10-5.雲取様と「変化の術」(中編)
前話のあらすじ:積雪について、心話魔方陣が受ける影響や、馬車の移動、それに妖精の国における大雪への豪快な対処などについていろいろお話しました。
あっ、そうだ、ちょっと気になったから聞いてみよう。
「そう言えば、雲取様、というか天空竜に取っては多少、天候が荒れようと、殆ど気にならなくて、魔法嵐でも無ければ、問題としないと言ってましたけど、雲取様に心話を延期する話って、リア姉が伝えたりしてます?」
「え?」
ケイティさんが不意を突かれたように、キョトンとした表情を浮かべた。お姉さんが不意に見せるこういう表情って可愛いよね。
っと、そうじゃなく。
「雲取様からすれば、今の積雪も大して気にならないかもしれない、と思ったんです」
これがジェット機なら、機体についた雪を取り除かないと揚力に問題が出るから飛ばないって判断にもなるけど、重力を偏向して、行きたい方向へと落ちるように飛んでいく天空竜からすれば、それ程気になる事でもない気がする。
天空竜が飛んでる最中の空気の流れとか、雪が降る中なら、挙動が目に見えるだろうし、機会があれば雲取様にお願いして観察させて貰おう。
「この大雪の中を飛んでくるでしょうか?」
既に長靴を履いても深々と沈み込むレベルで積もってるけど、四階建ての建物に匹敵する天空竜の大きさからすれば、まだ足がちょっと沈み込む程度じゃないかな。
「竜族からすれば、今の積雪ならまだ薄っすらと雪に覆われた程度って気がします。彼らは大きいので」
僕と話しているうちに、ケイティさんも竜族との感覚のズレを認識してくれたようだ。
そんな話をしているうちに、ベリルさんが声を掛けてきた。
「たった今、第二演習場から連絡が入りまシタ。雲取様が降り立ったそうデス。緩和障壁を所有しているスタッフが対応してマスガ、速やかにリア様か、アキ様に対応をお願いしたいとの事デス」
噂をすればなんとやら。
「……第二演習場までは距離があるので、鬼族の除雪がすぐできるようであれば、除雪しつつ馬車でアキ様が、除雪がすぐには無理であれば、リア様にスキーで向かって貰うことします」
ケイティさんはシャンタールさんに外出着の指示をすると、ベリルさんと一緒に出て行った。調整お疲れ様です。
情報共有はできたので、話し合いも解散となり、集まっていた人達も持ち場に戻っていった。
「雪の降る中での会談となりますノデ、こちらの装備を着てくだサイ。アキ様、鬼族の除雪を馬車の荷台から見たいのですヨネ?」
シャンタールさんが出してくれたのは、オレンジ色でド派手な防寒着。
「それはもう。あ、迷彩色で白とかじゃないんですね」
「アキ様は魔力が無色透明の為、一旦見失うと、発見が困難になりマス。その為、万一の際にも見つけられるよう、この色にしまシタ」
「儂の防寒着もあるんじゃろ?」
「ハイ。アキ様とお揃いの色としまシタ」
お爺ちゃんは派手じゃのぉ、などと言いながらも、早速、ローブを脱いで着替え始めた。
「召喚体でも寒いの?」
「五感は再現されているから寒いんじゃよ。それで体調が悪くなったりはせんがのぉ」
などと笑ってる。危機意識を持つのは大変そうだ。きっと氷漬けにされても、冷たい、程度にしか思わないだろうから、その辺りの感覚のズレには注意しよう。
渡された防寒着は、防水と透湿を兼ねているというから、地球と同等レベルだね。凄い。
着ていても体を動かしやすくて快適だ。
渡されたゴーグルも紫外線をカットしてくれるから、雪焼けの心配もなく、人よりも繊細な街エルフの眼にも優しいとの事。
そんな感じで、靴から帽子まで、防寒用装備を着たら、当然だけど室内では暑過ぎたので、玄関先に出て、ウォルコットさんが助手のダニエルさんと一緒に、馬車に雪道用のスパイクを付けているのを眺めたりしながら、ケイティさんの戻りを待った。
ちなみに、僕が外出すると聞いて、トラ吉さんは物凄く嫌そうな顔をしながらも、リア姉に催促して、角猫用の防寒着を着せて貰ってた。
「ありがとうね、トラ吉さん」
「にゃー」
見てないと心配だ、とでも言わんばかりの返事だった。
「そんなに心配しなくて!!っも平気、だからね!」
玄関から外に出ようとした時に注意が散漫だったせいか、足を滑らせて、慌てて柱に捕まって転倒を避けた。
「……アキ、あちらで雪道の歩き方くらい学ばなかったのか?」
ジョージさんが呆れた声を掛けてきた。雪中行軍の訓練の前に、雪道の歩き方からか? などとボヤかれてしまった。他の皆も似たりよったり。トラ吉さんに至っては目を大きく見開いて、口まであんぐり空けていた。
「東京で大雪が降ると、転倒して病院に担ぎ込まれる人が五百人以上でたりするくらいで。つまり、えーと、慣れてないです」
話を聞いて、どれだけ地球の人達はニブいのか、と呆れられてしまった。けど、できないのにできるフリをしても危ないだけだし、仕方ないよね。
◇
暫くして、一応は防寒着っぽい薄手の服を着た鬼族の面々が、凄く低重心な八輪式の手押し車で軽々と雪を掻き分けながらやってきた。
鬼族は、普通の大人が並ぶと、子供に見えるほど立派な体格をしてるから、手押し車もさほど大きく見えなかったけど、近くに来てみると、実際には軽自動車並に大きくゴツくて驚いた。
「セイケン、どうもありがとう。これが鬼族の雪掻き装備?」
前面には左右に雪を掻き分ける排雪板が装備されていて、造りもかなり頑丈そう。でも長靴が埋もれる深さの雪でも、鬼族が三人で押すと簡単に左右に掻き分ける感じだ。
「そうだ。雪がさして積もってない時にしか使えないが、こいつを使えば行き来が楽になるからな」
「とは言え、よくこちらの道幅に合ったモノがありましたね」
「いや、これはドワーフのヨーゲル殿が作ってくれてな。鬼族連邦ではこれ程細い道までは除雪しないんだ」
指し示された側面を見ると、確かにヨーゲルさんの工房が作った事を示す印があった。
「全員揃いましたので、これから第二演習場に向かいます。鬼族の皆様が先頭で雪を掻き分けながら進み、馬車が後に続きます。アキ様は――御者台に乗るようですね。ウォルコット、ジョージの言葉には従ってください」
ケイティさんの指示で、鬼族の皆さんに続く形で移動が始まった。リア姉は父さん達と別邸に残って、雲取様との心話の結果を踏まえて、どう話を進めるか準備をしておく、と言って見送ってくれた。
さて、出発だ!
馬車の御者台は大型トラックの運転席くらい高い位置にあって、ジョージさんの手を借りて登ると、とても見晴らしがいい。前方で軽々と雪を掻き分けていく手押し車は、地球と違って動力が付いてる訳ではないからとても静か。鬼族の三人が推して、一人が進行方向の指示をして、残り一人は交代要員といったところ。
御者台から見える二頭の人形馬の体型はサラブレッドというよりは軍馬って感じだね。夏や秋の頃と違って、装備している馬用鎧も、革製のものに変わっている。流石に積雪の中、金属鎧だと、キツイみたいだ。
あちこちが魔導具なので、触れないように注意を促された。僕が触ると過負荷で壊れるから確かに要注意。
「さすが鬼族、見事なもんじゃのぉ」
人が歩く程度の速度だから、お爺ちゃんも僕の隣に浮いたまま、興味深そうに、除雪する様を眺めてる。
「うん、凄いね。それにこうして外から眺めると、いつも通ってる道も新鮮に見えるよ」
普段は客室の窓から眺めるだけだからね。
「ウォルコットさん、雪が避けてますけど、これも馬車の装備?」
そう、結構なペースで雪が降り続いているんだけど、御者台の辺りだけ雪が避けてくれているから、視界が邪魔される事もなく快適だ。
「屋根の上に付いているランタンのような器具が、風除けの魔導具です。御者台は一見無防備ですが、実際には何重もの障壁に守られているのですよ」
勿論、この馬車が特注の品だから、という事もあります、と自慢げに教えてくれた。
成る程、優雅さと安全性を両立させようとすると大変だね。
◇
第二演習場に到着してみると、百体を超える魔導人形達がスノーシャベルやママさんダンプといった除雪道具を持って、せっせと心話用魔法陣の除雪の作業を進めていた。
箒で掃いてたり、魔法陣を囲う形で、風除けの魔導具とかも設置しているから、雲取様との心話を行う事は問題なさそうだ。
問題はなさそうなんだけど。
雲取様が、なんか申し訳なさそうにいつもの定位置で体を丸めている。
「雲取様も気付いたようですけど、結構なペースで雪が降る中、雲取様が話をする為に降り立ち、人形遣いの皆さんが大勢で除雪をしてまで、内緒の心話を行うというのは、色々と誤解されるかもしれませんね」
ケイティさんもちょっと悩ましげな表情をして、人形遣い達を呼んで、少し意見交換をしてから戻ってきた。
「周辺警戒をしている森エルフ達と、第二演習場にいるスタッフ達、それと人形遣い達以外に、演習場内での事を知る者はないから、問題ないだろうと判断したそうです。それと雲取様が心話をする為に訪れた事を聞き、さした手間でもないのに、除雪をしないという判断はないと」
言われてみればその通り。人形遣い五人が動くだけならさした手間ではないと判断するのも当然と思う。ただ、それぞれが魔導人形達を何十人と展開して、総勢百人超える除雪チームが動くという結果だけを見ると、大事になった気がしないでもない。
「まぁ、雲取様と心話を行う事は、各代表とも合意済みでしたし、雲取様が第二演習場に来るのも、いつもの事ですから、さほど騒ぎにはなりませんよ、きっと」
僕のフォローを聞いても、ケイティさんが首を横に振った。
「私も我々の側は問題とは思いません。それよりは、竜族の側で「この程度の積雪は心話にも、直接の訪問にも問題なし」と認識されるのではないか、と危惧しています。もし、問題があると理解されたとしても、森エルフやドワーフを庇護下に置く雲取様がそれを理解していない筈がない、ならば、何故、急いで会いに行ったのか……きっと雌竜の皆様が興味を持たれる、そう考えてしまいました」
あー、うん、成る程。雲取様も雪で人の動きが鈍くなる事は理解していた筈。それでも「変化の術」の話は聞く必要がある、それだけ重要と判断した。うん、ここまではいい。
だけど、他はともかく、既に紅竜さんと白竜さんが何かあると嗅ぎ付けているし、いくら雲取様でも、七対一の劣勢では誤魔化し切れないだろう。
「……その辺りも含めて、雲取様と相談しましょう。福慈様に全体統括をして貰うのは確定として、抑えつける感じだと反発するだろうし、「秘密を共有している仲間」、「事の重要性を理解し秘密を守れると判断した」、「重要な任となるが、皆ならできると確信している」、あたりを上手く話して、巻き込んでいくしかないと思いますけど」
そう話してみたけど、ケイティさんを含めて、サポート組の皆は賛成とも反対とも言いにくそうだ。
サポートメンバーという立場的に意見表明は難しい話だろうね。
「アキよ、取り敢えず、相手もいる話じゃ。まずは雲取様に一通り話して、雲取様の意見を聞いてみてはどうじゃろう? きっと雲取様も己の一存では決められん話じゃよ」
お爺ちゃんが助け舟を出してくれた。
そうだね。行動する前から可能性ばかり考えて自縄自縛に陥るのは良くない。
「準備も整ったようですから、まずは心話をしましょう。……って、あれはストーブですか?」
心話魔法陣の中、僕が座る椅子の隣になんともレトロな外見の薪ストーブが置かれているように見えた。
薪が四、五本入る程度の大きさで、上に薬缶を乗せたりできそうな燃焼室を四本足で支えていて、細くて長い煙突が真上に伸びている本格的なアウトドアタイプだ。正面の蓋にはガラス製の覗き窓も付いてて、中で薪が燃えてて炎の明かりが見える。だけど、煙突から出る煙ははほとんどなく完全燃焼してる感じなので、小さいけどよく設計されてる感じだ。
「アキ様のそばでも使えるよう、念の為、用意していた屋外用ストーブです。陽光と風を制御する魔導具には気温を直接操作する機能がない為、防寒着を着ていても、身動きしないままでは体が冷えてしまいます。その為の品です」
「儂もな、薪の入れ方は教わっておるから安心せい」
お爺ちゃんがポンッと胸を叩いた。
「いつの間に、そんな事までやってたの?」
「アキが起きてくるまでと、寝てからの時間にな、子守妖精として、アキと二人きりになっても、生き延びられるよう、色々と学んでおるんじゃよ」
などと話してて、自信満々って感じだ。
「ありがとうね。大きさも違うから大変だろうけど、その辺りの話も後で教えてね。――それじゃ、まずは雲取様とお話しましょう」
僕が演習場に入ると、雲取様がホッとした表情を浮かべたのがわかった。きっと、居心地が悪かったんだろうね。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
やはり、雲取様にとっては、長靴が埋まる程度の積雪など、大した話ではありませんでした。大慌てで対応することになりましたが、アキは鬼族の除雪を眺められたり、御者台に乗せて貰えたりして大喜び。
すっかり、雪道を歩くのも下手、という評価が落ちた話は忘れているようです。
次回の更新は、2020年05月10日(日)21:05です。
<ショック……>
執筆に使っているパソコンがWindows Update実行後起動しなくなってしまいました。更新プログラムの削除もできず、セーフモード以外では起動しないという惨状です。
幸い、外部SSDにバックアップは取れたので、データが失われるということはありませんが、執筆できる環境の再構築に少し苦戦しそうです。正常に動いている時点での復旧ポイントを作成とかしておけばよかったんですが、後の祭り。
初期状態に戻すと、Windows7に戻ってしまい、しかもWindows10に更新する媒体もないし、無料Update期間でもないから、多分、初期状態復元からの復旧は無理。
残念です。2010年のパソコンなので長持ちしたほうとは思いますが、前日までさくさく動いていただけに起動しない=壊れた、となかなか納得しがたい気分です。