9-25.価値観の相違(中編)
前話のあらすじ:三大勢力の代表達の話し合いですが、小鬼皇帝ユリウスと、鬼王レイゼンが衝突していてなんとも不穏な雰囲気に。怒りを露わにする鬼を前にしても、会議の体を維持しているのだから、参加している面々の胆力も凄いものですね。
まずは、即断即決なユリウス様のストレス軽減からかな。
「ユリウス様、価値観の違いに苦慮されていたようですね。多数派の理解を得にくい立場を小鬼族が経験できるのは、あと数世代までですので、今回の経験を後に残すようご配慮下さい。ファイトです!」
僕の応援の言葉に、ユリウス様は少し遠い眼差しで苦笑された。
「いずれ、活動域が世界に、この星の隅々まで広がった世では我らは多数派、だったか。余の治世ではその世界への入り口に立つ程度だろうが。……何とも不思議な気分だ」
少し場の空気が落ち着いたかな。
「ニコラス様は、このような思惑の入り乱れる場でこそ輝く方だったのですね。見誤っていた事を御容赦ください。皇帝陛下と王様の間に立つのは難儀されるでしょうが、互いに頂点に立つ方々、人族の代表である貴方の立ち位置はとても重要と思います。手が必要になったら声をお掛けください。対価は貴方か、貴方の後の何方かから頂きますのでご遠慮は為さらずに」
大盤振る舞いで正直な思いを伝えたら、ニコラスさんはなんとも居心地の悪そうな表情を浮かべて、必要があれば声をかけるよ、と応えてくれた。
さて。次はレイゼン様かな。
「民を愛する王を戴けて、鬼族は幸せでしょう。そして、遠い行く末まで決めかねない試みだからこそ、慎重に事を進めたい気持ちもよく分かります。それ程、切羽詰まった状況でもないのだから、そう判断されるのも当然でしょう」
僕の言葉に、レイゼン様はその通りと頷かれた。
ただね、互いに経験が足りないよね。
「危険があれば退く、そして次の機会に挽回するという戦略は、馴染みのある方々が多いでしょう。長命な種族によく見られる思考です。ですが、皆さん。街エルフ、鬼、妖精、そしてこの場にはいませんが、竜の皆さんは当面は、少数派である事を自覚し、多数派たる人族、小鬼族の思考を理解するよう努めなくてはなりません。多数派の思考には常に時間が付き纏います。退くのはいい、だが、次の機会は本当にあるのか? それが彼らが抱える悩みです。何も為せずに死ぬよりは、何かを為して死にたい、その思いは皆さんよりもずっとずっと強いのです」
僕の言葉に、レイゼン様は思い当たる事があったみたいだ。街エルフの長老達は反応が薄い。ユリウス様は我が意を得たりといったように頷き、ニコラスさんは、両者の反応を予想通りと落ち着いて見ていた。
さて。ちょっと流れを変えよう。
「シャーリス様、異種族が意見をぶつけ合う場を見て、どう思われましたか?」
彼女はふわりと飛んで、ユリウス様の隣に降り立った。
「妾は小鬼族の生き様に驚き、仲間と手を取り合い、助け合い、場合によっては我が身を犠牲とする事を厭わない、その熱い意志に敬意を表する思いじゃ。ただ、共感はできぬ。命を燃やす生き方は妾達にはちと合わぬからのぉ」
うん、そうだね。非常時ならまだしも、日常的にそれだとちょっと辛い。
「皆様、竜族に変化の術を伝え、彼らにも術式の改良に参加して貰う話は合意されています。ですから、僕からの提案です。先ずは今いる種族の力を結集して、初めての共同作業として、変化の術の改良に挑戦してみましょう。竜眼で分析して貰い、皆で改良案を検討すれば、リスクがどの程度か見えてもくるでしょう。僕もユリウス様の提案されたように、可能なら全ての種族で、比較検討できるようそれなりに多様なある程度の人数で試すのが良いと思います。その試みが、許容できる範囲か否か、それをまずは見極めましょう」
僕の提案を受けて、皆が暫し思案していた。面倒事の先送り、そうとも言えるけど、合意できる範囲内でまずは動いてみないと。
それに、問題は正しく理解しないとね。
「その辺りが落とし所だろう。だが、人生観の隔たりは大きい。そこはなんとする?」
長老のクロウさんが値踏みをするように、僕に意見を言ってみろ、と促してきた。
ふむ。
「ユリウス様、竜族も昔は戯れに街を焼き、人々を殺すような残虐さを持っていましたが、今では我々と相互不干渉の取り決めを結ぶに至りました。ならば、小鬼族も同じように変われると僕は思います。ですから、この際です。他の種族の助力を得て、幼児までの死亡率を一気に改善しちゃいませんか?」
「何⁉︎」
「小鬼族の死生観、何も為さずに死ぬ事への畏れは、幼少の頃から死が間近にある事と無縁ではありません。それなら、共に生まれた同世代の友達が殆ど欠けることなく成人の儀を迎えるようになれば? いるのが当たり前だった仲間がバタバタと死んでいく「運命の選別」を伝統だからと不満を言わず受け入れるでしょうか? 医療、衛生面の改善は小鬼族の死生観を劇的に変えます。ですが、今のペースだと、ちょっとこの星の全域把握までに意識改善が間に合いそうにありません。ですから、手を借りて社会を変えちゃいましょう。毎年の成人の儀に備えた軍備を各勢力が少しずつ減らせば、予算確保は余裕です。ユリウス様の治世の間でも、ハッキリと社会の変化を為せるでしょう」
さて、どうか。ユリウス様でも即答は難しいと思うので、ちょっと総括してみよう。
「小鬼族は医療・衛生面の見直しを行い死亡率を改善し、並行して成人の儀による「運命の選別」の伝統の見直しを行う事で、死生観を少し長命種寄りに近づける。鬼族は変化の術により鬼人化の導入を推し進めて来たるべき世界での存在感を増す準備を積み重ねる。そして人族は他人任せで狭い価値観を改めて小鬼と鬼の架け橋としての立ち位置を皆が意識し集団として動けるようにする。街エルフはそんな三大勢力の変革を全力で支援し、皆が幸せになるよう商人の視点で下支えを行う。――どうでしょう? 大筋としては悪くないと思うんですけど」
直近のマイルストーンは、この星の未踏破地域の調査完了あたりでしょう、とも補足した。
「その頃までに各勢力は今の宿題を終えて、弧状列島が一つに纏まれる状態を作ります。そうすれば、世界を相手にした時、皆は胸を張って、自分は多くの種族が手を取り合って暮らす弧国の民だ、と告げる事もできるでしょう。種族の違いを超えて共に暮らせる、そんな人々ならば、変化の術による二層化にも難無く対応できるんじゃないでしょうか? 小鬼族と竜族の差に比べれば、寿命が多少伸びて病気や怪我に備えられる程度の差なんて、誤差みたいなモノでしょう?」
夢は大きく、でも届かない訳じゃない。そして、歩けそうな道もある。
どうかな?
僕は皆の答えが楽しみでちょっとワクワクしてたら、街エルフの長老達が、わざわざ額に手を当てて、深く、深〜く、溜息をついた。
「どうしました?」
「お前の言葉を聞いていると、本当にそれが可能なのではないかと思えてきてしまう。正に猛毒だよ、お前の知は」
「んー、互いに正しい事を主張している。ただ、立ち位置がちょっと違ってる。それなら、皆が少しずつ工夫すれば、いい感じに収まるでしょう? それに大筋が決まれば、それを叩き台に議論も進められますよね? 別に僕の示した未来絵図なんて、幾らでも検討していじくり回して、これぞ皆が目指す未来と納得が行くまで、熱く夢を語ればいいでしょう?」
天災を運命と諦めず、人的被害ゼロで乗り切る事こそが目指す未来だ、という街エルフの目標も盛り込みましょうね、と笑顔で告げたら、長老達は憮然とした顔で「我らは数が少ないのだから、天災だろうと何だろうと、それを甘受する事などできん。今は難しかろうと、いずれ何とかしてみせる、それくらいの気概が無くて、何が政治家か!」と言い放った。
軽い呼び水程度のつもりだったんだけど、何が刺さったのか、長老達は思いのほか、感情混ざりの言葉を投げ放ってきた。
「あ、えっと、はい、そうですね。立派な考えと思います」
僕が少し戸惑いながら褒めると、彼らは一瞬、しまったとでも言った感じの表情を浮かべて場を取り繕った。
あー、なるほど。天災絡みでミア姉と激しくやり合ったとか、そんなとこか。僕は見た目だけならミア姉そのものだから、なおさら、記憶を刺激されやすいんだろうね。
長老達がぎろりと睨んできたから、これ以上の詮索は今は止めておこう。
ん?
ふと、他の方々の気配が変わった気がしたので、周りを見てみると、長老達の激しい反応は面白い効果を生んだようだった。
三大勢力が苦労する様を、悠然と眺めているだけでどこか他人事としている街エルフ達。人もモノも金も技術も有り余る超国家たる共和国、なれど、彼らもまた現実に抗う人々なのだと。
そんな当たり前の事実に皆が気付いたからだ。
「ほう、御老人方にもそのような熱い思いがあるとは、思ってもみなかった。だが、いいな、実にいい。良し、今日はまずは皆で青臭く、夢を語り合うこととしよう! アイリーン殿、済まんが酒と摘みを頼むぞ。そんな話をお上品に会議のような体裁でやってられるか! ベリル殿達はどんどん書き写してくれ。纏めてくれた資料は実に読みやすかった。話が発散するだろうが、よろしく頼む。森エルフとドワーフの連中も呼んできてくれ。シャーリス殿もできるだけ仲間を呼んで欲しい」
レイゼンさんが、豪快に笑いながら矢継ぎ早に次々に指示を出した。ユリウス様やニコラスさん、それに長老の方々も仕方ないといった顔をしてはいるが乗り気だ。
ん、なんかいいね、こういう流れ。
そう思っていたら、ケイティさんから、そろそろ時間だ、と告げられた。残念。
でもまぁ、良かったかな。多分、夢を語る場に、地球の知識は無粋だから。
「それでは、そろそろ時間なので僕は失礼します。皆さんの思い描く未来絵図がどんななのかとても楽しみです。纏める必要なんてありません、ぜひ夢が山盛りで溢れでるような姿を思い描いてくださいね。いずれ、同じ試みを竜族も交えてやりましょう。きっと楽しいですよ」
僕は名残惜しいけど、精一杯、期待している気持ちを言葉と態度で表した。
「妾達も好き勝手話すとしよう。トラ吉、アキの供を頼むぞ」
「ニャー」
皆に手を振られ、僕は嬉しい気分で庭の会談の場を後にする事ができた。
評価、ブックマークありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
意見が少し衝突していた程度だったこともあり、荒れることなく、騒がしい方向に舵を切ることができました。ちなみにアキは慌てることもなく、荒れた場に割り込んでいき、平然とした態度を敢えてとることで場を鎮めましたが、アキが去った後の酒盛りでは、そんなアキの普通枠から逸脱した振る舞いあたりも、話のネタにされていることでしょう。知らぬはアキばかりなり、です。
次回の投稿は、三月二十九日(日)二十一時五分の予定です。




