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2-13.新生活三日目②

 居間に戻ると、今日もホワイトボードの横には、四枚の布に覆われた絵画が用意されていた。


「では、アキ様。今日は興味を示された我が国が誇る人工衛星と、それを可能とした二つの魔術についてお話します」


「うわー、それはとっても楽しみです。こちらも上空に行くほど空気が薄くなって、人工衛星がいるあたりの高度だとほぼ真空なんですか?」


「はい。衛星軌道上は真空状態であり、あちらと同様、超高温と超低温がともにある過酷な場所です」


「それで天気予報に使っているということは静止軌道に一機、あと周回軌道に最低でも一機といったところでしょうか?」


「……その通りですが、なぜそう思ったのでしょうか?」


 ケイティさんが探るような目線を向けてきた。


「ある程度の時間ごとに弧状列島全域を含んだ地域を上から見て、その情報を地上に送るとなるとやはり静止軌道上でないと不便ですし、あれだけしっかりとした世界白地図を作るとなると、静止軌道は不向き。となれば周回軌道上にも一機はいるだろう、と」


「おっしゃる通り、今日の講義で触れるのはその内の一機になります。ただ、全部で何機あるのか、位置も高度も運用も機密ですのでご注意ください」


「わかりました。でも、人工衛星だと夜空を観察していれば衛星の移動を肉眼でも確認できるのでは?」


「あちらではそうなのですね。では少し説明し甲斐があります。まずは静止軌道上で運用している『たんぽぽ島』を説明しましょう。こちらがその姿のイメージ図になります。左が光学迷彩を展開していない時の様子、右が光学迷彩を展開している時の様子です」


 ケイティさんが覆いを取った絵画に描かれた姿は、まるで国際宇宙ステーションのように円筒形のモジュールを複数組み合わせた骨格と薄い布を帆のように大きく展開して花びらのように広げている。名前は『たんぽぽ島』ということだけど、もっと大輪の花といった印象だ。

 二枚目のほうは、全体の色が黒くなって夜空に溶け込んでいる姿だ。これなら地上から見ることは位置を予め把握していたとしても、背後の星が隠れるのを比較するとかしない限り不可能だと思う。


「予想していたよりとても大きいように見えるんですけど、これほど巨大な人工衛星を街エルフの国だけで運用しているんですか?」


 国の規模からして、あまりにも巨大過ぎる。古代文明の遺産とか言い出すんだろうか。


「もちろん、我が国だけで運用しています。やはりアキ様でもこの人工衛星には驚かれたようですね」


 ケイティさんがとても嬉しそうだ。自慢したくなるのもわかる。これは確かに偉業という他ない。


「でも、よくこれほど多くのパーツを打ち上げて組み上げましたね。地球あちらだと多くの国でお金を出し合って各国でパーツを作って、何度もロケットで打ち上げて宇宙空間上で少しずつ連結して大きくしていったくらいで、多額の資金と労力と時間がかかったんですけど」


「それを可能とした技術が二つあり、一つが空間鞄、もう一つが転移門になります」


 ケイティさんが道具箱から、手提げ鞄を一つ取り出した。


「触らないように注意をお願いします。これ、借用品なので壊れると不味いんです」


「これが、その空間鞄でしょうか? 名前からすると見た目より物が沢山入るといった魔導具ですか?」


「はい。この通り見た目は小さな鞄ですが、広げた口のサイズに入る大きさであれば、この通り――」


 ケイティさんが、そこで鞄を開けると中から、僕の身長より長さがある棒を取り出した。魔法陣が空間に浮かんで、そこから棒が引き出されていく感じで、まるで手品のように現実感がない。


「大きなものを中に収納することもできるという便利なものです。この技術を使って、『たんぽぽ島』の中枢部分を乗せた飛行杖で宇宙空間まで打ち上げたのです」


 そういって、ケイティさんが別の絵の覆いを取った。長い棒の先端に円錐状の大きな飾りがついていて、円の縁から冊状の長い飾り布が流れているというオブジェが空に向かって飛んでいく、そんなシュールな絵だった。飾り布の隙間からは、円錐の下あたりに大きな空間鞄と、それと同じくらいの小さなサイズの魔導人形が棒にくっつけてある……のだろうか。


「……これで、これだけで宇宙空間まで? というか、日本あちらの江戸時代に町火消しが、屋根の上で振り回していた(まとい)に凄く似てますね」


(まとい)ですか?」


 ケイティさんは知らないようなので、ホワイトボードに人との対比も合わせて描いてみる。棒の長さは三メートルくらい、棒の先端には街火消の組を表す飾りである纏頭(まといがしら)があって、その下には馬簾板(ばれんいた)という纏頭(まといがしら)と同程度の直径の肉抜きされた円盤がついてて、円盤の縁からは馬簾(ばれん)という振り回すと、大きく広がる冊状の長い飾り布がぐるりと覆っている感じで。


「こんな感じの旗印を、火事になると町火消、えっと消火活動をする人達が屋根の上に登ってこれを掲げて、火事の場所を町民にわかりやすくしたり、あとまといを持つ人は上から見ることで、消火活動の指揮も合わせて行っていたというものです」


「確かに大きさも含めて似ていますね。隣に飛行杖を書いて説明してみましょう。まず先端の円錐状の覆いですが、これは空気抵抗を軽減するためのノーズコーンです。表面に刻まれた断熱術式を展開して、ノーズコーンより下の部分を熱と衝撃から守っています」


 ノーズコーンか。なるほど、よく見てみると先端が丸みを帯びたオジーブ型だ。


「形状からするとやはり亜音速での飛翔用でしょうか。あと下の馬簾(ばれん)のようなひらひらの飾り布っぽいところはどういった効果があるんですか?」


「はい。完全な円錐形よりこちらのほうが抵抗が少ないようなので大気の厚い層は亜音速で突破し、上層の薄い部分になってから本格的に加速する仕組みです。もちろん、亜音速なのはやはり騒音対策です。覆いから伸びる布は断熱と視界確保を両立した障壁展開術式を縫い込んだものになります」


「ノーズコーンのように固い素材にしなかったのと、隙間だらけなのはなぜでしょう?」


「やはりそれほど強度を必要としなかったこと、もしもの場合に備えて中にいる魔導人形が外部を確認できるよう視界確保をするためです。あと軽量化を兼ねてます」


「なるほど。それでは魔導人形の仕事は飛翔方向の制御でしょうか? 狭い窓からの光学観測だけとなるとかなり難しそうですけど」


「はい。制御の仕事は担いますが、あくまでも下の支援センターからの指示通りに動かすので、魔導人形が自分でどう制御するか考える訳ではありません。そちらの(まとい)と違い、棒の末端部分に赤い宝珠を中心とした飾りが付いています。これが地上からの光学信号を受信するための魔導具で、こちらで受信した指示を元に魔導人形は制御を行います」


 言われてみると、確かに槍で言えば石突の部分に装飾がついている。それにしても無線が使えないから光学で、というのも凄いなぁ。


「光学というと、レーザーですか?」


「はい。地上の支援センターが上昇する飛行杖を追尾して、適宜、制御に必要な情報をレーザーで送る仕組みです」


 光学観測だけではないのだろうけど、追尾能力も半端ない。大型望遠鏡が大活躍なのかもしれない。


「それで、棒は加速術式のように直接、上昇するような魔導具だと」


「はい。幸い、必要な資材は全て魔法鞄の中に入れて重さを無視できるので、後は空気抵抗に対応する障壁を展開して、空間鞄から取り出した魔力結晶を取り換えながら、上昇する魔術を展開し続けるだけですから、打ち上げ自体はさほど苦労しなかったと聞いています」


「ゴダートさんが泣いてますよ、なんですか、その詐欺のような話! いや、重ささえなんとかすれば難度は大きく下がる……のかな」


 地球あちらでは、重たい燃料を打ち上げるために燃料を沢山消費するという悪循環との戦いに先人達は沢山苦労してきたというのに。でも衛星軌道まで打ち上げるロケットを制御できる魔導人形なんていうなら、凄い性能だと思う。指示通りと言ったって物凄い速度で飛ぶのだから、要求される制御能力は各段に難しいはずだ。


「あと、レーザーで方向制御をする関係もあり、あちらのロケットと違って煙が出たりしないので、困ったのは打ち上げ日が快晴でないといけないという制限があった程度だったと」


「それでこの魔導人形の役目は姿勢変更と、魔力結晶の交換をするためですか?」


「それと、空間鞄から人工衛星の部品や、他の魔導人形を取り出す役目を担っていました」


 そういって、ケイティさんはホワイトボードに書きだした。予定高度まで上がったら、魔導人形が仲間の魔導人形達を取り出して、そこから複数人で協力しながら、人工衛星のモジュール部品を取り出して連結する作業を繰り返して、飛行杖がすっぽり入るくらいの大きさのコアとなる衛星を構築して、長い棒を組み合わせて骨組みを作り、今よりだいぶ小さな帆を展開したとのことだ。


「帆の役割は魔力補充用?」


「はい。太陽の光を浴びることで魔力を貯める魔導具になります。そして、衛星のコア部分には、最重要魔導具『転移門』が設置されています」


 覆いが取り払われて、最後の絵画が姿を現した。形状は鳥居のようで、人が通る部分の空間が波打っていて、そこから物が出てくるところの様子が描かれている。離れた位置にある同様の門から物が入る絵も合わせて描いてあるので、二つの門の間の空間を繋げる仕組みなのだろう。


「こちらが、我が国が誇る長距離輸送魔術『転移門』です。最低限の衛星を構築して、衛星内で転移門を稼働させることで、地上から物資を直接、衛星に届けることができるようになり、衛星の残りの部品を転移させたら魔導人形達が取り付けるという作業を繰り返して『たんぽぽ島』は完成しました」


 ロケット打ち上げの一番大変な部分をパスできるのなら、それは費用も手間も大きく削減できることだろう。流石に静止衛星軌道上までは天空竜も生活圏としていないだろうから、竜対策も見つからないように光学迷彩を施す程度でよし、と。

 飛行機より先に人工衛星が成立するのも納得するしかない。


「なんとも凄い魔術で驚きました。転移門をわざわざ上空まで運んでから、モジュールの転移を始めたのは、転移門は、離れた位置にある門同士を繋げる魔導具だから、ということでしょうか?」


「その通りです。残念ながら、天空竜のように指定座標に対していきなり転移するような真似は我々にはまだできません」


「でも凄いですよ。でも距離を無視できるなら交易とかに便利そうですけど……やっぱりとっても沢山の魔力が必要になるとか?」


「そうです。衛星軌道上という普通では到達できない場所だからこそ転移門などという効率の劣悪な魔導具を使う価値があるのです。空間鞄の中では時間の進みも遅いので、鞄に入れて運べば、多少時間がかかったとしても運搬は楽に済ませられるので、そちらが一般的です」


「物流の基本は空間鞄ですか」


「都市国家間を、空間鞄を持った配達人が移動することで物流網が成立しているため、国家間は細い簡素な道があれば十分なのです」


「人が運ぶから、太い道路はいらない、ゆっくり運んでも空間鞄のおかげで鮮度も落ちないと」


 確か日本も、昔は舗装された道路自体が少なかったのは、移動の基本が徒歩だったからだと聞いた覚えがある。僅かな人が歩く程度の道で良いのなら、道路網の維持コストもかなり安上がりに違いない。


「そうです。転移門と違い、空間鞄はこちらの世界の活動を支える魔術と言っても過言ではありません。実際、海外との探索と交易を担っている帆船も、倉庫の中には空間鞄を沢山詰め込んでいるくらいです」


「一隻の帆船だとしても、積み荷は何十隻分もあるとなれば、交易も予想以上に大規模そうですね」


「そちらについては明日の講義で説明しましょう。我が国が派遣している帆船の役割や、探索者達の仕事あたりを。どうですか?」


「ぜひ、お願いします」


 僕の即答に、ケイティさんも満足そうに頷いた。

今回の投稿で、連載小説の一つの節目である十万文字を突破しました。

規定をクリアしたので、「第5回オーバーラップWEB小説大賞」、「HJネット小説大賞2018」に参加してみることにしました。これを契機に読んでみてくれる人が増えてくれればいいんですが……。

次話の投稿は、五月十六日(水)二十一時五分頃になります。

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