9-26.価値観の相違(後編)
前話のあらすじ:各勢力の代表達の話し合いも、アキの意図せぬ煽りに街エルフの老人達が激しく反応したことで、逆に他の代表との距離が縮まり、酒の席で皆で夢を語り合う流れになりました。
翌朝、目覚めると、空気に混ざるお酒の香りに違和感を覚えた。
「おはようございます。何かお酒臭いんですけど」
ケイティさんもビシッとメイド服は着ているものの、少し目がお疲れと言うか、徹夜明けというか、そう、昨日の酔いが残っている感じだった。
「昨日は、最終的には調整組だけでなく、我々、サポートメンバーまで引き摺り出されて、思う所を洗いざらい話す羽目に陥りまして。その余韻がまだ残っています」
一応、室内の空気は総入れ替えしたのですが、などとケイティさんは話してるけど、お酒の匂いを発してるのがサポートメンバー自身なら、まぁ、匂いは残るよね。
しっかし、何か凄いカオスな事になってるなー。
「それ、長老の皆さんが率先して引き込んだ感じです?」
「……はい。無礼講だとか、身近でアキ様を支える者達の意見は聞いておかなくてはならんとか、なんだかんだと理由を付けて、かなりの部分を話す事になりました。アキ様があちらで生まれ育った事も、研究が本格始動すれば明かすのだからと、長老の皆様があっさりバラしました」
「何やってるんだか。と言うか、街エルフって基本、あんまりお酒に強くないですよね。もしかして、酒癖が悪いというか、タガが外れた感じになっちゃったとか?」
ケイティさんはちょっと視線を外した。
「どうも、長老の皆様は次々に起こる変化について行くのに相当苦労されており、自分達だけが苦労するなんてやってられない、皆の行く末を決める事なのだから、皆が分担するのが筋だ、などと大演説をされてました」
なんてタチの悪い酔っ払い。
「皆さん、僕が地球で育ったからこちらに疎い事とか、何か言ってました?」
「いえ。それくらいないと説明が付かない、そんなところと予想はしていた、そもそもどう教育してもこちらでアキ様のように育てるのは無理だ、と皆様、あっさり受け入れてました」
なんか、重要な秘密の筈だったのに、軽くスルーされてしまった。拍子抜けだ。
「それで、話し合った内容はもう纏めたんですか?」
皆の夢が語られている資料だし、ちょっとどんな感じか見てみたいよね。
「まだ公開範囲の調整中です。それと非公開範囲については今後、三十年間は閲覧を禁ずる事で合意しています」
おー、なんか極秘会談みたいだ。なんでも公開って訳にはいかないし、考えてみれば、三大勢力の密約とかに相当するんだから、非公開内容が出てくるのも当然だろう。
「お酒も抜けてないなら、今日は動きはなくて、明日以降に合意した内容を明らかにして閉会式をやる感じでしょうか?」
そんな話をしていたら、お爺ちゃんがのそのそと籠から起きてこちらに飛んできた。
「お爺ちゃんおはよう。昨晩は楽しかった?」
「うむ。ハンググライダーで飛んで見せたら、皆が食い付くように飛ぶ様子を見て、全員がハンググライダーを目で追い、揃って頭を右に向けたり左に向けだす程で、かなりウケたんじゃよ」
「えー、もう公開しちゃたんだ。僕も見たかったなー。今度見せてね」
「済まんかった。じゃが、あれだけ熱望されては見せん訳にいかんし、どの種族も鳥のように空を飛ぶ事に魅入っていたのぉ。空を飛ぶのは儂らも楽しいが、あれ程、皆が熱意を持っておるとは思わなんだ」
「レイゼン様には話していた内容だけど、その話だと、ユリウス様とか、ニコラスさんも興味を示したの?」
「その二人もそうだが、イズレンディア殿や、ヨーゲル殿も魔力なしで飛べる事にそれはもう驚いておった。少なくとも、空を飛ぶ事に関しては儂らや竜族は別としても、それ以外の種族は一致団結して実用化に漕ぎ着けさせるじゃろう。それくらい、皆が楽しんでおった。新たな時代の象徴にも相応しい、という意見も出ておったぞ」
ほほぉ。
「それは良いかも。地球でも気球で空に上がるだけでも、人々は熱狂していたからね。今までにない世界に変わる、それを一発で誰でも理解できてイベントとしても盛り上がると思うなー。うん」
さらに話そうとしたところで、ケイティさんにやんわりと止められた。
「アキ様、先ずは朝食としましょう。本日、アキ様のお仕事は、本日担当の黄竜様と話す事と、雲取様に変化の術について伝える事の二点です。その後に雲取様が福慈様のような上の世代と相談する事も見越して、どう話を進めていくか検討しましょう。同じ内容でも順番を変えるだけでも印象は変わりますから」
確かに。僅か五分のプレゼンの為に一ヶ月の準備を重ねたという林檎の会社の人の話もあるくらいだからね。
◇
黄竜さんとの話は、次元門構築に関する竜探しの件になった。まず、ロングヒルまで飛んでこれる範囲内の竜ということで、大半の竜は対象から外れた。また、成竜でも年上になるほど、魔力は強くなるものの、それは熱意や技量とは関係ない話なので、大半は候補から外れる。そうなると、若い竜の中で魔力行使に熱心な者となるが、その中では白竜さんが頭一つ抜き出ているので、まずは彼女が窓口として選ばれる事になったとの事。
考えてみれば、望みの魔術を瞬間発動できてしまうのだから、術式を更に高めようとか、新たな術を生み出そうとか、そもそもそんな意欲を持つ竜自体が稀なんだね。
興味を持って計画に参加して貰えるだけでも良しとすべきと。
「話を進めて頂けて嬉しいです。でも、そうなると、他の皆さんとお会いできる頻度は減るので、それは仕方ない事ですけど、ちょっと寂しいですね」
そう話すと、何故か黄竜さんは、ふむふむと僕を見て何やら考えて、一人納得していた。
「何か?」
<白竜がな、アキは小さくて幼い子なのだから、それを忘れないように、などと話しておってな? 私は半信半疑だったのだが、先ほどの話を聞いて、確かに幼子のようだと合点がいったのよ>
などと、目を細めて笑ったりしてる。しかも、種族としての違いを理解した上で揶揄ってる。
僕は、先程の発言は、他人との繋がりを大切にする人族であれば、相手を気遣って話すもので、幼子が母の姿を見失っただけで、この世の終わりのように嘆いて泣くのとは違う、と丁寧に説明した。
説明したんだけど。
黄竜さんは、わざわざ、悲しそうに目を伏せて呟いた。
<アキは私と会えなくなっても、実は寂しくないのに、私を気遣って、寂しいと伝えたと?>
あー、もう、思念波でクスクス笑いながら演技してるのがバレバレだし、バレているのを理解した上で演技してるんだから、稚気に溢れてるというか、なんともいい性格してるよね。
「僕は自分の思いをちゃんと伝えましたからね。「ちょっと寂しい」って。楽しいひと時も、いつ迄も続けることはできません。だから、今回は楽しかったね、また次も会って話そうね、そういう気遣い、約束し合う思いです。人はそれ程丈夫でもなく、危機に瞬時に反応できる訳でもない、だから、次に会える時まで、お互い元気に暮らそう、そんな願いも含んでいます。種族によって時の重みが違う事、ちゃんと覚えていて下さいね」
黄竜さんは僕の説明に少し目を丸くした。
<竜族である私にもそんな気遣いをするのか?>
竜にとって、未来は確実にくるもの、天変地異のような事態だったとしても、彼らが気にするのは火山噴火くらいで、後は空に少し飛んでればやり過ごせるし、竜巻なら距離を離せばいいだけだから、やはり珍しいモノを見た、程度なんだろう。
「竜族だって、お腹が痛くなったり、寝違えて体が痛くなったり、病気だって無縁ではないでしょう? 無病息災、僕は皆さんが健康でいられる事を願いますよ」
僕の説明に、黄竜さんは少し目を閉じていたけど、嬉しそうに話した。
<面白い風習だが、良い気遣いと思う。ところで、先程、時の重みを話していたが、それぞれの種族によって気を付ける事があるなら聞いておきたい>
まずは街エルフから、と促されたので、街エルフから初めて人、鬼、小鬼、ドワーフ、森エルフ、そして妖精とそれぞれの時間感覚や生病老死について説明した。
それについて質疑応答もあり、黄竜さんとの会話もとても有意義なものとなった。
<アキ、次に会う時まで息災でな>
黄竜さんは最後にそんな事を言ってくれた。勿論、僕も笑顔で心遣いに感謝し、お話する内容を沢山用意しておくから、と返した。
黄竜さんとのお話はこうして和やかに終えることができた。
ブックマークありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
そんな訳で、レイゼンの音頭で始まった代表達の酒盛りですが、かなりの混沌の場と化したようです。それにアキが地球で生まれ育ったことも長老達があっさりバラしました。とはいえ、それは事実ではあっても全てじゃありません。研究開始時にきちんと説明したら、驚かれることでしょう。
黄竜も、人との交流について少しずつ学んでいっているようです。
次回の投稿は、四月一日(水)二十一時五分の予定です。




