9-16.街エルフの長老達(前編)
前話のあらすじ:街エルフの長老達との会談を無事終えるため、妖精さん達が同席することになりました。シャーリスは、長老達は仲良くなれそうにないという結論に至ったようです。まぁ普通にドン引きする行動をしてましたからね……。
別邸の庭には、会談用の席が既に用意されていた。椅子にはカップホルダーのついたサイドテーブルが付いて、飲み物や軽食を置く事ができる。それと椅子は座り心地は良さそうだけど、座ると、立ち上がりにくい深さがある。この為に用意したんだろうね。テーブルが前にないのも足元を隠さない為。全てが徹底してる。
そして、僕が庭に来たのに合わせて、座って談笑していた年配の方々が、ゆらりと立ち上がって、笑みを向けてくれた。
「ふむ、ミアに似た外見と、リアのような魔力属性、そして、活力に満ちた振る舞い、話に聞いた姿そのままだ。お初にお目に掛かる。我らが長老と呼ばれておる年寄り達じゃよ」
三人のおじ様達、流石に十代には見えないけど、年齢なら三十代か四十代あたりといった雰囲気の街エルフのおじ様が三人、出迎えてくれた。
なぜ、おじ様と感じたかというと、皆さん、額が広がってるというか、前髪が後退しているというか、ボリュームが減ってるというか、輝きが少し減ってるというか、少し重ねた年月を感じさせるんだよね。この方々を見ると、父さんや母さんはかなりの若手だと思える。
長老と言ってもこれくらいの外見年齢だと、確かに老衰で死んだ街エルフがいないというのも頷ける話だ。
僕は胸に手を当てて、軽く頭を下げて挨拶を返した。
「父ハヤト、母アヤの娘、アキです。お会いできて光栄です。こうして皆さんとお話しできる機会を得られた事を感謝します」
幸い、目立った刺々しさや荒さ、鋭さは見られないので、僕も落ち着いて対応できた。
足元のトラ吉さんも、隣に浮かんでいるお爺ちゃんもいつも通り落ち着いてる。
座るよう促され、皆が用意された席に腰を下ろした。
◇
三人の長老のおじ様達だけど、背格好もそれほど変わらないし、服装も無難に纏めている感じで、特徴的と言える程の差異がない。
と言っても三つ子という訳ではないから、見比べればもちろん区別はできるんだけど。
予め、教えて貰っていた情報もあるんだけど、経歴と言っても特筆するような記述もなし。皆さん、竜族との長い戦いの時代を生き抜き、政に尽力する意欲を持ち、彼らの支持層に支えられている、総括したらそう括れる方々だ。
ちなみに長老間の力関係でいうと、一人一票という事で、権限に差異はなし。今日来ている三人は自身で確認する傾向がある方々との事。
つまり事前情報からは性格とか好みとか、物事への見方とか、そういう肝心な所がまるで見えないという事。……わざとそうしてるんだろうね。ここまで見えないのは逆に怪しいもの。
「儂らの髪が珍しいかね?」
いけない、かなり不粋に眺めてたっぽい。
「歳を取られた街エルフの方を見たのが初めてだったので、つい見てしまいました。すみません」
僕の返事に彼らは好好爺の笑みを浮かべた。
「気にせんよ。儂らは十分に時を重ねた。他の種族程ではないが、それを感じられる姿は気に入っておるのだ。――こうして僅かでも話せば、いくら外見が似ていようと、其方がミアとは別人とも理解できた。しかし、初々しいのぉ」
む、初々しいなんて言われるとは予想外だ。
「其方の反応は、初めて年老いた同族を見た幼子達とそっくりでな。どんな者もいずれは老いて死ぬ。若い外見の者達に囲まれておると、そんな当たり前のことを忘れがちだ。もし其方が驚いて、母の影に隠れても微笑ましく思うだけじゃ」
笑顔のまま、僕の足元で横になってるトラ吉さんに視線を向けた。
特に動きなし。ふぅ。挑発してくるね。軽いジャブくらいなのだろうけど。
「さて、こうして足を運んだからには、まずはそちらから片付けるとしよう。儂らは三人来た。それには意味がある。同じ事であれば、誰か一人がくれば事足りた。だが、三人とも話したい内容が違ってのぉ。すまんが、儂らの問いに答えて欲しい」
答えても答えなくてもいい、そう聞こえなくもない言い回しだけど、当然、拒否権はない。拒否するつもりもないけどね。
「はい。僕に答えられる事であれば、誠意を持って回答させて戴きます」
僕の返事に、彼らは満足そうに頷いた。
◇
「先ずは儂から話すとしよう。儂の事はジロウと呼びなさい」
「はい」
「儂はな、我々、共和国が国として一連の出来事に対して動いておらぬ件について、アキがどう思っておるか聞きたいのだ」
ふむ。先ずは無難なとこからスタートと。
「物事には自助、共助、公助があり、公助は国でなくてはできない分野、規模の話に限定すべきと思います。その点、共和国にこれまでにして頂いている対応は、とてもありがたく思っています」
続けて話すよう手で促された。
「日本から来た僕を、父母の娘として認めていただけた事が一つ。国民として庇護下に入れていただけたことに感謝します。次に魔術を学ぶため、ロングヒルで学ぶ事を許可して頂けた事も助かりました。良い師に巡り合い、多少ですが魔術も使えるようになりました。また、多くの方々との出会いもあり、繋がりができた事も僥倖でした。三点目としては、先の見えにくい新たな分野、次元門構築に関する研究許可を頂けたことにも感謝します。我が姉、ミアの救出への道筋が定まった事、これに勝る喜びはありません」
僕の話を静かに聞いていたジロウさんだったけど、話し終えた僕のことを、薄暗い眼差しで暫く眺めてから、ニコリと笑った。
「三つの助けについて、よく理解できておる。ならば、共助、公助に欠かせぬ考えがある。権利と義務だ。それについて話してみよ」
「自助は自分自身で問題に対処するモノなので、義務はありません。それに比べると共助、公助のどちらも、属する集団としての義務を果たすことと引き換えに権利も得られる点が異なります。集団に属する事で権利を得ますが、それは義務を果たす事が前提です」
「正解だ。いずれも互いに支え合おうとするからこそ成立する。タダ乗りする者が増えれば破綻する仕組みだ。そして、国民はまず自分の足で立つ、これが基本だ。そして個人では対応できない時、所属する集団全体で対応する。一部地域の集団では対応できない場合、初めて国が対応する。他人を助ける、皆で力を合わせるのは、自分で立てる者が余力で行う物、それを忘れてはならん」
ごもっとも。
「もしかして、義務は果たす事に文句を言う国民が増えてて頭が痛い、とかあったりするのでしょうか?」
「そうだ。国への義務を、金を払えば免除できるべき、そして金は魔導人形達に稼がせる、自分は人形遣いとして、国に貢献していると。そう囀る者達も少なくない」
あぁ、成る程。ジロウさんの懸念してるところが見えてきた。
「妖精さん達が互いを助けるために時間通貨を使っているのと同じで、お金の支払いだけでは本当に必要な集団への所属意識、力を合わせる、共に助けるという意識付けが乏しくなり問題と思われるのですね」
補足という事で、時間通貨についても簡単に説明した。
「その若さでよくそこまで理解しておる。あちらでは、若い者も皆、そのように理解しておるのか? 羨ましいものだ」
「あ、いえ、その辺りの意識は人によってかなりまちまちです」
「そうか。まぁ、そうであろうな。さて、アキ。我が国は其方に権利を与え、その行使を認めてきた。財団の助力もあり、金額換算で行けば、其方の国への貢献は十分過ぎるものがある。ここまで言えばわかるな?」
そこは痛いところだ。
「共助、公助を提供する側としての義務を果たすべき、という事でしょうか?」
「そうだ。あちらと違い、こちらでは未成年であっても義務はある。……だが、其方は多くの制約があり、他の若者と同じとはできぬ。それに鬼王レイゼンも話していた通り、其方の知は猛毒だ。経験を積んだ支配層の者達ですら厳しいものを、心も定まらぬ若い者達に触れさせれば、碌な事にはならないだろう」
何とも扱いに困ってる感があるね。
「当面は現状維持、他の街エルフの皆さんとの交流、共同作業については、検討していただくといったところでしょうか」
「それでいい。それと、聞くだけとはなるが、何か国に対して言いたい事があれば話すがいい」
ふむ。何とも大盤振る舞いだね。好きに言わせた方が、僕の事を理解できるって判断かな。
「それでは、急ぎではありませんが、共和国が今後、各勢力とどのような関係を構築していくつもりか、公にする必要があると思います。これまでのように人類連合を支えて裏方に徹するのは難しいでしょう」
「財閥が販路を拡大する話か」
うーん、反応が読みにくい。
「三大勢力は互いに交流を深める方向性が定まり、手付かずの販路が開かれる事になりました。財閥が切り開くというより、他がグズグスしているせいで財閥が先頭に立ったという方が正解でしょう」
「そして他国は共和国と財閥を分けては考えぬ、そうではないか?」
「ある程度は分けて考えそうではありますけど、やはり街エルフの勢力として一括りで捉えられる事も多いでしょう。そんな中、街エルフの向かう先、立ち位置が不明確だと他の勢力が動きにくくなり、不満も高まります。人類連合に矢面に立ってもらうのは、現実的ではないと思います」
「ほぉ、言うではないか」
薄暗い目がこちらを見透かすように視線を合わせてきた。
あぁ、これはシャーリスさんが薄気味悪いと言うのもわかる。全然意図が分からない。でもまぁ、怖さはないかな。抑えてくれているのだろうけど。
「言いたい事を話して良いとの事でしたので。それに僕の見解なんて、参考意見、おまけみたいな物です。そういう見方もあるか、くらいで思って貰えれば良いかと」
あまり視線を合わせるのも失礼と思い、ちょっとお茶を飲んで一休み。
そんな僕の態度を見て、ジロウさんの目に初めて感情の色が混ざった。困惑、迷い、かな? 敢えて見せてくれているんだろうけど、どうしたのか、判断に困る表情だ。
「其方の事を皆が判断に迷うていたが、そうか。そういう事か。アキ、其方にとっては、今の意見も、そうして茶を味わう事も、儂らと話している事も、全て同じなのだな」
うわ。声を荒げるでもなく、ただ、ただ、淡々と事実を口にした、そんな感じだ。
「なぜ、そう思われたのでしょうか?」
後学のため、ちょっと教えて貰おう。
「何故とな? 至極、簡単な事よ。其方の向ける目は、見慣れたモノだからだ。其方の心は我らと同じだ。いや、一点だけ違うか。其方には姉のミアに向ける熱い思いがある。我らにはそのような熱はない、違いはそれだけだ」
えー。流石に目の前にいる不気味で底の見えない、人の真似事をしてるようなおじ様達と同じに扱われるのは勘弁して欲しい。
かなり表情に出てたのか、ジロウさんは目を細めて笑った。
「そこまで嫌わんでもよかろうに。其方と我らにはもう一つ大きな違いがあった。其方はまだ心が育つ途中の子供で、立ち振る舞いも若々しく、感情も素直に出してくる。おかげで儂ら程、警戒されず、どこか違和感がある、といった程度に収まるのだろう」
「はぁ」
なんかよく分からない。
「姉への思いが続く間は問題なかろう。しかし、ふむ、そうか。思い入れのない分、其方の意見は客観的で説得力のあるモノとなる、か。――それで、我らが判断を先送りにしたらどうなると思うか。遠慮せず話してくれ」
何やら、一人納得したのか、満足そうに肯くと、新たな問いを投げてきた。先程よりも、しっかり耳を傾ける気はあるようだ。
さてさて。判断せず先送り、か。
「それは、人類連合の結束を強めるような裏工作もしない前提でしょうか?」
「それでいい」
状況が刻々と変化していく中での現状維持か。
「短期的に見れば、影響は小さいでしょう。海外へと派遣できる大型帆船を街エルフは独占しているようなモノですし、物と情報の流れも掌握し、通貨の流通量すらコントロールしているのですから」
「長期的に見ればどうか」
「様々な種族が交流するのが当たり前の次世代が台頭してくる頃には、世界の残りの探査地域も調査が終わり、海岸線から遠い大陸奥の地域を除けばこの惑星の全体像を把握し終えます。そんな広いけれど限りのある世界に対して、様々な種族との共存の為に日々、経験を積んできた次世代と、漫然と現状維持してるだけの人々で、どちらがより新しい枠組みに順応できるでしょうか? この差は世代を重ねるほど顕著になり、ある程度、差が開けば、閉じこもった側はすっかり時代に取り残された未開人扱いされる事でしょう。世界中が手を取り合って交流しつつ刺激し合って高みに向かう速さに、閉じた小さな地域社会の少ない刺激と競争で過ごした人々がついて行ける等と考えるのは傲慢ですらあるでしょう」
「むぅ……」
「ちなみに、新しい世代は、その時代の状況を当たり前と思い、それを常識として身につけて行動できる強みがあります。年老いた方々が、どんどん現れる新しい技術、概念、文化に追いつく事に苦労される中、幼い子が簡単に習得するような事を見た事はありませんか?」
「それは儂らもよく経験しとる」
あぁ、やっぱり。小さい子の飲み込みの速さは凄いよね。
「それが小鬼族なら僅か三十年程度で世代交代をしてきます。彼らが恐ろしい速度で、新しい技術を模倣し、独自に改良すらしてくる柔軟性はよくご存じでしょう。それが軍事だけでなく、ありとあらゆる分野で起こるとお考えください。時代への順応性という意味では街エルフは一番不利です。魔導人形達のお陰で、投入できるマンパワーは驚くべきものがありますが、指揮官の頭が古くては、数が多いだけの軍は戦に勝てません」
「歯に絹着せぬ物言いよな」
少しばかり咎めるような顔をされた。
「三人いらっしゃるので、少し端折りました。それと街エルフの皆さんは他の勢力に比べると現在の力が突出しているので、半端な物言いだと、上手く伝わらないとも考えました。地球の話ですが、世界の海を支配した日の沈まぬ国、大英帝国も二百年と持たずにその地位をアメリカ合衆国に譲りました。広大な領土を維持する為に膨大な戦力を保有してましたが、数が多いが故に技術革新のペースに更新が追いつかず旧式化してしまい、他国との競争に競り負けたのです。皆さんの保有する数多くの大型帆船、魔導人形といった戦力が、同じ道を辿らないとは断言できません。後はそうですね……甘えでしょうか。僕程度の子供の言なら軽く受け流す度量をお持ちかな、と」
怒らないでねって気持ちを込めて笑顔で話を終えた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
さて、始まりました街エルフの長老達との会談。とはいえ、アキも言ってるようにまずは無難なところから。自助、共助、公助。このあたりも難しい問題ですよね。長老達は国全体を見ていく必要があるから、なかなか予算を付けるような対応はやりにくい。それでも許可を色々出しているだけでも好意的な対応と言えます。それをアキも理解しており、そんなアキを老人達も好ましく思ったことでしょう。
次回の投稿は、二月二十六日(水)二十一時五分の予定です。