、ロングヒルは驚天動地の大騒ぎになったというからね。紅竜さんも今回の僅かな期間で魔力を抑えるのがとっても上達したし、他の竜達にもぜひ、魔力抑制を習得して貰えるよう、具体的な話を検討する際には提案しておこう。
<降り立つ場所の確保はともかく、巫女の用意には手間取りそうではあるがな。当面は緩和障壁頼りか>
曇りガラス越しに相手を見る感じで、雲取様からすると、緩和障壁は微妙なようだ。
<自分では無理でも、道具があれば解決できる。それが僕達の強みですからね。適性のある巫女が見つかれば、緩和障壁もなしで済みますよ、きっと>
さてさて、次々。
伝言ゲームの結果はまだ出ていないけど、知識を文字や絵で残して伝える事の重要性を周知していくことを話した。次元門構築や「変化の術」、その他、魔術の改良に雲取様や白竜様が関与していく事で、いずれ状況や内容を上の竜達に伝えるだけでも、だんだん口頭だけでは厳しくなってくるだろうから、折を見て文字の読み書きを習得してもらう事になるだろう、と。
<伝言ゲームの話は聞いているが、文字を学ぶ話は初耳だぞ>
<まだ、研究も始めてませんからね。必要だろうとは思ってますけど、話したのは今回が初めてです。読むのは後で試してもらうとして、書く方、かなり厳しいですよね>
竜サイズの本は頑張れば用意できると思うけど、竜サイズのペンと、その筆圧に耐えられる紙が用意できないと思う。それに人のサイズの文字を書くのは、人で言えば米粒に文字を書くレベルの技で、普段使いはとても無理と思う。その懸念を伝えると、雲取様も大きく頷いた。
<本を台の上に置き、ページをめくるのは魔術でできるかもしれんが、余程の熟達者でなければ難しいだろう。小さい文字も見えはするが、読むのは疲れそうだ。それに我らの指はそれ程細かい作業をするのには向いておらん>
<竜の爪はなんでも切り裂くとも言われてますからね>
<アキ、その理解は不十分だ。確かに我らの爪も牙も敵を倒す強さがある。だが、常にそうという訳ではない。もし常日頃から鋭いなら、母竜が幼竜に触れることすら難しいという事になる。切り裂こうとする時は、その意思を込める。そしてその時だけ、牙や爪は強くなるのだ>
とは言え、竜が持てるペンを用意しても、破かないように小さな文字を書くのは苦行だろう、とも補足してくれた。
<見る方は、対象の見え方を拡大する虫眼鏡のような魔術は使えません?>
僕は日本で虫眼鏡で新聞の文字を拡大させてみる近所のお爺ちゃん達のイメージを送ってみた。
<アキ、我が老いるのは遠い先の話だ。――それで、虫眼鏡だったか。渡されたイメージのように、竜向けの虫眼鏡を作って貰うしかないだろう。魔術で文字を拡大しながら、内容を読んで理解するのは、できる竜がいたとしてもごく少数に過ぎないと思うぞ>
僕にその意図はないと理解しても、若いと言っておきたかったみたいだ。まぁ、気持ちはわかる。
魔術を使いつつ本の内容を理解するというのは、一輪車に乗りながら、本を読むような真似って感じで、意識の使いかたがまるで違うことの同時実行だから、大半の竜には難しい話っぽい。
<見る方は、竜サイズの虫眼鏡で何とかするとしてもコストが高そうですね。テーブルくらいの直径、んー、小さな灯台のレンズくらいでしょうか。作れるとは思いますけど、それを何万個も作るのは大変でしょう。それに、書く方は小型召喚でも解決できませんからね。――そう言えば、そもそも召喚という手間を掛けずとも、竜族自身が魔導人形の感覚を共有して遠隔操作するようなことはできないんでしょうか? 使い魔の視界を術者が共有するのはできる訳ですから、それ程、無理筋でもないと思うんですけど>
良い思い付きと思ったけど、雲取様の反応は鈍い。
<そういった長時間持続するような魔術を我らは必要としてこなかったのだ。我らの中にそのような術の使い手はいないだろう。それができる人族なり鬼族の術者と魔導人形を竜眼でまずは観察してみるしかあるまい>
んー、確かにその辺りからか。
<遠隔操作なら、「変化の術」よりは抵抗は少ないでしょうか? 魔導人形の遠隔操作でも、文字や絵の活用という目的は達成できるので、繋ぎの案としては悪くないと思うんですけど>
<……「変化の術」は変化後の体を作るのに五年かかるという話だった。そうなると、簡単に止めることも、体の作りを見直すことも容易ではあるまい。竜人と言うが、竜眼が使える人型となると、それをどう実現するのかから検討せねばならん。「変化の術」の研究、改良をしつつ、遠隔操作の術も並行で研究すべきだな。対外的には遠隔操作の術こそ本命と示しておけば良いのではないか?>
ほぉ。
<それはいいですね。何より遠隔操作の術の方が実用化が早そうですし、雌竜の皆さんを巻き込んでも問題ありません。街エルフの方で、遠隔操作用の魔導人形を用意できたら、使い魔と術者も含めて、竜眼で観て、実用に向けた検討を行いましょう>
<皆を巻き込むのか?>
<この話なら雲取様もとても驚く内容で、インパクトもあるから内容をしっかり把握するまでは話せないと判断した、って弁明できるでしょう?>
<それか。――「変化の術」は秘密か?>
<「遠隔操作の術」は娯楽の域に近く、竜としての生き方自体は変わりません。仮に失敗しても殆どリスクもありません。でも、「変化の術」は生き方も、社会の在り方も大きく変わります。重みが違い過ぎます。雲取様が「変化の術」を竜眼で観て、師匠や賢者さんとも議論を重ねてから、そこは改めて考えましょう>
<そうだな。まずは見てからだ>
取り敢えず、雌竜の皆さんに説明できるネタが見つかった、とホッとしたイメージが垣間見えた。七対一の劣勢だし、もう少し肩入れした方がいいかもしれないね。
雌竜の皆さんに焼き餅を焼かれない程度に。
評価ありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
今回は、アキが提案した竜族の社会に影響を与えるであろう話ということで、レシピ公開や各国との繋がり、文字を学ぶ話や、そこから派生した「遠隔操作の術」が話題になりました。アキからすれば、数あるネタの中からのいくつかに過ぎませんが、雲取様からすれば、どれもこれもインパクトがあり、その影響すら測りかねないといったところ。それでも、雌竜達への言い訳が用意できてホッとするあたり、微笑ましいところでしょう。
次回の更新は、2020年05月17日(日)21:05です。