10-6.雲取様と「変化の術」(後編)
前話のあらすじ:大雪の中、来訪した雲取様と心話をするため、第二演習場に出かけることになりました。御者台からの眺めは、雪景色ということもあるけど、窓越しに見るのとはまた違った印象で、とてもよかったです。(アキ視点)
<思った以上に大事になってしまったな>
ふらりと立ち寄って軽く話をする程度のつもりだったのに、がっつりと慌てて歓待されてしまった感じと。
<竜族の体躯からすれば少し積もった程度でも、僕達からすれば、足が沈み込んで、まともに歩けない深さですからね。そんな大雪の中、遠い土地からやってこられた竜族となれば、その労に見合った対応をしようというモノ。我々の距離感と雲取様のそれの違い、人形遣い達のちょっとした対応と大勢の魔導人形達が動くギャップ、今回は色々と気付く事がありましたね>
こういうちょっとしたズレも面白いモノ、という意識も合わせて渡したら、雲取様に苦笑された。
<人形遣い達が、大勢の魔導人形達を束ねる指揮官だという事をよく理解できたとも。それに彼らは樹脂製の雪掻き道具が危険でない事も丁寧に説明してくれたから、我も慌てずに済んだ>
雲取様から伝わってきたのは、Gの群れが規則正しく動き、細かい仕事をなしていく様。
常に反射的な嫌悪感が湧いてくるけど、予測不能な突発的な動きもなく、統率の取れた動きをしている事、それと距離も離れている事から落ち着いて眺めていられたらしい。
……カサカサと動き、急に飛んだりするGに可愛さや愛でる気持ちは湧いてこないと思うけど、長年殺し合い続けてきた街エルフとの歴史を考えれば、雲取様の感覚も理解しておくべきだね。
同じ魔導人形でもアイリーンさんに加護を与えた時には、嫌悪感とかは微塵も感じなかったし、同じモノがワラワラと動く様子が多分、駄目なんだろう。
汚いとか、病原菌的な認識がないだけ幸いかな。下手をすれば、魔導人形達がいた場所を「汚物を消毒だー」などと、竜の吐息で消し飛ばしかねない……
<雲取様、竜族に潔癖症な方とかいます? 痕跡自体消さないと気が済まない、みたいな>
病原菌が怖いからと、消毒や手洗いをし過ぎて、手がボロボロに荒れている人とかを見ると、肌のバリア機能を自分で壊してる感じがして釈然としないモノがあったんだよね。
<――昔の福慈様は、街エルフの痕跡を見つけると、竜の吐息で消し飛ばしたりしていたそうだ。もっとも本人もそれはやり過ぎだったと話されていたよ>
反省するのは良い事だね。もっとも福慈様だけのせいじゃないと思うけど、関東平野くらいの広さの島を焼き尽くして、今でも生き物がいない「死の大地」と為した竜族に「あれはやり過ぎだった、今は反省している」などと言われても、感情の整理が付かない種族は多いと思う。
<今後はそこまで拗れる前に手を打つようにしましょう。それで、今日は先日伝えた「変化の術」についてお話しするという事で良いですか?>
<うむ。暫く先送りにする事も考えたのだが、どうしても気になってな>
まぁ、竜族の文化、生活を根底から変えかねない話だからね。
<では、雲取様。まずは「変化の術」について説明しますね>
◇
僕はトウセイさんが変身する様子や、異なる空間に変身時の身体をあらかじめ用意しておいて入れ替えるという方法、そして二つの体を一つの魂が共有するというポイントを伝えた。変わり身を用意するのに鬼族の場合で五年ほど必要な事も。勿論、トウセイさんが大鬼に変化しても大きな体に見合う魔力や衣食住を確保する事の困難さから、本格的に採用される事のなかった事も話した。それとトウセイさんの大鬼は変身前は冬眠してるような状態で魔力も食料も殆ど不要である点も重要なので伝えた。
僕の話を聞いて、雲取様は暫く考えていたけど、考えがまとまったようだ。
<その「変化の術」で、我らが人に変化すれば、巣の空きを待つ竜は減り、寝てばかりの老竜も人の身ではあるが活動できる、人の身ならば道具を自ら作る事もできる、そういう事か>
<お見事です。僕は竜が人と化した姿を仮ですが、竜人と呼んでいます。巣を持つ竜は、竜人達と同じ巣を共有して、順番に竜の姿に戻るようにすれば、竜人達の不満もなくなるでしょう? 竜の身では難しかった道具も使えるようになり、自分達の文化を、記憶を文字にして共有できるようになります。竜眼を持ち、高い魔力を自在に行使できる竜族が知識を蓄え、自ら魔導具を作り、使いこなすようになれば、それはこれまでとは異なる新たな可能性を竜族が掴み取る事を意味します。ワクワクしてきませんか?>
期待で胸が躍る感覚まで渡したら、雲取様は破顔しながらも、疑問を口にした。
<誰でも竜人になれる訳ではあるまい。魔力の才がなくては変化の術は難しいと思える。竜族は瞬間発動させる技は磨いているが、街エルフ達が編み出した近代魔術、魔法陣を用いた魔術の繊細な制御は殆ど知らぬ。代わりとなる身を作り上げるのに五年間、魔術を使い続けるのであろう? 容易いなどとはとても言えん。そして、竜の身でなくなることを忌避する者も出てこよう>
まぁ、そうだよね。でも、その程度の内容は想定の範囲内だ。
<変化の術で、手頃な大きさの竜に化けるだけでも、老竜の皆さんなら魅力を感じるんじゃありません? そして、老竜が現役に戻るだけだと、社会構造的に多分、不味いですよね。あと、気が乗らない方を見るのではなく、乗り気な方に注目してください。やる気のない方は今の生き方を無理に変えずとも良いと思います>
それぞれの人生、というか竜生ですから、と伝えた。同時にその先は袋小路で消えゆく定めとしても、それを良しとするなら仕方ない、とも補足した。
その考えに、雲取様も同意してくれるかと思ったけど、予想以上に硬く、冷や汗すらかいているような緊張した意識が伝わってきた。
<変わることをよしとしない者達が半数近くいたとしても、それを良しとするのか?>
僕がどう答えるか理解していても、はっきりと聞いておきたい、そんな感じだ。
<半分も新たな取り組みに賛同してくれるなら良いと思いますよ。現状維持の半分はざっくり一万五千柱として、それは何年経過しても頭数は変わりません。でも巣を共有して竜人化する方は竜形態の頭数は同じでも、竜人はその十倍はいるでしょう。竜人は好きな時に竜に戻れます。戦力差が十一倍、しかも竜に合わせた魔導具で武装した十一倍です。鎧袖一触、変化から背を向けた方々を蹴散らす事は容易でしょう。そうでなくとも、竜人化に伴う魔術や知識への理解の深さ、怪我や病気の際にも治療出来ることの強みから言っても、現状維持路線の竜達は、雌竜達からしたら、魅力的に見えるかというと微妙でしょう。力で劣り、知で劣り、伴侶を得る争いで劣るのだから、彼らの行く末は火を見るよりも明らかです。穏便に棲み分けをしてれば、いずれは終息する話ですよ>
争わずとも時が解決してくれる穏便な策。
だけど、雲取様はそうは思わなかったようだ。
<……福慈様が話されていた「見捨てられる側を避ける必要性」がよく分かった。確かに血は流れまい。互いに相容れぬと認識して棲み分けもできよう。意思も尊重されるのだ。不満もそうはあるまい。――だが、我には両手を上げて賛成できる話とは思えぬ>
利点を理解した上で心情的に納得し難いってとこかな?
人類で考えてみよう。現在の人口七十七億人に対して、新しいエコで個としても集団としても遥かな高みに繋がる生き方が提示されたとしよう。人工知能とリンクしてネットと繋がった次世代人類あたりで。個人としての能力も数十倍、集団化すれば桁外れの能力を発揮する超人類。彼らからすれば、今の人類なんてチンパンジー未満だ。
チンパンジーが今のまま暮らしたいと言う。お好きなように。超人類達は寛大に答え、棲み分けを行うだろう。というか、多分、途中からはもう同じ人類とは認識できなくなるに違いない。
そして、超人類がどれだけ言葉を尽くしても、世界の資源を貪り尽くす無駄で野蛮な生き方を現人類は辞められないと思う。ある程度したところで、超人類はこのままでは地球の環境が破綻すると考え、良心から、現人類の数を抑制し、持続性のある生活を送れるよう介入するだろう。
残念ながら、超人類と現人類ではまるで勝負にならない。赤子の手をひねるより簡単に現人類は無力化されるだろう。
一部の保護区で、そのまま暮らす事を認められるかもしれない。だけど、現人類がそんな動物園の猿扱いに耐えられるかというと、悩ましいね。
……さて、どうかな。大切な人、例えばミア姉が超人類への変化を拒んだとする。どうかな?
うーん、駄目だ。前提からして無理がある。超人類化に何か問題があって、というならそもそも僕とミア姉が違う立場にならない。
<アキ、何をそれほど考え込んでいるのだ?>
<雲取様は、未来に繋がる選択肢を、出来るだけ多くの竜族に選んで欲しい、って考えているんですよね?>
<うむ。アキの語る未来は、今の竜族が抱える問題の多くが解決される、それは確かだろう。だが、他に道はないのか、もっと皆が受け入れやすい案はないか、と思うのだ>
ん? そんな感じなら話ば別だね。
<えっと、雲取様。僕の案は叩き台なので、皆が納得するまで竜族の間まで議論を尽くしてくれていいんですよ? それと、竜族は長生きなので、今の生き方を選んだ方々が亡くなるのは何千年か先の話です。きっと、竜人の生き方の良さ、変化する様を見ていけば、途中で心動かされる方々も多くて、最後まで今の生き方に固執するのは、一部の偏屈者だけと思います>
変化の術で竜人になるだけでも何十年か、さらにそんな竜人化出来る世代が子供を産み育てて、竜人が数十万人にまで増えるのに何年かかるか考えてみてください、と補足した。
雲取様の心に僕の説明が浸透していくと、それまでの何倍もの速度で猛烈に考え始めた。その様はまるで激しい竜巻のようで、落ち着くまで見守るしかなかった。
<……アキも意地が悪いな。嘘は言ってなかったが、話している事柄がどれ程の時間を必要とするか、初めは敢えて口にしなかったのだろう?>
ちょっと印象が悪くなったかな。
<種明かしはするつもりでしたし、したでしょう? それに世代で考えればそれ程のんびりしてはいられないのも確かですから。一世代目ならまだしも、二世代目になったら、竜人化できない方々とは話が通じない、なんて事にもなりかねません。……それと、雲取様には老竜の方々を説得する為にも、場数を踏んだ方がいいかな、って思ったんです>
<場数とな?>
<「変化の術」が竜族に与える影響は多岐に渡り、利点もありますが、受け入れなくてはならない欠点というか、条件があります。全体像を把握しつつ、個別の案件についても話をする際、うまく誘導していかなくてはなりません>
<それを我に為せと?>
<僕の出した大雑把な案より、皆が納得して袋小路ルートに流れる竜を減らしたいのでしょう? なら、話を理解した上で、誰に話すべきか、どう話すべきか、順番はどうするか、といったところを考えていかないと。丸投げできそうな竜に心当たりがあるなら、その方に改めて話をするという選択肢もあるとは思いますけど>
そんな理解力があって、行動力があって、全体的視点が持てて、なんて竜はそうそういないと思う。
というか、皆ができるだけ幸せになるようにって考え方自体、雲取様が穏やかな性格で、彼に言い寄る七柱の雌竜達もまた良い子達だから、できるだけ皆が幸せに、という考えに至った気もする。数百柱の竜が集う小さな村社会が百程度、緩やかに繋がる程度の社会構造の中で、竜族全体、みたいな思考を持てる個体がどれだけいることやら。
そんな事を考えながら、雲取様の反応を観察していたら、なんか溜息をつかれた。
<少なくとも我に、この話を丸投げできるような知り合いはいないな。それに竜族全体という視点で話ができる者も多くはないだろう>
次に言いたい事はわかる。
<それにこのような話を他人任せになどできない、でしょう?>
<そうだ。自分達の未来を、行く末を他人任せになどできん。それに我自身、興味があるからな>
<「変化の術」ですか?>
<それもあるが。――我が興味を持つのは、アキの語る未来そのものだ。退屈な時間を懐かしむ、そんな慌ただしくも楽しい未来なのだろう?>
美しいが、代わり映えのしない日常、それに飽きて刺激が欲しい竜族。雲取様もそんな竜族の若者らしい感性を持っていたようだ。
<はい。忙しいだけだと疲れるので、その辺りは長命種らしく、上手くバランスを取ってください。僕としては、いつか、竜族の背に乗せてもらって、空を飛んでみたいんですよね>
空から見る景色はきっと絶景だと思う、と希望マシマシで伝えてみた。
<背に乗せるのか。掴んで運ぶのならすぐできるが、背に物を乗せて飛んだ事などないから、それは難しかろう>
雲取様から受けた感覚だと、頭の上にリンゴを乗せたまま走り回れってくらいの曲芸じみた行動に思えたらしい。
僕は、人は下が安定していて周囲や上を見上げるのが自然なので、吊り下げられると不安に感じてしまう、というイメージを渡してみた。それと、背負子のように荷物を背負うよう肩紐とかで体に縛って安定するようにして、そこに人が掴まる感じにするイメージも渡した。
馬に乗るイメージにならないように注意して。あくまでも大切な荷物、或いは抱っこ紐のように大切な赤子を背負うように。
<ふむ。そのように体に縛り付ければ、確かに飛ぶのに難しいという事はなさそうだ>
とは言うものの、背中、つまり翼の付け根の間であり、首筋も近いとなれば、余程親しい関係でないと、乗せる気にはならない……そんな意識が垣間見えた。
<雲取様が乗せてもいい、そう思った時でいいですから。でも、僕が最初に乗せてもらうのは雲取様ですから、忘れないでくださいね?>
落ちたら助からない空、なら、命を預ける相手は信頼できる相手でないと、せっかくのフライトを楽しめませんから、と信頼してる、という思いをしっかり渡した。
落ちたら死ぬ。僕達からしたら当たり前のことをだけど、雲取様は意識してなかったみたいで、少し考え込んでいた。
<我が最初、か。それは嬉しい申し出だ。その時は心話で伝えた景色を見せよう。下から眺めても美しいが、やはり空からの眺めが最高なのだ>
以前、いくつも教えてくれた雲取様のお気に入りの景色。きっと雲取様と一緒に眺めたら素敵なことだろう。
竜族が親しい他の種族を背に乗せて空を飛んでくれる。それだけで今とは違う素敵な世界だと思う。恐れられて、誰も近寄れない、そんな現状に比べたら、ずっといい。
雲取様もそう感じたようで、二人でそんな将来のイメージを共有して、暫く言葉も交わさず、ただ、ただ、のんびり眺めた。
そんな静かな時間が心地良かった。
評価ありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
雲取様に「変化の術」について、概要を伝え、竜人化により様々な問題を解決する話を説明してみましたが、個人主義の竜族と言えども、賛同する方だけでいいんですよ、というアキの説明に、それもそうか、と簡単には頷くことはありませんでした。
相手が雲取様だからなのは確かでしょう。他の竜に興味が薄い個体なら、それぞれが好きにすればいい、と思うところかもしれません。ただ、それはベースとなる知識がないからであって、きちんと全体像を把握すれば、大半の竜の返答は変わる気もします。
次回の更新は、2020年05月13日(水)21:05です。




