9-18.街エルフの長老達(後編)
前話のあらすじ:二人目の長老ヤスケと、アキがなぜ研究に必要な人材が揃いつつあるのに、まだ各勢力への働きかけを続けるのか、色々とお話しました。アキとしては良心から、先行投資的な視点も考慮してやってる片手間作業といった感覚ですが、それを知った長老達は動揺を隠せなかったようです。
さて、ここまでは多分、前哨戦。真ん中に座り耳を傾けるだけで、話に加わってこないおじ様が今回一番の難敵だろう。
「俺の事はクロウと呼ぶように。聞きたい事は竜族の事だ。アキは奴らを話に聞いただけでなく、直接対峙し、言葉を交わし、心を触れ合わせてきた。奴らと殺り合い続けた年月ならば我々以上に奴らに詳しい輩はいまい。だが、アキ、お前の見せた切り口はこれまでに無い物だ。一概に、無知故の戯言と切り捨てる事はできぬ。そこで、問おう。アキは竜族をどう思う? 思うままに話してみよ」
今までのやり取りから、僕の事を把握したと判断したようで、年寄りを演じる振りすら捨ててきた。薄暗い目だけど、黒塗りの短刀のような嫌な鋭さが見え隠れしてて、場の緊張感が跳ね上がった。
と言っても、トラ吉さんも少し身を起こした程度。まだまだ抑えてくれている感じだ。
さてさて。
「竜族、それはこちらの世界の食物連鎖の頂点に君臨し、成竜となれば、敵は同じ竜族のみ。歩兵の小火器ではほぼ対処できず、その飛行速度はセスナ機程度であるものの――って、セスナ機ってご存知ですか?」
「……あちらでの飛行機の一種だったか? よく知らぬ」
「プロペラを回して推進力を得るタイプの飛行機で、音の何割かまでしか速度は出ませんが、ジェット機に比べると静かで燃費が良く長距離飛行に向いている特徴があります」
手で話を元に戻すよう示された。うん、横道だからね。
「成竜は装甲を持ち、空中静止から、亜音速まで自在な飛行を行えるという点で、地球の世界での武装ヘリ相当の強さを持つと言えます。通常の飛行速度はヘリというよりはセスナ機に近い気もしますが、戦闘行動半径の狭さを考えると、やはり武装ヘリと考えるのが妥当です」
「その武装ヘリとやらに近いとして、それは何を意味する?」
「地上部隊が有効な対空兵装を持たない場合には、地上部隊に対して圧倒的な力を発揮するでしょう。また、相手が本格的な空軍を運用できる場合は、空戦では駆逐されるだけの存在に成り下がります。ですので、今は最強でも、地球のように技術が進めば、空戦でも勝てず、地上部隊から対空兵装で反撃されるせいで、簡単に近寄る事もできなくなり、人々の竜族に対する認識も様変わりしていく事でしょう」
補足として、地上車両として見ると、竜族は軽戦車といったところで、本格的な地上戦には耐えられず、彼らは飛んでこそ真価を発揮するのは間違いない、とも説明した。
「あちらでの地上戦の主力が戦車だったか」
「はい。僕の腕より太い砲弾を音の二倍くらいの速度で撃って敵を殲滅していく陸の王者です。正面装甲は厚さが僕の体の何倍もあり、ある程度の距離なら自分の砲の直撃にも耐えます。そんな戦車を互いに何十、何百と出してぶつかり合うのが地球の地上戦です。全周囲を頑丈な装甲で覆うと重過ぎて動けなくなるので、正面以外の装甲は薄いのが数少ない欠点でしょうか。あと、物凄く大量の燃料を消費するので運用が大変ですが、それは燃料をばら撒きながら飛ぶとまで言われる武装ヘリも同様なので、まぁ、似たようなものでしょう」
「話を続けなさい」
「そして、竜族は生物ですから、地球の武装ヘリのように壊れたパーツを交換して翌日には戦線復帰などと言う真似はできませんし、弾薬や燃料を使い切るように戦い、基地に戻って三十分もかからず補給を完了して再出撃なんて真似もできません。また、機体をもっと揃えたいから工場で大量生産なんて真似も勿論無理です。つまり、戦力として見た場合、性能向上もできず生産性も悪く、修理も簡単にできず、補給もすぐ終わらない、戦闘行動半径が短く、魔力を補給できるポイントも限定されるなど、使い勝手が悪く、いずれは戦力として数えられる事のなくなる存在、そう考えます」
「それはどれ程先の話だ?」
ほぅ、誰か入れ知恵したかな?
「地球の話ですが、いまでこそ陸の覇者と言われる戦車ですけど、初登場した時は人の歩く程度の速度でしか動けず、薄い装甲は少し口径の大きな砲なら抜ける程度、そして武器として機関銃や大砲を装備してましたが、それは対歩兵用の武装でした。しかも機械としての信頼性も低く、頻繁に故障する有様でした。それでも敵の攻撃を跳ね返し、戦線を押し進める移動可能な防御陣地というコンセプトは魅力的だったため、開発、改良が進んでいきました。今では先程、話したような強大な火力、圧倒的な防御力、そして人の全速移動のよりも早い機動力を兼ね備えたのです」
「答えになってないぞ」
「すみません、それで先程の戦車ですけど、初めて戦争に大規模投入されたのが第一次世界大戦の頃なので、だいたい百年前ですね」
「百年、だと!」
やっぱり、街エルフの時間感覚からするとビックリする話なんだろうね。
「確かミア姉に頼まれて、戦車の開発史とかも話した覚えがあるので、興味があるようでしたら後程、ご確認ください。あと、百年前には武装ヘリの姿はなく、今から三十年くらい前にはかなり進歩して活躍もしたんですけど、今ではそこらの歩兵でも対空ミサイルを撃ってきたりするので、相手の攻撃の届かない遠距離からミサイルを撃つ運用に変わってきてます」
「まて」
「はい、何でしょうか」
「先程、アキは竜族を武装ヘリに例えた。そしていずれは優位性を失うだろうと。それはあちらで既に起きている事実だと言うのか⁉︎」
理解が早くて助かる。
「そうです。地球ではそうなっています。実際、相手を甘く見て低空飛行で敵陣に突入した武装ヘリの部隊が、膨大な数の対空火器に蜂の巣にされて、ボロボロになって逃げ帰ったなんて事もあったくらいです。要は武装ヘリの装甲を抜ける火器と、飛び回る相手に当てられる射撃精度があればいいんです。武装ヘリは重い装甲を抱えて無理して飛んでるので、動きも鈍いから、未来位置を計算してそこに大量に砲弾を撃ち込めれば簡単に当たります」
「竜族は空間転移も使い、魔術も瞬間発動してくるのだ。ただ装甲を持ち遠くまで届く火砲を積んでる武装ヘリと同一視はできまい」
おや? なんか話が面白い展開になってきた。……っといけない、表情を引き締めて。
「確かにただ飛んで砲を撃つだけの武装ヘリに比べれば、手強いのは間違いありません。ただ、皆さん、竜の強さのせいで勘違いされているようなので、関係者も揃ってますし、皆さんが帰られる前に説明の場を設けようと思うのですがどうでしょうか? どうせなら一度に説明した方が効率が良いと思うんです」
「勘違いとな? それで何を話すというのだ?」
「極論すれば、竜族は徒手空拳の歩兵、鞄すら持たず、落ちてる道具も利用できない相手だって事です」
そこまで話して、興味あります?って聞いてみた。
そんな僕を見て、クロウさんは呆れた顔をした。ポーズではなく、本当に呆れたようだ。
「……興味がないと言えば嘘になる。だが、少しくらい嬉しい気持ちを隠そうとしたらどうなんだ?」
う、隣の二人も頷いてる。
「すみません、地球では空想でしかなかった竜が本当にいて、そんな彼らについて、あれこれ考えるのが楽しくて、しかも、そんな考えた自説を他の人が興味を持って聞いてくれるとなれば、こう、心が躍ってしまうのも仕方ないかなーって」
僕の説明にお爺ちゃんは頷いてくれたけど、長老の皆さんは、なんかこう悟ったような目になった。
「類は友を呼ぶというが、アキを見ているとミアの本当の妹ではないかとすら思えてきたぞ。……そんな嬉しそうな顔をするな、褒めてない」
む、ミア姉に似てるね、と言われれば褒め言葉だと思うんだけど。
「えっと、はい。それでどこまで話しましたっけ? あ、竜族を武力、兵器としての観点から捉えたお話でしたね。では、次は――」
「まて」
さぁ、話そうと意気込んだところを手を掲げてまでして止められた。はて?
「何でしょうか?」
「一体、何をどこまで語るつもりだ?」
クロウさんが何ともお疲れなご様子で、それでも努めて冷静な声で聞いてきた。
「竜族は強大な力を持ちながらも、集団としては緩い繋がりに過ぎないという独特の体制をとっている事から見ても、互いの認識にズレが合っては大変です。ですから、彼らの文化、風習、個体としての能力、竜眼の持つ可能性、魔術の特異性と――」
「まて!」
「はい、えっと、なんでしょう?」
「アキ、お前は我々が自分と同様、竜に好意を持っていると勘違いしてないか?」
「いえ? ただ、感情の方向性は真逆かもしれませんが、竜族を知りたい、理解したいという視点で見れば、皆さんと僕は間違いなく同じグループ、熱心に言葉を交わす仲間と言っても良いでしょう。その中で新たな知見が得られれば良し、求める物が同じならば、遠慮など不要と考えました」
「……お前、本当にアキ、いや、マコトなのか? 半分くらいミアなんじゃないのか?」
心底嫌そうな顔をしながらクロウさんが聞いてきた。
「そんなにミア姉っぽいとこがありました?」
「そこを別とすれば、などと言って大前提を蹴り飛ばす話の手口はミアにそっくりだ。そこは喜ぶところじゃない、少しは危機意識を持て!」
なんかクロウさん、だいぶ雰囲気が崩れてきたというか、なんというか。
「ミア姉とは毎日、毎日、十年間も密度の高い心話を続けてきましたから。考え方とかが影響を受けるのは仕方ないと思います」
「……いずれ話を聞くかもしれんが、それは今ではない。竜族について、簡潔に考えを話せ。簡潔に」
残念、竜族フリークなお仲間と思ったけど、お忙しい方々だし、仕方ないか。
「それでは、簡潔に。あれだけ賢く魔力に長けた種族なのに、その力を研究とかにも使わず遊ばせておくだけなのは実に惜しい。どうせなら、僕の目標に向けて、一緒に活動してくれるように引き摺り込んじゃおう。色々ありますけど、余計な話を全部取り払ったら、そんなとこです」
忙しいと、猫の手も借りたいとか言うじゃないですか、あれと似たようなものです、と補足したら三人とも白い目を向けてきた。すごいなー、底の見えない薄暗い目をしてた筈の三人が三人とも、心の底から、何とかしないと、って強い意志を目に宿してる感じだ。
「……奴らを口先三寸で思い通りに動かせるなどと言い出すのなら、傲慢が過ぎるぞ」
そう咎めながらも、僕がそんな気持ちを持ってないことは理解してくれているようだ。
「話を交わす中で、彼らの好みや興味の向き先も見えてきたので、それらを提供しつつ、対価として彼らに自主的にちょっと手を貸して貰う――手を貸すかどうか、何をするかは色々提案はしても実際に何をするか決めるのは彼らです。幸い手札には困りませんし、百を提案して一つ、二つ通れば良しくらいの気持ちで巻き込んで行こうと思ってます。あ、勿論、これまでと同様、他の皆さんに相談してから動くのでそこはご安心ください」
「当たり前だ! 勝手に動くな。話を聞いててわかったが、お前の語る「ちょっと」は全く当てにならん。それとな、幾ら我らが長命と言っても、誰もが千年、万年先を見越した話を考えているなどと思うな」
え? 長期視点が基本の街エルフなら、それが当たり前じゃないの?
「将来の巨大災害に備えて、なんて視点をお持ちなのだから、それくらい皆さん、普通に――」
「そんな奴ばかりなら、儂らはこれ程苦労はせんわ!お主もそうやって、さりげなくハードルを引き上げて相手を追い詰めるミアのような真似は辞めよ」
う、ヤスケさんに怒られてしまった。長老さんも大変だ。それはそうと、疑問が一つ。
「皆さん、ミア姉の事をよくご存じのようですけど、もしかしてミア姉とのエピソードを色々とお持ちだったりします?」
それはそうと、って話を変えたら、物凄く渋い顔をされた。それ程⁉︎
「あるとも。我らは長く生きておるからな。まして、あのミアだぞ? 数えるのも馬鹿らしくなるほど、エピソードだらけよ」
ほほー。
「皆さん、お忙しいと思いますが、ミア姉とのエピソード、お聞かせ願えませんか? 心温まるエピソードとか、過ぎてしまえば良かった思い出とか、そんなのがあれば幸いです」
三人の表情を窺ってみると、話さないでもないって感じだ。
ただ、そこで何故か同時に三人とも意地の悪そうな顔で笑ってきた。
「話してやらんでもない。だが、まずは、我らの小言にも付き合ってもらうとしよう。嫌とは言わんだろうな?」
「勿論、聞かせていただきます。それで小言って何ですか?」
その一言が起爆剤となったらしい。
「いいか? そもそもだな、福慈などと呼ばれてるあのイカれ竜が、反射的に相手を消し飛ばすような脳筋な真似をしたからと言って、俺達までそんな事をすると考えることがそもそもおかしい。それこそ天と地ほどの力量差がある相手に、そんな底の浅い脊髄反射をするような阿呆が長生きできる訳がないだろう⁉︎ それにだな――」
クロウさんが口火を切って、怒涛の勢いで僕の考え方の誤りを突き始めた。日頃から溜まっているストレスまで発散しようとするかのような勢いで、一人終われば、間髪入れず次の一人が新たな話を始めてと、三人が交代交代で小言を話し続けて、聴き流すわけにもいかないから、それに少し心が折れそうになりながらも付き合って。
昼休みで休憩できると思ったら、話ができるようにと摘める食事を頼んで、そのままぶっ通しで、話を続けて。
最後にジロウさんが、取り敢えず今日はこの辺りにしておこう、などと言ったのを聞いて、完全にノックアウトされた。
それでも、最後までしっかり話を聞いていた態度に免じて、後日、ミア姉絡みのエピソードを話してくれると約束してくれた。
やったね。
本当は小躍りしたいくらい嬉しかったんだけど、延々と続いた小言のダメージは深くて、意識とは裏腹に、僕は沈み込むように椅子に座り込んだまま動けなかった。
そんな僕を見て、子供っぽいとか、ほれ、空元気を見せてみい、とか好き放題言って笑ってる長老さん達を見て思った。
仲良くなるのは無理って。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
街エルフの長老達との会談も、三人目の老人クロウとの話し合いで表面上はさほど荒れることもなく終わりました。今回の件が長老達にある決断をさせますが、それをアキが知るのはこの章のラストあたりになります。あと、長老達も自分達の見えにくい行動がアキにちゃんと認識され、その意味も正しく伝わっていると知って、少しほっとしたことでしょう。
次回の投稿は、三月四日(水)二十一時五分の予定です。