9-20.兵器として見た竜族
前話のあらすじ:鬼族の研究者トウセイが到着しました。名前は出ていたけど、登場するまで結構、かかりましたね。そして彼が編み出した「変化の術」の持つ可能性にアキは気付いて、ケイティ達に検討を丸投げしました。ケイティも大変ですね。
いつも通りの朝。ちょっと違うのは、ケイティさんではなく、ベリルさんがいた事。
「おはようございます、ベリルさん」
「おはようございマス、アキ様」
珍しい事もあるものだと思いながらも、いつものように体調の診察を受けてから、用意されていた室内着のワンピに着替えた。
「今日は公務は無しですか?」
「イエ。別邸の庭先に会場を設営し、其方で各勢力の代表が集まる手筈となっていマス。支度が整いましタラ、アキ様も合流してくだサイ」
「集まりの趣旨は何です?」
「アキ様の竜族に関する見解説明と、トウセイ様の変化の術の扱いに関する提案の二点デス」
ふむふむ、ある意味予定通り。
「変化の術の方は許可を貰えばいいレベルと思ってましたけど、何か質疑応答があるんでしょうか?」
「最初から最後まで、全て話せ、説明シロ、とのことデス」
あれ?
「何か話が横道に逸れたりしたんでしょうか? そんなに揉める要素はないと思うんですけど」
ベリルさんは首を横に振った。
「短期、中期、長期それぞれについて各勢力、弧状列島、世界について考えられる影響、想定している危機の具体的な内容など、まずは全部聞かせろ‼︎、と言付かってマス」
うわー。かなり本腰を入れてきてる感じだね。
「因みにトウセイさんはどんな感じです?」
「話がどんどん大きくなる事に困惑されてまシタ」
成る程、なんか庶民的だ。これが師匠なら、嬉々として、もっと、もっとと他の事も含めて売り込んで行くと思う。研究者と言っても人によって気質がかなり違うのは、ちょっと配慮しておいた方がいいかも。
「あと、皆さんの反応はどうでした?」
僕としては会心の策だと思うんだけど。
「皆様、頭を抱えているようでシタ。街エルフの長老の皆様は露骨に毒ついてまシタ」
えー。なんでかな。
「不思議ですねぇ、先々の大きな問題が何とかなるなら、嬉しい話と思うんですけど」
ベリルさんは曖昧な笑みを浮かべて、返事を濁した。
まぁ、これ以上は考えても仕方ないよね。
そんな事を話している間に、アイリーンさんが保管庫に入れておいてくれていた中華粥と、揚げパン、それに中華スープのセットも食べ終わり、身支度も整え終わった。
「おぉ、アキ、もう支度は良いようじゃな。皆が待っておる。忘れ物はないか?」
んーと。
「お爺ちゃん、この前の四人用チェスのセットは持っていってくれてるかな?」
「それなら、ケイティ殿が空間鞄に入れて運んでおる。それにホワイトボードとマーカー、投影できる世界儀の準備も万全じゃ」
それならいいね。
机の上で僕達の話を聞いていたトラ吉さんが、ふわりと床に降りて先を歩き始めた。自然なエスコートありがとう。
「それじゃ、行こうか」
僕の横では、僕の発言を書き留める為のノートを抱えたベリルさんが頷いた。さーて、どんな空気になってるのかなー。
◇
庭先には僕と、その少し後ろにベリルさんの席が用意されて、その横にはホワイトボードも配置してあった。そして、向かい側には鬼王レイゼン様、長老の三人、小鬼皇帝ユリウス様、それと大統領のニコラスさんが同じテーブルを囲んでいて、それぞれの後ろに関係者が席を詰めていた。
ニコラスさんの後ろにヘンリー王やエリーもいて、人口密度が凄い。
あと、少し離れたところには研究組と、調整組の皆さんがズラリ。最前列では偉そうに腕組みして師匠が満面の笑みを浮かべていた。
今回の会合で集まった主だった人達が全員集ってると言っても過言じゃない感じだ。
そして、皆さん、僕に向ける顔はどこか恨めしいというか、頭痛の種が来たとでも言いたげな、何か頭が痛そうに見えた。
トウセイさんを見ると、研究組の中でも隅の方で、他の人の視線を遮らないよう、後ろに座ってた。
うん、並んでる方々の発する威圧感というか、覇気が凄いから。少し離れていたくなる気持ちもわかるね。
さて。
これだけの人達が僕の提案に足を運んでくれたのだから、無様は晒せない。
背筋を伸ばして、胸を張って。
さあ、話を始めよう。
◇
足元にはトラ吉さん、隣にはお爺ちゃん。こうして、居てくれるだけで心強い。
では、まずは感謝の言葉から。
「皆様、お忙しい中、僕からの提案に興味を示し、こうして集まって頂けました事に先ずは感謝します。今日は竜族に対する僕の見解と、変化の術式の扱いについて、お話します。宜しいですか?」
上手く席を半円状に配置してくれてるおかげで、それ程、声を張り上げなくても全員に声が届くのはありがたい。
「それでいいぞ。竜族とは徒手空拳の歩兵のようなものだ、だったか。アキの考えを聞かせてもらおう」
レイゼンさんが楽しそうに答えてくれた。いいね。こういう場を盛り上げる気遣いができるのは、ありがたい。
「はい。皆さんとお話ししていて、どうも竜族の強さに惑わされて、本質を誤解されているようなので、その事を話そうと思います。あ、今から話す内容ですけど、念の為、竜族の方々には内緒にしてくださいね。気を悪くされるかもしれないので」
「それは臍を曲げるだろう。奴らは自分たちが強く、全ての生物の頂点に立つのを当然と考えているのだからな」
長老のクロウさんが皮肉っぽく告げた。
「では、竜について兵器として見た場合のお浚いです。竜族は大型でありながら、海鳥のように助走しないと飛べないという事もなく、空中で停止する事もできます。雲の上まで上昇できて、頑張れば亜音速でも飛べるようです。ただ、地上の大型生物を獲物とする為、獲物を狙う際には、低空をゆっくり、滑空する様に飛ぶのが基本です。あまり戦闘行動半径は広くなく、消耗した魔力は巣で休むことで回復します」
ふむ、特に異論はなし。
「次に竜族の遠距離兵装相当の物ですが、魔術、竜の咆哮、竜の吐息の三種類です。魔術は汎用性があり瞬間発動が基本で威力も体に見合ったものがありますが、竜同士の争いでは機動補助や牽制技にしかなりません。竜の咆哮は、魔力を乗せた恫喝に過ぎず、竜の吐息は福慈様の記憶に触れた限りでは、息と言うより指向性のある熱線といった感じでした」
ふむ、やはり反論はなし。
「竜族の近接戦闘能力と防御力について。竜の牙と爪は貫けぬモノ無しという破格の威力があり、竜の鱗は頑丈で歩兵の武器では殆ど意味がありません。城砦も飴細工の様に簡単に破壊するとも聞きます。あと、低位階の魔術は何もしなくても無効化しますね。これは高位存在定番の話ですが、魔術付与されてない武器の効きが悪いのも同じ理由でしょう」
……誰も発言しない、というか知ってる話だから頷く程度。
「最後に彼らの探知能力、知性について。視力はかなりのモノがあり、竜眼の分析能力も目を見張るモノがあります。探知系の魔術である程度の探知能力を補ってもいるようです。そして竜族は自らの機動力、攻撃力、防御力、魔力といった能力を理解し、相手の能力も考慮して効果的に用いる高い知性があります。あらゆる能力を満遍なく高いレベルで保有する、それがこちらの世界の生態系の頂点に君臨する竜族と言えるでしょう」
総括したところで、ニコラスさんが口を開いた。
「認識に違いはないが、それが徒手空拳の歩兵と同じと言われてもピンと来ないな」
説明してくれるんだろう?と笑みを浮かべる姿は、余裕があっていい感じだ。こちらが本来のニコラスさんなんだろうね。
「次に示す地球の乗り物、武装ヘリと対比していく事で、僕の伝えたい事が少し見えてくると思います。まず、武装ヘリ、空を飛ぶ乗り物ですが、原理は簡単です。子供の玩具の竹トンボ、このように回転させると空に飛んでいきますが、回転させる羽を大きくして操縦士と回転させるエンジンと燃料、攻撃用の武器や防御の為の装甲板を搭載した乗り物です」
用意して貰っておいた竹トンボを回して飛ばして、飛ぶことを印象付けてから、ホワイトボードに武装ヘリの模式図を描いて見せた。
テイルローターで回転を打ち消すことで機体自体が回るのを防ぐこと、装甲板によって歩兵の小火器程度ではびくともしないこと、搭載している砲は牛乳瓶のような太さの薬莢で、鬼族の親指くらいの大きさの砲弾を、エルフの狙撃の何倍も離れた地点から叩き込むことを説明した。
「このように、竜族は魔術という優位性はありますが、それ以外はかなり武装ヘリに似ています。そして地球では、武装ヘリは一時期隆盛を極めましたが、今では開発も滞り、先行きは不透明な兵器扱いされる状況です」
そこで、手が上がった。ユリウス様だ。
「何故、あちらではそこまで強みを失ったのだ?」
「簡単に言えば、竜族が強いのは、空を飛ぶ相手に攻撃を当てるのが難しい事、そして竜の守りを突破するのが難しい事、この二つがあるからです。地球での武装ヘリもそうでしたが、歩兵が携帯型の対空ミサイル、つまり空飛ぶ相手によく当たり、しかも飛行を困難にするだけの威力を発揮する遠距離武器を手に入れた事で優位性が揺らぐ事になりました」
ここで、僕はホワイトボードに描かれた武装ヘリの図を示しながら説明する事にした。
「そもそも武装ヘリはかなりの無理をして飛んでいます。空飛ぶ鳥の骨がスカスカで軽いように、本来、空を飛ぶ際に重さは軽いほうがいいんです。ところが武装ヘリは敵の攻撃を防ぐ為に重たい装甲をたっぷり積んでます。そんな重たい機体を、エンジンのパワーを上げて無理に飛ばしています。だから、動きも鈍いんですね。それに大切な所を守るとしても、全てを分厚い装甲で覆ったら重くて飛べません。だから、操縦手とか、エンジンとか燃料タンクとかを守る装甲はあるけど、攻撃する為に搭載しているミサイルとかは外に剥き出しで積んでます。そんな武装ヘリのすぐ近くで敵のミサイルが爆発して破片を撒き散らしたら? すぐ落ちなくても故障して墜落する前に基地に戻るしかなくなるでしょう。そして、竜族も同じです。怪我を負えば、よほどの事がなければ、竜族はその場を離れて巣に帰るでしょう。無様に墜落したり、飛ぶのを諦めて歩いて帰る訳にはいきませんから」
ある程度は納得して貰えたようだ。後一押し。
「そして、こちらでも既に竜の守りを貫通しうる武器はあります。街エルフが運用している投槍がそれです。僕が見たそれは狙ったところに真っ直ぐ飛んでいくだけでしたが、加速術式によって与えられた膨大な運動エネルギーで、鬼族の扉盾も貫通する威力を発揮するのは皆さんご存知の通りです。威力はある、なら後は命中させればいい。竜の飛び方は滑空が基本ですから、未来位置を計算して、ゴーグルにでも未来位置と投げるタイミングを表示する魔導具を用意すれば、後は投げるだけです。竜が気付くのが遅れれば、その身を投槍が貫くでしょう。後は槍に誘導術式を組み合わせるのも手ですよね。少し方向を変えられるだけでも格段に命中率が上がるでしょう」
僕の説明を受けて、皆の視線が街エルフの老人達に集まった。
「確かに投槍が届く距離に竜がくれば、そして何処にいつ投げればいいかわかるなら、確かに突き刺す事もできるだろう。だが、手口がバレれば、奴らも馬鹿ではない。何か対策を講じるのは間違い無いぞ」
ん、竜族の実力を正しく理解できてるだけの事はある。でも、それは地球での武装ヘリの立場と同じなんだよね。
「いつ、投槍が飛んできて我が身を貫くかもしれない……そう理解して、今までのように呑気に、絶対的な強者として飛んでいられるでしょうか? そう、実は彼らはもう現時点でも、絶対的な強者から、相対的な強者に変わってしまったんです。もう、昔話のように、一方的に蹂躙し、死と破壊を撒き散らす絶対者ではなくなっていたんですよ」
僕は少しだけ寂しさを含んだ声で、そんな事実を告げた。
そして、長老達を見たけど、彼らは少しだけ残念そうな表情を浮かべたのがわかった。と言うか、発言の代わりに敢えて見せてくれた感じだね。屈折した思いだけど、何となく彼らの気持ちもわかる気がした。
「だが、奴らは強い。そう簡単に差が縮まるとも思えんぞ」
レイゼンさんが事実を告げた。
「確かに。簡単ではないでしょう。ですが、彼らの強さは極まっており、百年後でも千年後でも変わらないんです。肉体改造はそんな短期間では無理ですから。そして、人が作る兵器の方は、どんどん性能が高まり、より簡単に扱えるようになり、しかも安価に量産できるようになります。そう遠くない未来、装備があれば追い払うだけなら簡単、なんて言われる時代も来るでしょう」
僕の言葉に、三大勢力の三人の目付きが鋭くなった。そうだよね、竜族の絶対的な力があるから、和平が成立してるというのに、いずれそれは破綻すると話してるんだから。
「えっと、追い払える武器が開発されるのと、それが一般兵士にまで普及させられるかは、全然別の話なので、そこは注意してください。地球でも武装ヘリを撃ち落とせる携帯型対空ミサイルを開発できている国は全体の数%に過ぎず、そんな国々でもあまり、数を揃えて配備はできてませんから」
そう告げると、緊張が少し緩和された。
ふぅ。
後は、長老達に話したのと同様、乗物の武装ヘリは短時間で修理できるし、補給できるし、量産できるし、基地に集めて集中運用できるのに対して、竜族はそうではない事を説明した。
「極論ですが、巣にいる竜を確実に倒せる方法が編み出されれば、それを竜の頭数だけ繰り返す事で、彼らを滅ぼす事が可能になります。彼らは目立つので、隠れ里みたいな話もありませんからね」
補足として、飛んでる竜に攻撃を当てるより、巣で休んでる竜に当てるほうが簡単とも伝えた。
◇
前提については理解して貰えたようなので、話を総括しよう。
「天空竜は空を飛び、狩りをする事に体を特化させ過ぎました。彼らに採掘・精錬作業は厳しいし、泳ぐ事もできないでしょう。農業も厳しく、彼らが主な獲物とする大型の獣がいなくなれば、一緒に滅びるしかありません。環境、状況に特化し過ぎた生き物は、変化に弱いモノです」
「つまり、兵器として限界があり、生物として柔軟性に欠けるから、過剰に恐れる必要はない、そう言いたいのだな」
ユリウス様がそう纏めてくれた。
「ざっくり言えばそんなところです。相手を正しく認識し、正しく恐れる事、それが大切です。そして、これまでの話は前提知識です。兵器としての限界と言っても、それなら人族だって鬼族だって同じです。道具を使えるから補えると言うだけで。変化への柔軟性も同様です」
前提を話して、でもそれなら我々とてさして違いはないと告げると、皆の反応はまちまちだったけど、明らかに続きに興味を示してくれたのがわかった。いいね。
「そこでもう一つの相談の話になります。集団で知識や技術を共有し道具を使えるのが我々の強みですが、そこに竜族も加われるとしたら? その道を切り開くのが、トウセイさんの編み出した変化の術なんです」
僕の言葉に皆が表情を痙攣らせたのがわかった。
評価、ブックマークありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
アキが前々から指摘していた竜族の問題点について、説明したお話でした。敵の砲撃でも致命傷を負うことがない浮沈艦と言われた戦艦、戦艦を倒せるのは戦艦だけ、と言われて砲艦外交などと称されて、保有していることがステータス、なんて時代もありました。
でも、栄枯盛衰、技術が進むと駆逐艦達の魚雷が脅威になり、航空機からの爆撃や雷撃で沈んでしまうようになり、費用対効果が悪くなって廃れていきました。
まぁ、アメリカは湾岸戦争頃まで戦艦を維持していましたが、あそこはチート国家なので別枠とすべきでしょう。そんなアメリカもその後は戦艦を退役させました。
……とまぁ、現代人なら語れるところですが、戦艦が黒鉄の城と言われ、布張りの飛行機がせいぜい手持ちの手榴弾や拳銃で相手の飛行機と戦っていた時代(第一次世界大戦初期)に、戦艦が廃れていく未来を予見できるかというと、それは難しいし、予想を積み重ねても仮定が多過ぎて、現実味のある説として他の人に語るのは不可能でしょう。現代人チートですよね(笑)
次回の投稿は、三月十一日(水)二十一時五分の予定です。
<雑記>
本日、献血したところ、50回目ということで以下の記念品を貰いました。成分献血なら二週間間隔で献血できるので、余裕がある方は成分献血がお勧めです。(成分献血はストックできる期間も短く常に一定量必要としているということもあります)手軽にできるボランティア活動ということで、ちょっといいことをした気分にもなれます。
コロナウィルスの問題もあって献血してくれる人が減った、とTVで報道があったおかげで、昨日、今日と超混雑で嬉しい悲鳴状態とのことでした。ただ、報道の後の増員はそう長続きしないそうなので、心身ともに健康な方はぜひ献血に行ってみてください。
ちなみに、今行くと、以下のクリアファイルをGETできます。「薬屋のひとりごと」のコラボです。
好きな作品なので、こうしてコラボして貰えるとモチベーションが上がりますね。